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    fuki_yagen

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    fuki_yagen

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    王タコちゃんみっつめ
    ロくん王子のしらない価値観を持ってる🐙ドちゃんのはなし

    #ロナドラ
    Rona x Dra
    #王蛸
    kingOctopus
    #王タコ
    kingOctopus

    契約のソーダ水「ドラ公テメェ!!」
     砂埃を上げる勢いで城の方から駆けてきた赤い軍服の男に、ドラルクは視線を向けて溜息を吐いた。
    「ではご婦人、無粋なゴリラが来ましたのでね。今日はこれで失礼を」
     露店の女店主はうふふ、と笑う。
    「いっつも迎えに来るわねえ。王子に大事にされてるのね、ドラちゃん」
    「まさか。信頼されていないのです、悲しいことにね」
    「なぁにが悲しいことにだ適当なことばっか言いやがって!」
     がし、と頭を掴まれ衝撃で砂になると、女店主はあらあらと慌てた。直ぐさま復活し、どうということはないですよと笑って見せて、それからドラルクはロナルドをきろりと睨む。
    「そうほいほい殺すなと言ってるだろうが。人食い鮫のほうがまだ安全だぞ」
    「オメーが死に易すぎるんだよ! それから! 陸に来るなら最初に城に顔出して許可取れっつってんだろ!!」
    「ここは自由貿易都市だろう。君の束縛に私が従う義理はないんだよなぁ。大体王様からは好きにしていいと許可が出てるってのに、君が一人であれはダメこれがダメと喚いてるんだよ。私の何がそんなに気に食わないんだか」
    「何もかんもうさんくせえんだよ!」
     町の人にちょっかいかけんじゃねえよ! と首根っこを掴まれぺこりと店主に腰の引けた会釈をしたロナルドに引き摺られて蛸足を蠢かしながら、ドラルクはジョンと共に微笑ましく、と思えば奇異の目で見ている商店街の人々に愛想よく手を振りシャコガイを抱き直して溜息を吐いた。乱暴に引き摺るロナルドのせいで引っ掛けた足の皮膜に傷が付き、軽く塵になってそれからさらさらと追い付き復活をする。
    「ロナルドくんー、私なんにも悪いことしてないと思うんだが?」
    「うっせ。海の魔女なんか信用できるか。城で本でも読んでろ」
    「そういうわけにはいかない。今日は約束があるんだよ、小さなレディとのね」
    「ア?」
    「それとも何かね。何にも悪いことをしてない私をロナルド王子が独断で城に監禁するから今日の約束は果たせないと、あの子に伝えに行ってくれるのかね。はは、王様の評判が落ちそうな話だな」
    「なんで兄貴が……!」
    「私は海の魔女、海の国の魔法使いだ。私がシンヨコ国を訪れることはヒヨシ王が許可を出している。ま、許可などなくても我々海の国の者はどこの国へだって出入り自由で咎められるものでもないがね、それでも私に限りは許可を得ることができたし、それは海の国の者たちも知っているのさ。その私を訪れるたびに城に監禁し自由に町を見ることを許さないというなら、王がそう命じたということだろ」
     アンダスタン? と足が止まってしまったロナルドの顔を首を捻り見上げ、ドラルクはにんまりと笑った。
    「君の毎度の所業はもうヒナイチ君やヒナイチ君の兄には伝わってるからな」
     ロナルドは怪訝な顔をした。
    「ヒナイチは警察だって聞いた気がするけど……」
    「ヒナイチ君のお兄さんは警察のお偉いさんなんだよ」
    「ああ、へえ……そういう一家なの?」
    「んー、どうかな。兄妹そろって警察官ってだけかも」
     それでね、とドラルクはにゅっと顔を出したジョンと共にロナルドを上目遣いに見て笑い、指を振った。
    「今のところ私は国の使者ではなく個人として訪れているだけだからあの昼行灯も静観してるが、国の用事できたときに同じことをされては黙っちゃいないかもしれん。ああ、うちのお父様たちには言ってないから安心したまえよ。知られたらめちゃくちゃめんどくさいし」
    「………何がめんどくさいんだよ。お前と同じうさんくさい連中なのか」
    「過保護なんだよねえ。ほら私ってばかわいいから、一族に溺愛されてて」
    「タコ足おじさんのくせに何がかわいいだ一族みんな目が腐ってんのか」
    「私に悪印象があるからって一族まで貶すなっつってんだろ脳味噌ミジンコなのか」
    「今のはオメーを貶したんだよ!」
     まったく、と溜息を吐きながら襟首を掴んでいた手が離れた。やれやれ単純なことだ、とこっそり舌を出し、ドラルクはうさんくさいと言われる笑顔を作ってロナルドを顧みる。
