13話「こんにちは〜!」
帝都フランツェ内、数日前に訪れていた店の中にシラー達の姿があった。
「頼まれていたウェルーシャの花です」
ドンとカウンターに載せられた籠には溢れんばかりの花が詰め込まれている。
二人を出迎えに出てきた店主は目の前に差し出された花を見つめ、空いた口が塞がらないとでも言いたげな様子だ。
「⋯期待以上です。」
少しの驚きの後、店主は嬉しそうに笑顔を浮かべるとシラー達に感謝を伝える。
「えぇ⋯えぇ、流石でございます。お頼みしただけありました、なんと感謝申し上げれば良い事か。」
「いえいえお力になれたのなら私達も嬉しいです」
「御礼申し上げます。こちらささやかですが報酬です。」
籠の横に置かれた麻袋を持ち上げたシラーは予想外の重さに再び置き直してしまった。
「え⋯?これ最初に言われていた金額より多いですよね?」
「えぇ、貴方々の働きに比べれば少ないとは思いますが気持ちばかり上乗せさせていただきました。」
是非受け取ってくださいと半場押し付けられる形で受け取ったシラーは戸惑いながらも感謝を伝えた。
「そろそろ訓練の時間だよシラーさん」
「もうそんな時間?じゃあそろそろ失礼しますね」
店主への挨拶をすませ、扉に手をかけようとしたシラーへ、同じくお見送りをしようと扉前まで出てきていた店主が声を漏らす。
「あぁそうです、少々お待ちを」
何かを思い出した店主は腰に下げていた鞄から一枚の紙を取り出し、シラーへと渡した。
「もうしばらくした後、北方のアネヴィーズ公国近辺で商業祭が開かれます。商業祭は昼に行われるのですが、実は夜もやっておりまして招待制となっているのです。そちらのチケットで入れますので是非ご活用ください。」
「わ〜!楽しそうだね!シラーさん!」
チケットを受け取ったヘルラは目をキラキラとさせ、何度もチケットに書かれた文字を眺めている。
「各国から出店された店が集まるので目新しいものが見れるかと思いますよ、是非。」
「ありがとうございます」
「では、またハーシェル様方とお会い出来る日を心待ちにしております。」
店を出た後、シラー達は苦労の末、漸く手に入れたお金で何をするかという話に花を咲かせていた。
「どうしようか、お菓子でも食べる?」
「ほんと!?食べる!」
両手を挙げて喜ぶヘルラの可愛らしい様子に頭を撫でたシラーは目を細めた。
「ヘルラが食べたいもの食べよう。何が食べたい?」
「どうしようかな〜⋯前に見たあれも気になるし、あれも気になるし⋯」
指をおりながら頭上にお菓子を浮かべていくヘルラ。漸く決まろうかというその時。
ドォォンッ!!
遠くから爆発音にも似た轟音が辺りに響いた。
「な、何!?」
周りを見渡したが音に驚いた市民がいるくらいで実害は無さそうだ。慌てる市民に紛れ、いち早く緊急事態に動く聖騎士たちの姿も見えた。
「あ!あれノースさんじゃない?」
事前に組まれていたのであろう緊急事態の対処に動く聖騎士達の中に、シラー達の訓練に携わっていた騎士の姿を発見した。
「一度事情を聞いてみよう。神託に関係ないとは思えないし⋯」
「そうだね。ノースさん!」
意見が一致し、指示を飛ばしていたらしいノースの元に二人は駆け寄った。
「一体何があったんですか」
「あ、あぁ⋯貴方達ね。たった今オルディネーナが奇襲を受けたの」
「オルディネーナが⋯ということは教皇猊下が⋯?」
まさか神託に示された日よりも早まってしまったのかとドッと嫌な汗が吹き出す。
「いいえ、猊下は大丈夫。今回奇襲を受けたのはオルディネーナの中でも大聖堂の外周、司教区よ」
「司教区?」
「オルディネーナ内に務める司教達が生活する所ね。大聖堂のある中心部ではないけれど、今までの福音の記録書が貯蔵されてたりするから、早急に対処する必要があるわ」
「私達も行っていいですか」
「⋯えぇ、いいわ。私の権限で許可する。じゃあ私の近くに寄って、魔法を使うわ」
そう言うやいなや彼女の足元は白く輝く。慌ててかけよれば気づけば場所はオルディネーナになっていた。火災特有のすれた匂いが鼻をかすめ、白を基調とした建物達は煤や未だ勢いの強い炎で本来の美しさを失っていた。
続々の到着する聖騎士や帝室直属の魔導師達が鎮火や救命活動に勤しむ中、なにか役立てる事をと走らせていた視線が路地裏に靡いていく白と金のマントに止まった。
「あれは⋯!」
先程目に入った物、それは団長達のつける制服のマントだ。
仮に団長であったなら、自分の守るべき管轄で事件が起きているのに現場を離れるのは怪しい。そう睨み慌てて走り出すシラーに続き、ヘルラもその後をおった。
「ね、ねぇどうしたの!?」
「この騒動の犯人がいたかもしれない!」
慌てて路地裏に入り、入り組んだ道を走っていれば目の前から入ってきた人物とぶつかりそうになった。
「わっ!?」
「どうして君達がここにいる?」
シラーの目の前にはアルベロとヴェロニクが立っていた。
予想外だ、犯人を追いかけてきたつもりが容疑者が揃っているとは。
「あ、あの!先程私達が来た方向から貴方々のどちらか来ませんでしたか」
「知らないな。我々は先程合流しそのままこちらに向かっていた。それよりなぜ貴様がここにいる。ここは限られた者しか入れないはずだが?」
アルベロの横にいたヴェロニクに怪しさを含んだ視線で見つめられれば言葉が詰まってしまう。彼の片手に持たれたマスケットライフルが既に冷たい路地裏の空気をより緊張感あるものに変えている。
「僕達はノースさんの許可でここにいます」
「ノースが?⋯まぁ今はそれはいい。それより現場に急ぐぞ。」
白いマントをはためかせ、両団長はシラーたちが来た方向へ走り去ってしまった。
ふとシラーはこの路地裏に残った魔力に目つく。シラーが通った道にはヴェロニクの魔力がベッタリと付着しているのだ。
路地裏で人通りも少ないということもあり、誰かの魔力は非常に残りやすく、それは足跡のように痕跡を残す。
「⋯」
残された魔力を見つめ、思案に耽るシラーの背後から吹く冷たい風は彼女の髪を絡め吹き抜けていった。