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    MASAKI_N

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    怪物jwds⑩

    ##怪物
    #怪物
    monster
    #ドンシク
    #ジュウォン
    #ジュウォンシク
    jewish
    #jwds

    合鍵 ドンシクに合鍵をもらった。

     マニャンの二軒と現在の自宅の分。いくら警察官同士だったからといっても、あまりに不用心ではないか?
     そう思ったが、こうなる前はお互い好き勝手に不法侵入していたから、今更か。
     それでも嬉しさより神妙な気持ちが勝ってしまって、存在感を持て余す。
     僕なんかに心を許し過ぎじゃないか、イ・ドンシク。
     それともまた何か、試されているのか?
     不在時に出入りする可能性や必要があって、それを無期限で許されるのがこんなに早いなんて。
     でも確かに、お互いの気持ちを確かめた時にはもう「所長にもらったあの家で、いつか一緒に暮らしませんか」と提案されていた。自分もそうしたいと言ったはずだ。
     今はわからないが「いつか」ならと思った。なんとなく、それは警官を辞めるか、勤務地が偶然あの家に近くなった時だと思った。
     自分はともかく、ドンシクがそういう必要を感じていると思わなかった。
     待ち合わせたり、約束をして訪ね合うことがただ積み重なっていくのだと思っていた。
     恋人と呼べる人間がいなかったジュウォンには、関係を続けたい相手と同棲するという発想自体が無かった。
     たまたま自分のマンションには大きめのベッドがあるから、ドンシクを泊めることもあるし、同棲もできなくはない。でも本来は、自分以外の人間が寝泊りすることすら全く想定外だ。
     ドンシクは決して小柄ではないと思うが、どんなにくつろいでも、なんだか小さく収まる。彼と暮らすなら、他の人間といるよりはストレスが少ないだろうと実感していた。
     どちらの家でも、出入りする時に「行ってらっしゃい」「行ってきます」と言われることがくすぐったくて、嬉しい。自分の部屋でドンシクが待っていて、「お帰り」と言われたい気持ちは少なからずあった。
     すぐに一緒に暮らすためではないとは言われ、自分も合鍵を渡すことでなんとか気持ちを落ち着けた。



     マニャンにあるドンシク所有の家は二つとも、縁起が良くないから捨て値で売らないと売れないと言われていた。もう少し都会なら駐車場にでもすればいいが、ジュウォンが捜査途中で言われた通り、辺りに勝手に駐車しても問題ない田舎では無意味だ。
     マニャンスーパーには、ジンムクが仕入れをしていた業者がいくつか自動販売機を置く案をくれ、ドンシクはそれに応じた。試しに三ヶ月置いてみたら、月にすればドンシク一人の食費ぐらいにはなったそうだ。
    「ジフンがまだ派出所にいるから、パトロール中に飲み物を買ってくれるんだ。だから、入れる飲み物の銘柄も好きなの選んでもらった。はは、後輩警官の小遣いで養われているなんて皮肉だろ。他の人はお参りして賽銭を入れるような気分なのかな。ご利益なんて絶対ないのにね。荒ぶる神をたしなめるってことならわかるけど」
     ドンシクはわざとらしく拝むような仕草をしてから、そう笑った。ジュウォンが見た限り、警官のドンシクに恩を感じていた人も少しはいただろう。
     もし彼らがドンシクのことを正しく知ったなら、ジフンと同じことをする気がする。自動販売機の明かりがあれば、少しは防犯に役立つかもしれない。ジフンたちが立ち寄るなら更に効果的だろう。
     連続殺人事件も賭博も汚職もあったが、マニャンの治安は決して悪くない。
