可愛い君 肩を叩かれたら後ろを振り返る。
背後から殺気の類いがすれば別問題であるが、その動作は至って普通だ。故に、肩をとんとんと叩かれたジャックフロストは"極当たり前"に背後を振り返ったのである。
「ヒホン!?」
結果として、彼の白いふわふわの頬に淡く輝く青色の人差し指が突き刺さったのだが。
「何するホ!」
突然の刺激に驚き数回大きく両足を使って跳ねた後、ジャックフロストは己を害して来た相手を指す。白い指で指された先に立つナホビノは慌てて両手を挙げるのであった。
「ごめん、そんなに驚くとは」
「意味不明な行動は慎むホ!」
「攻撃とかそういった類いの行為じゃないよ。人間同士のコミュニケーションの一つだよ。……多分」
「多分、が怪しいホ」
それにホ、と続けながらナホビノに近づいたジャックフロストは首を傾げながら契約主を見上げるのであった。
「オイラは悪魔で、お前は神だホ?」
「……そうだったな」
ふと、寂しげな気配を見せたナホビノであったが。
「ジャックは可愛いなぁ!」
「話の脈略が全然ないホ!」
勢いよくジャックフロストに抱きつき、頭を全力で撫でてくるナホビノの腕の中でジャックフロストがその様子に気づくことは出来なかったのである。
***
肩を叩かれたら後ろを振り返る。
まず、そのようなシチュエーションが発生することは非常に稀であった。精々学園の校舎内くらいだ。しかし、少年が現在居る場所は自室であり、彼の肩を叩ける人物は一人しか存在しない。故に、肩をとんとんと叩かれた少年は"極当たり前"に背後を振り返ったのである。
「んふ!?」
結果として、彼の頬に白銀に輝く人差し指が軽く触れたのであった。
「ア、アオガミ?」
アオガミが行った動作を少年は知っている。過去、クラスメイト達が巫山戯合っている様子を見ていたし、彼自身も眼鏡の後輩や、つい先日は仲魔のジャックフロストに仕掛けた悪戯だ。少年が驚きで目を開いた原因はその動作ではなく、首謀者に対する反応である。彼の半身であるアオガミが、少年に悪戯をしてきたのだから。
「……」
「……」
狭い室内になんとも言えない沈黙が満ちる。
「君が」
そして、その空間を破ったのはアオガミであった。
「君がジャックフロストにこの行為をしている様子を見ていたが」
ナホビノは少年とアオガミが合一した姿だ。主導権は少年が得ているが、ナホビノが見て聞いて感じたものは全てアオガミにも共有される。アオガミはナホビノとジャックフロストのやり取りに参加はしてはいないが、確かにあの瞬間、あそこに居たのだ。
そして、アオガミは感じた。
「君もジャックフロストも楽しそうだった」
――故に、思った。
「私も君の真似をしたいと、思ってしまい」
少年はこの遊びを知っていた。先んじて気づかれたり、注意される想定はアオガミの中には組まれていた。しかし、ジャックフロスト以上に驚いている少年の姿を目の当たりにし、アオガミの声はだんだんと小さくなっていく。
驚かせてしまってすまない、と頭を下げようとしたアオガミであるが、それより先に彼には為べき行為が発生した。黙ってアオガミを見上げていた少年が、勢いよく彼の胸元に飛び込んできたからだ。
「少年?」
どうしたのかとアオガミが己の腕の中に収まった少年を見下ろす。数秒間、顔を伏せたまま小さく身を震わせている彼の様子に不安を覚えるアオガミであったが、上を向いた彼の頬には僅かに赤みを帯びていた。
「なんでもない」
そして、その一言はとても柔らかな声であった。
「……そうか」
少年に先ほどの言葉の意図を問うのはどうにも野暮な事に思えて、アオガミは少年の頭をそっと撫でる。
結果、少年がアオガミの腕の中で「ンンッ!」と小さく叫んでしまって体調を心配されることになるのであるが、少年はなんとか最後まで己の本心を隠し切るのであった。
(俺のアオガミ、とても可愛い)
――と。