この悪魔をかわいいと言うのは魔関署の中で私だけなのは承知している 今夜は魔関署全体の新年会……という名の年末年始お疲れ様会である。
各部署から何人かずつ偉い悪魔と新人が駆りだされて、新人はまあ雑用係だ。お酌をしたり飲み物を追加したり食べ物を取り分けたり忙しい。
ナルニア様直属の牙隊新人である私も例に漏れず、数少ない女悪魔ということでお酌に回っていた。けど一通り酔っ払えば、あとはほとんどの方々は勝手に飲みだすので放っておけばいい。
放っておけないのは機嫌の悪さが溢れ出ている我が上官……アザミ大佐である。
「どしたんですか、そんなお怒りになって」
笑いながら隣に座ると、それはそれは低い声で、
「私は、貴様に娼婦のような真似をさせるために牙を砥いできたわけではない」
「ちょろっとお酌してきただけじゃないですか」
「触られていただろうが」
「あら、お気づきでしたか。見過ぎです」
「何故怒らないんだ」
珍しくお酒が回っているのかアザミ様の目尻が赤い。口が尖っていていつもより表情が幼くてかわいく見える。惚れた欲目により九割増しでかわいい。
「私より先に怒ってくださる方がいますので」
「……」
声には出さないけど、口がちょっと動いて、何が言いたいかはわかる。
わたしのものなのに。
そうだ。私はそれがわかっているから、ちょっとしたセクハラくらいでは怒らない。瞬間沸騰器のアザミ様は私になにかあればすぐ怒ってくれるし、私だけに限らず牙隊の面々に対して度が過ぎれば、フェンリル様からお声がかかるからだ。13冠直下の牙隊に手を出した狼藉への支払いは高く付く。
なので私がすべきことはご機嫌斜めのかわいい上官を宥めることのみ。
「イライラするの良くないです。楽しいことを考えましょう」
「そんなもの」
「明日の昼は一緒にパンケーキ食べたいです。クリーム山盛りふわふわもこもこの」
「甘いものは好きではない」
「知ってますよ」
とぷんと盗聴防止魔術を発動させて、ついでに体を起こしてアザミ様の耳に口を寄せる。
『アザミさんの分にはソーセージとスクランブルエッグを乗せてあげます』
アザミ様は酔いの回った目で笑った。
「それは、わざわざ盗聴防止魔術を使ってまで言うことか」
ふへへと笑ってから、その向こうの悪魔に目を合わせた。先程私の腰を撫で回したソイツは青い顔で冷や汗をかいている。ザマーミロ、だ。牙隊大佐に何を言われたか、半泣きで怯えればいい。
新年会の翌朝。目が覚めると隣でアザミ様がこちらを睨んでいた。
「どしたんですか、朝から」
聞くとちょっと目を逸らしてから、またこちらを見て頭をぐしゃっと撫でられた。なんだろう? わからないけど、あんまり機嫌の良い感じではない。
「……昨晩、貴様に酌をさせていた連中と私は何が違うのだろう」
「え、こっちからの好意があるかですか?」
「娼婦のような真似をさせるために牙を砥いできた訳ではないと言ったのに、私が一番そういう扱いをしているのではないか」
なんだ、そんなことを気にしていたのか。やっぱり可愛いのでニコニコしてしまう。
のそのそと胸の中に収まりにいく。筋肉質で引き締まっていて、痕を残しにくいのだけが難点の大好きな肌。そこに無条件で触れるだけで、私がどれほど幸せかわかっていないのだ。
「全然違いますけどねえ」
「……」
「だって、アザミ様は私のことすごーく大事にしてくれるじゃないですか」
「そう、だろうか」
「そうですよ。優しくしてくれて、かわいがってくれて、理不尽な扱いを受けたら怒ってくれます。昨日のおじさんたちとは、全然違います。アザミ様は私の大好きな方ですので、一緒にしないでくれませんか」
腕を伸ばして背中を抱き寄せる。やっぱり硬くて、触るとドキドキして、いつまで経っても慣れない。少ししたらそっと抱きしめられて、その腕には愛おしさしかないのだから、そんなことでしょんぼりしないでほしい。
「もうちょっとしたら、起きて昼食べましょう」
「そうだな」
「先にちゅーしてください。がっつりしたのがいいです」
「……ああ」
頭が引き寄せられて唇が重なって、がっつりって言ったのにやっぱり優しい。しょうもないことで考えこまないで、私のことだけ考えて。今だけでいいから。