ボタン・ストライク それは、初デートだ。
誰がなんと言おうと。
二人にとって、生涯で。
初めての。
「フッフッフ! さァ、どれがイイ?」
ドフラミンゴがクロコダイルを連れてきたのは。世界最大級のショッピングモールだ。この島は、観光業で成り立っている春島。世界各地のブランドが集結し、買い物客は1日で余裕で万を超える。常に大盛況であるこの島を、初めてのデートの舞台として選んだ。ちなみに、ドフラミンゴが羽織っているのはいつものピンクの羽根のファーコートと、クロコダイルは彼が用意した黒い羽根のファーコートを羽織っている。
「……あァ、そうだな」
そして。一件ずつ、店を見させられては。そこのお店で欲しいと思う物全てを「買われて」プレゼントされるクロコダイル。荷物は全て、ドフラミンゴが持つ。買ってくれると言うのであれば、特に逆らう必要もない。クロコダイルも気持ちが赴くまま、何の躊躇いもなく、欲しいものをどんどんレジへ持っていく。服でも、宝石でも、小物でも、鞄でも、靴でも。何でもだ。そんなクロコダイルの様子を、ドフラミンゴは楽しげな様子で眺めている。そして、嬉々としてレジでお金を支払う。そんなドフラミンゴの様子を、クロコダイルは呆れた表情で見つめていた。この男は、こんなにも貢ぐ男だったのか、と。だが、この程度の金など、微々たる物なのだろう。そうして漏れなく一件ずつ、店回りは続いた。
王下七武海である二人が。まさか、このようなデートをするなど。周囲から見ればただの脅威でしかない。さらに身長も抜きん出ている。明らかに周囲の視線を集めているが、二人は一切。そんなことは気にしない。気にすることへ労力を使うことはない。
それよりも、大事なことがある。
「おい。もう良い加減、これぐらいで良いだろ」
どっさりと。大量の紙袋を右肩と右腕で抱えたドフラミンゴの姿に。クロコダイルは呆れ果てた。
「まだ回ってない店があるだろ?」
しかし。解放はされない。ショッピングモールを全制覇するまで、終わるつもりはないらしい。ため息をついて、クロコダイルは仕方なく。ドフラミンゴに付き合うことにした。趣味の合わない店は、外観だけで判断して入らないようにしていたものの、それでも半日はかかってしまった。
ようやく。店を一巡できた時には。そこそこ足も疲れてきた。ゆっくり休める場所にふと、目が行こうとしてしまう。が、なんとなく。「休まないか?」とクロコダイルから言うには、プライドが高すぎた。というよりも、それはこの男が察して、エスコートをすべきではないか?だなんてことを考えて。果たして、ドフラミンゴがこの状況で、どうするのか。お手並みを拝見しようと考えた。
だが。疲れてきたのは足だけではなかったらしい。
クロコダイルが今日、一日ずっと着ていた服の、前ボタンが。急に、弾け飛んでしまった。
「あ?」
そもそも。パツパツに服を押し上げる豊満な胸に、Sサイズの服を着ていること自体に、無理があるのだ。
が、これはクロコダイルの狙いであったので、気にすることはない。けれど、ボタンが飛んでしまうのは、少しだけ。予想外だった。
バツンッ、と。それはもう鮮やかに。ボタンは地面に転がった。
すぐに気が付いて、ドフラミンゴが荷物も持っている中であったが。すぐ、屈んで、落ちてしまったボタンを拾うと。
「フッフッフ……気をつけな……!」
器用に。能力を使って、両手指から糸を出して。服に縫い付けた。
そしてちょうど、その角度は。クロコダイルの胸がよく見える位置であった。
作業が終われば、ドフラミンゴはいつも通りの表情で、また歩き出した。クロコダイルは、少々。ブスッとした表情で。その横を歩く。が、五分後。
まるで、狙ったかのように。ドフラミンゴが縫い付けたはずのボタンが、また。弾け飛んで。「チュインッ」とドフラミンゴの左頬にダイレクトアタックされる。
「ッ!!」
おかしい。これぐらいの気配、気付けないものか。
そもそも。この男の糸が、こんな簡単に切れてしまうのも、変な話だ。
「……見聞色はどうした?」
再度。ボタンを拾って。
服に縫い付けるドフラミンゴを見上げながら。
クロコダイルは純粋に尋ねた。
それに対して、心外な言葉を返される。
「お前といると調子が悪ぃ」
先程までの笑顔は消えて。どこか、苛立った表情だ。
それに、クロコダイルも青筋を立てた。
「人のせいにするんじゃねェよ」
そして。またボタンを縫い付ければ、ドフラミンゴは歩き出す。
その様子に。良い加減に、クロコダイルの苛立ちは最高潮に達しようとしていた。
(クソッ、なんでコイツ襲って来ねェ……!?)
