2021/11/2のAIモクチェズ 11月22日は語呂合わせで『いい夫婦の日』らしい、と先に話題を出してきたのはチェズレイである。
「私はボスの母親的立場を自認していますし、モクマさんには父親をお願いしているわけですが。では我々の関係は夫婦と呼んで差し支えないのでしょうか」
モクマはおちょこを口元に運びかけていた手を止めてチェズレイを見た。
「チェズレイはどう思うんだい?」
-----↑ここまで自分↑-----
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「そうですねえ…………」
彼は目を細めて首を傾げた。長い髪がさらりと肩から滑り落ちる。
「あえて言うなら、親子のような師弟関係に近い気もしますねェ。私の理想とする家庭像とは、もう少し別のものなのですが」
「ああ、うん…………お前さんの気持ちはよくわかるよ」
彼の人生において、家族というものは縁遠い存在だったはずだ。
だからこそ、そんな彼なりの家族観があるということなのだろう。
「とはいえ、私とあなたの間に子供をもうけることはできませんので、あくまで比喩的な話ですよ? あくまで」
念を押してくるあたりが実に彼らしかった。
「わかってるよ。でもまあ、その辺はおいおい考えていくことにしようか」「そうですねえ」
「とりあえず今夜は、いい夫婦の日にちなんで仲よく過ごさないかい?」
「それは構いませんけれど…………」
チェズレイは唇の端を吊り上げて笑った。
「何か企んでいますね?」
「んふっふー。実はさっきからずっと考えてたんだけど──」
モクマは懐に手を入れて小さな袋を取り出した。中身を取り出すと、白い粉のようなものが入った小瓶が現れる。
「じゃじゃーん! これなーんだ!」
「小麦粉ですか?」
「違うよぉ。これはねぇ、なんと『イイトコドリ』というキノコだよ!」
「ほう」
「この前行った山で採ってきたやつなんだよね。ほら、あの時の──」
モクマは回想する。
ルークたちと別れてから、モクマたちは世界各地を転々と巡っていた。その中で訪れた山奥の村での出来事だ。
モクマが一人森の奥深くに分け入ったところで出会った老婆に、こんなことを言われたのだ。
「珍しいものが欲しくはないかね?」
最初は胡散臭いと思ったものの、好奇心がうずいてしまい、つい魔が差して頷いてしまった。
老婆の手に乗せられたのは、一見すると真っ白な粉末だった。
「これを一つまみだけ水に溶かして飲めば、たちまち体の中から綺麗になれるっていう代物さ。あんたには特別に安く売ってやるからね」
老婆の話によると、この粉をひと舐めすれば肌がツルツルになり、どんな不摂生をしている人でも体調が良くなるのだという。
「ただひとつ問題があってねえ。この粉を飲んでから三時間以内に眠らないと、悪い夢を見るんだよ」「悪夢を?」
老婆はニヤリと笑う。
「だから夜寝る前に飲むといいよ。ただし効果は一日しか続かないからね。朝起きた時にもまだ効いているかどうか、確かめてみるといいさ」「へぇ~」
老婆の説明を聞いた後、モクマは粉の入った小瓶を見つめながら口笛を吹いた。
「──というわけで、せっかくだし今日はこれを使ってみようかと思ってるんだよね。ほら、イイトコドリってキノコもあることだしさ」
「なるほど、そうでしたか」
「ちょうど夕食も済ませたばかりでしょ? だから今から試してみてもいいんじゃないかなーなんて」
モクマの言葉を聞いて、チェズレイは思案顔になった。
「ですが、人体にとって害のある成分が含まれている可能性もありますよ? そもそも、そのような効果が得られるのであれば、とうに誰かが試しているでしょう」
「ああ、確かに」
「まあ、いずれにしても、私には必要のないものです」
「ええ~、そうかなあ」
「あなたは私に長生きして欲しいのですか?」
「そりゃあもちろん」
「ならば、無闇に怪しいものを口にするのはお勧めしませんねェ」
「わかったよ」
結局、モクマはその粉を懐にしまって、この日は就寝することにしたのだった。そして翌日。
「…………あれっ!?」
朝食を食べ終えたところで、モクマは声を上げた。
「どうしました?」
「いや、なんかいつもより肌がすべすべしてる気がして…………」
「気のせいでしょう」
「そっかなあ…………」釈然としない気分のまま、その日の仕事に向かったのだが。
夕方になって家に帰ると、チェズレイの姿はなかった。
モクマは慌てて家の中を探し回ったが、どこを探してもいない。
彼が行きそうな場所はすべて探し尽くした後で、最後に思い当たったのが例の場所だった。
「ここか…………」
昨日訪れた山の中腹にある洞窟である。
入り口からは薄暗い光が差し込んでいるだけで、奥の方まではよく見えない。
「チェズレイ?」
