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    Jeff

    @kerley77173824

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    アッテムトにて。

    お題:「レクイエム」
    #LH1dr1wr
    ワンドロワンライ参加作品
    2023/04/23

    Elegy「人間は、すごいな」
     のんきに呟く相棒に、ラーハルトは心底くたびれた視線を投げる。
    「……毒ガスで死に絶えた坑夫たちへの感想が、それか」
     自分で言ってみて、思わず息を詰める。
     だが、どんなに感覚を研ぎ澄ませても、今漂っているのは馥郁たるカビくささだけだ。
    「いえ、仰るとおりです。希少な鉱物は当時の街を活気づけ、坑道は恐るべき速度で拡がり続けたと伝えられます」
     ガイドを務める初老の紳士が相づちを打つ。
    「人間の強欲は、死に至る病が跋扈し始めてからも変わらなかった。彼らは掘って、掘って、掘りまくったのです」
     ヒュンケルはよく整備された岩肌をそっと指でなぞってみた。
     倒れ行く同業者に目もくれず先を急いだ、一攫千金を狙う若者たち。名誉欲や射幸心に、あるいはそれに類する怪物に支配され、瘴気の恐ろしさを忘れ去った、愚かな人々。
     彼らのつるはしが、この壁を作った。
     熱狂の痕跡。
    「この遺跡が発見されたのは、つい最近のことです。古文書に一致する記載に、我々学者連中も興奮しました。地獄の帝王が封印された地下深くを、人間たちが後先を考えず掘り返し、世界に危機を招いた。その伝説が、真実だったのですからね」
     考古学者はへんてこな帽子を少し直して、更に奥へと二人を誘った。
     多くの犠牲者を出したというアッテムト鉱山の心臓部は、拍子抜けするほど小奇麗だ。
     研究者たちの手によって照明が配備され、もはやただの観光名所と化している。
    「一度は希望に栄えた街が、死の霧に覆われたのだろう。掘削と毒ガスの因果関係は明白だった。それでも人々は、逃げなかったのか」
     ヒュンケルが問うと、学者はまた帽子を直した。
    「ほとんどは逃げたでしょう。ですが、残った者たちがいました。鉱山の噂が噂を呼び、新たな人間も訪れた。命を懸けても財産が欲しかった。あるいは」
    「あるいは?」
     ラーハルトが、底知れぬ側道の闇を眺めながら聞く。
    「突き動かされたのかもしれません。何か、大きな存在に」
     老人はそう言いながら、すたすたと前を行く。
    「ここに眠る地獄の帝王エスターク、とやらに操られたのか」
     わき道の入り口には、赤茶けた掌らしき痕があった。
     仲間割れの末の血痕だろうか。
    「そうとも言えます。ですが地獄の帝王は、必ずしもそれらしい顔をしていないものです」
     学者は通路の奥に立ち、二人を振り返った。
     彼が指さすその先には、茫漠たる空隙があった。
     怪物が抜け出した跡にも見えるが、ただの空虚な穴でもあった。
    「学者も魔術師も、世界の理を超えた何かを希求した時には、道を誤ります。仮説的な『進化の秘法』は、術者の体も魂も壊してしまったと古文書が伝えています」
     ヒュンケルは、じっと奈落を覗き込んでいる。
    「地獄の帝王は――おそらく。常に、我々の傍らにあるのです」



