嵐に負けず その日は、鮮やかに色づいたばかりの葉を全て削ぎ落とすような勢いで強風が吹き荒れ、我らが自慢の美しい白竜の騎士団長が柳眉を寄せていた。
柳眉ってのが女性に対する言葉だって言うのは勿論承知しているが、思わず使いたくなるくらいランスロット団長は美人だ。
恐らくこの国一番の。
ランスロット団長ファンクラブの一員である俺はそう思っている。勿論、全会員一致の意見だろう。
濡れたような黒髪、透き通った宝石のように綺麗な瞳、スッと高い鼻梁に薄い唇はいつも濡れていて艷やかだ。
「ヴェイン副団長がランスロット団長の唇にリップクリームを塗っていた」という噂は聞かなかったことにした。
風が一際強く吹き、ランスロット団長の髪が乱れる。普段は隠されている形のいい耳が見えてしまった。
ありがとう、風。
ランスロット団長は耳の形さえ綺麗だ。
「この強風じゃあ、演習は無理じゃねえか?」
ランスロット団長の隣で腕を組んだヴェイン副団長が言う。風で舞う砂埃を厭うてか目を眇めていた。
ヴェイン副団長は、どちらかというと華奢なランスロット団長とは対象的に立派な体躯の持ち主だった。ランスロット団長の前に立ったら、団長の姿はすっぽり隠れてしまうだろう。
髪の色も反対の金色。大きな口でよく笑う副団長は、城下の人々から絶大な人気を誇っていた。
女性の人気はランスロット団長が、ご老人や子供たちの人気はヴェイン副団長が、と人気を二分していた。
今日は融合種を想定した演習を行う為、弓やクロスボウも使用する。ヴェイン副団長はそれらの武器を扱えないと言っているのだろう。
「うーん、俺が氷の壁を作るのはどうだろう?」
ランスロット団長が口を開き、小さな唇が動く様子をまじまじと見つめてしまう。
団長は顔もいいが、凛と響く声もいい。当然スタイルも良いし、頭も剣の腕も抜群に優れていて、更に魔法まで使いこなすのだから完璧だ。誰もが憧れる騎士団長。
「おお、流石ランちゃん! 氷の壁ならこの強風も防げるな! ……って言うわけないだろー。そんな魔法使ってたら、ランちゃんが消耗するっての」
ヴェイン副団長が言うのは最もだ。
演習中、常に氷の壁を維持する為にどれ程の魔力を使うのか。龍脈から力を取り入れるなどの対策をしているならまだしも。
「ふふっ、やっぱり駄目か」
「駄目に決まってるだろー。それに皆が凍えちまうぜ」
「凍えるなら、極寒の地での任務を想定した訓練に変えて……」
「おいおい」
ヴェイン副団長のツッコミに、ランスロット団長は可愛らしく微笑んだ。
――可愛い……!
今、俺の心臓は撃ち抜かれた。恋のキューピッドの矢が刺さったのかもしれない。もう何本も刺さっているが。
きっと、何人も撃ち抜かれている。団員たちの空気が変わったのが分かった。今の微笑みでファンクラブの人数が増えるかもしれない。同担、歓迎しよう。ようこそ。
皆、ランスロット団長に撃ち抜かれるなら本望だろう。
この美しい俊英の騎士団長は、剣を握れば誰よりも強く格好いいけれど、剣を置けばお茶目な一面を見せたりする。そして笑顔の破壊力たるや。
いっそ敵相手に微笑んで見せれば、敵も見惚れて攻撃の手が止まるのではないだろうか。あまりの美しさに戦意が削がれるだろう。
問題はヴェイン副団長がいなければ、中々可愛らしい笑顔を見られないところか。
それもそのはず、ふたりは婚約しているともっぱらの噂だ。
あくまでも噂にしておきたい我々ファンクラブ会員だが――会員の何人かは、手を繋いだふたりが薬指に婚約指輪を煌めかせ、町中を歩いていた姿を不幸にも目撃したというけれど。自身の目で見るまでは、信じないと決めている。
元々、ランスロット団長には「金髪が眩しくて、優しくて、愛嬌があって、料理が滅茶苦茶上手くて、一緒にいると心から安らげる」婚約者がいると噂されてはいたのだが……。
チラリと隣のヴェイン副団長を見る。副団長が噂に当てはまるなんて、我々は泣いていないぞ。
その時、ヴェイン副団長がランスロット団長を見つめたまま不意に破顔した。
「わははは! ランちゃん、髪の毛、ボサボサだなあ!」
「風が強いんだから仕方ないだろ」
髪が風の悪戯に翻弄され、白いマントも翻っている。
ヴェイン副団長はレザーグローブを着けたままの手を伸ばし、ランスロット団長の髪へ触れた。
絶対に、我々には出来ない行動。
「あーあー、ぐちゃぐちゃ」
大きな手のひらで風が吹くたびに乱れる髪を押さえようとして、ランスロット団長に笑われていた。
「ヴェイン、無駄な抵抗ってやつだ」
――無駄な抵抗!
グサリと心臓を一突きされたような衝撃。
ああ――分かっているとも。
見ない振り、気付かない振りをしたって、お二人がお互いをかけがえの無い存在だと思っていることは!
ヴェイン副団長が触れるままに、欠片も抵抗しないランスロット団長の穏やかな表情を見ていれば、副団長の存在が団長には必要不可欠だと思い知らされる!
「ふふっ、ヴェイン。お前の髪にも葉が付いてるぞ。――お前の髪も紅葉みたいだなあ」
今度はランスロット団長が手を伸ばし、副団長の髪へ触れた。それが自然なことのように。
そこは嵐のような風にも負けない穏やかなふたりの空気が流れていた。
ヤバイ。呼吸を忘れてしまう。
「――あの、やはり本日は、演習にならないのでは……」
勇気のあるファンクラブ会員が進言する。
ああ、そうだとも。
もう、今日は無理!
お二人の仲の良さを見せつけられて、我々は瀕死の重傷を負っている!
強風なんて、大嫌いだ!
「仕方ないか。では、日を改める」
ランスロット団長の言葉で演習は行われず解散となったが、しかし、我々ファンクラブはこんなことで解散しないぞー!
推しに婚約者がいたくらいでー!
ヴェイン副団長に負けるもんかー
負け犬の遠吠えが虚しく心に響いたけれど、ランスロット団長の微笑みひとつでまた簡単に復活するのだろう。
我々、白竜騎士団の面々は、最後まで諦めるなと教わってきたのだからな!