    「では行こうか、ロナルド君。約束に遅れてしまう。護衛をよろしくね」
    「だーれが護衛だ! 妙なことすんじゃねえぞ」
    「このドラドラちゃんの騎士となれるんだ、誇りたまえよ」
    「騎士じゃなくて退治人なんだわ」
     はーいはい、吸血鬼差別、とからかって、ドラルクはするすると足を蠢かし石畳を移動した。隣をやもすれば追い越してしまう速度でロナルドがついてくる。
    「もうちょい速く歩けよ。いつもは逃げ足めちゃくちゃ早いだろうが」
    「君ほど暴走機関車みたいな速度は出ないよ。邪魔されてばかりであまり観光もできてないから、街並みが楽しくてな」
    「その割にいろんなひとと知り合ってんじゃねえか」
     たびたび会釈をしたりドラちゃん、と声を掛けたり手を振ったりと親しげにする人々に苦い顔をして、ロナルドはドラルクをじろりと見た。ドラルクは肩を竦める。
    「腰が痛いだとか膝が痛いだとか飲みすぎただとかで集まっちゃったときに、ちょっと薬分けてあげたりしたんだよね」
    「ヘンな薬ばらまくな」
    「いやマジで失礼だなこの海の魔女特製の薬だぞ。ものによっては財産はたいてでもと求める人間もいるくらいなんだぞ。それを人間の薬剤師でも作れる程度のものとはいえ、君の国の人々に無償で処方したってのに」
    「魔法が掛かってんじゃねえだろうな」
    「そういうものはちゃんと対価をいただきますー。こっちだって遊びでやってんじゃないんだよ」
     大通りを逸れ、明るい路地を歩いて遊歩道に出ると海岸は少し遠いはずなのに潮の香りの風が吹き抜けた。ドラルクは靡いたヴェールを軽く押さえ、空の眩しさに目を細める。太陽光遮断の魔法を手に入れるまでは一度も見たことのなかった光だ。
    「うん、いい土地だ。君たち退治人が治めるようになって随分平和になったし、人間の町も活気づいた。個人的に君には思うところはあるが、それはそれとしてよくやってくれたよ。今後ともよく民を守るんだよ」
    「うーっせ。テメエのためではねえわ」
    「そりゃそうさ。でもこうして隣接する国が平和で活気があれば、私の商売も捗るというものだ」
    「アァ?」
    「ま、戦争だなんだって地上が荒れてれば、それはそれで契約持ちかけてくるやつらはいるんだが……私はそういうの、つまんなくてさ。面白いことにだけ手を貸したいんだよね」
    「……やっぱ油断ならねえヤツだな」
     まあね、悪い魔女だもの、と立てた人差し指を唇へと付けにんまりとして、ドラルクは遊歩道を進む。さらさらと吹き抜けていく風は爽やかだというのに、隣を歩く赤い軍服の男は険しい顔をしたままだ。
     もうちょい背筋の力を抜くべきではないのかね、疲れるだろうに、と考えながら、ドラルクは小径から再び石畳へと出た。
    「こっち……病院だな? お前、病院になにか」
    「今日の約束のレディはリハビリのために通院していてね。その帰りに落ち合うことに……ああ、いたいた」
     母親に付き添われ野原で待っていた車椅子の少女に手を振ったドラルクに、気付いた彼女は大きく両手で返事をして、ぐらりと蹌踉めき慌てて母に支えられている。おてんばなことだ、と笑い、ドラルクは足が緩んだロナルドを置いて少女へと急ぎ近付いた。
    「やあ、お待たせしてしまったかね」
    「ううん! こんにちは、ドラドラちゃん」
    「はい、こんにちは。今日はお約束のものを持って来たよ」
     きらきらと目を輝かせ、乳歯が一本抜けたチャーミングな歯を見せて笑って、少女はわたしも、とごそごそと大事に膝に抱えていたバッグから封のされた封筒を取り出した。
    「……これでよかった?」
     受け取り、母が押したのだろう封蝋を撫でると手袋越しに繊細な意匠で押された蝋が触れる。
    「確かに、契約を承った」
    「読まなくていいの?」
    「いいよ。君が嘘を吐いていないことはわかるからね。ドラドラちゃんにはお見通しなのだよ」
     にゅっと顔を出し手を差し出したジョンに封筒を渡しシャコガイの中にしまってもらう。母親が目を上げ会釈をして、少女が王子様、こんにちは、と元気よく挨拶をした。ドラルクはゆっくりと追い付いてきたロナルドを顧み、シャコガイを差し出す。
    「ちょっとジョンを預かってくれるかね」
    「ん、おう」
     ロナルドの手には小さく見えるシャコガイを預けると、中からするすると出てきたジョンがドラルクの腕を伝い肩へと上った。目を輝かせてジョンを見ている少女に、さて、とドラルクは革のウエストポーチから巾着袋を一つ取り出す。
    「これはお試しだよ。三十分だけ」
     小粒の飴玉を取り出し差し出すと、少女は躊躇いもなくあーん、と口を開けた。ほいと小さな口の中に飴を放り、しゅわしゅわ、と楽しそうにからころと味わっている様に母親と共に目を細める。
    「あ!」
    「気をつけて。立つのも久し振りだろう」
