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    liku_nanami

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    羽鳥さんが少女漫画で人気のシチュエーションを回収していくお話、9。

    『バッドエンドは投げ捨てた9』【(他の人のターン。一回休み)】



     男性社員から社長を崩しにかかる作戦は、大麻による現行犯が後押しとなって、思った以上にその後のことがスムーズに進んだ。

     今回、関係者の誰かが危険ドラッグをいわゆるゲートウェイドラッグ、導入薬物として次の違法薬物に手を染めている可能性も、もとより考えていないわけじゃなかった。
     けれど個人の薬物犯罪を暴くのは組織犯罪を追うのとは別の難しさがあって、悔しいけれど今回のように単独の売買に気づかないまま、別の犯罪から辿りつくことも多い。
     結果論ではあるけれど、社員が確実なクロとなったことで捜査令状も取れるし、危険ドラッグについても動きやすくなったことは前向きに考えるべきだ。大麻の売買も、次の捜査への足掛かりを得たことになる。

     社長も、それから現行犯逮捕の連絡と同時に青山さん達が押さえた山梨の工場現地の関係者にも薬物検査を行ったけれど、この男性社員以外に違法薬物の反応が出た人物はいなかった。
     現行犯となった時の社員に対する社長の冷ややかな目を見れば、協力している社員達には『脱法であることのメリット』と『違法薬物には手を出すな』ということを説いていたのだろうことが伝わる。
     輸入担当という売買取引の先頭に立つことで、他の薬物が目に入る機会も多かった男性社員は、目移りののち、純粋な味のする大麻そのものにただ一人ハマってしまったらしかった。

     男性社員はそれが犯罪だと自覚していたためか、どこか周囲の目に対しても過敏になっていて、疑わしきや危うき状況からは逃げるべしと判断して、真っ先に関さん達から離れて隠れようとしたのが、今回の逃亡未遂の経緯だ。

     危険ドラッグ販売の計画については、男性社員から社長、工場長の関与の証言も取れて、社長もさすがに知らない顔はできなくなった……というのは私が会社を退勤して、その足で捜査企画課に戻ってから聞いた話だ。
     何しろ、私が到着をした時にはもう社員に対する取り調べどころか、社長に対する聴取も終わったあとだった。


     現行犯として男性社員を移送するのと一緒に、社長も事情聴取のために取締部に同行した。
     社長は危険ドラッグを違法でないと言い切った工場長と同じ自信があるからか、まるで協力的であるかのように聴取の撮影記録にも応じたという。多分、社長にとってみれば誘導尋問や半ば脅しのような聴取が行われることを避けるため、牽制の意図もあったんだろう。

     聴取は、初めから『自分がやる』と言っていた関さんが主導し、今大路さんがサポートするかたちとなった。
     部屋の斜め上方から聴取対象者の顔が見えるように設置されたビデオカメラは、画質も音質も悪いものの、表情や声色から感情を読み取るには十分なデータを残していた。
     ビデオの中の社長は、まるで自分の会社の一室で応接でもするかのように、テーブルの上で手を組んでリラックスしていた。

    『思ったよりも調査が入るのが早かったですよね。もう少しで販売目処が立つところだったので、後はさばくだけだったんですけど』
    『それを止めるのが我々の役目です』

     カメラは関さんの背中側から撮影されていて、関さんの顔も今大路さんの顔も見ることはできない。声の抑揚は、犯人相手でもそれ以外でも相手が冷静であるうちはあまり変わらない、仕事に対する普段の関さん、と言ったところだった。

    『大谷羽鳥、ですか?』

     危険ドラッグについて否定するつもりはないらしい社長は、自分達がどこでしくじったのかの確認をしているようだった。その最初の疑問として、直球に挙げられた名前にドキリとする。工場長が羽鳥さんにハーブのことを暴露してからの、昨日の今日だ。彼が通報したのかと思われてもおかしくない。

     ドラッグの差し止めを急ぐばかり、羽鳥さんが恨みを買ってしまうのではないか。そこだけが唯一、ずっと不安だった。
     今私が見ている聴取動画は数時間前の映像と分かっていながら、背に緊張が走る。
     画面の中の関さんは、当然のように平静だった。

    『そちらの会社に視察に来られている、H&O holdingsの大谷羽鳥さんですか?』
    『取引先……私の友好関係まで把握済み、ですか』
    『先ほど現行犯逮捕にご協力頂いたかたちになりましたので。どのような関係の方かはその場で確認させて頂きました』
    『工場の方で彼にハーブのことを伝えたら、興味を示したと向こうの責任者が言っていたのでね』
    『なるほど。それでは後ほど彼にも詳しく事情を伺いたいと思います』
    『……本当に大谷羽鳥ではない、と?』
    『我々は貴方が扱おうとしていた危険ドラッグについて、インターネット取引の段階から捜査を進めていました。初めに気づいたのは我々のサイバー課です。誰かからの通報があったわけではありません』
    『そうですか』

     それにしてはやはり裏事業の全容を把握されるのが早かったのではないか。
     そんな疑念を浮かべたように見える社長に対し、考える時間を与えないよう、間髪入れずに関さんが本題に入る。

    『今回、工場およびアパートで大量に発見した危険ドラッグ、法を掻い潜った危険薬物を貴方の会社で販売しようとしていた。そのことに間違いはありませんね』
    『ええ、そうですね。もちろん、体内摂取以外の目的で、ではありますが』

