4話 告げられたのは裁判開始の合図。
覚悟をしていたとはいえ、やはり身に覚えのない裁判を行われるこの現状に納得出来ているとは言えない。
「まさか本当に捕まっているとは」
「かの大罪人【黎明の魔女】をようやく罰せますな」
「然り、ようやく世界に平和が訪れるというものです」
囁かれる言葉の中"黎明の魔女"と聞き覚えのない単語が耳に触る。
恐らく、自分を捕まえようとした聖騎士団の青年らが言っていた《魔女》とはその黎明の魔女を指していたらしい。
「自己紹介からしようかな」
雑音から引き戻される声。
声を張らずとも自然と耳に入ってくる心地の良い声色が乱れた脈拍を落ち着かせる。
その細く白い指先を自身の胸に当てると彼の人はその艶かしい唇を開く。
「私はフェーネルリア帝国皇帝兼教皇、ネニュファール=フェリ・プランタンだよ」
皇帝プランタンは珍しくも教皇も兼任している優秀な指導者だ。
まだ新生の国であったフェーネルリアを戦勝国へと導き、戦後、荒れた国を数年程度で先進国に変貌させたのは、阿久比稀なる国営の才能に、膨大な知識故なのだろう。
噂では、プランタンは女神の加護を受け不老長寿と言われているとか。
「じゃあ、君のお名前を聞いてもいいかな」
「わ、私はシラー・ハーシェル⋯です。あの、黎明の魔女って⋯?」
「それは後ほどお話しようね。それでは、出身は」
「ッ⋯、インフルジオという最東部の孤島です。陛下。」
「インフルジオ⋯」
陛下の座る玉座の両端にヴァレンテと控えていた青色の制服を纏う男性が声を上げたと共に、その他十人程の聴衆も軽くざわめいた。
「貴様ッ⋯!やはりッ!!!」
「ッ」
なんの事か、そんな表情が気に食わなかったらしい青い制服の男性は、短めの眉を釣りあげ一歩と前に体を進める。
「しらを切るつもりかッ!やはりお前はここでッ!!」
殺気に満ちた眼でこちらを見定め、いつの間にか取り出していたマスケットライフルの照準を定めている。
周りの聴衆もそれを煽てるように声をかけていた。
「カルヴェ卿!!」
はっきりと騒音を切り裂いた声が静かになった聖堂内に響く。
見ると、静かに控えていたヴァレンテが毅然とした騎士たる態度で表情を変えず言葉を続ける。
「たとえ魔女裁判中と言えどここは謹厳と厳粛に基づく神聖な大聖堂内であり、陛下の御前だ。控えたまえ。」
先程より抑えられた声量なれど気迫は褪せることなく、場にそぐわぬ行動を窘めると殺気に満ちていたカルヴェは手に持っていたライフルを消した。
「⋯失礼いたしました、猊下。どうかご無礼をお許し下さい。」
自分の主に向き直り、胸に手を当て謝罪をするカルヴェにプランタンは片手を上げると唇に柔らかな笑みをそっと載せる。
「構わないよ、貴方の行動を許しましょう。」
持ち場に直るカルヴェを見届けたプランタンは、自体を呑み込めず置いてけぼりにされていたこちらへ再び視線を向けた。
「話を戻そうね、まずは黎明の魔女の説明から必要かな。黎明の魔女とは数十年前、戦前に現れた性別も、顔も分からない正体不明の大魔法使いだよ。魔力も魔法技術も極めて高く、数多の魔法を生み出した。共に、この世界の魔法学に絶大な貢献をしてくれたんだよ。」
聞いた限り、どれも逮捕され命を狙われる程悪い事では無いように思う。
寧ろ、世界に貢献しているならばいい待遇すら受けていいものではないだろうか。
「いい子だと思うよね。」
心臓がどきりと大きく音を立てる。
心中を見透かされているような物言いは気持ちのいいものとは言い難い。
緊張気味にこくりと頷き、肯定の意志を伝える。
「でもね、魔女の残した功績はいい物だけではなった。君に掛けられた罪状は15年戦争を引き起こしたことによる国際法に乗っ取った平和に対する罪。国家転覆罪。並びに禁忌魔法の配布、その他犯罪の援助だよ。」
並べられる難しい言葉達に困惑を覚えつつ、やはりそれは全て身に覚えなどなかった。
