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    Yotubainko

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    神託

    5話 フェーネルリアにおける《神託》とは黄昏の女神の落とす奇跡である。

     飢餓から豊作、明日の天気から数年後の戦争まで諸事万端を示す。
     その言伝は大聖堂内に設置された福音書に書き記され、厳重な管理のもと臣民へ公開される。
     戦後のフェーネルリアを再建させたのはプランタンの指導力もあるが、この神託の力もそれの一端を担っている。

    ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

     飛び込んできた知らせに先程とはまた違った緊張感が走り、聖堂内は静寂に包まれる。

    「し⋯神託が⋯!?」

     誰かが漏れ出たように発した言葉が火蓋を切った。
    「魔女の処刑日でも予言されたのでは⋯?」
    「きっとそうに違いない⋯!」
    「いや分からないぞ、飢饉の予告やも⋯」
    「縁起でもないことを言うんじゃない、魔女を逮捕したことに女神様がお喜びになり褒美をくださったのかもしれんだろう」
     再び騒ぎ出す聴衆の話題はやはり《神託》についてであった。
     良いも悪いも全てを予言する神託に前者を期待する彼らは、魔女のことなど忘れ神託の内容の予想を論じる。
    「⋯」
     プランタンが静かに口元へ人差し指を当てると先程まで騒がしかった聴衆達は即座に口を閉じていた。
     その様子に満足するように、プランタンは口元に笑みを浮かべるとゆっくりと指を下ろす。
    「内容を教えてくれるかな」
    「は、はい⋯神託の内容は」

    "生命の繁栄と腐敗を齎す豊穣の季節。人民に慕われる白翼と金葉を携える者は、憎悪に満ちた異端者によりその命を危険に晒すだろう"

     後者を示す神託に皆は言葉を失ったのか狼狽え始める。
     内容を聞いた限り、教皇プランタンが狙われていることは明白であり、更にはこの聖堂内にいる者の中に裏切り者がいるというでは無いか。
    「ま⋯魔女だ!!!魔女が犯人に違いない!」
    「そ、そうだ!魔女が現れてから予告されたのだから奴が怪しいに決まっている!」
    「やはり死刑にすべきだ!」
     タイミングも相まって犯人の矛先がこちらへと向いてしまった。
    「違う!シラーさんはそんなことしない!!」
     必死に否定の言葉を挟むヘルラの声など届くはずもなく、団結した集団の圧に押し返されてしまう。
     騒ぐ群衆。魔女を死刑にせよと責め立てる声が最高潮に達した時、カツンと足音が部屋に響いた。
     騒がしい声の中はっきりと聞こえたその音の方を見れば、ヴァレンテが持ち場より一歩前へと体を出していた。
    「枢機卿猊下。神託によれば犯人は確定していません、決めつけるのは如何なものかと」
    「ヴァレンテ卿ッ⋯!ならば誰だと!ここにいる者は皆、猊下に絶対的な忠誠を誓っているのですぞ!」
     聴衆の中と一人がそう叫ぶのを聞き届けたあと、それではとヴァレンテが言葉を続ける。
    「彼女にこの事件の犯人を捕まえて頂くのは如何でしょう」
    「何を⋯」
    「彼女が見事捕まえることが出来、当日何も起こらなければ彼女は晴れて無罪放免。逆に捕まえることが出来なければ彼女が犯人であると証明できます」
     如何でしょうと後方へ振り向き問いかけると、ヴァレンテの視線の先にいるプランタンは玉座より立ち上がり階段をゆっくりと下る。
     何をするのかとその様子を目で追っていたシラーの方へ歩みを進めたプランタンは、彼女の目の前で止まり、金仗をカツンと床に突き付けた。
    「アルベロの進言を採用しよう、シラーにはこの神託の犯人を探して貰うよ」
    「し、しかし⋯探してもらうと仰られても具体的な日時も分かりません。それに、この神託を聞いたことで真犯人がその犯行を取りやめる場合もあります」
    「そうだね、まずは日時だけど」
     そう言葉を続けるプランタンは声のトーンを落とし、自身とシラーにしか聞こえないように囁きかけた。
    「時は今より一月後、つまりは9月28日だね。具体的な日はシラーにしか教えていないよ、後は賢い君なら分かるかな?」
     つまりは、シラーが犯人ならばその日に襲撃に来るはずだし、シラー以外が犯人だとしてもその日付を知っているのはシラーとプランタン、その犯人だけとなる。その日にシラー以外に犯行を起こした者が犯人となるわけだ。
     しかし疑問も残る。シラーが犯人ならば日付を変えれば良い上に、季節がバレているなら犯行の時期を変えればいい。
    「私が仮に真犯人ならば日にちを改めます。そうなれば判断できないのでは」
     シラーに背を向け、ステンドグラスの美しい光を受けるプランタンの背中に言葉を投げかけた。
     歩みを進めていた足が止まるとその長いベールを波のように靡かせ、振り返る。