     だって悪事は、『どこからか誰かが、必ず見ている』から。



    「スーパーは売れなかったけど、実家は使い道が決まったよ」
     合鍵をもらって少しして、ナム所長から受け継いだあの家の庭でチェスをやりながら、ドンシクにそう報告された。
     いい手を打たれてジュウォンがどう返すか、しばし考え込んだところでだ。
     ドンシクはチェスが上手い。元々ナム所長と将棋や碁をやっていたのが、インターネットが普及し始めた頃チェスにはまり、いつの間にか強くなっていたそうだ。チェス盤は、ジョンジェが粋がって買ったのにすぐ飽きたのをもらったらしい。
    「じゃあ、鍵を返さないと」
     スーパーの鍵も元々、預かってもジュウォンには使うあてが無い。
    「いや、その必要は無いかな」
    「鍵を換えるから?それとも、取り壊しですか」
     ドンシクは「んーとね」と言いながら、ジュウォンと同じ素の顔で目を合わせた。
    「リノベーションって言うの?あれをして、モデルルームみたいな感じに使いたいって人がいるんだ。費用は全部向こう持ち。住みたければそのまま住んで管理してくれないかって。給料や維持費もくれるらしい。新規の提案をしたい時に人が見に来るだけ。もし住むなら不在時には出入りしないし、そんなに突然、非常識な時間には来ないから普通に暮らせるよ。きれいで便利になった家に」
     意外というか、また予想外の展開だ。
    「長い付き合いの人ですか?そんな都合のいい話がありますかね」
     負けたところで罰ゲームがあるわけでもないが、このところチェスでは連敗している。
    「うん。ジュウォナ、『退魔師ホ室長』って知ってる?」
     これまた唐突だが、ジュウォンは知っていた。
    「あぁ……連続児童行方不明事件の関係者ですよね。今どうしているかは知りませんが」
     ある事件をずっと調べていた霊能者だ。ジェイが母親の遺体を探していた時のように、身元不明の児童の遺体が出た際には彼が確認に来ることがあった。追う事件の性質が似ている子どもや女性の行方不明時には、情報提供し合うチームもあった。いくつかの誘拐事件は彼が解決に導いたとかで、馴染みの警察関係者がそこそこいるらしい。
     ジュウォンは顔を合わせたことが無い。外事課にいた時にパートナーが対応し、名刺をジュウォンの机にも置いていった。彼が何らかの犯人である可能性も考え、インチキ臭い赤い名刺をファイルにしまった。
     存在自体が都市伝説みたいな男だ。
    「そうそう、その人。俺と年が近いんだけど、広域の時も仕事と並行して所長といろんな行方不明事件を調べてたからさ、会ってみたんだよ。本物の霊能者かどうかはおいといて、霊媒師のお母さんが、行方不明者の家族に頼まれた儀式の最中に自殺した。それをきっかけに、関連事件を調べてたんだ」
    「そういう背景の人なんですか。ただの詐欺師かと」
    「別に信じなくてもいいけど――子どもの悪霊が原因で、被害者の家族も不審死を遂げるパターンが多いので、似た事件があれば詳細が知りたいと。ナム所長は、同じタイプの家族を狙った犯罪か、カルト関係じゃないかと思ってたみたいだけどね」
    「後半は、有り得る話ですね。ホ室長はカルトの人間ですか?」
     ドンシクが気を許しているように思えるのは、家族を不本意なかたちで亡くした同士だからかもしれない。
     チェスの手は悩んだ末、ドンシクを真似てややトリッキーな手を打ってみたが、ドンシクは迷わず次の手を打ってきた。
     また数ターンで、ジュウォンは再び考え込むこととなった。