受け止めきれない現実を前に言葉を発することが出来ず、呆気にとられていると静かにしていたカルヴェが発言権を求めるように右手をあげる。
「よろしいですか」
「いいよ、どうしたのかな」
カルヴェの発言にプランタンはまるで子供の話を聞くように話を促す。
「私は先程まで調査に出ておりました」
捕まる前ヴァレンテが彼が本日別に地区に行っていることはシラーも聞いていた。
しかしながら、それは今関係あることだとは思えない。
「私が向かった先は酷い惨状でした。家も農作物も焼き払われ、生き残りも残念ながらいませんでした」
なんて酷い。再びザワザワと騒ぎ出す聴衆。
その目つきの悪い瞳をギョロリとこちらに向けたかと思えば、黒い手袋に覆われた指先をこちらへ向けた。
「こちら全てインフルジオの出来事です」
インフルジオ、それは先程自分で出身地と言った地名だ。
先程からずっとしていた嫌な予感が明確な理由を得て再びぶり返す。
行動全てが裏目に出、面倒くさい方向へと転がっていく様がなんとも辛い。
「ここに被告人が来る前に行われた留置所の調査によれば、彼女がそのインフルジオを出発した日は犯行推定日より数日後、ご遺体の状態から見て出発前には殺害されているものと推察できます。それを鑑みれば、被告人が殺害したと考えるのは不思議ではありません。」
発言一つ一つに頭痛を覚えそうである。
しかし、提示された情報を重ねればシラーを疑うのは無理はない。
「彼女はインフルジオの人々をも非情にも惨殺したのです。その為、私は彼女にさらなる刑を求刑いたします」
「違います!私はやっていません!」
否定の意志を見せるも、根拠を持たない否定だけの言葉など説得力が無いに等しい。
見苦しい否定として捉えられる様子を見て、カルヴェは口を開く。
「⋯先程、農村は焼き払われたと申し上げました。家、農作物、家畜から残らず焼き払われていたのです。」
会話の流れを無視するような話に小さな疑問を抱く。
全く関係ない話というわけでは無いが、今そこを掘り下げる理由を汲み取れない。
「1棟を除いては」
いや、そんなわけは無い。
実際あの村の家々は焼かれ崩れてしまった。それは自身の目で確かめたし、確認もした。
「あの全焼の中、1棟だけ綺麗な状態で残っていました。それは、シラー・ハーシェル。貴方の家でしょう」
「!」
ひとつ残らず燃え崩れていたあの集落の中、私の家だけはその綺麗な形状を保っていたことを思い出す。
灯台もと暗しとはまさにこの事で、周りのことばかりで自分の事に目を向けるのを忘れていた。
今思えばあそこまでひどい火事であったのに家の中でその火災臭がしなかったのも不思議である。
事実、私とヘルラはその家から出てきているし、直前まで眠っていたのだ。
「そ⋯うでしたが、何かの間違いでは、たまたま火がかからなかった可能性だってあります⋯!」
「貴方の家には厳重な結界が貼ってありました。あの惨状の中、貴方の家だけがその形状を保っていられたのはその結界のおかげでは」
それを、たまたまと抜かすのか。と憎しみの籠った声色で付け足される。
「結界⋯?」
知っているどころか初めて知らされた事実により更なる思考の混濁が起こる。
周りを見れば、周囲から送られる犯罪者を見るような目が痛いほど刺さった。
「そ、そもそも、何故私が疑われているのですか⋯!正体不明ならどうやって判断を⋯」
「当然の疑問だね」
暫くカルヴェとシラーのやり取りを傍観していたプランタンが話へと介入する。
穏やかなしゃべり方は崩れることはなく、カツンと金仗を床についたかと思えばプランタンの前には二本の線が周波のようにゆれるものが現れた。
「⋯?」
「魔法使いに共通するもの、それはなんだと思う?」
魔法使いに共通するもの、と言われても混乱する頭では咄嗟に出てこない。
「魔法が使える⋯とか⋯?」
「そうだね、じゃあその魔法を使う為の条件は分かるかな?」
