狼は逆ねじを食わせる①「上がりましたあ…あっ!お茶碗、ありがとうございました」
寝巻きに身を包んだ彼女はポタポタと濡髪から雫を落としながらふにゃりと笑った。
風邪を引くからこちらに来なさいと促して手ぬぐいで濡れた髪を拭きあげる。
脱力して身を委ねる彼女を微笑ましくも思うものの無防備すぎると小言添えて。
「えへへ、実は若い教官にもこれやってもらったんですよ」
「どういうこと?」
ぴくりと手を止め彼女の顔を覗きこむと彼女もこちらを見上げていた。
「一昨日通り雨に振られちゃって、私も教官もびしょ濡れになって風邪ひいちゃって。昨日の捜索もうまく行かなくて早めに戻ってきたんです」お風呂上がりに教官がこうして拭いてくれました。にへら、と笑う彼女に鬱々とした感情が胸を濁らせる。
自分にはそんな記憶はない。別の俺。別の男が愛弟子のそばに。
…面白くない。
何か言いたいのに言葉が見つからず、また閉口する。何を言おうというのだ彼女に、何を求めようというのか。大事に大事に育ててきたこの花。それを手折る資格が自分にあるのか。
ぐるぐると感情が迷路を彷徨う。
本当は見つけている出口から目を逸らしてまた迷う。
「…教官?」
静止したままの師を愛弟子が覗き込んでいる。ばち、と視線が衝突する。
じっとこちらを見つめている彼女は何かいいたげで
「…っ、ああ、なんでもないよ」
慌てて彼女の頭から手を離そうとした腕が緩やかに捕らえられた。
「愛弟子?」
「教官、あの…」
もじもじと言い淀む彼女の顔を今度はウツシが覗きこむ。
あの、とかあう、とか言う彼女にゆっくりでいいよ、どうしたの、と努めて優しく問うた。
それでも暫くの間彼女はあうあうと言い淀む。
アイルーにするように下顎をうりうりと撫でてやると「もう!」と笑った。
「…あの、私、教官に謝らないといけないことがあって…」
真っ赤になりながら眉尻を下げて、泣きそうな顔で彼女は言う。
謝られる心当たりがないウツシは小首を傾げた。あれだろうか、過去に飛ばされたことを自分の所為だと思ったのだろうか。優しい子だ、きっとそうだ。
「気にすることな「私!若い教官に悪戯しました!」
「…は?」
「ひぃっごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
師から手ぬぐいを奪い取りそれに隠れるように蹲ってごめんなさいを繰り返す。
ちょっとした子供の悪戯のようなことは普段からお互いにしているのに何をそんなに謝る必要があるのかわからなかった。そんな、赤い顔で…何を。
「その、夜に、教官が…あっ、若い教官が、その、ひ…一人で、シてて…」
そこまで言われてウツシも火がついたように体が熱くなる。若い時の俺糞馬鹿か!と宙を見ながら「…ごめんね愛弟子」と言うと「違うんです!」と愛弟子がこちらを向きなおり、がばっと平伏した。
「ちょっとまなで「私、教官に悪戯しちゃったんです!」
「えぇ!?」
「ごめんなさい!」
一度頭を上げてまた伏す。ゴンッと重い音がする。大丈夫ではない音が。