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    fuki_yagen

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    こちら https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17116553(pixiv)の続きの王蛸ロナドラ。
    7月に出す予定の王蛸本に収録します。本のほうは他にもえろが書き下ろしで入ると思います。あと書き下ろしとか間に合えば。
    web用もどんどん進めます〜Twitterで先出しすると思うので気になる方はそちらみててください。メディア欄辿れば探しやすいかもです。

    #ロナドラ
    Rona x Dra
    #王蛸
    kingOctopus
    #王タコ
    kingOctopus

    深海の冷たい火「ほう、古書庫というからもっと狭いものを想像していましたが、いやあこれは」
    「古書ばかり収めてるわけでもないからな。手前の棚は新しい学術書やまだ本にもしとらんデータの類いじゃから、この国のことも、ここ百年の地上の情勢もわかるぞ」
    「あ、兄貴」
     そんなことを教えていいのか、と名を呼ぶと、兄王はいい、と軽く手を振りロナルドを抑えた。ドーム型の足を持った変わった蛸の人魚はふんふんと感心しながら床にも書物の積まれた狭い通路を、するすると器用に歩いて行く。後生大事に抱きかかえているシャコガイから顔を出した使い魔が、同じように興味深そうに高い天井を見上げてきょろきょろとしていた。
    「こんなに地下深く、天井も高くとなるとカタコンベを思うのですが」
    「あー、多分もともとはその用途だろうな」
    「エッ!?」
     ビャッと飛び上がったロナルドを色とりどりの三対の目が見、何も言わずに会話へと戻る。
    「使わないのですか、カタコンベ」
    「このあたりの地域では昔々はそうしてたようだが、俺たちの故郷では墓は外に掘るもんなんじゃ」
     はは、と魔女で人魚で吸血鬼のドラルクがうっすらと嗤う。
    「吸血鬼に奪われますぞ」
    「吸血鬼が死体を盗んだり死体が吸血鬼になったりってのは迷信じゃろう。お前さん、わざと言っとるんじゃろうが、そういう物言いはもう地上では流行らんぞ」
    「エッ時代遅れ? やだなあそこから勉強し直しかあ」
     人間の百年濃密すぎる、とぶつぶつと言いながら、棚や本にぶつかっているようでいてその実器用に避けている蛸の足がどんどん暗い奥へと進む。おい、とヒヨシがランプを掲げて呼んだ。
    「ちょっと待て、魔女殿。お前さんたちは見えてるんだろうが、俺たちは暗闇では目が利かん。今明かりを増やすから」
    「ああ、そうでした」
     暗がりで影になっていた白と黒と紫に赤い目の差し色のある蛸は、ついと尖った指を立てた。ぽ、と灯った拳大の白い光が、指先を離れふわふわと周囲へいくつも漂う。ロナルドはそこで初めて、魔女の爪が赤いことに気付いた。
    「こりゃあ便利だ」
    「この程度お安いご用ですとも。こう暗くては火気厳禁とはいかないでしょうが、せめて私がいる間は明かりを貸して差し上げましょう。滞在料ということでどうです」
    「対価をもらう気などなかったが、それで構わんよ。しかしあとで海の国の話も聞かせてもらえるのだろうな?」
    「それは勿論。お城の書物や資料を閲覧するための対価ですから」
    「兄貴、やっぱりこいつにあんまり情報を渡すのはさ……」
    「なにも国営に関わるものまで見せようというんじゃない。学者たちなら知っているようなことまでだ。さて、魔女殿」
    「なんですかな」
    「あとは弟をつけますから、お好きになさってください。ただしこいつを必ず側へ。古書庫の鍵も弟が持っていますからな」
     ドラルクはくうと目を細めて嗤う。薄い唇の大きな口から覗いた牙が光り、ロナルドとヒヨシを赤い視線が交互に見た。
    「単純に見張り……ということではないのでしょうな」