呼びかけても返事はなく、しんとした静寂だけが返ってくるだけだった。
「チェズレイ…………」
もう一度呼んでみたが、やはり反応はない。
「チェズレイ…………」
不安に駆られて、モクマは洞窟の中に足を踏み入れた。
「チェズレイ」
「……………………」
「チェズレイ!」
「…………はい」
少し遅れて、後ろから返事があった。振り返ると、そこにはモクマが探していた相手がいた。
「やっぱりここにいたのか」
「すみません。ちょっと考え事をしていて」
「何かあった?」
「いえ、別に」
「なら、いいんだけどさ…………」モクマはほっと息を吐く。「それより、どうして私の居場所が分かったのですか?」
「お前さんのことだから、きっとこの辺にいるだろうなって思っただけさ」
「ふむ」
「それより、これからどうする? 帰る?」
「もう少し、ここでゆっくりしていきましょうか」
「そうだね」二人は並んで岩壁に背を預けた。
「いやぁ、それにしても今日は暑いねぇ。汗かいちゃったよ」
モクマはシャツの胸元を引っ張ってパタパタさせた。
「その割には、あまり汗臭くないですね」
「いや、結構臭いと思うけどなあ」
「私にはよく分かりませんが」
「あのさ、俺ってそんなに汗っかきに見える?」
「はい」「あ、そうなんだ…………まあ、いいや。ところで、ここんとこずっと忙しかったもんね。疲れてない?」
「いいえ、平気ですよ」
「そう? でもさ、たまには休まないとダメだよ。おじさんが肩揉んであげようか?」
「それは、また今度お願いしますかね」
「じゃあ、今度はちゃんとマッサージしてあげるからさ。ほら、遠慮せずに寄りかかっていいよ」
「それでは失礼して」
チェズレイはモクマの肩に頭をもたれさせてきた。
「お客さん、凝ってますねえ」
モクマは慣れた手つきでチェズレイの背中や腰をさする。
「お上手ですねェ」
「だろ?」
「そういえば、あなたもご存じの通り、私は詐欺師ですからね」
「うん?」
「人の心の機微を読むことに長けているのです。だから、あなたの考えていることも手に取るように分かるのですよ」
「へぇー。なんて?」
「なぜ私がこんなことをしたのか、不思議に思っていますよね?」
「んー、まあ…………だって、意味がないじゃないか」
「ありますとも」
「どんな?」
「いずれ分かる時が来るかもしれませんよ。それまでは秘密にしておきましょうか」
「ええー? 何それ?」
「まあまあ」
「うーん…………」
モクマはしばらく首を捻っていたが、やがて諦めた様子だった。
「まあいいか。そのうち教えてくれるみたいだし」
「ええ、もちろん」
「ちなみに、もうひとつ不思議なことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「いつもより肌がすべすべしているような気がするんだよねぇ」
「おやおやァ」
「これって、どういうことだと思う?」
「さあ、私にも分かりませんねェ」
「ふうん」
「…………」
チェズレイは、モクマの首筋を指先でなぞった。
「ひゃっ!?」突然のことに、モクマが声を上げる。
「おや、すみません。くすぐったかったですか?」「ああ、びっくりした…………急に触らないでくれよ」
「つい出来心で」
「まったく…………」
モクマはチェズレイの顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「いや、別に…………」
チェズレイの表情は普段と変わらないように見えた。
だが、モクマにはどこか違うように思えた。
「…………」
モクマは少し考えてから、チェズレイに顔を寄せた。
そして彼の耳元で囁く。
「今日のお前さん、なんだか可愛いね」
「…………」瞬間、チェズレイの顔が真っ赤に染まり、彼は慌ててモクマから離れた。
「ど、どうしたのさ?」
「…………なんでもありません!」
「いや、なんでもなくはないだろ?」
「なんでもないと言ったら、なんでもないんです! とにかく、そういうことは口に出さないようにしてください!」
「そう言われてもなあ…………」
「お願いしますよォ」
「分かったよ。言わないようにする」
「約束ですよ」
「はいはい。それで、どうして今日はそんなに機嫌が悪いの?」「別に、悪くなどありません」
「ふぅん、そう? じゃあ、やっぱり疲れてるんじゃないの?」
「いえ、本当に大丈夫ですから」
「そっか。ならいいんだけどね」
「ええ、心配をおかけして申し訳ありませんでした」「謝ることじゃないよ。さてと、それじゃそろそろ帰ろうか」
「そうですね。帰りましょうか」
二人は洞窟の外に向かって歩き出した。
洞窟を出る直前、モクマは後ろを振り返ってみた。
そこには、先ほどまではなかったはずの水溜まりができていた。
しかし、モクマはそれに気づかないふりをした。
【了】