    「ううん、だいじょうぶ!」
     ぴょ、と車椅子から立ち上がった少女は、ぴょんぴょんと飛び跳ねそれから野原を駆け出した。ドラルクの肩から飛び降りたジョンが長い藻を靡かせながらカメに似合わぬ速さで追い掛けていく。護衛してくれるつもりなのだろう。
    「ああ……すごい、ドラドラちゃん、本当に」
    「三十分だけですからね。効果が切れたらばたっと転んでしまうと思いますから、気をつけてあげてください」
    「残りは……」
    「それはあの子に直接渡しましょう。私と契約したのはあの子ですからね。契約主ではない方にお渡しはしません」
     たとえ保護者でも、とヴェールの下でにこりとして、ドラルクははい、と感動にうるんだ目で再び娘の姿を追う母親に小さく溜息を吐いた。とん、と軽く肩が小突かれる。
    「ん?」
    「あの子の足を治す……薬、ってことか?」
     身を屈めヴェールに触れるような位置でひそりと囁いたロナルドに、うん、とドラルクは曖昧に頷いた。
    「まあ、ここで言うことじゃない」
     あとでね、と囁き返し、ドラルクは草原を駆け抜け跳ね回りきれいなターンを繰り返す幼き舞姫を、光の下で眺めた。






    「バレエの舞台があるそうなんだよ」
    「バレエ?」
    「舞踏の一種だな。去年夏の祭りに舞踏団を招いたんだろう? それ以来城下の子供たちの間で流行ってるんだぞ」
    「なんでオメーが知ってんだよ」
    「吸血鬼を狩ることばっかり考えてる王子様と違って町の人たちと話をしているからさ」
     いちいち嫌味なんだよな、とちっと舌打ちをしたロナルドに柄が悪いなあ、と眉を下げ、ドラルクはカウチに寛いだまま蛸足の上に広げた書物を捲った。背凭れに片肘を突き傍らのジョンを撫でている姿はまるでこの部屋の主のようだ。
     いや俺の部屋だわ、と憮然として、ロナルドはベッドに腰掛けたままそれで、と話を促す。
    「うん。あの子は花形でね。でも半年前に事故で足を怪我して、今はリハビリの真っ最中。でも次の舞台は主役の振り付けが難しくて他の誰もできない。だから本番までの七日間分、一粒で四時間だけ歩けるようになる薬を七つあげたんだよ」
    「海の魔女って言えば人間の足生やす薬を持ってるっていうよな」
    「ああ、あるよ。今も持ってる。私で試してみせようか? 対価はもらうが」
    「いらねえわ。それじゃだめなのか?」
    「人魚の尾びれを人間の足にするのと動かない足を歩けるようにするのとでは全然違うだろ」
     ぱら、とページを捲る音がする。ロナルドはごろりとベッドに上体を横臥し、肘枕をした。吸血鬼はこちらを見もせずジョンを撫でながら文字を追っている。いつもならばぱらぱらとただ捲っているような速度であっという間に読み終えてしまうのに、今夜はきっとなにか考えごとをしているのだろう。
    「なあ。リハビリ、ってことは、次の舞台には間に合わなかったから薬を使うけど、いずれまた踊れるようになる、ってことだよな?」
    「それであの子もリハビリを頑張っているんだよ」
     そっか、とほっとしたロナルドは、きろりと向いた赤い小さな火のような目にぎくりと笑みを引っ込めた。
    「……なんだよ、そんな顔して」
    「と、いうのは、大人の欺瞞さ。確かに歩けるようにはなるだろう。走れもするかもしれない。だが踊ることはもう無理だ。跳んだりはねたり回ったり爪先立ったまま繊細な振り付けをこなす、それはできない。あの子はもう踊れないんだよ、王子様」
     でもそんなことを言って情熱を失ってしまったら本当に歩けないままだからね、と結局ぱたんと本を閉じて、ドラルクは身を起こしソファの端に鎮座していたシャコガイの隙間に細い指をついと差し込んだ。すぐに人差し指と中指で封筒を挟み、引き抜く。
    「そういやそれ、なんなんだ。手紙?」
    「うーん、作文というか……起請文かな」
     言いながら再びカウチに半分寝そべりドラルクは細長い骨のような青白い指で封筒を開いた。ランプの明かりの下、赤い爪だけが色付いて、妙に目を惹く。
     ドラルクは開いた便箋に無表情のまま目を通し、それからぱさ、とそれを顔に被せてしばらく黙っていた。
    「………ふ、」
    「おい、どうした。なんかショックなことでも書いてたのか」
    「んっふふ、ふふふふ」
     あっははは、と声を立てて笑い、跳ね上げたメンダコの足がふわりとスカートのように舞う。その下に女性の足があるわけでもないのにぎょっとして、ロナルドは思わず胸を引き僅かばかり後退った。
     一頻りはしゃいでからうねうねと水中のクラゲのように、水中花のように蠢いた膜をたたみ、ドラルクはくつくつと喉を鳴らしながら覗き込んだジョンへと便箋を見せ、顔を見合わせてまたうふふと笑う。
    「な、なんだよ。俺も……」
    「だめだ。契約の手紙なんだから」
    「うっ……そ、そう……」