    「海の魔女といえば対価次第でどんな願いも叶えてくれる大魔法使いと聞いております。それが善であれ悪であれ、あなたの眼鏡に適えばどんな相手の望みでも、と」
     ふふふ、とドラルクは心地良さそうに笑った。
    「それはまた大層な評価をいただいたものだ。魔法というものはねえ王様。できることとできないことがはっきりとしているんですよ。努力や根性で結果がなんとかなるものではない。求める結果を正確に得たいなら、相応しい魔法を使わなくてはならない。ですがまあ、魔法が使えない者からすれば万能にも見えるのでしょうし、おっしゃる通り私は愉しいことならなんにだって手を貸しますとも。対価次第ですが」
    「だからこそです。あなたの身の安全を守りたい。あなたになにかあれば、竜の一族が黙っちゃいないでしょうからな」
     おや、と閉じた唇の端からちらと牙を片側覗かせたまま、細い眉を片方くっと上げてドラルクはまじまじと兄を見る。
    「我が一族をご存知か。……ヒヨシ国王と言えば、もとは退治人でしたか」
    「吸血鬼のことならそれなりには詳しいつもりですからな。海の魔女を末に持つ古き吸血鬼の一族のことなら、ちょっと腕の立つ退治人なら大抵は知っていますよ」
     え、俺知らねえ、と思いはしたが魔女に馬鹿にされるのも業腹で、ロナルドは黙ってふたりの会話を聞いた。ヒヨシの青い瞳がロナルドを見上げ、ぽんと背中を叩く。
    「じゃ、頼んだぞ」
    「おう。ぜってえ悪さなんかできねえようにしっかり見張っとく」
    「いやいや、お客じゃ。護衛として頼むということだ。できる限り希望を叶えられるよう、便宜を図ってやれ」
     わかった、と頷いたロナルドに満足げに笑み、兄王はかつかつと軍靴を鳴らして去って行った。遠くで、大きな扉が閉まる音がする。
    「足音が随分響くんだねえ」
    「そうそう侵入者なんか入ってこれないってことだ。お前ほんと、余計な真似すんなよ。ヘンな真似したらぶっ殺すからな」
     アハハハ、とドーム状の高い天井に声を響かせ笑って、ドラルクは承知しているさ、とぬるりとロナルドの胸元へと身を寄せつん、と腰に佩いた剣の柄を突いた。ぎょっとしてロナルドは半身を引く。
    「バカ! 銀の剣だぞ! さわんじゃねえよ死ぬだろ!」
    「うーん、君なかなかのお人好しだな。それ私を殺すための銀だろう。じゃなきゃ軟らかすぎて剣としてろくに使えないもんな。……ま、それはそれとして、いいこと教えてあげる。私つつかれたら死ぬくらい弱いからそんなに警戒することないよ」
    「………ハ?」
    「再生できるからね、死んでも蘇るけど、例えば君の肩をこう、パンッてしたとして」
    「死んだーッ!?」
     どざー、と塵になった蛸の吸血人魚に慌てると、ドラルクはすぐにざわざわと蘇ってほらね、と笑った。
    「ちょっと肩パンしただけで反作用で死ぬんだよ」
    「実践しなくていいんだが!? えっ、だ、大丈夫なの? 船でも死んでたよな? 何回までとか……制限は……」
    「ああ、巨大化してたときだからほんの僅かに弾が触れたって程度だし、今まで数え切れないくらいは死んだけど、今のところ問題はないねえ。体調悪いときはデスリセットしてるくらいだし」
    「デスリセット!?」
    「君声おっきいな」
     わんわん響いてびびる、と言ってまた死んだドラルクと泣いて縋る使い魔に、ウワー! とまた悲鳴を上げてロナルドはちょっと引いた。
    「声がうるさくて!? 死んだの!?」
    「いやちょっと声量落として……」
    「オッ……おう……」
     大丈夫か、と先程よりはゆっくりと胸から上を復活させたドラルクの手を取り引き上げると、するすると塵の山から躯が形成されていく。
     メンダコ型の長いヴェールを背に垂らし蛸足の丸みを帯びた部分をすべて隠したドラルクは、上半身は襟と合わせのひらひらとしたブラウスにきゅっと細身のジレを着ている。
     ブラウスはヴェールと同じくらいに背後が長く、丸みのある足の膜を包んでいるようだ。地上に出掛けるためだろうか、腰には革のベルトが巻かれていて、たくさんついたポケットはなにか入っているようで、他にも小袋がいくつも吊されていた。魔法の薬かもしれない。