    「違うよ。結構古くから降霊術で有名な家の人で、占いや風水の相談なんかもしてるみたい。昔はセラピストとかそういうものの代わりだったのかもね。世襲制だし、信者を増やすような人たちじゃないんだ。確かに変人の類だけど、犯罪者ではなさそうだったな。その点では、俺の方がよっぽど問題あるってこと。お互い犯人の可能性も疑ってただろうけど、違ったね。半分は彼自身の経験則と素養だったけど、被害者が死んでて四十九日以内なら高確率で遺体と犯人を見つけられるんだ。生きてる時と、もっと前に死んじゃってると駄目みたい。それ信じてる人は、手遅れになる前か、手詰まりになったら彼を呼ぶ。警察が呼ばなくても被害者の家族が呼ぶとかして、何人か見つけてる。警察に頼れない人が頼る人でもあるし、どんなインチキくさい能力でも結果が出ちゃってるから、才能を活かした功労者なんだ。いつも怪我してて顔色が悪くて、全然儲けは出てなさそうだったな。一緒にご飯食べながら話したけど、食いっぷりは良かったよ。病んでるのかとも思ったけど、俺だって病んでたし、ジョンジェなんかはもっと病んでた。どんなに怪しくても、連続誘拐殺人ってそうそう実行できないからね」
    「意外です。あなたはもっと現実主義だと思っていました」
    「勘の鋭い人とか運のいい人の話は一応、聞くことにしてるんだ。村に伝わる言い伝えみたいなものにも科学的根拠が絡んでたりするだろ。それに、ピンチになると人間って、解決法を無意識でずっと探している状態になるでしょう。人との交流を遮断してしまうと自分の内側にあるものしか選べなくなるけど、自分では思い付かないような突破口が、デタラメみたいな情報から思い付けたりするんだ。俺があなたに嫌われてると知っててもしつこく話し掛けてたのはそういう信条もある。あなたは外にいる自分自身みたいな感覚もあって、凄く役に立ったし」
    「僕も何らかの事件の犯人だと思っていましたが、その事件は終わったはずです。それがドンシクさんの家と、何の関係があるんですか」
     ジュウォンに詳細が認知されていることがわかったらドンシクはまた、素の顔でこちらを見つめた。
    「事件をきっかけに知り合った建築家が、ホ室長と事故物件を除霊してリノベーションする会社をやるんだそうです。ナム所長が夢に出て、俺の家で最初に試すように言ったらしい。所長、俺と同じような境遇の彼のこと、ずっと気にしてくれてたんだって。嘘でも面白い縁だと思わない?」
     ドンシクは愉快そうにけらけらと笑った。
    「……は?胡散臭すぎませんか?その霊能力が本物なら、妹さんたちは無理でも、カン・ミンジョンはもっと早く見付けられたのでは?」
    「あなた、さすがだね。ナム所長は彼にも連絡を取ってたよ。あいにく、大怪我をして入院していて、呼べなかったそうです。でも、死んでないと駄目で、かつ死んで四十九日以内でないと駄目なら、タイミング的に無意味だったと思う」
    「彼が犯人だったらどうするつもりだったんです?」
    「そりゃ、捕まえるでしょう。そのためには、行動をある程度知っていないとね。でも俺はもうジンムクを疑ってた。結局、ホ室長はこちらの事件の登場人物じゃなかった」
     そうか、ナム所長は助けを求めたわけではなく、ホ室長のアリバイを探ったのだ。あの人なら、病院に彼がいるかどうかまで調べたのだろう。相手の嘘に乗る振りをして逆手に取るのは、彼の得意技だった。
     ドンシクが霊の存在を肯定していたとしても現実は残酷なままだった。どちらにしろ無意味だ。こちらの事件の登場人物は初めから勢揃いしていた。足りなかったのは事実を繋ぐ証拠と情報だ。
    「お人好しなのか疑り深いのか、わからない人だな。あなたって」
     そういう人の打つ手にさっきから惑わされて、全くチェスに勝てる気がしない。消去法で手をしぼって、駒を動かす。
    「うん。だよね。でも、世間的には事故物件だろ。まあいいかって。俺、失くして困る持ち物って無いんだ。住むところがあるから余裕でいられるわけだけど、自由にできる現金は全然ないし。独り身なのに家だけ何軒も要らない。最初から胡散臭い方が逆に安心だよ。詐欺師でもさすがに、汚職を暴いた元警察官にわざわざ詐欺の話持ちかけないでしょ。それに騙されたら、あなたたちに捕まえてもらえばいい」
