赦しの微笑み寒い日は、どうにも夢見が悪い。
夢の中で走馬灯のように思い出したくもない記憶を巡って、最後にたどり着くのはいつもあの日の妹の後ろ姿だ。
「……合歓……っ!」
自分の声で目が覚め、バクバクと動く心臓を鎮めようと長く息を吐いた。自分の家ではないのに、すっかり見慣れてしまった大きいベッドから起き上がると、扉越しに声が聞こえてきた。
「起きたかい、左馬刻くん。朝ごはん出来てるよ」
その声色の穏やかさに、痛いほど脈打っていた鼓動がゆっくりと落ち着いてくる。適当な服を着て向かったリビングのテーブルには既に味噌汁、焼き魚、白米、納豆が並んでいて、椅子に座ると緑茶が目の前に置かれた。
「左馬刻くんが私より遅いなんて珍しいね」
そんなことを言いながら、先生はいつものように微笑んだ。あの日のことを話したことはないが、この蒼い瞳には何もかもを見透かされている気がする。それでも、先生の変わらない態度に酷く安心して、いただきますを言って味噌汁を一口すすった。
「…美味いな」
「それはよかった」
優しい味と温もりが腹の中まで落ちてくるのを感じると共に、起きてから身体に纏わりついていた不快感が消えていく。
……このひと時だけは、あの記憶を忘れてしまってもいいだろうか。
口には出さずに視線を上げると、先生はただ、柔らかく笑っていた。