サークレット それは、いつものことだったのだ。
なんでもない、いつもの日常生活の延長線上だ。
──それなのに、なぜだろう。
急に、心の糸が切れたのだ。
朝。起きて、歯磨きをして。朝食にパンとトマトサラダとコーヒーを飲んで。また歯磨きをして。スーツを着て、髪の毛を整えて、仕事のカバンを足元に置いて、椅子で新聞を読み。七時には家を出る。
いつも手入れをしている革靴を玄関で履こうとしていると、目の前の扉が開かれる。ほぼ毎日、そのタイミングだ。スーツはきっちり着込んでいる一方で、香水に溺れたような匂いを纏わせたドフラミンゴが、帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま」
お互い、これが普通だ。
普通の顔で、挨拶をする。
「行ってくる」
「あァ、行ってらっしゃい」
こんなやりとり、何度も、何十回としてきた。
別に好きに生きたらいい。相手がいるから自分の好きなことが出来ないなど、あり得ない。それをお互いの約束とした。───結婚をする時に。
自分たちで決めたことなのだ。そして、それで、ずっと、上手くいってきた。俺も、ドフラミンゴも。自分のやりたい仕事をして。やりたいように生きる。その中で、二人で帰る家がある。共有される時間がある。それで、良かった。良かった、はずだ。
車に乗り込んで、エンジンをかけて。出発する。今日は晴天で、良い天気だ。先ほど、帰ってきたドフラミンゴの姿が脳裏によぎる。ハンドルを握りながら、今日の仕事のことを考えて。───そういえば。どうして、俺はドフラミンゴと結婚したんだ?
と、思った瞬間に。
プツッ、と。
どこかから音が聞こえた。
と、同時に。
横から、トラックが突っ込んできた。
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