ふたりであるから「俺は少しでも……アオガミの支えになれてるかな?」
先ほどまでの激戦の名残もなく、静かな丘の上。
唯一残ったナホビノが――知恵の少年は、青色の髪を揺蕩わせながらぽつりと呟いた。荒野を抜ける風の音にかき消されそうな小さな声。傍らに立っている相手が居ても届かないだろう程に微かな声。
故に、半身たるアオガミは気づくことが出来た。彼らは今、一つなのだから。
『少年、何を』
「俺よりもアオガミに相応しい知恵がいるじゃないかなって」
堰を切ったようにあふれ出すか細い声。己の口から吐き出される言葉にアオガミ以上に驚いているのはナホビノ自身であった。こんな事を言いたかったわけではないのにと。
(でも)
それでも、と。
ナホビノは数分前のバアルの言葉や、今までに戦ってきた牛神に連なる悪魔達の発言を何度も脳裏で繰り返してしまう。生命と知恵は必ずしも一対一でないこと。少年がアオガミ以外の知恵を担えるように、少年以外がアオガミの知恵を担える可能性。
そして、連鎖的にナホビノが思い出してしまったのは魔王城でのやり取りだ。
アオガミは決して少年を否定した訳ではない。寧ろ、彼自身の意思を露わにしたのだ。アオガミが彼自身の意思と判断を持つこと。それは少年にとっても喜ばしいものである。
だが、同時に少年はずっと忘れられなかった。
『何だと……』
想定外の結果を目撃した際の失望、もしくは落胆、あるいはそれに類する声音。
――自分はアオガミに相応しくはないのではないだろうか?
口にしたことはなくとも、延々と少年の中で燻っていた火種。そこに微かに火が着いてしまったのである。
「俺、なんかより」
発言すべきではないとナホビノは分かっていた。
"なんか"と己を卑下する発言は己を傷つけると同時に他の誰かを傷つけるのだと、少年はアオガミに何度も伝えてきたというのに。
だが、止める事が出来なかった。
今まで必死に隠してきた不安の一部が剥がれてしまったことで、なし崩しのようにナホビノは――少年は己の恐怖を抑えきれなくなってしまったのである。
アオガミに嫌われたくない、と。
『少年』
無意識で己の体を両手で抱きしめていたナホビノをアオガミは至って冷静な声で呼ぶ。
『今すぐに東京に帰還する事を推奨』
びくり、とナホビノは肩を震わせた。
これ以上、ダアトに滞在する意味がないとアオガミは言っているのではないだろうかと。やはり、自分はアオガミに相応しくないのではないだろうかと。
『少年、おそらく……いや、確実に現在君が思考しているだろう内容を私は否定する。私が帰還を求める理由は、この場では合一化を解除する事が出来ないからだ』
「え?」
『今の君に必要なのは言葉ではなく、行動であると私は判断した』
「行動?」
アオガミの発言の意図が分からずにナホビノが首を傾げると、生命ははっきりと己の目的を告げる。
『ナホビノの姿では、君を抱きしめる事が出来ない』
故に早く帰還をと、アオガミは同じ要請を繰り返すのであった。
「ごめん、アオガミ」
「私こそ今まですまなかった。君にあんな思いをさせていたとは……」
「俺こそ今まで勝手に我慢して、勝手に悩んで……」
「少年は悪くない。私の方こそ――!」
「いや、俺が――!」
ダアトから帰還して早々、合一化を解いた少年とアオガミがぴったりと抱き合い、口論――と表現するには適さない"庇い合い"を始めた様子に最初は驚いた研究員達であったが、彼らは静かにターミナルルームから退室し、ふたりが申し訳なさそうに扉から出てくるまで廊下で珈琲を嗜むのであった。