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    lychee_lulled

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    lychee_lulled

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    書き直したらまとまり良くなって書き終われるかなって思ったらまだ全然終わらないみか宗の心中ごっこのやつ→完成した

    #みか宗
    MikaShu

    「おれたちは、多分まだ死なへんと思うから、お師さんと死にかけてみたい」

     どうして、と尋ねたのに影片は答えなかった。君はいつも、自分の考えをまとめて言葉にするのが下手だ。うーん、とひとしきり悩んだ後、そうしたいっておれが思ったからかも、そう言って僕を抱き寄せて、首筋に顔を埋める。

    「……僕は君に何か心配をかけた? 不安になった?」
    「そんなんじゃないよ」

     湿った吐息が肌をくすぐった。視界の端で跳ねている髪を落ち着かせるように、頭を撫でてやる。指を入れて髪を梳くと、首筋の皮膚の柔らかいところに影片の鼻先が押しつけられた。彼の鼻の形が歪むといけないからやめさせたいけれど、頭を退かせたあと、影片の目を見たらなんとなく僕はだめになってしまいそうで。

    「そんなんじゃないんやけど、なあ」

     いつのまにか僕の背に回されていた影片の腕の力が強まる。ああ、君も。僕にその顔を見せたくないのなら無理にそうしなくてよかったと思う。



    ==========


     『僕と死にかける』ために、練られた企画書を差し出されたけれど、中身は確かめないまま影片にそれを返した。見んのか、と影片は少し残念そうな顔をしてそれを鞄にしまう。もしこれを僕が読んで少しでも気に食わないところがあれば、僕は絶対に君の手を取らないことを君は考えていただろうか。きっと考えていない。影片はそういうところが抜けているから。もしも本当にそれをやりたいのなら、有無を言わさずここから連れ出せばいいだけのことなのに。死にかけてみたいなんて言ったわりに、影片はいやに慎重で、そういうところをいじらしく思うし、それを僕はかわいいとすら思うのだけれど。

     たった一言、いつ、と返しただけでぱっと明るくなる顔。僕には君のことがわからない。








     この計画のために影片は海沿いの倉庫を借りたのだという。ヴィジュアル系のバンドがミュージックビデオを撮るためにここをよく使っていて、有名なところらしい。ESからは少し距離があって、移動方法をどうするか考えていたら、影片はどうしても電車がいいと言い張ったので僕は仕方なく伊達メガネとマスクを用意した。久々にかけてみると、この伊達メガネはよく鼻筋のところで滑るからあまり好きではなかったことを思い出した。買い替える理由を見つけたので、頭の中のリストに追加しておく。

     電車の中では、影片がぴったりと僕の横にくっつくものだから窮屈で仕方なかった。だけれど電車の中なので声を荒げるわけにもいかないし、彼はどこかぼんやりとしているから言ってもしょうがないだろう。八人掛けのロングシートの端、手すりと影片に挟まれて電車の揺れる音を聞く。昼過ぎの車内は人もまばらで、これならもしかして、変装なんて要らなかったのかもしれない。だから影片がそっと僕に手を重ねてきたのを僕は咎めなかった。僕らだけの世界では誰も僕らを見ないから。







     影片は僕の手を引いて歩く。文句のないエスコート、この先が趣味の悪いごっこ遊びの会場であること以外は。

    「思っていたより狭いところだね」
    「うん。ちょっとスモーク焚いたらもう真っ白」

     でも狭い方が都合ええから、と僕のマスクと伊達メガネを外しながら影片が言う。鞄の中からろうそくを何本か取り出して、何かの儀式みたく、丸を描くように立てた。続けて取り出したどこかの喫茶店のマッチを擦るのが下手でやきもきする。火傷をしたらどうする?