     吸引用には販売していない。吸うのは利用者の勝手。危険ドラッグを扱う者達の言い逃れだ。定型句のような口実を、関さんもまた『そうですか』と定型句で応じた。

    『では端的に申し上げます。その薬物は間もなく取り扱うことが違法になります。よって当局の捜査権限により全て回収させて頂きます。よろしいですね』

     本人の合意の上という確認を取るように関さんは言ったけれど、ほとんど強制だということは、社長も分かっている。だからこそと言うか、社長が発したのはイエスでもノーでもない、『律儀ですね』の一言だった。
     社長の言葉に今度は関さんが黙り、社長が続ける。

    『その言い方ではつまり、指定薬物に登録されるまで放っておけば、計画の発端である私を逮捕できた可能性もあるということでしょう? まあ私もそうならないよう立ち回るつもりではありましたが、末端の取り締まりより販売の大元を確実に潰さないと意味がない。違いますか?』
    『そのために今こうしてこの場で話をしています』
    『今、私が廃棄に応じたとしても、今回の件を反省にまた新しい製品をより見つかり難くして流通させるだけですね』
    『ある意味、それは貴方を検挙する、しないとは別のところにある問題ですので』
    『私を捕まえたところでいくらでも同じことを行う者が居るから? はは。自分で認めるんですね。あれですか、ドラッグ捜査のイタチごっこ。面白い』
    『私達の役目は危険薬物の蔓延を止めることです。そのためには今ある事実を認めないと前に進めない。そういう仕事です』
    『前に進んでいる? 需要がある限り状況は何も変わらないのに?』

     社長があからさまに関さんを挑発する。その様子は私が山梨で見た、工場長の態度とよく似ていた。
     彼らが危険ドラッグをどのタイミングで使用しているかは分からないけれど、新種の薬物として尿検査を掻い潜っても影響は体内に残っているのかも知れない。
     普通にしていては分かりにくくはあるものの、感情が昂った時や苛立った時に気が大きくなって、攻撃的になる。

    『貴方達も大変ですよね。医療などへの配慮もあるのかな。猶予とでも言うのか、指定薬物にならないうちは即逮捕とはいかない。現場での判断にも余地を持たせてあって、私のような人物を取り締まり難くしている。まあこちらの業界としては、ありがたい話ですけどね』
    『危険ドラッグの問題点をよくお分かりですね』

     軽い気持ちで手を出してしまったのではない。全て理解した上で、意図的に行なっている。関さんは皮肉を言ったのではなく、確信犯であることを確認していた。

    『嗜好品への欲を全て止めることなど、到底無理な話でしょう? 貴方達がしゃかりきになったところで、何も変わりませんよ』
    『何もしないことで起こる悲劇の方がずっと恐ろしい世の中です』
    『……』

     言いたいことを言い尽くしても関さんには手応えがなかったからか、要は自分が逮捕されるわけではないと確証を得たかっただけなのか。
     饒舌になっていた社長はようやく話を止めて、聞き役に回っていた関さんに、自ら『聴取、しなくていいんですか?』と話を振った。

    『そうですね。実は、ネットを使った輸入経路は既に把握していますし、予定されていた販売手法も工場の方で我々の仲間が詳細に証言を取りました。販売元の海外拠点についても既に割り出しているので、先ほど国際対応に向けて動き始めたところです。事実の確認と、回収にご同意頂ければ我々としては十分です』
    『……』

     緊張からハイになっていた気持ちが急速に萎むように口数が少なくなった社長はその後、関さんが行なった質問に『はい』『いいえ』と言葉少なく返事だけを続けた。
     そして、会社が関わった危険ドラッグの回収と男性社員の自供を裏付ける再捜査への協力を社長が約束したところで、関さんは『以上です』と終わりを告げた。
     拍子抜けしたかのように無言で座ったままの社長がもう用は無いと立ち上がる。
     その姿を見ながら迷ったような間を一瞬だけ空けて、引き止めるように関さんが再び口を開いた。

    『ひとつだけ、指摘しても構いませんか』
    『何か?』

     被疑者の取り調べの時は、いっさい余分なことを言わない、何かを言う場合には意図的に自白を引き出す手段として会話を活用する関さんが、全部の話が済んだ後に社長を引き止めたのは、隣に座る今大路さんも意外に思ったようだった。
     それまで顔の見えなかった今大路さんが、初めて横を向いて関さんを見る。
     関さんは立ち上がろうとしていた社長の方に顔を向けたままだった。

    『イタチごっこという、言葉のことです』
    『それが、何か?』
    『大きな……誤解があるように思いましたので』
    『誤解?』
    『ええ。貴方の言う通り、薬物の取り締まりが堂々巡りであることは、事実、我々自身が誰よりも痛切に感じていることです』
    『でしょうね。だから?』
    『ただ、それは私達捜査官と、繰り返し繰り返し出回る危険な薬物との関係を示した言葉であって……薬物に関わってしまった〝誰か〟と俺達とのイタチごっこは、あり得ないんです』
    『……』
    『貴方がしたこと、しようとしたことの先に、繰り返しはありません。自分を滅ぼすことも、関わった誰かの人生を狂わせることも。起こってしまえば決して取り戻すことはできない。二度目の時間があるなら、どんなに良かったか、と』

     言葉を切った関さんの背中の隣で、今大路さんが微かに指を握り込む。私はただ画面越しのその光景に、息を呑むことしか出来なかった。

    『貴方が入り込んでしまったのは、そういう世界です』

     時間を奪われたように、室内が沈黙に覆われる。
     それから数秒。ご協力ありがとうございました、と、関さんは静かに、締めくくった。


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