    「ま、このように大変弱いので、そんなに警戒する必要はないよ」
    「……魔法使うだろうがお前は」
    「危害を加える魔法はあんまり知らないんだよなあ。向いてなくて。薬学が専門だよ」
     見張りは俺じゃなくてもよかったんじゃ、と怪訝な顔をしたロナルドに、ドラルクはジョンの貝を抱きかかえてそれにしても、とすました横顔を向けた。視線は積み上げられた本に向いている。
    「ヒヨシ王は君を随分と買っているんだねえ」
    「……え?」
    「私が弱い、ということは、まあ彼ほどの退治人なら一目である程度は予測はついたかもしれないが、それでも手の内を明かしたわけじゃない。なのに君ひとりを専属で見張りに付けただろう? 君なら、私がたとえ悪辣な吸血鬼で魔女だったとしても、問題なく退治できると踏んだのさ。───シンヨコ国のロナルド王子、君の自伝は私も読んだよ」
     二度三度と瞬いて、ロナルドは魔法のふわふわとした明かりに青白く浮かぶ魔女の薄ら笑いを見た。
    「……馬鹿にでもする気か」
    「何故そうなる。面白かったよ」
    「アァ?」
    「いやガラが悪いな……。本当だって。君の退治人としての経験が上手くエンタメとして昇華されていて、心躍る退治ものに仕上がってたよ。ここの国興しの話もちょっと触れてたし、冒険譚と言ってもいいか。あれ一巻だったけど、二巻も出るの? 執筆中?」
    「オメーに褒められてもうさんくせえんだよ。二巻は鋭意執筆中だぜ」
     あはは、とドラルクは思いの外他意のない顔と声で笑い、楽しみにしてるよ、と言って再び書棚の間をするすると歩き始めた。
    「……あれ読んだなら俺や兄貴が吸血鬼退治人なことは知ってたんだよな」
    「ヒヨシ国王がもと退治人であることは情報として知っていたよ。君が退治人であることは本を読んで知ったんだけどね。ま、そもそもこのシンヨコ国自体が退治人たちが整備しなおした国だろう。不思議はないよ」
    「退治人の巣窟だとわかってて乗り込んできたのか、テメエ」
     巣窟て、とおかしそうに痩せた肩が震える。ヌッヌッ、とドラルクの腕に抱かれていたシャコガイが鳴いて、肩口からにゅっとジョンが顔を出した。あらかわいい、とロナルドは一瞬和む。
     ちら、とジョンの上から覗いたぽつりと残った熾火のような赤い目が、笑んだままロナルドを見た。
    「そう名乗っているだけの野良ならともかく、ギルドを形成している吸血鬼退治人はね、むしろ一般人より安全なものさ。特にこの国は敵性ではない吸血鬼が普通に生活しているだろう。悪でなければ、吸血鬼も守ってもらえるわけだ。善意の一般人という名の暴徒なんかからもね」
    「暴徒とか言うな」
    「そうだろう。この土地にもともとあった国は、そうして荒廃したのだから」
     だから私も引き籠もったんだよね、襲われたらすぐ死んじゃうもの、と肩を竦め、ドラルクは赤い爪の指をくるりと回して何冊か本を引き寄せた。宙に浮いたままの本が、ぱらぱらと捲れていく。
    「ほら、このあたりの書が詳しいしわかりやすいよ」
    「そんなん読まなくても」
    「大人に聞いて知っている、という程度ではいけない。君はこの国の王子なのだから。第三者が綴ったできるだけ客観的な事実に沿った記録を読んでおくべきだ。それでこそ、君の自伝にも生かせるというものだ」
     ロナルドは偉そうに、と眉を顰めた。けれどこの蛸の人魚の言っていることは正しい。ぐうの音も出ない正論だ。
     実際、ベテラン退治人たちの口から聞ける話はどういう吸血鬼とどういう戦いをしたのかというものであって、それば必ずしも誇張されているわけでも勝利の話だけでもなかったが、もっと大枠の、土地や政治の話はわからない。ヒヨシは王で忙しく、ロナルドの興味のために時間を割かせるわけにもいかない。
     いずれ自力で調べなくてはと思ってはいたものの、どの本を読めばいいのかそれもわからず後回しになっていた件ではあったのだ。ロナルドはぱたぱたと閉じて手元にやって来た数冊の本を重ねて受け取った。
