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    Jeff

    @kerley77173824

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    お題:「ハネムーン」
    #LH1dr1wr
    ワンドロワンライ参加作品
    2025/06/15

    #ラーヒュン
    rahun

    Luciole 神々がおわすという、大仰な伝説には見合わない。
     その岩山は観光名所程度の、のどかな展望台だった。
     ほとんど失われた古代の信仰を、村人はいまだに大切にしている。
     「絶景だから」とヒュンケルに誘われたラーハルトは半信半疑だったが、日も暮れたころに、理由が分かった。

    「以前、先生と訪れたことがあって」
     中腹の洞穴に、ささやかな滝の音。
     泉が隠されていた。ところどころ差し込む月明かりを湛えて、この世ならぬ涼風をまとって。
    「そろそろだ。ほら」
     ヒュンケルが指し示す闇色の中に、何か、点のようなものが浮かび上がった。
    「何」
     ラーハルトが目を凝らすと、それはみるみる輝きを増して、やがて滑るように水面へ落ちた。
     ひとつ、またひとつ。あっという間に洞穴は光の粒で満ち、彼らにしか分からない言葉でお喋りを始めた。
     満天の流れ星。
    「初めて見た」
     ラーハルトは呟いた。「蛍か」
    「ああ」
     ヒュンケルは肩に一匹のせたまま、慎重に腰を下ろした。
    「すごいだろ」
    「すごい」
     珍しく素直に認めて、ラーハルトは泉にそっと触れた。
     波紋に驚いた虫たちが花火のように散って、嬉しそうにまた戻ってきた。
    「先生も楽しんでいたが、多分俺ほどじゃなかった。あの人は審美主義者に見えて、現実的なんだ。夢中になったりはしない」
     お前は違うのか、と聞き返そうとして、止めておいた。相棒は意外とロマンチストで、ラーハルトは不思議とそれが嫌ではなかった。
    「とはいえ、俺も現実的な目的があってここに来るんだ、毎年」
     そう言うとヒュンケルは小さな包みをいくつか取り出した。
     優しい燐光が照らし出すその中身は、小さな骨のかけら。
     汚れた包帯。
     ふぞろいの砂粒や、壊れたペンダント。
     かけた刃。
     ラーハルトは首を傾げて、ひとつ手に取った。
     オークの牙。
    「遺品?」
    「そう」
     だから、地底魔城跡に寄ったのか。先の大戦で命を落とした彼の部下、彼の家族を、弔うために。
     ラーハルトが頷いて牙を手渡すと、ヒュンケルは微笑して、岩盤の上に丁寧に並べた。
    「虫が役に立つんだ」
     彼が手をかざすと、色あせた遺物たちから小さな鬼火が立ち上る。
     この世に迷う死者の魂が、怯えるように揺らめいた。
     腕を組んで見守るラーハルトの前で、蛍が一匹、鬼火に近づいた。
     しばしのち、ふたつの光が連れ立って、洞穴の入り口から夜空へと旅立っていく。
    「普通の蛍じゃないんだ、ここのは」
     ヒュンケルが軽く手を振って見送る。
    「魂を連れて、天に還る。どこに行くのかは、俺も知らない」
     星々のダンスは高揚感を増し、一斉に飛び立ち始めた。
     つがいを見つけて、どこか高次の場所へと。
    「やたらと華やかな心中だな」
     美意識のないラーハルトのセリフに、ヒュンケルが噴き出す。
    「むしろ婚礼だと言ってくれ」
    「葬式なのに?」
    「いいじゃないか。どちらも祝福されるべきだ」
     空に昇っていく光の束は壮観だった。
     濃紫の雲間に、幸福な魂が溶けていく。あらゆる生命を宿す伝説の巨大樹が、その枝を差し伸べる。
     たった一晩の命。光る虫たちの、最初で最後の新婚旅行。


     
     
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