    「心配いらないよ"神託は絶対"新たな神託でも降りない限りは決して覆ることは無い」

     金仗につけられた金のタッセルがチリチリと揺れ、ステンドグラスに当てられた光で金粉を散らす。

    「それまでは私は死ぬことは無いんだ」

     それは酷く幻想的で、妖艶な笑みは視線を釘付けにするのに十分だった。
    「本来なら黎明の魔女は即刻処刑。翌日には決行する予定だったけれど、犯人捜索のため神託に告げられた日まで延期としよう」
     異論はないかな、と聴衆に問いかけると文句こそあれど反論できないという様子で承諾の意を示す。

    「それでは、この裁判閉廷とする」



    「はぁ〜〜〜〜⋯」
     場所を同じくして聖堂内。聴衆達が立ち去った後、聖堂内にある長椅子に疲労で項垂れていたシラーは生きの詰まるような空気から解放され、重いため息を吐いていた。
     隣に座っていたヘルラはその様子を労うように背中を撫でる。
    「お疲れ様、なんだか納得はできない終わり方だったけど⋯最悪の事態にはならなかったのは、良かった⋯のかな」
    「うん⋯首の皮一枚繋がってよかったよ⋯でも犯人探しかぁ⋯」
    「中々難しいこと言われちゃったね⋯でもシラーさんの命掛かってるから僕も頑張るよ」
    「ありがとうヘルラ⋯」
     未だ受け止めきれない現実を前に脱力していた体に、ひたりと何か冷たいものが当たった。
    「ひゃっ!!??」
     予想外のことに体がベンチから飛び跳ね、慌てて後ろを見ると水入り瓶を持ったヴァレンテが立っていた。
    「な⋯!!びっくりするじゃないですか!」
    「はは、君の反応が面白くてついな」
     愉快そうにケラケラと笑うヴァレンテは手に持っていた瓶をこちらに手渡した。
    「ぁ⋯ありがとうございます⋯」
     魔女としてもだが、何故容疑の掛けられている自分に優しくするのか。
     そうは思ったが、先程の緊張もあり、砂を食んだように喉は乾いている。疑問は一度置いておき彼女からの好意は有難く受け取ることにした。
     冷たい液体が喉を伝う。ヒンヤリとした感覚が落ちたかと思えば暫くもしないうちにスゥと消え、それと同時に喉が潤うのを感じた。
     その様子をニコニコと見ていたアルベロは、腰に下げていた剣を外しつつ近くの椅子に腰を下ろしていた。
    「先程は大変だったな」
    「えぇお陰様で⋯何も分からない状態で逮捕やら裁判やら犯人探しやら⋯頭が痛くなりそうですよ⋯」
    「君の出身地であるインフルジオは最東端の孤島だからな、閉鎖的な村社会ならば国の情報を知らないのも当然だ」
     細身で金の葉が散りばめられた美しい鞘を撫でつつ、伏せられたまつ毛は長く艶がある。
    「そうだな、では私でよければ質問にでも答えよう。犯人探し中この国に滞在するのだろう?この国のことを知っておいて損は無い。まぁ、仮にも容疑者の身には変わらないから出ようにも出れないのだが」
    「そ、そうですね⋯出来ればお願いしたいです⋯」

    「ならば何から話すかな⋯まずはこの国のことからだろうか」
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