    「……読んでおく」
    「おや、素直ないい子だ」
    「うるせえな。つうかお前はいくつなんだよ。俺もガキ扱いされるほどの年じゃねえぞ」
    「私? 208歳だよ」
    「………思ったよりいってんな」
     ンフフ、とドラルクは大きな目をきゅうと細めて唇に人差し指を当て、悪戯げに笑った。
    「このドラドラちゃんのかわいさに目が眩んだか、退治人」
    「俺の話し聞いてた? いっこも掠ってねえんだけど」
    「まあまあ、私がかわいくて特別な存在なのは本当だろう」
    「何が? なんで? その話してた?」
     うふふ、と人の話を聞かない魔女は機嫌良くするりと書棚の合間に足を滑らせ古い書物を覗いて、いくつかを念動力で取り出したようだった。吸血鬼の能力なのか魔法なのかはロナルドには判断がつかないが、結果が同じなのだからまあどうでもいいことだろう。
    「そういやお前、船ででかくなってたけど、あれって幻覚?」
    「君撃っただろうが。巨大化だよ。魔法で大きくなっていたのだよ」
    「なんで。あんなでかい姿で来られたらこっちも臨戦態勢にはなるだろうが」
    「いや、もとの姿で来たところで結局撃たれただろ。ヒナイチ君の一族みたいな人魚はともかく、私たちのような深海の人魚はモンスターだとみなされるんだよな。失礼な話だ」
    「実際危険なやつも多いからな」
    「見た目が美しくたって危険な人魚はいるさ。ま、理由はそれだけじゃなくて、今言ったように私は深海の人魚だからね。このもとのスレンダーなスタイル抜群のサイズでは浮上してこれないんだよな」
     どういうことだ、と首を傾げたロナルドに、するすると書棚の間のソファへと向かい座ってぱたぱたと傍らへと重なった本を一冊取り広げながら、ドラルクは水圧に負けて死ぬ、と言った。
    「人魚が水圧に負けるってお前、もう人魚やめちまえみたいな話じゃねーか」
    「私が弱いのは生まれつきなんだ、仕方ないだろうが。それともなにか、環境に適応できない人魚は自然淘汰で死ぬべきだとでも? 人間の赤ん坊がそう言われたらどこかの団体が抗議運動でもしそうなものなのに?」
    「だ、誰もそこまでは言ってねえ」
    「そう? いじわるが過ぎたかな?」
     こちらの心を撫でるように切り込むように翻弄してくるドラルクに、ロナルドは苦い顔をする。魔女としては言葉通りにちょっとの意地悪、からかっているだけなのだろう。大したことを言われたわけではない。それでも口を開くたびに心の根が揺れる感触がある。これが本気で舌戦に挑んだとすれば、ロナルドなど一言も言い返せずに終わるだろう。
     にやにやしやがって、と苛立っていると、シャコガイを置いた更に隣の座面をドラルクは指差した。傍らのハンギングスタンドにランプを掛けて長時間読書するための寝椅子だ。大人が三人は優に座れる。
    「立ち読みが好きならそれでいいけど……座った方が楽じゃない?」
     私立ち読みなんかしてたら疲れて死んじゃうなあ、君見た目通り体力あるんだな、と適当なことを言いながらぱらぱらと宙に浮いた一冊のページを捲るドラルクのドレスのスカートのような膝の上に、シャコガイから出てきたジョンがちょんと乗った。ロナルドは瞬く。
    「え、ジョンも読めんのか?」
    「読めるよ。海の魔女の使い魔だぞ」
    「バカにしたわけじゃねえよ」
     余裕があるような態度で言葉の端々で喧嘩を売ってくる。これはなんだ、こっちがピリついてるからこいつも警戒心が高くなってんのか、と溜息を吐いて、ロナルドは空いていた座面に腰掛けた。体重に沈んだクッションに反対側にいたドラルクは軽く浮いたのだろう。白目の大きな双眸をぱちりとさせて、それからアハハ、と白い牙と赤い舌を覗かせ笑った。
    「シーソーみたいだ。ま、私シーソー乗ったことないけど」
    「遊具なら広場の方にあるぜ。あとで案内してやるよ」
    「おや、いいのかね、私が町を歩いても」
    「兄貴が好きに過ごせっつってたろうが。なら、俺がとやかく言うことじゃねえ。まあ、俺はお前を信用してないからな。見張りにはつかせてもらうが」