    「影片、僕がつけるよ」
    「いらん。お師さんは静かに待っててな」

     べき、と音を立てて真っ二つになったマッチを適当に投げるとまた箱から取り出して。八本のろうそくに火をつけるのにマッチを使い切ることがあるだろうか。あまりにも下手だったから、今度火の付け方を教えてやりたいな、と思った。今度、が本当にあれば。自分の鞄の中に入っている封筒を内ポケットに移しておくか悩んで、やめた。彼のことを何も刺激したくなくて。

    「お師さん、」

     君は、やけに冷たく僕の名前を呼んだ。なのに、やわらかく触れ合ったくちびる。粘膜は蕩けるほどに熱い。僕のと比べると大分薄い舌先が、歯列を丁寧になぞり、上顎をくすぐる。同じことをしてやりたいのにうまくできないのは経験のせいなのか、舌に厚みがあるからなのか、わからないけど。

     目を開けてみる。影片はうっとりと目を閉じているのに、僕の口の中で舌は下品に暴れている。そのちがいが堪らなくて、見てはいけない気がして、ぎゅう、と瞼を閉じた。指先、足先から力を抜いてしまいたくなる感覚、全部を君に任せて流されたい。気持ちいいこと、したいんじゃないか。そんな期待を込めて、形のいい左耳を指で探る。

    「ん」

     くちびるの熱が離れて、膝裏に軽い衝撃。かくりとバランスを崩される。簡単に床に転げた僕を見ながら、彼は涎まみれの口元を袖で拭う。

    「上等なお洋服、汚してしまってごめんな」
    「……クリーニング代は高くつくけれど」
    「汚れんようにレジャーシートとか敷いた方が良かったかなあ」
    「ノン! 情緒のかけらもない。……まあこのような状況であれば全部一緒だがね」

     うんうん、と僕の言葉を聞き流しながらバックルを緩めるしなやかな指先。君はたまに僕を適当にあしらうようになって、絶対に直接言ってはやらないけれども、その気安さが嫌ではないよ。たくし上げられたシャツの下を這う指の冷たさと、再び寄せられたぬめるくちびるの熱。温度差のせいで頭が沸いてしまって、君のアンバランスに目が離せなくなる。



    ==========



     小さく呻く影片の喉の白さを見るたび、暴かれているのは僕の方なのに優越感が込み上げるのはどうしてだろう。終わった後、萎びたペニスからスキンを取り去っている君の間抜けさがかわいい。仕方なく差し出したティッシュでそれを包んで、それをどうやって捨てるか悩んだ君はポケットにそれをしまった。最低だ。というか、君、それを日頃から持ち歩いているのか。何に備えているんだ。今日、このシチュエーションじゃなければ僕は絶対に許していないだろうし、それを僕以外の誰かと使うなんて最低。地面との間で揺さぶられた僕のシャツの背はきっとひどく汚れていて、たぶん、もっと最低なことになっているから忘れてあげるよ。僕はもう、君を縛らないことにしたからね。

     達した気怠さでやる気が出ない僕の腹を拭い、シャツのボタンを閉じて、裾をきちんとスラックスにしまわせた。やって当然、やらせて当然のことなのに。褒めるわけではないけど、一度くちびるを重ねて、頭を撫でる。影片はそれを甘やかに受け入れながら、目だけで周囲を確認した。半分ほど溶けたろうそくに手を伸ばす。まだ火の揺れているそれを小突いて横倒しにしていく様は、猫が獲物にちょっかいをかける様子に似ていた。横倒しになったろうそくの火は、マッチの燃え滓に移って小さな火種の塊になる。ぱちりと音を立てて火の粉が弾ける。

    「危ないんじゃないか」
    「あそこに消火器もあるから大丈夫やと思う」
    「それならいいけれど」

     沈黙。ろうそくが燃えているせいか空気が熱くてひどく息がしづらく思える。唾を飲み下したとき、喉が渇いているのに気づいた。

    「お師さん」
    「なに?」
    「これ、ただのごっこ遊びやで」
    「その割には手が込んでいるようだが」
    「お師さんに見てもらうなら、ごっこ遊びでも手は抜けんやろ」

     なあ、どうやろか。

     さっきの行為のせいで真っ白だった服をひどく汚した君は、僕のそばまで這ってくる。君は今日、珍しく白を着ているなと思って理由を聞けば、死装束を意識してきたのだと言ってからりと笑っていた。だけど君は粗忽者だしそうやって服をすぐ汚してしまうのだからあまり良くないよと、思ったけれど言わない。彼の意思を尊重したいと決めたのは僕なのに、すぐこれを破ってしまいそうになるからいけない。髪についていた埃をとってやろうと手を伸ばすと、影片は指を取ってすり、と撫でた。人形みたく冷たいその手。

     君、僕と同じ人間になったはずだろう?

