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    shimanyan112

    @shimanyan112

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    shimanyan112

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    帝都殺術です。甘め。
    前回書いた『血溜まりの曼珠沙華』の続きだったんですが、全体のコンセプトに合わなくてボツになりました。
    供養として投げときます。前回のは読まなくても大丈夫です。

    夢紡ぐ「おん、戻ったぞキャスター」

    重い扉を開けて、研究室に入ると部屋の端に置いてあったソファへと体を投げ出した。
    休む為というよりもただ座る為に設置されたソファーは、クッション性が低くて横になるには存外固い。
    それでも床に寝っ転がるよりはマシだと、ひんやりした革製の感触に清涼感を感じていると、こちらへと足音が聞こえて来る。
    石タイル作りの床には靴音が響き、それが段々と大きくなると側でピタリと止まった。

    「おかえりなさい、アサシンさん」

    薄めで見上げれば、白熱球の照明に透ける様な金にも似た髪が視界に散らばる。
    それが店先に並んだべっこう飴の様だと錯覚し、彼のこちらの髪に触れる白い指先すら砂糖菓子に見えて。
    こちらの頭に触れようとしていた指先を掴むと、パクッと口へと運んだ。
    少し薬品の香りがしたが、それでも修羅場も知らなそうな白い指先はなんとも滑らかで。
    歯を立てて仕舞えば、あっさりと折れてしまいそうな程の華奢な指先を飴玉の様に舌で転がすと、上から笑い声が降ってきた。

    「それは食べ物ではありませんよ?」
    「知っちゅうよ」
    「なら、くすぐったいので離していただけませんか?」

    そう言いつつも、彼は手を引こうとはしていない。
    それをいいことに、軽く犬歯を立てると、サングラスの上の眉が少し歪んで困った顔をした。

    「アサシンさん」
    「帰ったら食べちゃるゆうたろう?」
    「サーヴァントなのにお腹が空いたんですか?」
    「おん」

    目の前にはすごく美味しそうな獲物が一人。
    幸いにも仕事が終わってからまだマスターから連絡はない。
    そうなれば絶好の機会かと……。


    「そう言うと思って用意しておきましたよ」
    「…………は?」

    そう今度はこちらの眉が歪む番で。
    起き上がれば、ずいっと彼から一つの包みを渡された。
    竹の皮で包んだ、手のひらから溢れるくらいの包みからは、何やら甘い香りがする。
    中央に結ばれた、同じく竹の皮で出来た紐を引っ張れば、そこには自分の拳よりも小さめな草餅が5つ並んでいた。

    「おまんが用意したがか?」
    「いえ、マスターが用意してくださった伝令係の方にお願いしたんです。今帝都でも人気のお店なんだとか」

    ほら、前に何か食べたいって言っていたでしょう、と嬉々して語られ、こちらが口にしていた意図が全く伝わっていない事を知って落胆した。
    あれほどまでに、ストレートに押し倒したり口説いたりしていたつもりなんだが、目の前の彼にはとんと伝わっていなかった様だ。
    きちんと説明の為に、彼をこの場で手籠にしても良いのだが、目の前のずっしりと重みのある草餅にも惹かれてしまって。
    何せサーヴァントとして現界してから、ろくに食べ物を口にしていない。
    『必要ない』とするのは簡単だが、生前口にしていた習慣を切り捨てるのは出来ない性分で。
    マスターの監視を逃れてこっそり何か買うのは容易いが、見つかったら何を言われるかわかったものでは無いため、ひもじさは無いが口に出来ない虚無感を感じていたところだった。

    「どうぞお召し上がりください」

    隣に座った彼が、微笑む。
    それに釣られて、大きめの草餅をパクッと食いついた。


    「……げにまっことうまいぜよ」

    つきたてのかと思うくらいに柔らかな餅は、一口食べるごとによもぎの風味が鼻から抜ける。
    厚めの餅生地だからか、噛めば噛むほど餅の甘味が口に広がった。
    中に入っているあんこは、甘さ控えめで、もちの甘さを疎外していない。
    拳よりも少し小さいサイズなので、一つでもお腹一杯になりそうだが、甘さ控えめなのと柔らかな餅の食感に、ひとつ食べ終わるともう一つと手が伸びた。
    それを少し横目に見れば、こちらを眺めながら嬉しそうにしている彼もがいて。

    「おまんも食うか?」
    「いえ、私は結構ですよ」
    「そがな事言わんと。一口食うてみ」

    差し出された草餅に、少し後退り気味だった彼だが、無理やりその手に持たせると、おずおずと口へと運んだ。

    「…………美味しいですね」

    ポロリと落ちた言葉。

    「なかなかこがなうまい草餅食えんぞ」
    「伝令の方は1時間は並んだと言ってましたが、確かにその価値はありそうですね」

    小さかった彼の一口は、パク、パクと回を増すごとに大きくなる。

    「ほがながっつかんでも、草餅は逃げんぞ」
    「すみません、初めて食べ物を口にしたので、つい……」

    えっ……と二人の視線が重なる。
    急に天敵にあったリスの様に、ピタリと動きを止めてしまった彼に、思わず吹き出した。

    「おまん、面白い事言うんやな」
    「えっと……事実なんですが……その…」
    「ならもう一個やるき、ほら」
    「アサシンさんのためにお願いしたものなんですが……」
    「胃に入ればどっちも一緒ちや」