    「ご自由に。私も好きにさせてもらう。そもそも面倒ごとが起こらないように王様には話を通しただけで、私たち海の住人はどこへだって好きに行けるわけだし、咎められる筋合いはないし」
    「迷惑行為は咎めるぞ。つうかその理屈でいくなら何されても文句はねえってことになるが」
    「無法だからって? はは、別にいいけど、私に何かあればうちの一族もヒナイチ君の一族も黙ってないと思うなあ。人魚を怒らせたら怖いよ」
     ヌ、と身を反らすようにしてドラルクを心配げに見上げたジョンのなぜかもふもふの腹を撫でて、ドラルクの視線は本に向いている。思えばページを開いてから軽口を叩きながらもぱらりぱらりと速いペースで読み進めている。
     はー、とまた溜息を吐いて、ロナルドは選んでもらった本を開いた。傍らで指の動く気配がして、つ、と読みやすい位置へと明かりがひとつ流れてくる。
     ちらと横目に視線を流し、何も言わずに文字へと戻してロナルドは人魚の不思議と乾いたような香りを感じながらページを捲った。






     ぱらり、ぱら、と速いペースでページを捲る音は途切れず、ときおりヌピー、とジョンの寝息がシャコガイの中から聞こえていた。貝の外殻を撫でながら、ドラルクの目の前に浮いていた本がぱたりと閉じ床に幾柱も積み上がっていた書物の上へととんと乗る。かと思えばもう次の書が魔女の目の前で開かれている。
     この調子でもうどれだけの書を読み切ったのだろう。頭に入るものだろうか、とロナルドは肘掛けに凭れ眠気に少しぼうっとしながらそれを眺めた。
    「ロナルド君。眠いなら寝室行きなよ」
    「……オメーを放置はできねえだろうが」
    「いや、もう明日までここで読んでるからほっといてくれていいんだけど……監視役としては放っておけないのか」
     でも君大きいからさすがにこのソファでは狭そうだな、とふと文字から目を離したドラルクは、ぐるりと古書庫を見渡してついと指を振った。読み終わり、積み上がっていた書物がまるで海鳥のように羽撃き舞い上がり、それぞれの場所へと戻ってゆく。代わりにくいと招くように動いた鉤のような指に引かれ、あちらこちらの暗がりから書物が飛んできてはどさどさとロナルドの腿の上へと乗った。
    「なに!? 痛ェが!?」
    「それ持って、寝室行くよ」
    「ハ!?」
    「君の寝室がいやなら客室でも構わんよ。君はベッドで寝るといい。私は別に寝なくていいし、おとなしく読んでるから」
    「いや、ここで読めばいいだろうが」
    「君が眠そうって話をしてるんだよ。明日は少し町を見たいし君たちの夕食が済んで朝の仕込みが終わって厨房が空いた頃に借りたいし、全部同行するんだろう? なら今はきちんと眠っておくべきではないのかね、魔女の護衛のロナルド王子?」
     海の魔女で人魚で吸血鬼でなんだかすごい一族の末裔でと設定盛りすぎじゃないかと思うほどのふざけた相手が正論ばかりを吐く。
     むかつく、とそっぽをむいて呟くとなんでじゃとドラルクはちょっとむっとしたようだった。
    「まっ、別に嫌ならいいんだけど。寝不足で判断力の落ちてる王子様が自由な私を見失ってお兄さんに叱られるかもなんて、私が気にしてやる必要はないもんな」
    「ハァ? 余計なお世話だわ」
    「はいはい、余計な世話を焼いたよ。まったく、別に私なんにもしてないだろうが。出会い頭に勘違いした君が殺してきただけだぞ。なんならこっちが訴える立場なんだからな」
    「訴える!?」
    「うちの母、吸血鬼相手の法律家だよ」
    「ほ、法律家!? 海の国の住人だよな!?」
    「海の国って国籍が曖昧なんだよね。気が付くとなんかしらに食われていなくなってたりもするし」
    「怖い!!」
    「だからその分、どこの国でも一時的に国籍が取りやすい。依頼があった国に一時滞在をして仕事したりしてる」
    「………潜り込み放題じゃねえか」
     あのねえ、と薄い瞼を半分被せたドラルクの呆れた目が、きろりとロナルドを見た。睨んだ、というほどの圧も鋭さもないが、明らかに失望したような視線の色だ。