    「でも内容は教えてあげてもいい」
     便箋をたたみ封筒に戻しながら、ドラルクは笑み細めた眼でロナルドを見る。くう、と吊り上がった薄い唇から、小さな牙が光った。
    「あの子にね、将来何になるかと訊いたのだよ。必ずそれを目指すと誓って手紙に書きなさいと言ったんだ。いずれやむを得ない理由で道が逸れることもあるし、絶対にそうなれるということではない。だがそのための努力は惜しまないと誓うことが、今回の対価だったんだが」
    「そりゃ……踊ることが好きなら、舞踏家とか……」
    「そうだね。舞姫になれただろう逸材だったようだし、当然そう書かれているかと思ってたんだけど……いやいや、ロナルド君。子供というのは聡いものだなあ。そういえばヒナイチ君にもよく驚かされるんだ」
     え、と身を起こしたロナルドに、うふふ、と笑って再び閉じた封筒にキスをして、ドラルクは足によじ登ったジョンを撫でた。
    「お医者さんになるそうだよ」
    「医者?」
    「そう。あの子は自分がもう踊れないことを知っているんだ。いや、もしかしたらそこまではまだ考えていないのかもしれない。でも別の道を定めたのだね。うん、いい契約をしたな」
     ちょいと指でつまみあげた封筒が、火を立てずにみしみしと小さな音を上げて焦げあっという間に消失した。さて、とドラルクはジョンをシャコガイへと入れその住処を抱えて立ち上がる。
    「この時間なら厨房には誰もいないよね。気分も良いし、少し借りようかな」
    「何作るんだよ」
    「君、あの子が食べた飴玉じっと見てただろう。あれソーダ味だったんだよね。ソーダ水でも作ってやろう」
     へー、と頷き、それからロナルドは首を傾げた。
    「え、俺にか?」
    「そうだよ。いらないならジョンにだけ作るけど」
    「……いる」
     ドラルクはにんまりとむかつく笑みを浮かべる。
    「素直でよろしい。ようやく私の料理の真価がわかったか」
    「お前が毒なんか入れないくらいには料理が好きだってことはわかった」
    「ああ言えばこう言うって君のことだよな」
     まったくもう、と文句を言いながらするすると器用に蛸の足を蠢かせ、滑るように移動するドラルクのあとをロナルドは追う。
    「持って来てあげるよ?」
    「どうせ待ってるなら一緒にいく」
    「幼児の後追いか」
    「誰が幼児だ」
     ご、と殴り付けると砂になり、おい、と半端に胸から上だけ復活した吸血鬼は青筋を立てた。
    「なーんで殴るんだこの暴力ゴリラ!」
    「悪口言うからだろうが」
    「悪口言われたら殴るのか!? 野蛮人過ぎるぞ貴様!」
     まったく私だからいいもののすぐ死ぬ体質でもなければいちいち大怪我だぞ、とぶつぶつと言いながらシャコガイを拾い復活し、ドラルクは不機嫌なまま厨房を目指す。
     ロナルドは廊下に並ぶ窓から海に続く星空を見、つと手を伸ばしてドラルクの蛸足の下までを覆うヴェールを引いた。引っかかることなくするすると思いの外簡単に外れてしまったヴェールの下から特徴的な獣の耳のような角のような髪型をした黒髪が現われて、あれっ、とドラルクは頭に手を当てそれから振り向く。
    「あっ、こら! 悪戯するんじゃない!」
    「いや、こんなに簡単に外れるとは思わなくて」
    「ていうか声掛けなさいよ。無言で引っ張るな。外れてなかったら衝撃で死ぬだろ」
     差し出された手を無視してふわりと頭にメンダコのようなヴェールを掛けると、ドラルクは裾をちょいちょいと引いてバランスを整えた。
    「で、どうしたね」
     ロナルドは再び歩き出しながら訊ねたドラルクの先程の素顔を思い起こす。
    「お前普通におっさんなんだな」
    「いやもともとおっさんなんだが……」
    「それ被ってると結構顔隠れんだよ。かさ増しするし。意外と頭が小さいっていうか」
    「ふふん。いい形の頭蓋骨だろう」
    「そこ自慢するところ……?」
    「おっさんだって言いたくてヴェール引っ張ったの?」
    「んなわけねえだろ」
     ロナルドは再び窓の外の星空と海を見た。
     時化の影響がくるほど近いわけではないが、城は海を望める高台に建っている。入国したヒヨシたちが建てたわけではなくもともとこの土地を治めていた領主のものだったらしいが、吸血鬼狩りと称した処刑と近隣の地域との戦争に力を失い海の種族たちからも愛想を尽かされて、荒れ果てた土地と民を放って逃げてしまったらしい。
     その後ヒヨシが退治人たちを引き連れて海からやってくるまでの間、この土地は本当に敵性の吸血鬼の跋扈する、危険な国となっていた。今は友好的な吸血鬼も住まう、小国ながらも他国との貿易も盛んなよい国だとロナルドは思っている。
    「兄貴は凄腕の退治人だったんだけどさ」
    「そうらしいね。何年か前に引退したと聞いているが」