    そう言って最後の一つを口に運ぶ。
    甘い香りが鼻から抜けて、胃に落ちて満たされる度に幸せを感じた。

    それは遠い昔に幼馴染みと食べた、あの日を思い出した気がして。

    幸せなんて昔は小さくてもたくさんあった。
    どうして死んだかは、自分が歩んできた道だから変えられない。

    だけど、サーヴァントとして道を再び歩く事を許された時、虚無を感じることも多くて。
    セイバーとして選ばれなかったこともだが、移り変わってしまっている世界はもはや自分の居場所などとうに無くなっているのだ。
    あの日同じ甘味を食べて笑い合った幼馴染みも、もはや時には抗えてはいないだろう。

    だからこそ、こうして隣に並んで共に食べてくれる事が何より嬉しいだなんて。
    口には出来ないが、早く始まればいいと思っていた聖杯戦争が、むしろ今起きてなくて良かったと安堵するほどに。

    「さぁ、腹一杯になったし、わしは次の呼び出しまでちくっと休むぜよ」
    「そうですね、次は…………えっ、ア、アサシンさん?」

    ゴロンと横になれば、当然隣に座っている彼の場所を占領することになる訳で。
    場所が無い分、彼の膝に頭を乗せる。
    硬い革張りのソファーだが、この枕は柔らかくて案外寝心地が良さそうだ。

    「…あのう、私まだ研究が……」
    「呼び出しが来たら起こしてくれればえい」
    「ですが………」

    少し困った顔をしていた彼だったが、そんな事をお構いないしに瞳を閉じる。
    彼が手にしている甘い草餅の香りが、疲れた体に微睡をもたらすのにはそれほど時間は掛からなかった。



    夢を見た。
    幼馴染みと笑い合った、幼き日の思い出を。
    もはや魂しかないこの身だが、あの日の風も匂いも太陽の暑ささえも覚えていて。
    何一つ同じものは無いのに、不思議と寂しさは襲ってこなかった。

    その時に交わした笑顔だけは身近に感じる。


    それは今触れている温かさが与えてくれた、思い出の鱗片を見たからかも知れない。




    寝てしまった……。
    サーヴァントは夢を見ない。
    そもそも寝る必要性が無いのに、どうしてこんなに簡単に彼は眠りに落ちることが出来るのだろうか。
    膝に乗る体温を感じながら、手にした草餅を口にする。

    食べることだって必要ない。
    だから現界してから今まで何も食べたことなどなかった。

    でもひとくち口にして。
    口に広がった甘味が、一瞬にして脳に喜びを与えた。
    噛むほどに草餅のよもぎの香りがして、甘味をより一層引き立てる。
    胃に落ちれば、じわりと広がり血流に流れていくのが分かるほど。

    食べる意義などなくても、食を通して満たされると言う感覚を初めて知ったのだ。

    不思議な人だ。
    刀を奮っているときは、その天才的な剣技で、人を逸脱している存在だと思っていたのに。
    美味しそうに食べ物を食べて、惰眠を貪る様はとても人らしい。
    二つの相反するものをこの目で見て、ますます彼に興味が湧くのだった。

    膝に乗せている彼がふわりと笑う。
    どんな夢を見ているのだろうか。
    サーヴァントは夢は見ないが、霊基に刻まれた記憶の断片を見ることがあると聖杯からの知識は告げている。
    それほどまでに幸せなものがありながらも、修羅ともとれる道を歩んでいたであろう彼。
    その真名も歴史も定かではないが、壮絶であったことは言うまでもないだろう。

    でなければ、きっと彼はサーヴァントとしてここにいることは無いのだから。


    立ち上がろうとして、不思議とその足は動かなかった。
    少し足を伸ばせばいい。
    それか霊体化すれば、事なきを得る事柄なのに。
    膝に乗って幸せそうに笑う彼を、なんとなく起こしたく無いなんて。
    『なんとなく』なんて数式にも物理学的にも曖昧な事柄を自分が考えていたことに驚いた。
    これは『人』に近しい彼に触れ合ったからなのだろうか。

    膝で寝息を立てる彼の髪にそっと触れる。
    癖のある髪を撫でるだけで、彼の笑みが増す気がして。

    現界して初めて『何もしない』とう時間が訪れた。
    ただ彼の寝顔を見ながら、どんな夢を見ているんだろうと思いを馳せる。

    聖杯から数多の願いを受けて現界したこの身なのに、まるでこれではただ暇を持て余しているだけでは無いか。


    そう気がつく自分はそこにはいない。


    ただ膝の温もりが去る瞬間まで、進んているはずの時間は意味を無くしていたのだから。



    終わり
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