    「私は海の魔女だし、君のお兄さんが言っていたように善も悪もなく面白いと思ったものに手を貸すって言われてるから君が警戒するのもわかるんだけど、うちの母は本当に優秀な法律家なんだよ。正しさも情もあるひとだ。なんにも知らない君が私への敵愾心だけで私の家族までも貶めるなら、私もロナルド君には友好的に接するのはやめるが、それでいいかね」
    「べっつにオメーに友好的に接してもらいたいわけじゃねえわ。……けど、まあ、ごめん。無神経なこと言った」
    「ほんと無神経だよな君」
    「畳みかけるな!」
     はあ、と溜息を吐き、ロナルドは積み上がった本を抱えて立ち上がった。なんとか顎で一番上の表紙を押さえる。おお、とドラルクが感心したように尖った顎を撫でた。
    「さすが力が強い」
    「こんな程度で感心されてもな。俺の寝室でいいんだよな?」
    「君が私室に私を招き入れても嫌じゃないなら」
    「オメーみてーな貧弱吸血鬼にどうにかされる俺じゃねえ」
     そこじゃないんだよなあ、と笑ったような声が呟いて、さっさと歩き出していたロナルドの後を靴音のない気配と魔法の光が付いてくる。意識を向ければ微かにするする、さらさらと蛸の足が蠢き床や書棚を掠る音はしたが、これが暗がりに潜んでいたならなかなか気付けないかもしれない。
     人魚は普通地上に上がることはない。上がることのできる種族もいるが、たとえばヒナイチのようなタイプは長時間水から離れていては弱ってしまうだろう。だがドラルクは平気なようだった。
     魔法の力か蛸のせいなのかそれとも吸血鬼であるせいなのかはわからなかったが、弱い、との自己申告はあれど気を抜いていい相手ではないのだろう。死んで見せたことだって、ブラフの可能性もある。
     だがロナルドの退治人の勘が、これは敵にはなり得ないといっている。善性の存在だ、ということではない。ただただ弱い。強さを感じない。どれだけ警戒しても危機感を掬い取ることができず、気が付くと懐に潜り込まれている。
     おしゃべりで、読書家で、かわいい使い魔を連れている弱い吸血鬼だ。
     海の魔女なんてもっとおどろおどろしいのを想像してたんだよな、ただの雑魚おじさんじゃねえか、と考えながら古書庫を出て長い階段を上って行くと、途中で二回ほど疲れた、と言ってドラルクが死んだ。ごん、と落とされたシャコガイからジョンが飛び出て砂の山に抱き付き泣くので死んでんじゃねえよ! と怒鳴った声がわんわんと響いて、深夜なんだから静かにしなよ、と原因の砂に窘められて余計にイライラとする。
    「あー、まったく……。ヒナイチ姫の頼みじゃなかったらお前なんか連れてこねえのに……」
    「命の恩人に礼ができるんだから安いもんだろ。ま、私も切っ掛けを探ってはいたし、別にヒナイチ君が君を助けなくたってそのうち勝手にこの国にはお邪魔してたとも」
    「勝手にくんじゃねえわ退治するぞ」
    「私界隈では超有名な海の魔女だぞ。国交に関わると思うんだがー?」
    「吸血鬼がほざくな」
     はい吸血鬼差別ー、王様に言い付けよー、とヒャヒャヒャと甲高い笑い声を立てて囃すドラルクにうんざりとしながら、ロナルドは寝室の扉の前で足を止めた。
    「おい、ドラ公。開けろ」
    「入れないよ」
    「ア?」
    「古い吸血鬼は招かれないと入れないのだよ」
    「城の中だが!?」
     ったくめんどくせーな、と塞がった両腕でなんとかしようとしていると、シャコガイからにゅっと顔を出したジョンが開けてくれた。
    「ありがとー、ジョン!」
    「君なんでそんなにジョンにデレデレなんだね。私のジョンだぞ。ま、ジョンは世界一のシャコガイだからな。気持ちはわからんでもないが」
    「なんか美味そうだな」
    「食うんじゃねえわ」
     入室し、どさどさとソファに本を下ろしている間にドラルクはランプへ火を入れたようだった。
    「さっきの光の球じゃねえのか」
    「君が寝たら消すからどちらでもいいのだよ」
    「ハァ? お前は本読む……ああいや、見えるんだな。お前人魚か吸血鬼か魔女かおっさんかどれかにしろよ」