    「そういうのは……」
     盤面と会話のどちらに向けられたものなのか、ドンシクの謎めいた表情に黙る。
     これは――負ける。
    「怪しいならなおさら、手の内を知った方が捕まえやすくなるだろ。あと、その建築家があなたの好きな人だったから――ほら、珍しく会ってみたいって言ってた」
    「え?」
     大袈裟にチェック・メイトと言いながら駒を倒し、ドンシクは不敵に笑んだ。
     また負けた。ドンシク相手以外には強い方だったのに、全く勝てなくなってしまった。
    「好きな博物館と図書館の建築デザインが同じ人だったって、前に言ってたでしょう。博物館には今度行きましょうって。娘さんが行方不明になったけど、見つかったらしいとも」
    「あ――ヨン・サンウォン氏、ですか?その事件がホ室長の追っていた事件ってことですか」
     ジュウォンが尊敬している人間は少ない。すぐにわかった。
     ドンシクはジュウォンのわかりやすい反応を見て、困ったように笑った。
    「最初に言えば良かったか」
    「ドンシクさんの家を、彼が?個人宅のリノベーションなんて、もうやらないのかと思ってましたけど」
     名実ともに有能な建築家だ。
     駆け出しの頃は古い家のリノベーションやインテリアコーディネーターとして有名で、雑誌でよく見掛けていた。自然光と照明、自然素材と人工物の対比。空間の見せ方や使い方、機能美を意識した細部のこだわりにジュウォンは共感していた。
    「家族との時間を増やすために、大規模な仕事をしばらく制限するからだって」
    「彼に会ったんですか?」
     胡散くさい霊能者のことなどどうでもいい。チェスの負けだってどうでもよくなった。
    「そんなに好きなの?ちょっと妬けるな。まだ電話で話しただけ。話が進んだら会えるよ。会いたいなら都合を合わせるし――何なら俺の代わりに話聞いてくれていい。あ、それと。向こうも誰か連れて来てくれるみたいなんだけど、ヒョクさんに色々、法的に問題ないかわかる人を紹介して欲しくて――そういう人の探し方がわかるだけでもいいんだけど、頼めない?」
    「聞いてみます。ヒョンと直接やり取りした方がいいかな……連絡先、送っておきますね」
     確かに、ドンシクの実家は彼の仕事にちょうどいい広さだ。大規模な公共施設と違って、個人宅の設計やコーディネートは北欧ベースのやや古いデザインが好みだったはずだ。
    「俺、家の内装とか全然興味無いからさ、元々あなたに聞こうと思ってて」
     もう既に、色々とパターンが浮かんでいる。さっきまで次の手を考えるのにいちいち悩んでいたというのに。
    「いいんですか?僕が決めてしまって。それに……」
     浮かれた気分を抑え、ドンシクの様子をうかがう。
    「ん?」
    「あの家にまた住んで、あなたは大丈夫ですか?」
     ユヨンといた二十年の想い出だけならまだしも――辛すぎはしないか。
     ドンシクは諦めたような穏やかな顔になり、真っ直ぐジュウォンを見つめた。
    「どうせあの家はそのまま売っても売れないし、どこに住んでも何にも忘れられないから、変わらない。あなたといて気付いた。だったら、大事な人たちとは離れない方がいいって。それに、完全に工事が終わるまで結構かかるから、戻るとしてもしばらく先だ。考える時間はまだたくさんある。俺の誕生日に、二十歳になったつもりでやり直せばいいって言ってくれたでしょう。あの頃の続きを、あなたと一緒にやり直してもいい?」
     もっと多くを望んでいいのにと、胸が苦しくなる。
     気の利いた言葉が選べなくて、黙って頷いた。
     日暮れの気配を、風が知らせる。
    「どうしてあなたに家をあげたくなるのか、わかった気がする」
