6/4azm3月の終わりの話「速度はいい。飛び立つときの羽の角度を意識しろ」
「イエッサー! わ、さっきより速い!」
「羽と踏み込みのタイミングを合わせろ」
「イエッサー!!」
三月最後の午前中。私はグラウンドでアミィ様に飛行訓練を見てもらっていた。アミィ様は手元のボードにいろいろ書き込んでいる。
私が外周を終えて戻ったら、アミィ様がふと思い出したように顔を上げた。
「明日は登校日だったな」
「はい。研修報告をしてきます」
止まらない汗を拭きながら答える。昼休みにシャワー浴びよ。
「明後日には辞令を渡す。ハメを外し過ぎないように」
「イエッサー!」
まあ、マルバス先生と進路の相談して、久しぶりに友達と喋るくらいの予定しかない。ヘムとドルーガも登校日でいないし、そんなに遊びすぎるようなことはないと思う。
「アミィ様、明日って忙しいですか?」
「明日は研修生の成績の確認と配属の決定。年度が変わるから、各隊員の任務の棚卸に、成績資料の作成と確認、それから……」
「す、すみませんでした……」
汗が一気に冷えた気がした。
「謝ることはない」
アミィ様にジロッと睨まれた。う、目が怖い……。
「今上げたのは、仕事のほんの一部だ。これに加えて成績の悪い研修生の勉強を見たり、育成計画を立てたり、基礎訓練を見るなどの仕事がある」
「……あの、ご迷惑でしたら他の方にお願いしますので……」
思わずそう言ったら、アミィ様の人差し指で、額をドスッと突かれた。いった……!
「お前の育成計画を他の者に伝えるほうが手間だ。どれだけの量があると思ってる? キマリスと共有するだけでも一苦労だというのに。悪いと思うのなら成長しろ。頭を使え。強くなりたいと欲を抱け」
欲――私の欲は、なんだろう。
「……強くなりたいわけじゃないんです」
ぽつりと呟く。アミィ様が不思議そうな顔をする。
「私は、アミィ様の役に立ちたいです」
それは、どんな悪魔だろう。どうしたら、この悪魔の側にいられるのだろう。
「ならば、考えろ」
アミィ様はまっすぐに私の目を見た。
「強くなれ。考え続けろ。立ち止まるな。……追いついて来い」
「……はい」
追いかけます。ずっと、並べるまで、私はあなたを追いかけたい。
「えへへ、私、アミィ様の背中が好きなんです。大きくて、頼もしくて……ずっと追いかけます」
そう言ったら、なぜか嫌そうな顔をされた。えっ、ダメ?
「追いつけと言っただろうが」
「えー、無理ですよ。どれだけ離れてると思ってるんですか――いった!」
今度はデコピンされた! 痛いですけど!?
「諦めるな。お前の"好き"はその程度か?」
「……死ぬまで追いかけます」
「その前に追いついてくれ」
「頑張ります……」
「よろしい」
アミィ様はボードを小脇に抱え直した。
「本日の訓練はここまで。昼に行ってこい」
「イエッサー!」
一礼して走りかけて……やっぱりアミィ様の隣に戻った。
「なんだ?」
「一緒に戻ろうかと」
「食堂が混む前に行けばいいだろう」
「そうなんですけど……。昼ごはんより、もう少しだけ、一緒にいます」
「何を言っているんだお前は」
アミィ様は呆れ顔だ。でも、明日は会えないし、明後日からは爪隊の研修。だから、そばにいられる今は、一緒にいたい。
それが何でかは、わからなかった。