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    怪物jwds⑦

    ##怪物
    #jwds
    #ジュウォンシク
    jewish
    #怪物
    monster

    薄暮まで「ヤー、来たね。お疲れ様。ハン・ジュウォン警部補」
    「お待たせしました。イ・ドンシクさん」
     海浜公園と併設されたホテルの駐車場で落ち合って、眺めのいい場所にいたドンシクに声を掛けた。
    「良かった。昨日の夜より元気そう」
    「あなたは――」
     長い髪は思ったよりずっと儚げに見えて、薄曇りの空に紛れて消えてしまいそうだ。
     呪いは解け、敵は去っても、後悔と悲しみはまだ胸にある。
     それでも、新しく芽生えた希望と、やっとドンシク自身のものになった人生。
    「初めからこういう風に会えば良かったね。そしたらあなた、もっとよく眠れたのに」
     昨晩の通話は楽しかった。外もいいが、自分の部屋にいる方がいい。
    「ホテルに泊まるんですか?」
    「はは、夜通し話すんなら、同じ部屋に泊まらないとね」
     歩いてレストランに向かう。来るまでの間に二人で決めた場所だ。
     土日が休みの部署もあるが、ジュウォンは平日休みが多い。
     ドライブは趣味だし、どうせ遠いならと勤務地の行き帰りに色々な道を回ってみたから、景色が良く平日は空いている、落ち着いた場所には詳しい。
     旅行シーズン以外は混まないが、料理の美味しいホテルもよく知っている。
    「何でもいいです……あなたに会えれば」
    「アイゴー、口説くのが上手になったね。それとも嫌味?」
     冗談みたいにホテルの部屋に誘った後で、どの口が言うのか。
    「嫌味を言いにわざわざ来たとでも?」
    「ははっ、あなたが議論に積極的なのは、元気な証拠だろ」
     口説くなんて言われても、まだ好きだとは言えない。ドンシクが口説くみたいに誑かすからって、受け入れてもらえると思うのは早計だ。
     当たり前だが、ドンシクが先にそういう意味で自分を好きだとはっきり言ってくれたら、何の不安もなく言える。ドンシクにそれを望まれたら言える。
    『俺のどこが好き?』
     はらわたが煮えくりかえるかと思った台詞さえ、今言われたら本来の意味で答えられるのにと思う。
     でもまだ、自分のためだけには言えない。
     都合良く、自分を好きかと問うてくれはしないかと、恋愛に不慣れな自分の不甲斐なさを噛みしめる。
     レストランはまだ混む前で、窓際の静かな席に通された。
     二人はどう見えるのだろう。全く似ていないから、仕事の打ち合わせか何かだと思われるのが妥当か。
     ジュウォンは白いTシャツの上に、テーラードジャケットを羽織ってきた。ドンシクは網目のざっくりした、丈の長いカーディガンを羽織っている。
     すっかり警察官の臭いが抜けてしまったと思う。前にヒョクが『毒』とか『傷』そのものみたいな人だと形容した時は、その通りだと思ったものだ。
     血色は以前よりいいし、表情は柔らかい。狩りをする狐のように鋭くぎらついていた目が、今はふとした瞬間に煌めいて綺麗だ。
     ドンシクは麺の入った魚介のスープを、ジュウォンは白身魚のムニエルを頼んだ。
     お互いの知る眺めのいい場所、好きな食べ物、料理の話。ジュウォンの英国での生活、ドンシクの学校生活、マニャンでの想い出。部屋や車で聴く音楽や、ラジオの話。
     パートナーだった頃より、ずっと楽に話せる。
     ドンシクの美意識や感性を垣間見て、その豊かさと繊細さを知った。
     事件が彼の世界から長い間、彩りを奪って、ユヨンと一緒に暗い場所に追いやった。
     ドンシクは、ユヨンと二人で観た古いミュージカル映画のプレイリストを作って流しているらしい。悲しくなることもあるが、彼女の笑顔や声を思い出せるからと。
    「無理に前向きになろうとしてるんじゃないかって、馬鹿らしくて空しいと思う時もあるよ。でも、それでもいいと開き直った方が、身体にいいから」
     海沿いの散歩コースを話しながらひと回りして、次は牧場で四つ足の動物でも食べようかと誘われ、呆れつつも『いいですね』と答えた。
     ジュウォンの誕生日にドンシクと会えるなら、ジェイにタンシチューの作り方を教わっておくのもいい。
     しばらく砂浜を歩いた後、日暮れ前にカフェで一休みして夕陽を眺める。
     ハンバーガーを頬張るドンシクと、サンドイッチを食べるジュウォン。お互いがお互いらしい選択をして、この人らしいなと思う。
    「二人とも車で来ちゃったから、酒飲むわけにはいかないな。良い子はそろそろ帰ろうか」
     そう笑ったドンシクに頬が緩み、視線が絡んだ。名残惜しいが、もう無理に約束などしなくても会えるのだと理解する。それでもまだ、彼との関係に足りない意味がある。
    「――ありがとうございました」
     自分も場所選びに口を出したとはいえ、ほぼ理想のデートをしてしまった。
     ドンシクもジュウォンをほどよく気分転換させ、疲れさせないようにしてくれたと思う。
     この様子ならドンシクは、恋人のエスコートなんて難なくこなせそうだ。そのコミュニケーション能力の高さに、ジュウォン以外との可能性を思って妙に落ち込んだりもしたが、昨夜からジュウォンを楽しまそうと合わせてくれていることを、素直に喜ぶべきだろう。
    「今夜はよく休んで」
     ドンシクは自分の車に寄り掛かるようにしながらそう言った。
    「さっき言ってたプレイリスト――送ってもらえますか」
     ――僕には、彼女の声を聴くことはできないけど
     ドンシクは眩しいような顔をしてから、頷いて端末を操作する。
    「車の中で聞いたら眠くなるかもよ。ユヨンが好きなのはそういう曲だから」
    「だったら、寝る前に聴きます」
     彼女のこともドンシクのことも、何にも知らなかったくせに――よくもあんな酷いやり方で、このかわいそうな人を追い詰めようなどと――二人の絆を知る度、後悔の念が胸を重たく締め付ける。
     端末を操作して、その苦しさを誤魔化そうとするジュウォンを数秒見つめてから、ドンシクはもうじき沈み切る夕日に遠い目を向けた。
    「……こんなこと言ったら、変だと思うだろうけど」
    「はい」
     光る琥珀色の瞳がこちらを見たが、焦点は定まらない。
     馬鹿みたいに勝手に脳が愛の告白を期待してから、すぐに打ち消した。
    「あなたといるとたまに、ユヨンといた時みたいな気分になるんだよね」
    「……どうして?」
     切なくなったが、ドンシクは微笑んでいる。
     暮れる日と冷えた風が二人の影を揺らして、別れを急かす。
    「自分のいいところも悪いところも知られているから、楽に息ができる感じ。ユヨンに怒られてる気分になるし。頭が良くて、きれい好きで、真面目なところも似てるからかな。どちらも代わりはいないけど、同じくらい近く感じる」
     ユヨンへの深い想いが伝わって胸が痛くなる。同情より愛を注ぎたい。
     僕が僕じゃなかったら、今すぐ目の前のこの人を、強く抱きしめてあげられるのに。
    「また――会える日は、早めに知らせます」
    「……うん。またね」
     車はお互い見える位置にある。運転席のドアを開けたところで振り返ると、ドンシクは笑って手を振り、駐車場のゆるいスロープを先に下って行った。
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