     駒を片付けるドンシクを手伝いながら、ようやくぼそりと呟いた。
    「うん?なんで」
    「ジファさんが言った通り、家族とはぐれた子猫みたいだからだ」
     絶望と闇に紛れ、人生と引き換えに真相を求めた。片割れの痛みを同じくらい味わいながら、怒りと喪失感に震え、地獄の入口で泣きながらうずくまっていた。
    「ジファは『誰にも懐かない野良猫』って言ったんだ。痩せて薄汚れてギラギラした目の、腹を減らした警戒心の強い野良猫だ。『家族とはぐれた子猫』じゃない」
    「そうかな。でも、あなたの姿は同じでしょ。たとえる言葉が違うだけ」
    「あなた――動物が好きなの?意外だな」
    「好きですよ。父が嫌いだったので飼えませんでしたけど。馬にも乗れます。僕は、人間が好きになれなかっただけです」
    「皆には潔癖症で人嫌いの高飛車な警部補に見えるあなたが、俺の目には純粋で不器用な坊っちゃんに見えるのと同じですか?」
    「どう見えても、かたちは一緒です」
    「初めて会った時あなた、俺をどう思った?」
    「え?」
    「そういえば聞いてなかったなと思って」
    「――どうって」
    「悪人に見えた?先入観抜きだったと仮定したら?」
    「嘘つきな口元と疑り深い瞳が、アンバランスな人だなと思いました」
     それから、たまに見せる笑顔。
     今になって、何もわかっていなかった愚かな自分にも、優しかった人はたくさんいたことを思い出す。その誰かを思い出そうと記憶を辿った終着点に、雨の中、迷った人に笑顔で傘をさしかけるドンシクがいる。
    「詩的な表現だな。でもそれってセットになるべきものじゃない?要は、人を信用してなさそうだったってことだろ。俺はあなたをどう思ったと思う?」
    「さあ。タイプじゃなかったんでしょ」
    「はは、覚えてたか。まあね。俺も、人を信用してなさそうだなって思った。元気でかわいい坊っちゃんだなとも思ったけどね。お互い様だな」
    「真似しないでください」
    「でも、あなたは目が澄んでいるから、悪人ではないと思ったよ。皆が思っているより努力家だし、運が悪いのかもしれないって。実際、発言や行動の根本に、自分の中のきれいな物を汚されまいと大事にする気持ちと、嫌な経験で歪んでしまった暗い涙の井戸を両方持っている人でした。そのきれいな部分がどんなに小さくても、そこにあることを忘れられない人だ。俺の目はあの頃、凄く濁っていただろ。地獄に落ちようと思ってたから」
     詩的なのはどっちだ。
    「……確かに、そうかもしれません。でもあなたは逆に、そんなに現実を忌み嫌って憎んでいるのに、生きようとしている人たちを助けていました。心は地獄に向いていても善い行いができるなら、化けの皮がはがせるかもしれないと思ったんです」
    「化けの皮?あはは、お互い全部はがれちゃったね。さては、あなたも結構非現実的なことは好きなんだろ?ハリー・ポッターに出てきても違和感なさそうだし」
     英国育ちなのだから、それは仕方ないだろう。
     化けの皮ははがれても、チェスが強いことは最近知った。まだお互い知らないことがたくさんある。
    「うるさいな。好きかどうかと、現実にそういうことがあると信じるかどうかは別です。信じてるんですか?ナム所長が四十九日の前にその霊媒師の夢枕に立ったとでも?」
     勉強より優先することはできなかったが、動物だってファンタジーだって好きだ。
     思い通りにできない宿命や運命なんてクソ喰らえだが、ドンシクとの出会いが運命的なことだったとは思える。
    「夢にはその後も出られるらしいんだ。ただ、会話はできない。向こうの都合で一方的に繰り返し何か言うだけだって。ユヨンもただ――」
     さっきジュウォンが発した問いと同じことを、ドンシクも霊能者に聞いたのか。