クロコダイルは、自身の容姿にはかなりの自信がある。それこそ、この「体」で落としてきた男は数知れない。そのおかげで様々な「契約」はスムーズに事が運ぶ。
今まで、海賊の人生を送ってきたために、誰か特定の人物と付き合ったことはないけれど。ドフラミンゴが落ちないわけがないと思っていた。この体に手を出したくて仕方なくなるはずだ。なので、この辺りできっとホテルに誘って連れ込もうとするに違いない、と踏んでいると言うのに。一向に、男の足はそちらへ向うとしない。
それどころか。
「服買いに行くぞ」
この後に及んで、まだそのようなことを言われる。
「もういらねェ! おい、どこかで休み───」
「ダメだ」
プライドを押しのけて、休むことを提案しようとしたと言うのに。あっさりと却下され、クロコダイルの青筋にも限界が訪れようとしている。と同時に、またボタンが弾け飛んだ。だが、もうドフラミンゴは拾おうとはしなかった。クロコダイルの右手を、左手で掴んで。足早にどんどん進んでいく。ここはショッピングモールのセンター街のど真ん中だ。苛立つ二人はまるで、モーセの海割りのように、人が左右に避けていく。それすら、もはや見えていない。それどころじゃなかったのだ。お互い。
「ッ、イイ加減にしろよてめェ!」
ドフラミンゴの足の長さで、一方的に歩かれては。クロコダイルの足の疲弊も早まる。途中、クロコダイルは左手を掴み直して、思いっきり後ろへ引っ張った
「こっちは疲れてんだよ、気付け───」
その勢いで、ドフラミンゴがクロコダイルの方を振り向くと同時に。ボタンが弾けてしまってシャツから、ボロンッ、と。たわわな胸が溢れ出ようとした。
サングラスの奥で目を見開いて、ドフラミンゴが絶叫する。
「うわあああああああああ!」
「!? うわッ」
すぐに、クロコダイルの羽織っていた黒い羽根のコートを中心にグイッ!と引き寄せて、周囲の目には触れないように隠した。黒の羽根が若干、空を舞う。そしてドフラミンゴが持っていた買い物袋が一部、落ちてしまったけれど。そんなことはどうでも良い。
「てめッ、なにしてんだ!」
「ちょ、苦しい、離せッ」
「馬鹿野郎! 離せるわけねェだろ!」
ゼーゼーと、肩で荒く息をするドフラミンゴの勢いに、クロコダイルは頭に疑問符を浮かべる。何をそんなに必死になるのか。たかが胸だ。けれど、ドフラミンゴは両手を離そうとしない。このような大衆のど真ん中で、何をしているのか。さすがに、周囲から向けられている視線が気になり始めた。ひそひそと、何かしら噂をするように話されている。これはいただけない。妙な印象がついてしまっては困るのだ。
「……おい、ドフラミンゴ。落ち着け」
「これが落ち着いていられるか……なァ、服着替えようぜ」
「はァ?」
「よりにもよって、なんでこんな小せェ服を着て来たんだよ……」
「あァ? 俺の好みにケチ付けんのか?」
「ちっげェよ!」
悲しいことに。ドフラミンゴの気持ちは、全くもって。クロコダイルには理解されていない。だが、致し方ないだろう。何せ、彼らはこれが初デートなのだから。お互いのことなど、一切。分かってはいない。まだ、分かり合えるほどの付き合いではないのだ。
「とにかく! 俺は疲れたんだ。なァ、ホテルでもどこでも良いから、連れて行けよ」
「はァ!? おま、なに言って」
「どうせ今日は泊まる予定なんだろ? 渋ってねェでとっとと」
「いや、え、は? いやいや、今日は日帰りのつもりで」
「はァ!?」
それこそ、今度はクロコダイルが声を上げた。
この男。まさかの泊まり無しでプランを立てていたようで。にしては、これだけ引き摺り回すのはどういう了見なのだ、と。クロコダイルには怒りしか湧かなかった。この体を前にして夜の誘いをするつもりがないと言うのだ。ふざけるな、と。ぶちぶち、と脳内で血管が切れる音がする。
「てめェ……! どこまで俺をコケにすりゃ気が済むんだ……!」
ゴゴゴゴッ、と音が響きそうなオーラを纏って。クロコダイルの右手の平が、ドフラミンゴの頬に炸裂した。鉤爪で殴らなかったことがせめてもの優しさである。パァンッ!と高く響いた音は、周囲に一気に広まった。
「っでェ!」
真っ赤に染まった頬を押さえ、ドフラミンゴが呻いて。その隙にクロコダイルは服を整えて歩き出してしまった。ぐわんぐわん、と打たれた衝撃で脳が揺れていたドフラミンゴだったが、それに気づいて慌てて、買い物袋を全て持ち直して追いかけた。服の前ボタンが取れた状態のクロコダイルを放っておくわけにはいかない。
どうにかその後、追いかけて捕まえたクロコダイルを説得して。デートは続行になった。そんな様子の二人を、周囲の人間はただ遠くから眺めていることしか出来なかった。