【ヴェラン】「運命は迷子を連れて」「ランちゃん、いなくなっちゃった……!」
ランスロットが商品の陳列を整えていると、金髪の男の子が真っ直ぐに走って来て、こちらを見上げながら訴えてきた。エメラルドグリーンの瞳が心なしか潤んでいるが、どうやら泣かずに頑張っているらしい。
休日のショッピング街は朝から賑わっていて、迷子も必ず出る。ランスロットは困った様子で走ってくる子供を受け止めると、視線を合わせて微笑んだ。
(自分から迷子を名乗れて偉いぞ!)
「得意は迷子」という幼馴染みのヴェインを思い浮かべながら、心の中で思う。
子供の頃のヴェインは気付くと迷子になっていて、「俺とはぐれたら、すぐに大人を頼ること」と何度も言い聞かせていた。そのお陰かこの男の子のように、ヴェインもすぐに大人を頼って最悪の事態を避けてきた。
ランスロットが「助けを求められて、偉かったな!」と頭を撫でれば、「ランちゃんとやくそくしたから!」と言って笑った。
仕事中だというのについ幼い頃を懐かしみ、ほんわかした気持ちになってしまう。
迷子の後、再会を果たすとヴェインは必ず、ランスロットの指を小さな掌でぎゅっと掴んで「ランちゃん、もういなくならないでね」と言った。
いなくなったのはヴェインの方だが、ランスロットもヴェインとは離れたくなかったので、「じゃあ、いつも俺と手を繋いで行こうな」と返した。
(手を繋いでいた筈なのに、いつの間にかいなくなっていたのは、何でだろうな?)
しっかり手を繋いでいたのに、いつ手を離したのか。
ヴェインがひとりで心細い思いをしているのではないかと、ランスロットの方こそ泣きたい気持ちで彼を捜し回った。
今、目の前にいる男の子も、同じように心細い思いをしているだろう。
(心なしかヴェインの小さい頃にそっくりだし)
金髪にエメラルドグリーンの瞳。眦が下がっているその瞳は優しげだ。真っ直ぐに駆けてくる姿も似ていた。
(似てるというか……、想い出の中のヴェインそのものだな)
そんなことがあるだろうか? ヴェインにそっくりな子供が現れるなんて。
(まさか隠し子 ……の、わけないか)
この世でいちばん「ヴェインの愛している人が誰なのか」を知っているのは、ランスロットだ。ヴェインがランスロット以外に目を向けているのさえ、見たことがない。
(ヴェインの子供なら、俺にも似てるはずだもんな)
ランスロットは埒もない考えを追い出すため首を振ってから、男の子に話しかける。
「よし、じゃあここにママを呼ぶから、名前を言えるか?」
「ゔぇいん!」
「ん?」
ヴェイン。
似ていると思ったら、名前まで同じだとは。
(え? 夢か、これ?)
そういえば男の子は「ランちゃん、いなくなっちゃった」と言っていたのだ。
ママからはぐれたのではなく、「ランちゃん」からはぐれたのか。幼い頃の自分たちのように。
「えっと、ヴェインくんは『ランちゃん』と一緒に来たのか」
コクリと頷く。
偶然にも同行者は自分と同じ名前だ――名前というか、愛称だが。
ヴェインは子供の頃からランスロットを「ランちゃん」と呼び、何度注意しても愛称呼びをやめてくれない。それは彼が二十六歳になっても続いていた。
(この子の言う『ランちゃん』って、俺?)
まさかと思いながら、幼い頃にデパートでヴェインとはぐれたことがあったと記憶が蘇った。
(とにかく館内放送を依頼しないとな)
ヴェインが迷子になっているのなら、ランスロットはきっと懸命に捜している。
男の子を抱っこして、「ヴェインくんは今、いくつかな?」と聞いてみた。
怖がらせないように笑顔を浮かべて。
ランスロットのよく知るヴェインが言うには「迷子になってる時、大人が笑顔でいてくれると安心するんだよな〜!」と言っていたからだ。戸惑っている気持ちを覚らせるわけにはいかない。
「えっとね、きゅうじゅうろく……!」
とても張り切って伝えられた数字に、声を出して笑いそうになり、慌てて唇を引き締めた。
(うん、それは身長だぞ、ヴェイン!)
