褐色の災難と誘惑「随分と焼けたな」
朝イチの勤務を終え、既に帰宅している二宮に玄関で出迎えられて開口一番に言われる。
「今年一番の暑さの中でプール授業があったんだよ。一気に焼けたから背中とか痛え」
夜になっても昼間の暑さが引かず、熱帯夜確定なので珍しく半袖のTシャツ一枚で二宮の家に来た。
学校終わりに一度家に帰って荷物を置き、少し店の手伝い。終わった後にシャワーを浴びてきたけど歩いているうちに汗ばみ、クーラーの効いた部屋は心地が良い。
「何か飲むか」
「ジンジャーエール」
「わかった」
この家で常備している飲み物と言ったら、ミネラルウォーター、お茶、ジンジャーエールの三択。
二宮はキッチンへと向かい、大きめのグラスを用意すると冷凍庫から氷を取り出しグラスに入れる。それから冷蔵庫からジンジャーエールの瓶を取り出すとグラスに注ぐ。
その一連の動作をソファに座り眺めていると、目の前にグラスが差出される。
「こぼすなよ」
「するかよ」
グラスを揺らし氷とジンジャーエールをかき混ぜ、全体が冷たくなったところでグラスに口を付け一気に半分まで飲む。
「っ冷たくてうめぇ」
「よかった」
二宮は氷によって入り切らなかった残りのジンジャーエールをソファの近くの壁により掛かりながら飲んでる。
その視線は感情を乗せ、チクリチクリと腕、首、顔へと注がれる。
「なんだよ」
「日焼けした影浦が珍しくてな」
「そうか。去年も同じくらいに焼けたぜ」
「でも、去年はこういう関係にはなってなかっただろ」
二宮が近づいてくると、持っていたジンジャーエールの瓶についた水滴で濡れた指を影浦の腕に滑らす。
「っん、何しやがる!」
濡れたところがクーラーによって冷える。
「ここは日焼けしてないんだよな」
二宮がローテーブルに瓶を置きソファの隣に座って腰を指差す。
「バッカじゃね。水着着てんだから当たり前だろ」
持っていたグラスを二宮に奪われ、それも目の前のローテーブルに置かれる。
「見せろよ」
ギラギラと欲情した瞳を向けられ、肩を押されソファに押し倒される寸前で手を付き、体が倒れるのを避ける。
「何しやがるっ」
「何って、この状況だと一つだろ。お前を裸にして抱く」
二宮が距離を詰め、さっきよりも強い力で肩を押してくる。
「俺の話、聞いてたかっ? 日焼けで背中が痛えって言ったろ」
「なら、お前が上になればいい」
言うや両脇の下に手を入れられ、軽々と持ち上げられると、二宮の膝の上へと降ろされる。
「これでどうだ」
「どうだ、じゃねーだよ。今日はやんねー。プールで真面目に泳いだら疲れてダルい」
もう動きたくないと二宮にもたれ掛かる。
「おい、そのまま寝るなよ」
「寝みぃ」
「だったら着替えろ。着替えを持ってきてやるから」
またも両脇に手を差し込まれ、持ち上げられて二宮の膝の上から降ろされる。
冷たいジンジャーエールを飲んで、一度はぱっちりと目が冴えたが、体がだるく疲れが出てきて眠くなる。
背中をソファの背もたれにつけないよう座って二宮が戻ってくるのを待つ。
正直、こんな体じゃなければ抱かれてもいいと思っていた。むしろ、プールの授業前までは今日の泊まりに思いを馳せていたのに。
背中は日焼けして痛ぇは、25メートルを何本か泳がされるはで体がだるい。
二宮に乗っかても良いけど、日焼けした肌と焼けていない白い肌を見たらあいつはきっと暴走する。そうなると1回でバテると思うし、そのまま寝落ちするのが目に見える。
明日はこっちが夜勤だから、朝起きて回復してれば1回くらいヤれっかな――
「着替え持ってきた。これを着る前に背中に保湿ジェル塗るからシャツ脱いだら横になれ」
「なんで、んなもん持ってんだよ」
「去年、加古と太刀川に無理やり海に連れて行かれ、日焼けしたからケアで買ったものだ。ほら、さっさと脱げ」
変なものじゃなさそうだし、二宮からも心配するような感情しか刺さって来ないから言う通りにTシャツを脱いでソファにうつ伏せになる。
「これでいいか」
背中を晒すと、それを見た二宮からの特大の心配が刺さる。
「日焼けで痛ぇんだから、変なもん刺すな」
「いや、これは思っていたよりも赤いな。これじゃ痛いだろう。さっきはすまなかった」
「押し倒されてたら、腹を思いっきり蹴っ飛ばしてたわ」
「ちょっと冷たいが我慢しろよ。そのままにするより、これを塗って保湿をした方が良い」
チューブに入ったジェルを背中に垂らす。それを優しい手付きで伸ばしていく。
「冷たっ」
「痛くないか」
「二宮の掌が熱くてヒリヒリすっけど、塗ったところは気持ちがいい」
「わかった。なるべく力は入れないようにする」
「ん」
背中、肩と赤くなった肌にジェルを塗り込められる。二宮の手が離れ、終わりか…と顔を上げたのと同時に履いていたズボンと下着が少し降ろされる。
「何してんだよ」
「日焼けしなかったところを確認してる。今、背中は赤いから落ち着けば黒くなって白い部分とのコントラストが見たい」
二宮の指が更に下ろそうとするのを追い払う。
「真面目な顔して言うな」
体を起こし、そして寝間着替わりのTシャツを着る。それから立ってずらされたズボンを脱ぐと履いていたボクサーパンツと水着の丈があっていないので、太ももに白い肌が少し見え、そこに二宮の視線を感じた。
「スケベ」
急いでスウェットのズボンに履き替える。
「寝る。二宮はどうする。まだ21時過ぎだけど」
「そうだな。朝番でも帰ってきたのが夕方前だったから寝ようと思えば寝れる。一緒に寝るか」
「んじゃ、先ベッドに入ってる」
「わかった。片付けをしてから行く。眠たければ先に寝ててもいい」
「ん」
先に寝室へと入ると真っ先に冷房の温度を下げる。
夏場は冷房を付けていてもひっついて寝ることはあんまりしない。
でも今日は特別に抱きついて寝たい。二宮が背中を見て、押し倒そうとした時を思い出して罪悪感が刺さったのが忘れられない。現状知って一緒に寝るのに手を出すなんてことはしないだろう。
けど折角一緒に寝るのに何も無いのは寂しい。
だから、せめて二宮を抱き枕にして寝る。
二宮も抱きついてくれりゃ、寝返って背中を着くこともなくゆっくりと寝られるはず。
二宮が寝るスペースを開け、そっちに向かって横になる。
だんだんと眠くなって、意識が落ちそうになった時、隣に二宮が入ってきた。
「にの……み…ゃ」
眠くて力の入らない手を上げ、二宮に抱きつくと直ぐに二宮の腕が腰に回り引き寄せられる。
「おやすみ」
額にキスされたのを感じながら、そのまま意識を手放した。