    「妹さんの夢も?」
    「俺の夢の中で、繰り返し『あたしをみつけて』と。誰にも言ってなかったけど、当てられてしまった」
    「そんなの、事件の詳細を知っていれば誰にだって言える」
     ジュウォンも亡き母の夢を見る。でもそれは、別れた時の現実の記憶が繰り返されるだけだ。
    「その通り。でも、『助けて』でも『犯人を見つけて』でも『犯人はあいつ』でもなくて、『あたしをみつけて』だったし――ユヨンの言葉なら信じてもいいと思った。ユヨンの指を切ったのが連続殺人犯だったのは俺たちもわかってたけど、ユヨンは自分を轢いた犯人の名前は知らなかっただろ。それに実際、遺体が見つからないと捜査ができないことに焦点を絞ったおかげで、解決できた気がするから」
    「個人の受け取り方の問題です」
    「そう。答えを導き出して選ぶのは自分だ。かたちがないもの、だからね」
    「あなたは相変わらず、禅問答みたいなやり取りが好きですね」
     室内に入り、シンクで手を洗ってから紅茶を淹れる。
    「合鍵――要らなかったよね」
     ドンシクは洗った手を拭きながら、そう困ったように笑んだ。
    「え――?」
    「持て余したでしょう。ごめんね。あなたと何かで繋がっていると思いたくて、使わなくてもいいから持っていて欲しかったんです。やっぱり重かったよね。俺こういうの初めてで、いいタイミングがよくわからなくて」
     むしろ普通のカップルはもっと、いちゃつきたいのに行き来するのが面倒になったぐらいで、軽率に一緒に暮らし始めるのではないだろうか。
     家出人の中にもそういう若者がたくさんいて、毎回呆れる。
     別れるかどうかなんて気にしなくても、ほぼ無限に次の可能性がある人の方が、展開も早くてフットワークも軽い。
    「まだ僕には早いのかもと思いましたが、一緒に暮らすための鍵でないのはわかりました。あなたは人を縛るのなんて、嫌でしょうから。僕は――あなたが安全な場所にいないと、安心できない。それが僕の部屋でも、どんなに離れていても、安全な場所にいることを確認できればそれでいいです。ただ、会って話したり触れたい気持ちが思ったより強いから、約束をしなくても行き来していいという意味に受け取ってもいいですか」
    「うん。多分、俺が欲しいのも、そういう約束のない許容なのかも」
    「僕も、少しでも繋がっていると思いたいです」
     たとえそれが手錠の感触でも、傷付け合った記憶でも。
     マグカップを渡して、ソファへ移動する。春でも朝晩は冷える。
    「安全な場所って、お互いの自宅以外だと、どこ?ジェイの店とか?待ち合わせ場所を毎回あの店にする?怒られるかな」
    「怒られないでしょうけど、根掘り葉掘り近況を聞かれませんか?ジェイさんの店に限らず、みんな、あなたの無事を知って安心したいんですよ。だから、定期的に安否確認の連絡が来るんでしょう」
    「信用してるの?みんなダブルスパイですよ。『ドンシクさんに好きと言え』と脅されても、あそこは安全?最初にキスした日に作ってくれたタンシチュー、ジェイのレシピだろ。精肉店で練習して、ジフンに味見してもらった?」
    「は……?」
     今頃、全部筒抜けだったことを知っているなんて言うのか。薄々勘付いてはいたし、ドンシクなら言わなくても気付くだろうと思っていたが、いつから、誰が、どこまで?
    「『マニャンには秘密なんてない』」
     ドンシクがチェシャ猫のように、にぃ、と笑う。
    「ドンシクさん」
    「『どこからか誰かが必ず見てる』って、初めに言ったでしょう」
     化かされたような顔のまま固まるジュウォンに、ドンシクは猫のように顔を寄せ、耳を噛んだ。 
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