Stigma「本当にいいのか」
ラーハルトが三たび、相棒に尋ねる。
「いいから。やってくれ」
汚れた枕に顔を埋めて、ヒュンケルがけだるく答える。
汗の伝う白いうなじには、真新しい痣と噛み痕が残る。
狂おしい情事の後、本来なら幸福な眠りに落ちているはずだったのに。
明らかに、こんな重大な決断を下すタイミングではないのに。
……いや、違うか。むしろ今を逃せば、一生こんな機会はないだろう。
「早く」
ヒュンケルが自分で確認できない位置だ。
首の後ろ。
銀髪の生え際に残って消えない不思議な火傷の痕のことを、うっかり口に出したのは軽率だった。
即座に、ヒュンケルの瞳が燃えた。
跳ね起きるなり素早く荷物を漁って、ロン・ベルクが餞別にくれた短剣を引っ張り出した。
「ちょうどいい」
刀身に掘られた竜の飾りを撫でると、燃え盛る暖炉へ投げ込む。
意味を察して、ラーハルトは眉間を押さえる。
「何がだ」と一応聞く。
「焼くのに」と、平坦な返事。
数分後、真っ赤に火を帯びた刃を火ばさみで把持したラーハルトは、恋人の後ろ髪をかきあげて、そこにある着色を見つめる。
彼が気づかぬうちに刻まれた――もしくは、記憶の奥底へと閉じ込めていた、誰かの所有印を。
「早くしてくれ、ラーハルト」
命令口調に混じる、震え。涙声。
耐えきれず、ラーハルトは刃を一息に押し付けた。
肉の焼ける匂い。か細い悲鳴。
暴れるヒュンケルを押さえ付け、十秒数える。
「……っ、はあ」
息を止めていたのはラーハルトの方だ。
非情な金属を引きはがせば、そこには爛れた竜が吠えていた。
もとの印は目立たなくなった。
俺の。俺の痕だけだ。
刻んでやった。
奇妙な興奮に、思考が急速に舞い上がる。
必死に情欲を抑え付けて、優しく、慎重にヒュンケルを裏返した。
「大丈夫か」
きつく閉じられていた瞼がゆるやかに持ち上がる。
濡れた紫の瞳が、恋人を認識して軽く微笑んだ。浅い息を繰り返している。
彼が何か言う前に身体を離し、冷えた水をグラスに注ぐ。
一口含んで、苦しそうな唇に注ぎ込んだ。
緊急用のパウチを開いて、上等な薬草と傷薬を準備する。
痛々しい傷を清い水で注ぎ、テランで手に入れた軟膏を塗りこめて、冷やした葉を張り付ける。
首に包帯を巻いてやる頃には、ヒュンケルの呼吸も落ち着いてきた。
ラーハルトはため息をついて、どさっとベッドに仰向けになる。
「お前はまだ寝るな。よく水を飲め」
「どうして」とかろうじて返事をして、ヒュンケルは少しむせた。
「焼き印をくらった者は水を失う」
よく知っているんだ。
ラーハルトの呟きをとらえて、ヒュンケルはじっと彼を見上げる。
そして、文句も言わずグラスを飲み干した。
「お前がつけてくれた印。見られるかな」
そう囁くと横になって、半魔の湿った胸に鼻先を埋める。
「見たいんだ」
「どうにかなるだろ。うまく鏡を使って」
あくび混じりにラーハルトが言う。
「明日には絵柄が見えるかな」
「馬鹿か、まだまだかかる。落ち着くまで弄るなよ、しばらく我慢しろ」
異常な行為の直後なのに、どうも悲壮な感じがしない。
腹が減ったから残りのパンを焼いて食べました、といった程度の満足感。
「とっくに異常を通り越しているんだな、俺たちは」
誰にともなく呟く。
「……? 何か言ったかラーハルト」
「何でもない。痛むか」
「全然」
「……」
「……少し」
ラーハルトは寝返りを打って、強がりな恋人をぐいっと抱え込む。
「痛い」
「我慢しろ。お前が望んだくせに」
いつ教えてやろうか。
と、ラーハルトはうとうとしながら思う。
ヒュンケル自身に見えない場所に、まだいくつか、謎の印が残っていることを。