    「……僕の趣味ではないね」
    「やっぱり?」
    「企画書、読まなくてよかったよ。読んでいたらこんなところには絶対に来ていないからね」
    「そっか。でも、読んでてもお師さんは最終的にはきてくれてたと思う」
    「どうして?」
    「だってお師さん、おれのこと好きやもん」

     それが影片自身に言い聞かせるような言い方だったものだから、僕は思わず睨んでしまった。何より僕は、君をそんなふうにぎこちなく笑うように育てた覚えはないのだけれども。


    ==========



     今日の影片の大きな鞄からは変なものばかり出てくる。飲み差しのペットボトル、処方された薬の袋。それから。

    「これは?」
    「これ、ケーキみたいやろ。練炭やから食べられへんよ」

     ちょうど二、三人用のホールケーキみたいなサイズで、ボコボコ穴の空いた真っ黒のそれを、影片はスーパーのビニール袋から取り出した。黒く汚れた指先を服の裾で拭うその悪癖は、僕が何度言っても直される気配がなかった。みっともないからハンカチなりティッシュなりを日頃から持てと言っているのに。

    「しまった! さっきのろうそくはここに刺したったらよかったなあ」
    「こんなに大きな穴では上手く刺さらないよ。それに火がついたら危ないだろう?」
    「……そやね」

     影片の目元が柔らかくゆるむ。頬が軽く持ち上げられるのにつられて口角も上がって、笑っているような表情。だけどこれは感情の表出ではなくて、意図して作り上げられたものだと僕にはわかる。ぎこちなさはないけれど、これもまた違う。だってあの子はこんな時に、こんなふうに笑わない。

    「お師さん、おれらこれからどうなる?」
    「……さあ?」

     先程鞄から出したペットボトルと薬とを目の前に並べながら、影片はじっと僕を見つめていた。僕と君のこれから。そんなものは未来があると確信できて初めて口にしていいものではないのか。僕は今、正直なところ影片との未来を一ミリも想像できていない。だって君、ごっこ遊びをごっこ遊びのまま終わらせるつもりがあるのかい?

    「僕にはわからないけど、わからなくてもいいと思っているのだよ」
    「んあ。なんでよ」
    「君がどうしたいか、ちゃんと考えているんだろう。影片?」

     んああ、と間の抜けた声はもっと早く聞きたかった。できれば、この倉庫に入ってすぐくらいに。そうやねえ、とへにゃへにゃ笑う影片は薬袋からごそごそと何かを探って、それを口に含む。それからペットボトルに口をつけて、飲み下すのかと思えばぐ、と引き寄せられた胸元。合わさるくちびる、入り込む舌となにか。逆らわずに飲み込んで、影片と目が合う。爛々と燃え盛る二色の瞳のせいで、燃やされそうな気すらする。

     そういえばさっき倒されたろうそく、今はどうなっているのか気になって視線を向けようとすれば、目が逸らされたことを嫌がった君が、僕の両頬を包み込んで逃げられないようにする。逃げないよ、と何度言ったところで君は信じてくれない。だからこうなったのだろうか。ならばせめて、君とそうなるのは満更でもないことを伝えておこうか。君はそれで、少しでも楽になれるとよいのだけれど。

    「今飲ましたん、睡眠薬。すぐ効くやつやからぼちぼち眠くなってくるはずなんよ。それでお師さんが寝たらそこの練炭に火ィつけておれもその眠剤飲んで、」
    「……別にいいけれど、焼死はだめなのか?」
    「は?」
    「君のそのポケットにさっき使ったスキンが入っているから、それを見られるのは嫌だ」