     悲劇の鉱山を後にして、宿場町の酒場に腰を落ち着けた。
     なかなか刺激的な体験だった。
     とくに興味深い情報は眠っていなかった。だが獣王の腕力もない非力な人間たちが切り拓いた広大な空間は、問答無用の重みを背負っていた。
    「人間とは――ヒトの欲望というのは、すごいな」
     と、ヒュンケルが繰り返す。
    「一人では絶対に、あんなことはできない」
    「仲間同士血で血を洗い、死のガスも恐れず進んだ奴らだ。どこが尊いというのだ」
     と、ラーハルトのまっとうな意見。
     ヒュンケルは返事をせず、何か考え込んでいる様子だった。
     が、やおら振り向いて、隣のテーブルに声をかけた。
    「情報があるぞ。ホルキアだ」
     熱心に話し込んでいたグループが一斉に顔を上げた。
     ヒュンケルはにこりともせず、彼らの地図の隅に指を伸ばす。
    「ヴィオホルンの死火山。かつての魔王のねぐらだ。噴火で沈んだ城には、山ほどの財宝が隠されているらしい」
     ラーハルトは、友の突然の行動に唖然としつつ、隣席の若者たちを観察した。
     トレジャーハンターの集団か。
     鉱山の遺跡を嗅ぎまわりに来たのだろう。命知らずの冒険者たち。
    「なんで知ってる。あんた何者だ」
     旅団の一人、年かさの男が穏やかに聞き返した。
    「俺は内部を見たことがある。言えるのはそれだけだ。信じるも信じないも自由だがな」
     それだけ言うと、ヒュンケルはまたラーハルトに向き直って、何事もなかったかのように酢漬けのオリーブを摘まんだ。
     ……種を蒔いた。
     ラーハルトは何とも言えない表情で葡萄酒を舐める。
     数十分後。彼らが立ち去ったのを見届けてから、声を落としてヒュンケルに話しかけた。
    「お前は、掘り返されたくないのかと思っていた」
     彼の、『家』だったあの場所。
     家族が命を落とし、不死騎団が全滅した、呪われし地底魔城。溶岩に埋まったその姿は、もはや誰の手によっても救い出すのは不可能だろうと思われたが。
    「何十年かかるか分からんがな」
     と、ヒュンケルが少々酔いの回った目を細める。
    「墓を暴くことが、鎮魂になるか?」
     彼の家を壊した人間どもの手に、大切な思い出の地を渡すなど。ラーハルトには理解不能だ。
     ヒュンケルは何も言わず、じっとテーブルに目を落としている。ややあって、「さあな」と返した。
    「だが、彼らの存在がただ消えていくのが、何となく悲しいんだ。記録され、保存され、学びとなり、自由になって欲しい。それができるのが人間たちだけならば、託してみても良いかもしれない」
    「解せんな」
     ラーハルトは腕を組んで、はた、と気づいた。
     深く沈んだ敵城を、何年もかけて掘り起こす人間たち。
     彼らの知識欲と金銭欲が巨大な力となり、何人もの時間と生命がそこに費やされ、散っていく。
     それは、壮大な復讐とも言えるのではないか。
    「あ、そうだ」
     当の復讐者本人が、素っ頓狂な声を上げた。
    「……なんだ」
    「もしいつか、地底魔城の最深部が公開されたら、お前に訪れて欲しいところがある」
    「ああ」
     地獄門、だろうか。
     彼の父がそこで息絶えたという。神妙に頷いたラーハルトだったが、予想は外れた。
    「説明が難しい。地図を書いておくから、頼んだぞ」
     と、ヒュンケルはきらきらと目を輝かせながら、何事か書きつけ始める。
    「……と言うと?」
    「宝物の隠し場所だ」
     びし、と示された紙片には、誰がどう見ても理解できそうにない、ただの四角と直線が並んでいた。
    「よく光るガラス玉と、何かの種と、壁に埋まっていた貝殻。お喋りな木の葉っぱと、物知りのおじさんがくれた本。それに――」
     ラーハルトは頬杖をついて、星印の書かれた部屋らしき四角を眺める。
    「ガキの頃の財宝か。まったく」
    「そうだ。全部お前にやるぞ」
    「自分で取りに行け。付き合ってやるから」
     そう言うと、ヒュンケルは不思議そうに首を傾げる。
    「俺が生きているうちには、さすがに無理だろう。だから頼んでいるんだ」
     ラーハルトは酒の残りにむせて、ごん、と杯を置いた。
    「約束だ」
     無邪気に笑う友に、言いたいことはごまんとある。
    「……まあ、良いだろう。代金は高いぞ」
    「何でもやるさ」
     機嫌よく椅子に寄りかかるヒュンケルの額を軽く拳で突いて、ラーハルトは苦笑する。
     彼がいない、遠い未来。
     きっとそれは、鎮魂の儀式になるだろう。
     だが考えるのは、まだ先で良い。
     ――ずっと先であって欲しい。
     母が教えてくれた美しいレクイエムを振り払いながら、ラーハルトは最後の一口を呷った。

     
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