おかえりなさい。「門限は17時なので、それより早くは帰ってこないで下さいね!」
扉が閉まる直前に向けられたのは、正に満面の笑み。
いつでも部屋に来いとは言ったものの、昼過ぎに突然やってきた親友はあれよあれよという間にオレを自室から追い出したのであった。
「……門限って、その時間までに帰ってこないといけないちゃんじゃねぇのか?」
親友と彼女のポケモン達に背中を押さるがまま、廊下へと押し出されたオレとマフィティフ。呆然とオレが呟けば、マフィティフも同意の声を上げてくれるが。
「ペパー!」
低いマフィティフの鳴き声をかき消すかの如くの勢いで開かれた閉ざされたばかりの扉。勿論、そこに居るのはオレの親友だ。
「キッチン、ちゃんと綺麗に掃除するから借りても良いかな?」
「お、おう」
「ありがとう!」
戸惑いながらも肯定してしまったオレの返答に満足し、再び勢いよく閉まった扉。
「……」
「……」
今度は全く動く気配がなかった。
「バフッ」
「そうだな、ここに居ても意味ねぇな」
彼女の思惑は気になるが、部屋を数時間預けても不安は一切無い。どうするのかと鼻先で足を突いてきたマフィティフの頭を軽く撫で、オレは一先ず歩き出すのであった。
***
バトルスクールウォーズの初戦で親友に負けてから、オレはジムに興味を持ち始めていた。
アイツに勝ちたいという欲は確かにある。だが、オレの目標は勝利ではない。バトルスクールウォーズにこっそりと参加していたオレに向かって「わかってた」と嬉しそうに応じてくれた彼女の傍に居て恥ずかしくないトレーナーでありたいと思ったのだ。
「こんなこと、アイツに知られたら怒られそうだな」
その通りだと、隣を歩くマフィティフが鷹揚に頷く。
興味が無いからと単位が圧倒的に不足していたバトル学の授業を複数受講すれば、あっという間に空は橙色に染まっていた。"門限"ぴったりである。
「それにしても、オレの部屋で何をしてるんだか」
ヒントになるのはただ一つ。彼女が借用していいかと尋ねてきたキッチンだ。
親友とキッチンの組み合わせで脳裏に浮かんだのは、味は兎も角見た目が独創的なサンドウィッチ達の姿。しかし、料理を教わりたいのならばオレを追い出すのはおかしい。
結局、オレは最後まで彼女の企みに気づくことはなかった。
「門限、過ぎたぞ」
時刻は17時1分。律儀に1分過ぎてから扉を叩くと、何やら部屋の中からどたどたと複数の足音が響いてくる。
「待って!私が開けるから!」
察せられていたのか、オレはドアノブから手を離して一歩後ろに引く。同時にゆっくりと、内側から扉が開かれた。
黄昏時の廊下は照明があってもどことなく暗い。宵闇が近づくオレの足下を扉から漏れる光が照らす。そして――。
「ペパー、おかえり!」
丁度出来上がった所なんだよ、と光の向こう――扉から伸ばされた細い手がオレの手を掴む。もう片方の手には外したばかりなのだろうエプロンを掴みながら、彼女はオレを部屋の中へと引っ張り込む。
「ペパーの料理には程遠いけど、私も頑張ったんだから」
部屋を出る前には存在しなかったベッドとデスクの間に置かれたテーブル。その上に乗せらているのは料理だ。
「テーブルはね、テツノブジン達にお願いして運んで貰ったの。そして、これはお母さん直伝のグレン風火山ハンバーグ!と言っても、私はジョウト地方には行ったことないんだけど、ペパーも流石に食べたことないでしょ?だったら、勝てるかなって」
マフィティフ達用のハンバーグもあるよと、手を繋いだままで笑う親友。
「……オマエ」
――言いたいことは沢山あった。
誰かを想って作ってくれた料理に勝負なんてないし、そもそも折角ならば自分を誘えば良かったのにと。
だが、まず最初に言わなければいけないことがある。
「ペパー?」
首を傾げて不思議そうにオレを見上げてくる、大切な親友に対して。
「ただいま」
何時振りになるのかも分からない、挨拶を。