     ぽかり、とだらしなく空きっぱなしの口の中は宇宙みたいに真っ暗。君が何を考えているのかを僕がわからないように、きっと君も僕の考えていることがわからないのだろうね。

    「そんなん、どうでもええやん」
    「よくないよ。俗物どもに僕と君の関係について面白おかしく勘繰られるのは死んだ後でだって御免だ」
    「死ぬのは別にええの?」
    「構わないよ。準備はしてあるから」

     自分の鞄から封筒を取り出して影片に投げた。受け取った君はそれを開いて、上から下まで黙って読んでは、おかしな顔をしてもう一度最初から読み始める。読みながら、くしゃりと顔をゆがめて、喉の奥を糸で狭められているみたいな笑い声が漏れている。君が本気で笑う時、君はそんなふうに歪に笑うことを、僕は知っている。

    「この……遺書? ここを燃やして死んでしまったら、多分これまで燃えてしまうと思うんやけど」
    「問題ない。自室の机の中にも同じものが入っているからね」
    「抜かりないわあ。さすがおれのお師さんやね」

     影片の瞳に新しく大粒の宝石がふたつ。じわじわと溜まって頬を伝い、地面にこぼれた。それを皮切りにとめどなくあふれ出して、倉庫の床にやけに綺麗な染みを作っていく。それでも顔はずっと歪んだ笑いを続けていて、君はとても器用なのだね。そう思ったけど、本当に器用だったらこんなことをしていないはずだから、一体何なのだろう。

     君、人間になっても調子がおかしくて、それを治すのに僕のメンテナンスが必要になるのなら、僕はこの先ずっと君のそばを離れられないじゃないか。君が嫌がっても、離れてやれない。それでいいの。僕はいいけど。影片はそれがいいって言いそうだ。ようやく気づいたのだけれど、むかし君が人形として発していたと思っていた数々の言葉たちは、あれはもしかすると人間としての意思の表れもいくつか混じっていたのだろうか。だとすれば、人形の心を読み取れなかった僕自身についていろいろ思うことがなくもないけれど、それは僕の問題なので君には関係のない話。

    「あんなあ。さっきの、睡眠薬じゃなくてただのラムネなん」
    「やっぱり? 甘いと思ったんだ」
    「睡眠薬も準備してあったし、後で飲まそって思ってたけど、なんかもう、どうでも良くなってしもた」
    「そう」
    「おれ、ごっこ遊びや言うてたのに、遺書まで準備して、おれと一緒に死んでもええって思ってくれてたん? そしたらそれって、おれのこと大好きみたいやん」

     ぼろぼろと涙をこぼしながら大真面目にそんなことを言うものだから、僕はなんだか面白くなってしまって影片をぎゅっと抱きしめる。君、やっとわかってくれたのか。今まで全然わかっていなかったのか。両方の気持ちがぶつかり合って、笑いと喜びになって消えていく。そのまま頬をふれ合わせれば、君の涙がはらはら熱くて、なんだかとても安心してしまった。僕をこんな気持ちにさせるのだから、君は目玉が溶けるくらい泣いてしまえばいい。
      
    「そうだよ。君となら死んでもいいかって諦めがつくぐらいには君のことが好きだ」
    「……諦めなん?」
    「それは或いは憧れというかもしれないね」
    「んあ、難しくてようわからん!」
    「それでいいよ。ねえ、影片。あとで久しぶりにメンテナンスしてあげようか。どうも君は調子が悪いようだしね」

     まずはお風呂に入って体を綺麗にしたら、ふかふかのバスローブにその身を包んで、隅々まで君を点検してあげよう。やわらかなベッドに二人で身を沈めて、そのまま溶けるような眠りに落ちて、明日の朝、寝ぼけながらおはようを言い合いたい。今この場でできないことを、僕が君に、影片に、してあげたいから。だから、帰ろう。そう言って手を差し出す。デジャヴ。君はまた、締まりのない顔で笑うから僕までつられてそうなってしまいそう。




    ==========


    「ところでどうして君はあんなもの、持ち歩いているのかね」

     海沿いを並んで歩く。帰りもまた電車で、影片は荷物が重いと愚痴をこぼしながら、それでも僕の手を柔らかく握ったまま、駅まで向かう。

    「あんなものって?」
    「スキン、別に常に要るものではないだろう。それとも、誰かと使うことを想定してあれを?」
    「誰かって、お師さんしかおらんけど」