可愛い。直近で健康診断でもあったのだろうか。
笑わないよう唇を引き締めたけれど、自然に笑みが浮かんでしまう。
もし、この子が小さな頃のヴェインだとしたら、ランスロットに笑みが浮かぶのは仕方がない。
昔から、ヴェインはランスロットを笑顔にする才能の持ち主なのだから。
「ふふっ、一歳か? 二歳か? それとも」
「三さい!」
再び元気に言うと、指を三本立てて教えてくれる。やはり可愛い。
(そうだな、俺はいつもヴェインが可愛くて仕方なかったし)
小さな頃からランスロットを慕ってくれたヴェイン。
いつだって駆け寄って来てくれるのが嬉しかった。それは、今も。
「ヴェインくんは三歳か」
「おにいさんは? おいくつ、ですか?」
「『おいくつ』なんて大人の言葉を知ってるんだな?」
「ランちゃんがいってた!」
男の子はすっかりリラックスした様子で、瞳に浮かんでいた涙も引っ込んでいる。
「お兄さんは、二十八歳だよ。じゃあ、今、ランちゃんを呼ぶから、もう少し待っていてくれ」
男の子を接客用の椅子に座らせ、内線の受話器を取ったところで「ランちゃんー!」と聞き慣れた大人のヴェインの声が響いてきた。
声に振り返ると、人混みの中で大きな男が軽く手を上げている。
今抱っこしていた男の子とはあまりにも体格が違っていて、なんだか眩しいような気持ちだ。
(成長したなあ……)
細かった手足は何倍にもなり、身に纏っているカジュアルなスーツが体格の良さを引き立てている。
子供の頃はランスロットが手を引いていると「お兄ちゃん?」と聞かれたりもしたが、今、ふたりが並ぶと、ヴェインの方が年上に見えるだろう。
「あれ? その子……」
人混みを抜け、休憩から戻ってきた男は、小さな男の子を連れていた。ヴェインの手をしっかり握っている男の子は、クセの強い黒髪で、青い瞳。
意志の強そうな瞳は、不安に揺れている。
(――俺か)
どう見ても幼い頃のランスロットそのものだ。
(まあ、己の顔よりヴェインの顔を見る時間が長かったから、あんまり自分の顔は覚えてないけど……)
だが、ランスロットにはその男の子が、不安に押しつぶされそうになっているのが自分のことのようによく分かった。
ヴェインがいなくなったから。
ヴェインが見つからなかったら、二度と会えなかったら――そう考えて、不安で仕方がない気持ち。
そして、「また迷子にしてしまった」と自分を責めている。
「ランちゃん、迷子の放送お願いしてもいいかー? ……今、呼んでもらうからな」
ヴェインはランスロットに声を掛け、後半は小さなランスロットへ言葉を掛けた。愛おしげな眼差しで小さなランスロットを見ている。
(俺と同じ気持ちになってるな)
懐かしさと愛おしさが溢れ出る。
ヴェインは小さなランスロットの前にしゃがんで、「もう少しで会えるからお兄さんと一緒に待ってような!」と黒髪をくしゃくしゃにした。ヴェインの笑顔につられて、小さなランスロットの口元にも笑みが浮かぶ。
「放送は必要ないぞ、ヴェイン」
「へ?」
呼び出さなくてもすぐに再会を果たせるだろう。
運命というものがあるのなら、ランスロットとヴェインは決して離れないという運命で結ばれている。
そう思ってしまうほど、いつどこでどんなふうに離れても、再会出来た。
ランスロットは小さなヴェインを椅子から下ろし、そっと背中を押す。
彼は不思議そうにランスロットを見上げた。まだ彼の「ランちゃん」の存在に気付いていない。
「ランちゃん」の方が反応は早かった。
「ヴェイン!」
名を呼ばれた小さな男の子が勢い良く振り返る。大きな方のヴェインも身体をピクリと動かして反応しているのに、つい笑ってしまった。
黒髪の男の子は瞬く間に瞳へ喜びを浮かべ、沈んでいた表情も明るいものに変化する。大人のヴェインの手を振りほどき、すぐに小さな身体へ飛びついた。
自分の「ヴェイン」に。
「ランちゃん!」
「よかった……!」
小さなふたりがお互いの身体を必死に抱きしめていた。お互いが宝物なのだ。
(ふふっ、もう迷子になるなよ――まあ、無理だろうけど)
けれど、大丈夫。絶対に会えるから。
今のランスロットには自信と確信があった。
「おとなのひと、たすけてくれた!」
「うん、偉いぞ。一緒にお礼しような」
小さなふたりがお互いを見つめて、存在を確かめている。
「……迷子は、終了だな」
「え? ナニナニ あのランちゃんに似てる子が探してたのって……」
「お前だろうな」
「えー? やっぱりあの子、ランちゃん本人 どーゆーこと?」
「さあ……? 時空へ迷子になったのかもな」
悪戯心を発揮して囁くと、ヴェインはますます困惑の表情を浮かべた。
「え? ナニ。俺、どんなところへ迷い込んで……?」
「安心しろって。お前が時空で迷っても、俺は迎えに行くから」
ランスロットが笑うとヴェインも破顔する。
「ランちゃんがそう言ってくれると安心するな!」
当然だ。運命だから、引かれ合う。
笑い合っていると、腰に小さなふたりが飛びついてきた。必死に上を見上げてくる金髪と黒髪の男の子。
「たすけてくれて、ありがとう!」
「お世話になりました!」
小さなふたりには笑顔が浮かんで、もう何も怖いものはないとその表情が語っている。
(ふたりなら、強くいられるんだもんな)
ランスロットはふたりの頭を撫で、「おばあちゃんの誕生日プレゼントを探しに来たんだろ?」と覗き込みながら聞けば、幼いふたりはキョトンとして顔を見合わせるのだった。