    「ああ。俺を庇って受けた傷が元で、銃を持てなくなってな」
     大きな目の小さな目玉をきょろりと動かし横目に見、ドラルクは細い眉を片方きゅっと上げた。小さく牙が唇を押し下げている口角は下がり、ふざけている様子はない。
    「今は国政に力を注いでいるけど、本当に強い退治人だった。俺の憧れだったんだよ。そりゃ今でも兄貴は強いが、それでも最盛期の強さは……」
    「銃の名手だったのなら、まあそうかもなあ」
     ああ、と頷き、ロナルドはドラルクの横顔を見詰めた。視線に気付いたドラルクが足を止め、ロナルドを見上げる。
    「別の道を選ぶのと選択肢がないのは違う。あの子が医者になるとして、踊りを諦めなきゃないということじゃないだろ。足を治す薬か魔法はないのか」
    「………あのねえ、ロナルド君……、」
    「金が必要なら俺が出す。その、一気には無理かもだけど、必ず用意するから」
    「バーカ。それじゃだめなんだよ。対価は本人が用意しなきゃ意味がない。あの子が足を元に戻してほしいと思っているのなら、それこそ医者になって地位も名誉も金も手にしてそれから私のところへ来るべきだ」
    「だけど、それじゃ」
    「偽善が悪いということじゃないが、少なくとも私への契約としては不適切だな。あー……あと、それからさ、足に限らずだけど、不可逆を戻すのはそれなりにリスクが高いというか」
    「怪我は治せないってことか?」
    「いやいや、そうではなくて……たとえば腰が痛いとか膝が痛いとか、君が無茶して怪我をしたとか、そういうものは治せるよ。対価はいただくけれども。だけど、それは医者でもできるだろ」
    「けど、あの子の足は医者では治せないんだろ」
    「治せたんだよ。治ったからリハビリに励んでいるんだ。そこで以前と違う機能となってしまったからといって、それは悪いことじゃない。そりゃ人間からしたら不便は悪いんだろうし、生まれつきどこかが欠けているなんて場合も周りと違うから不便で可哀想、となるのだろうけど、それは君たちの生活の問題だね。生きる上では大したことではない」
     ロナルドは眉を顰めた。
    「煙に巻こうとしてないか」
    「お前が理解できてないだけだろ。理解しやすい角度から言うなら、そういう魔法の薬はあるよ。ただしさっきも言ったけどリスクが高い」
     ねえロナルド君、と深海の蛸の人魚はにんまりと薄い唇の大きな口を曲げて嗤った。重たげな瞼を被せた目の隙間から、昼にはわかりにくい赤い双眸がロナルドを見ている。
    「人間の足にする薬の話、おとぎ話で聞いたんだろう? その中では足を得る代わりに声を失ったとか、歩くたびに焼けた針を踏むようだったとか、そういうリスクの話もされていなかったかね?」
    「え、……人の足になるのって結構簡単そうなことさっき、お前」
    「ああ、それはね。昔から需要が高い薬だし、そうなれば私だって改良するために研究もするさ。おとぎ話のせいで意地悪な魔女みたいな扱いされてるのも業腹だったし、だからその薬に関しては今は副作用はない。ただ、元の機能に戻すこと、これは副作用が強く出る可能性が高い。声が出なくなる、程度ならまだいいが、歩けるようにしたかったのに焼けた針を踏むようだとか、目が見えなくなるとか、記憶が失われるとか、興味が失われるとかね。取り返しがつかないことが起こるかもしれないわけだ」
     たとえば王様の腕を戻すとして、と再び移動し始めながら嘯くドラルクに、ロナルドはぴくりと肩を揺らした。
    「そのために何かを掴むたび焼けたように痛むとか、───そうだな、国のことから興味が失せて、君に任せて旅立っちゃうとかな」
    「それはダメだ」
    「そうだろ。そもそも副作用がなくたって高価な薬になるし、ロナルド君が対価を出すっていうならお兄さんの腕の薬を頼むべきじゃないのか。いや、まあ、王様は自力で用意できるだろうけど、他人が対価を用意してもいいって私が言ったとして、王子とはいえ跡取りでもない君が二人分を工面はできないと思うよ、正直なところ。国庫に手を付けるわけではないんだろ」
    「………それは……、」
    「ま、平等に優先順位を付けるなら、未来ある子供をとる、というのもわかる話ではある。だけどたかが子供と今国政を動かしている、周辺の森には危険な吸血鬼が出没もするこの国で最も重要な人物を秤に掛けるなんて有り得ない、という話にもなる。立場の角度によるよね」
    「また角度かよ」
    「視野を広く持てと言ってるんだ。ロナルド君、若いんだろうけど、とっくに成人はしてるんだろ。優しさも青臭さも人柄としては魅力なんだろうが、立場を考えて発言したまえ。君も一国を担うロイヤルファミリーの一員だろう」
     人柄だけで人の上に立つものじゃないよ、と口数の多い魔女は言って、それからちろりと横目にロナルドを見、にんまりと笑った。ほんと邪悪な風貌をしている、とロナルドは唇を曲げたままそれを見る。