     影片がきょとり、と無垢な両目を差し出すものだから、なんだか僕が変なことを聞いてしまったような雰囲気になって一瞬沈黙が降りた。ざあざあと遠くの波の音が聞こえて、何故だか凄く居心地が悪い。

    「……僕は外なんかでは嫌だよ」
    「んあ。わかっとるけど、でももしもの時にないと困るやん? お腹とか痛なったら可哀想やし」
    「君が我慢すればいいだけの話だ」
    「ちゃうよ、わかってないなあ。これはおれの気遣いで優しさで、愛ってことなんです〜」
    「君も性欲を愛でパッケージングして、いかにも綺麗なものですって差し出すタチだったのかね」

     そう言いながら笑ってしまっているから、僕はもう駄目かもしれない。愛。人を馬鹿にする碌でもないものだと思っていたけれど存外気分は悪くない。繋いだ影片の手は暖かくて心地良いし。ねえ、僕は君が血の通った人間であることを心から嬉しく思うよ。だから、次に君が何というか当てて見せようか。その頬を膨らせて、んもお、とかわいこぶった呆れ顔を僕に見せる。『ちゃうから』『おれはただ』

    「お師さんのことが好きなだけなんやもん」

     ほらね、当たった。
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    lychee_lulled

    DONEみか+宗で夏っぽい話
    烏の目 もしも『影片みかは何人いる?』って質問をされたら、言ってみたい答えがあった。影片みかはファンの数だけ存在してるんよ、って。
     おれのことを好きになってくれた人は、その心のうちに理想の影片みかを作り出してる。だっておれは、偶像(アイドル)やから。アイドルとして、それら一つ一つに応えていきたいとおれは思う。だから、おれはおれを好きでいてくれる人の数だけ存在するんよ。
     まあそれは、今は特に関係のない話。


     子どもの時に変な特技が身についた。
     例えば部屋の隅っこで三角座りをしている時、三角座りをしているおれを天井から眺めることができるとか。寝ている時に口が半開きなのがわかったりとか。  
     眠る時によだれをこぼしてしまうと、しばらくの間シーツがよだれ臭くなって最悪やったから(なぜなら寝具は週に一回の決まったタイミングでしか洗われなかった。あの施設で優先順位が高かったのはおねしょシーツやったし)、口が半開きなことに気づいたら、ぴたりと口を閉じてまっすぐ上を向いて寝直すことができたおかげで、よだれ臭いシーツとは縁が切れた。そのほかにも、起きた瞬間に後ろ髪の寝癖に気付けたりと、地味に便利やったから、おれはこの特技を重宝していたんよ。
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    lychee_lulled

    DONEValkyrie版深夜の一本勝負
    第43回「スチームパンク」
    オートマタは喝采のステージの夢を見るか?



     おれ、あの人に組み立ててもらったオートマタなんよ。右の目と左の目にそれぞれアンバーとラピスラズリを入れてもらって、色違いの瞳で世界を見てる。人間のみんなは毎日いろんな難しいこと考えながら生きてて大変そうやんな。おれは、あの人に教わったことを教わった通りにやるだけ。失敗作やからそれしかできひんの。そういう訳やから、みんなおれのいう通りに着いてきたってな。万が一道に迷って秘密の部屋に辿り着いてしまったら、どうなってしまうか誰にもわからんからね。


     今日も博物館は盛況やった。朝昼二回の観覧ツアーは満員御礼。紳士淑女の皆様は展示物に興味津々、ついでにおれの精巧さにも驚いてはった。まじまじと目をみられたり、お触り厳禁や言うてるのに人間と変わりないねっていっておれに触ろうとするお客さまがいるのはちょっと嫌やけど、そうされるくらいにみんながおれという機械人形を、つまりはあの人の生み出した作品を賞賛しているということやから、それがおれには嬉しい。今日の観覧ツアーの最後で行ったちょっとしたショウ。あの人と一緒に、一曲だけ歌って踊った時、あの人だけでな 1906

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