消えた足跡 東京ではアオガミの痕跡は残らない。
アオガミに限らず、仲魔や悪魔も同様だ。特殊な状況――ラフムらによる侵攻など――であれば異なるが、東京での日常の中、ふたりであっても残されるのは一人分であった。
太陽に照らされる影も。
今のように、雨に濡れてしまって駆け込んだ室内に出来てしまう足跡も。
「あれ?」
ふと、少年は気づいてしまった。
ふたりで駆け込んできた玄関口。残された足跡は一つ。
――自分の足のサイズは、いつの間に大きくなったのだろうと。
「少年」
自身の足跡をじっくりとは見たことは少年にはない。思い込み、勘違いかもしれないと足跡を凝視しようとした少年を引き留めたのは隣に立つ半身であった。
「濡れたままでは躰に良くない。直ぐに自室へ向かうことを推奨」
少年の肩に手を掛け、先を急かすその姿。
「……そうだね。風邪をひいたら大変だ」
「その時には私がつきっきりで看病をしよう」
「え?本当に?」
明らかに弾む少年の声。雨で濡れ、額へと垂れた青色の髪の向こうの眉間に僅かに皺が寄ったことを視認して少年は慌てて首を振るのであった。
「アオガミの看病は凄く魅力的だけど、だからといってワザと自分が苦しむ道は選ばないよ!」
「ならば、良いが……」
不安を拭いきれない様子に更に慌てるのは少年だ。己の半身を悲しませるようなことはしないと繰り返しつつ、少年はアオガミの片手をとって自室へと向かい始めるのであった。
(全く、分かりやすいなぁ)
アオガミは少年に手を引かれている。当然ながら、前を進む少年の表情を目視出来ない。だからこそ、少年は穏やかな微笑みを浮かべるのであった。きっと、この瞬間の自分の双眸は黄金に輝いているだろうと確信しながら。
玄関口に残された一人分の足跡。
少年の足のサイズより一回りは大きい――そう、アオガミの足のサイズ程の痕跡。
(俺は気にしないのに)
――人間の枠組みから外れることになったとしても、共に居られるのならば。
(ああ、はやくダアトに戻りたい)
行きたい、ではなく戻りたい、と考えながら少年は廊下を歩み続ける。
砂塵に並ぶ、二つの足跡。
その光景は何よりも幸せなのだから――と。