    「個人的には君の人柄は面白くて好きだけどね」
    「ア?」
    「なんで凄むんだよ。好感が持てるって言ってるんだぞ」
    「散々くさされた上で言われても信じられるか」
    「個人的には、って言っただろう。客観的評価と個人的に好感が持てるかは別だよ。君、善良なくせに暴力には躊躇いがないし、悪い魔女って肩書きだけで実状なーんもしてない私のこと殺しまくるし、そのくせ平然と寝室に入れるし、存在がバグみたいだよね」
    「バグ……?」
    「可笑しくて壊れてるって話」
    「壊れてねーわ」
     どご、と殴って砂にし、床にバウンドしたシャコガイをキャッチしてロナルドは砂の山を放置したまま厨房へと向かった。顔を出してヌー! と泣いたジョンが飛びださないよう掌で押さえる。
    「おいこらほいほい殺すなっつってるだろ!」
     すぐに蘇りさらさらと石の床を擦る音を立てて追い付いてきたドラルクが、ぷんぷんと擬音の付きそうな顔でロナルドの手からシャコガイを奪った。
    「……お前こそなんでおとなしく城に滞在するんだよ」
    「お前が連行するからだろうが」
    「いや、それこそ魔法で誤魔化すとか、なんか色々あんだろ」
     そりゃできるけどさ、とドラルクはつまらなそうな顔をして赤い爪でちょいちょいとヴェールの下のこめかみを掻いた。
    「魔法だって疲れるんだよ。例えば昼間は太陽光を遮る魔法を使ってるけど、それだけで結構疲れるの。あんまり重ねがけすると私弱るからさ」
    「………船ででかくなってたのは」
    「あれはデスリセットできたから別に」
    「デスリセット!?」
    「死ぬと普通の怪我は治るし軽い不調も回復するんだよね。寝不足だとか疲労が蓄積しすぎとか、そういうのは難しいけど」
    「病気も治るの?」
    「そもそも吸血鬼は人間の病には罹らないからなあ……あ、ヒナイチ君とか、吸血鬼じゃない人魚は罹るからな。風邪引いたときはあの子には近付くんじゃないぞ」
    「移るの心配するほどの風邪引いたときに海行かねえだろ」
     それもそうだ、と笑ってドラルクは厨房の入り口を潜った。
    「ま、君に連れてこられるのが理由ではあるけど、おとなしくついてきてるのはここが一番安全だからだよ」
    「あー……、まあ、城だしな」
    「私は無限に復活出来るがちょっとつつかれただけで死ぬからね。悪意を持った人間になら簡単に捕まっちゃうし、本当に殺されるかもしれないだろう。君じゃないが、悪い海の魔女、という肩書きは、正義感の強い一部の人間の暴力のはけ口には絶好の口実なのさ。なんもしてなくても敵性吸血鬼だって言い張りやすいしな」
    「お──俺は別に、暴力振いたいからお前を殺してるわけじゃ」
    「わかってるよ、善良なロナルド王子。だから君は面白いんじゃないか」
     さてジョン、ライムを探そう、とうきうきで貯蔵棚へと向かう後ろ姿を見詰め、ロナルドは大きく溜息を吐いて頭を掻いた。
    「なんか手伝うか?」
    「いいかんじのグラスふたつ出してもらえる?」
    「お前は飲まねえの?」
    「飲んで欲しいなら飲むけど、炭酸で死ぬぞ」
    「炭酸にも負けるのかよ……」
     本当に弱いな、と呆れながらふわふわと漂った魔法の光に照らされた食器棚から言われたとおりにグラスを探し出し、ロナルドはてきぱきと調理を進めているドラルクの傍らへとそれを置いた。ピッチャーに砂糖と水を混ぜライムを搾ったドラルクが、はいここは時短、と言ってなにか魔法を掛けると水がしゅわしゅわと炭酸になる。
    「氷室の氷使うのも申し訳ないから、これも魔法で代用ね」
     からんからん、と何もないところからグラスに落ちた氷に、おお、とロナルドは素直に感心した。
    「これからの季節ならお前氷屋できるんじゃねえか。重宝されるぞ」
    「勘弁しろ……真夏に私が陸に上がれるか。塵にならずとも干からびて死ぬわ」
     え、とロナルドは瞬く。
    「夏はこねえの?」
    「ア? 来てほしいのか?」
     返事を期待したわけではないのだろう。ドラルクはソーダ水を魔法の氷を入れたグラスへ注ぎ、いつの間にか少し切っていたオレンジの皿とともにロナルドの前へと押し出した。
    「はいどうぞ。部屋に持って帰るのも面倒だからここで飲もう。ね、ジョン」
    「ヌー」
     いちゃいちゃとしている主従を横目にグラスへと口を付け、甘さと炭酸の刺激とライムの香りにロナルドは目を細めた。
    「しゅわしゅわだ」
    「あの子と同じこというじゃないか」
    「うっせ。美味いっつってんだよ、喜べ」
    「ドラドラちゃんの手に掛かれば簡単なものさ。うーん、ソーダ水か。ヒナイチ君にも作ってあげようかな」
    「そういや、今回もクッキー焼いて帰るのか? つうか海底のオーブンが壊れてるなら、ヒナイチはどこでお前のクッキーの味を知ったんだよ」
