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    Jeff

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    お題:「なんだこれ」
    #LH1dr1wr
    ワンドロワンライ参加作品
    2024/05/19

    #ラーヒュン
    rahun
    #LH1dr1wr

    Passenger 電車が減速するひとときが、何とも言えず好きだ。
     と、ラーハルトは思う。
     どうせ大した事故じゃない。
     線路わきで未知の救難信号を傍受したとか、つむじ風に煽られた世界樹がごっそり毒の花粉を飛ばしたとか。

     『永遠の若さを手に ○○化粧品』
     『欠陥品アウトレット 全品半額』
     『洗濯革命 ナノ分子の強力浄化』
     『歴史ある舞台○○ ついに終演』
     
     賑やかな看板が、緩慢に通り過ぎていく。
     線の塊だった高速の車窓が、徐々に収束し、像を結ぶ。
     踏切のむこうで俯く会社員。薄汚れたベランダにはためくシーツ。
     売春宿のネオンと、歯医者の自撮りポスター。
     どこまでも続く四角張った世界と、その奥にあるくたびれた営み。
     ささいな日常が、不意打ちのように視界に飛び込んでくる。
     
     遅延に落胆する乗客たちを後目に、ラーハルトは降車ドアに耳を寄せる。
     皮脂で汚れたガラスが生ぬるい。
     通過駅でふと見上げると。

     まただ。
     「彼」だ。

     雑居ビルの窓から、陰鬱な青年がこちらを見下ろしている。
     灰色の髪と、高い頬骨。
     整い過ぎた容貌をもてあますような、幼い表情。
     もの言いたげに掌を開き、また握って。

     ダンス教室なのか弁護士事務所なのか、看板がずれているせいで分からない。
     「彼」は、ただそこにいて、ラーハルトが運ばれていくのを眺めている。
     窓枠に添えた手を握って、また開いて。

     俺を見ているわけじゃない。
     と、ラーハルトは自分に言い聞かせる。
     あの目は、遠いどこかに向けられているだけだ。
     分かっている。
     それより、今夜の契約だ。完璧に手配したはずだ。ターゲットとの相性は悪くない。マネジメント方針を的確に伝えるため、否、敬愛する上司の評価を得るため、手段は選ばない。競合他社の付け入る隙などない。相手の留学歴から夫の得意料理まで仔細把握済み、頭に叩き込んである。綿密に網を張って信頼を得た、これが最後の仕上げだ。彼女を取れれば事務所は安泰、業界での地位は数段上がる。ああ、そうさ。いつだって俺は完璧で、何もかも――
     
     稲妻のように、謎の光景が脳を突き刺した。

     ――夕暮れ。
     ……夏の夕暮れだ。
     
     さざ波のように変容する水色の空の下を、「彼」と歩く。
     灰色に見えた髪は、残照をとらえて銀色に揺れている。
     二人とも喋らない。
     語らずとも、語るべきことをすでに知っているからだ。お互いに。
     狭苦しい街角のパブに、幸福な中年男の背中が並ぶ。
     店じまい中の質屋の主人が、くたびれたケリー・バッグを見つめている。
     散歩道には、家路を急ぐ人々。家族連れ、学生、足の悪い老人。
     人懐こい大型犬に濡れた鼻を押し付けられて、「彼」が笑う。
     ラーハルトはブルーボトルコーヒー、「彼」はバスキン・ロビンスでジャモカアーモンドファッジを買って。
     足元が不安な宵闇の公園に迷い込む。
     分厚く重なる枝葉に透けて、橙の夕焼けが燃えている。
     世界の終わりみたいに。
     暗い木陰でキスする女の子たちを見やると、「彼」がつい、とラーハルトの袖を引く。
     街灯が照らす広場まで、あと数十メートル。
     そのわずかな間だけ。
     視力を失いながら、二人の指が絡まっていく。
     乾いた骨と皮膚がぶつかる、その感触。
     その熱。
     
     ……気がついた時には、執着駅のベンチで顔を覆っていた。
     どれくらい、そうしていたのか分からない。
     約束の時刻をとうに過ぎている。
     震え続けるスマートフォンの焦燥も、もはやどうでも良かった。
     やおら立ち上がると、見知らぬ階段を駆け抜けて。
     逆方向のホームから、下り列車に滑り込む。
     
     『終演』
     『革命』
     『欠陥』
     『永遠』
     
     逆転していく風景。

     何だ。
     何なんだ、これは。
     俺は一体、何を考えているんだ。
     
     あの駅で飛び降り、夜の街を駆けていく。
     宇宙に流れるあらゆる時空において、たった一人に出会う確率は、まさに天文学的に低い。
     太平洋に投げ入れた真珠を拾い上げるがごとく。
     だが俺は、「彼」は、今ここにいる。
     逃したら、また百万年待つことになる。
     今度こそ、絶対に。

     詩的な衝動に苦笑しながら、ラーハルトは全力で走った。
     まだ三階の窓に存在しているはずの、運命の人の影を追って。


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    dosukoi_hanami

    Deep Desireヒュンケル、仕事を納める。
    (アポロさんとヒュンケル、ほんのりラーヒュン)

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