    「なに、属性取得に制限があるの?」
     よいしょ、と先程の長椅子よりは狭いものの格段に座り心地のいいカウチソファに座り、ドラルクは広がっていた足の膜をするすると引き寄せた。ちんまり、というには膨らんだ足は、やはりドレスのスカートのようだ。
    「いい部屋だねえ」
    「執筆もここでするからな」
    「なによりベッドとソファから窓が遠いのがいい。陽の光が直接は当たらないだろ」
    「突然吸血鬼みたいなこと言うじゃん」
    「吸血鬼だが」
    「退治の仕事で徹夜でもすりゃ明るくなるまで寝てることもあるし……って、妹と寝室分けたときに城の人たちがこの配置にしてくれたんだよ」
     はは、とドラルクは穏やかに笑って今度は己の手でぱらりと本を開いた。炎の灯りに濃くなるヴェールの影の下で、瞼を優しげに伏せている。
    「君はいかにも朝日を浴びて目覚めたいタイプだよな」
    「そんな拘りはねえけど、ベッドは窓際に置くもんだとは思ってた」
    「ンフフ、固定観念が崩れたか。自由にしていいって気持ちいいでしょ」
    「部屋の配置ごときで自由もなにも……」
    「でも、お城の人たちがこれがいいよってしてくれなかったら、君はベッドは窓際、ラグの上にはテーブルと椅子が二脚、執務机の傍らには大きな書棚、なんてクソつまらん配置が当たり前だと思ってたんだろ?」
    「お、オメー頭の中読めんのかよ!?」
    「いや、いかにもステロタイプなんだろうなって思っただけ。当たってたみたいだな」
    「なんッかムカつくんだよないちいち!」
     イライラと拳を握り、いやこいつは兄貴の客人、ヒナイチの代理人、とぎりぎりと奥歯を噛んで堪え、ロナルドは深呼吸をした。軍服の上着を脱いで椅子の背に掛け、剣帯を外して銃はベッドの向こう側、ドラルクとは反対側へと滑り込ませる。
    「んじゃ俺寝るわ。ウロウロすんじゃねえぞ」
    「はいはい」
    「なんか困ったら起こせよ」
    「わかったよ。チョロ……優しいねえ、王子様」
    「チョロいっつったか!」
     あはは、嘘だよ、おやすみ、と笑って手を振ったヴェールの影の落ちる顔にチッと舌打ちをして、ロナルドはベッドへ潜り込み魔女へと背を向けた。ふ、とランプの明かりが消え、厚いカーテンが半分だけ掛かった窓から月と星の明かりが蒼く差し込む。
     ぱら、と微かにページを捲る音とシャコガイの中の使い魔の寝息を聞きながら、ロナルドは目を閉じ浅く眠りに付いた。
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    fuki_yagen

    PROGRESS7/30の新刊の冒頭です。前に準備号として出した部分だけなのでイベント前にはまた別にサンプルが出せたらいいなと思うけどわかんない…時間があるかによる…。
    取り敢えず応援してくれるとうれしいです。
    つるみか準備号だった部分 とんとんと床暖房の張り巡らされた温かな階段を素足で踏んで降りてくると、のんびりとした鼻歌が聞こえた。いい匂いが漂う、というほどではないが、玉ねぎやスパイスの香りがする。
     鶴丸は階段を降りきり、リビングと一続きになった対面式キッチンをひょいを覗いた。ボウルの中に手を入れて、恋刀が何かを捏ねている。
    「何作ってるんだい? 肉種?」
    「ハンバーグだぞ。大侵寇のあとしばらく出陣も止められて暇だっただろう。あのとき燭台切にな、教えてもらった」
    「きみ、和食ならいくつかレパートリーがあるだろう。わざわざ洋食を? そんなに好んでいたか?」
    「美味いものならなんでも好きだ。それにな、」
     三日月は調理用の使い捨て手袋をぴちりと嵌めた手をテレビドラマで見た執刀医のように示してなんだか得意げな顔をした。さらさらと落ちてくる長い横髪は、乱にもらったという可愛らしい髪留めで止めてある。淡い水色のリボンの形をした、きっと乱とお揃いなのだろうな、と察せられる代物だ。
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