    「魔法があるだろ」
    「魔法で出すの?」
    「焼くの!」
     なんでもかんでも出せると思うな、と先程無から氷を出したようにしか思えなかった魔女は顔を顰め、細長い指を立ててくるくると回して見せた。
    「ま、魔法で全ての工程を片付けることもできるんだが、そこはそれ、料理は私の趣味だからね。焼くまでの工程は手作業で、焼くのだけ魔法を使ってたんだよ。でもどうしてもオーブンのほうがよくてさ。それを話したらヒナイチ君が食べてみたいっていうから」
    「魔法で焼くと不味いのか」
    「不味いわけないだろ私の料理だぞ。うーん、でもまあ……気持ちの問題。オーブン好きなんだよ。オーブン料理が得意だし」
    「海底住みなのに……」
    「壊れるまではずっとオーブンあったんだよ。……はー、なあんで人間って百年足らずで死んじゃうの? せめて死ぬ前に技術を誰かに継承しておいてほしかった……」
    「海底のオーブンなんて限定的なもん、教えたところで一生のうちに作る機会があるかもわかんねえだろうが。図面をお前がもらっとけばよかったんじゃねえの」
    「技術者に特殊技術の粋を集めた図面を寄越せなんて言えるわけないだろ」
     それはそうだけど、とうーん、と眉を寄せたロナルドに、そういえば、とドラルクは顔を向ける。
    「ロナルド君も死んじゃうんだよな」
    「は!? 勝手に死なすな!!」
    「え、死なないの? どのくらいいける? 私もうちょっと君と遊びたいんだが」
    「……ハ? どのくらいって」
    「三百年くらいいける?」
    「人間そんなに長くは生きねえだろうが」
     まあそうだよね、とうんうんと頷いて、ドラルクはあーあ、とつまらなそうに溜息を吐いた。
    「やっぱり君も死んじゃうのかあ……」
    「すぐには死なねえわ」
    「五十年とか六十年とかで死ぬだろ。そんなのあっという間だよ。私がちょっと引き籠もってたら次来たときには君もショットさんたちもいないってことじゃないかね」
     つまんないねえ、ジョン、とドラルクはヌー……と口元にかわいく前足を口元に当てていたジョンの頭をこしこしと指先で撫でた。
    「ロナルド君もさっさと死ぬってさ」
    「オメーの感覚じゃそうなんだろうが、だったら俺らが生きてる間にできるだけ会いに来ればいいだろうが」
    「来るとうるさいくせに」
    「来るなとは言ってねえだろ……ねえよな?」
     なんだか不安になって自分の発言を反芻するが、言ったような気もしてロナルドはう、と少し言葉に詰まった。料理台に頬杖を突いた蛸が、上目遣いに見ている。ロナルドはごほん、と空咳をした。
    「と、とにかく、お前にとって長い時間じゃないなら俺らが生きてる間くらい、引き籠もりやめてこっちにきててもいいだろ」
    「住めってこと?」
    「そうは言ってねえけど……いや、住むなら兄貴に言って、部屋用意してもらうけど……」
    「住む気はないからそれはいいよ。あー、別にいやだってことじゃない。さっきも言ったけど、魔法使うのも疲れるんだよ。私は比較的水から離れてても大丈夫なタイプの人魚だけど、地上に長くいるのはやっぱり少し難しい。魔法のサポートが必要だし、それも永続的にというわけにはいかないかもしれない。トラブルがあれば魔法は解けちゃうからね」
    「そうか……」
     確かに頻繁に姿は見せるものの数日で帰ってしまうな、とソーダ水を飲むジョンを可愛がっている姿を眺めながらオレンジを囓る。
     知らないうちに訪れている、ということもあるのかもしれないが、先程の口振りを考えるに、ロナルドが発見し夜には城へと連れて帰ることを想定して、見つかりやすいよう振る舞っているのかもしれない。この蛸の人魚が本気で見つかりたくないと思えば、吸血鬼の探知能力に長けるダンピールでも、もしかしたら見付けることはできないのかもしれない。
    「……そういや、お前寝ないよな。寝なくても平気なのか」
    「平気なわけあるか。深海だと陽の光は差さないし眠くなったときに寝てるけど、サイクルとしては吸血鬼らしく昼が就寝時間だな。けど、陸にいる間は昼に活動したいから、寝なくてもいいようにしてるだけ」
    「そんなのできるのか?」
    「魔女だからな」
    「関係ある?」
     あるある、魔法でも薬でもあるでしょ、とにやりとして、まあでも、とドラルクはちょんちょんと頬杖をした手で己の頬を突いた。
    「疲れるからさ。数日が限界。体力のある吸血鬼なら眠らなくてももっといけると思うけど、私は魔法の力を借りてもせいぜい一週間が限界だな。海底に戻ってからしばらく寝てるから、最近ヒナイチ君がいついっても留守か寝てるかでつまらないってご立腹。ちょっと頻度控えなきゃかな」
    「いや、寝ればいいだろ」
    「は?」
    「だから、俺の部屋で寝ろよ。いや、ベッドが必要なら客間用意するし……俺も一緒に入るけど」