幼子にする様なやさしい質問に本で読んだ知識を掘り返す。
「⋯ある一定の魔素量と魔法適正、後は⋯魔素を操れるほどの魔力です」
魔法とは、空気中に漂う粒子に近しい魔素を体内に補完し、それを自身の中の魔素と魔力を混ぜ、体外に放出することで体現化される。
使えるとはいえ魔法に関しては素人に近い自分の知識だが、基礎的な定義だと本に書かれているのを見たことがあった。
「その通りだよ、シラーは偉い子だね」
調子が狂いそうになる。まだ確定していないとはいえ、向こうの言い分を見ればほぼ確定している罪人に、まるで我が子にでもかけるような優しい言葉を使うプランタンが、国民に支持されている理由がわかったような気がした。
「言ってくれたように魔法には魔素、魔力が必要不可欠だよね。魔素は空気中を漂っているようにどこでもある普遍的なもの。それに対し魔力は個々が持つ固有的なもの。人によって魔力量も変わってくるし、"波長"も違ってくる。普遍的な魔素は可視化することが難しいが固有的なものは見える。そうだよね」
プランタンが言うように、空気中の粒子が見えないように魔素は肉眼で見ることは難しい。
だが、個々が有する魔力はその人が発する体臭のようなもので、魔法使いならば誰でも可視化することが出来る。
それは魔法使いに与えられた基礎的な機能だからだ。
「さっき、正体不明とは言ったけど、魔女の情報が全く無い訳では無いんだ。それは魔力の波形。下が君の波形で、上が黎明の魔女の波形だよ」
全く一緒の動きをする二つの波形。似ている。
似ている、と形容するよりかは、一緒と言った方が正しいのかもしれない。それはまるで同一人物の波形を二つ用意したようなそっくり具合である。
「君に容疑がかけられている理由は、君の魔力と黎明の魔女の魔力が一致したことをアルベロと聖騎士団の子達が判断したからだよ」
相手の言い分は十分理解したが、自分と魔力がたまたま一致してしまった相手の罪を被せられるのはたまったものでは無い。
しかし、ここまでシラーが犯人であると証明する証拠が並べられると弁解も難しいだろう。これからどう話を進めるべきかと悩んでいると、何やら外が騒がしい。
「どうしたのかな」
そう問いかけるプランタンに、1人の神官が困ったように眉を曲げながら側へと寄った。
「申し上げます猊下。どうやら被告人の同行者を名乗る者がいらっしゃっておりまして⋯」
どういたしましょうと続ける神官に微笑みを向けたプランタンは、論題に上がる人物を連れてくるようにと指示を飛ばした。
そう飛ばすや否や背後の大きな扉が開いたかと思えば神官に連れられ青年が入室した。
「ヘルラ!」
「シラーさん!」
それはフランツェで離れ離れになってしまったヘルラであった。
駆け寄ってきたヘルラを強く抱き締める。
数時間程度であったが、あまりの出来事の多さに数年越しのような再会をしている様な気分だった。
「聞いたよシラーさん!すごく重い罪を着せられてるとか⋯シラーさんはそんなことしないって僕知ってるから⋯!!」
真っ直ぐな目でこちらを安心させるような言葉を発するヘルラの言葉に偽りはなかった。
先程まで味方がいなかった状況でその言葉は酷く染みる、緊張と不安で押しつぶされそうだった心が少し救われたような気がした。
「傍観席はこちらです。さぁ」
感動の再会に水を差すような声の主はヘルラを連れてきた生真面目そうな騎士団員だった。
傍観席へと手を向け、規則に準じた冷淡な声で促す。
「ぜ、絶対!大丈夫だからね!」
促されるまま少し離れた席へと連れていかれたヘルラの言葉を信じ、教皇へと向き合おうとしたその時、バンッと入口の扉が勢いよく開かれた。
「今日は随分と忙しい一日だね」
穏やかなプランタンとは対比するように切羽詰まった様子で息を切らしながら入ってきた司祭は、その乱れた呼吸を押し負かすように口に溜まった唾液を嚥下する。
「も、申し上げます猊下!神託が下りました!!」