    「なんでだよジョンとふたりにさせろ。いや、それはともかく、なに? いやだよ、地上で呑気に寝る人魚なんかいないって」
    「なんでだよ」
    「いや…………なんでって」
     片眉を器用に下げて暫し考えていたドラルクは、まあ、そうか、とうんとひとつ頷いた。
    「ヒナイチ君のようなタイプの人魚なら捕まえて見世物とか、私みたいな人間からしたら変わり種の下半身を持つ人魚ならバラして珍味とか」
    「食えねえだろお前は! つうか人魚食べないだろ!? いや、人魚は人間を喰うヤツもいるが……」
    「ところが食うんだよなあ。美味しいらしいんだよ。だから人魚は地上では常に気を張ってなきゃない、のが定説なんだが、たしかに君の部屋は安全かもしれんな。少なくとも君は私を殺すけど、食べはしないだろうし」
    「……おう」
    「なにその間」
     こわ、とすすす、とジョンを抱いて距離をとるドラルクに食わねえよとイライラとして、ロナルドは空になったグラスと皿を手にする。
    「んじゃ、部屋戻って寝ようぜ。その、寝なくていい魔法? は解けよ」
    「ベッドないだろ」
    「お前ベッドで寝るの……?」
    「いや、棺桶で寝る」
    「人魚なのに!? 吸血鬼なのか人魚なのかどっちかにしろ!」
    「君、いつもそれ言うな。まあ棺桶がなければベッドで寝るけど、別に君みたいに大の字で寝なくてもいいし、ソファでいいよ」
    「そう言って寝ない気だろうが」
    「なんでそんなに寝かせたいんだよ。あ、私の寝顔に興味あるとか」
     かわいいつもりなのかウインクしたドラルクに、ロナルドは真顔で答えた。
    「バーカ」
    「罵倒するな」
    「ヒナイチがお前が寝ててつまらないとか言うんだろ。でもそれって寝不足の解消だよな? なら、こっちで寝てれば海底戻ってからも普通に生活できるんだろうが」
    「あー……そういう……なるほど」
     それは確かにそうだな、と顎を撫で、ドラルクはくるくると指を回した。ロナルドの手から食器が舞い上がる。
    「じゃ、片付けて戻ろうか、ロナルド君」
     てきぱきとそこは魔法を使わずに食器を洗い拭いて、ロナルドに戻させドラルクはジョンの入ったシャコガイを抱いた。
    「棺桶は次までに用意しとくから今回は俺のベッド使えば」
    「いや、別にいいって……ていうか、君どうするんだよ」
    「ソファで」
    「あのカウチに君のでかい図体収まらんだろ」
    「一応お前客だからな。ソファで寝せたなんて言ったら兄貴に呆れられる」
    「暴力のほうをどうにかしてほしいんだが?」
     言い合いながら部屋へと戻りそれからもベッドを使え、いらない、と押し問答をした上でじゃあ一緒に寝よ、と提案されたロナルドは、殴り付け砂になった蛸をベッドに放り自分は毛布を巻き付けカウチソファに陣取った。
     頑固者、とどちらが頑固なのかもわからないことを言ったドラルクは、私は別に君と寝てもいいんだけど、と言いながら足を引き寄せジョンを抱いてまるで猫のようにコンパクトに纏まってすぐに目を閉じたので、意味を問うタイミングを逃したロナルドはついでに眠気も逃し、窓の外が白むまで悶々とすることになった。
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    fuki_yagen

    PROGRESS7/30の新刊の冒頭です。前に準備号として出した部分だけなのでイベント前にはまた別にサンプルが出せたらいいなと思うけどわかんない…時間があるかによる…。
    取り敢えず応援してくれるとうれしいです。
    つるみか準備号だった部分 とんとんと床暖房の張り巡らされた温かな階段を素足で踏んで降りてくると、のんびりとした鼻歌が聞こえた。いい匂いが漂う、というほどではないが、玉ねぎやスパイスの香りがする。
     鶴丸は階段を降りきり、リビングと一続きになった対面式キッチンをひょいを覗いた。ボウルの中に手を入れて、恋刀が何かを捏ねている。
    「何作ってるんだい? 肉種?」
    「ハンバーグだぞ。大侵寇のあとしばらく出陣も止められて暇だっただろう。あのとき燭台切にな、教えてもらった」
    「きみ、和食ならいくつかレパートリーがあるだろう。わざわざ洋食を? そんなに好んでいたか?」
    「美味いものならなんでも好きだ。それにな、」
     三日月は調理用の使い捨て手袋をぴちりと嵌めた手をテレビドラマで見た執刀医のように示してなんだか得意げな顔をした。さらさらと落ちてくる長い横髪は、乱にもらったという可愛らしい髪留めで止めてある。淡い水色のリボンの形をした、きっと乱とお揃いなのだろうな、と察せられる代物だ。
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