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    いしえ

    @i_shi_e

    新規の文章と絵などの公開をこちらに移動。
    幽白など。文と絵(と過去は漫画も)など。
    幽白は過去ログ+最近のをだいたい載せています。
    一部、しぶにあげている小説ものせています。
    以前のものだと、ごっず関連や、遊Aiほか雑多。

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    いしえ

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    鈴と若7本初出順まとめ
    ・さあ、おとぎばなしを生きよう!/鈴若鈴でも鈴若でも
    ・出世した魚、大海ゆうゆう/鈴若(※若干の事後描写あり。具体的ではないですが)
    ・そして青さと春を知る/鈴若でも鈴若鈴でも(田中時代メイン)
    ・おとぎ参り/鈴若でも鈴若鈴でも
    ・ぬくもり、火ともし道となる/鈴若鈴でも鈴若でも若鈴でも
    ・季節がきっと、めぐりゆけども/鈴若
    ・夢の跡地は虹の架け橋/鈴若鈴でも鈴若でも若鈴でも

    #幽白腐向け
    ghostsAndGhostlyRot
    #鈴若
    #鈴若鈴
    #若鈴

    鈴若と、受攻解釈お任せの鈴若鈴or鈴若(ものによってはor若鈴も)の小説7本まとめ◆さあ、おとぎばなしを生きよう!/鈴若鈴でも鈴若でもお任せします◆
    (2023.09.03初出)幽白読み返し中で、田中まで読んだので、ひとまず今の印象をSSにしました。





     伝説を、作ろうとしていた。それにはまず、戸愚呂に勝つことだと思ったのはそう、田中を名乗っていたころだ。そして俺は、惨敗という語すら恐れ多いほどみじめにいきのこる。ああ、負けた。だが同時に思う。自身は、生への執着が強いのだろう。もうこんな思いはしたくない。強くなりたい。強くなれれば、戸愚呂へのリベンジマッチが果たせれば、きっとこの生にもみじめな執着は薄れよう。そう思うほど、戸愚呂への勝利が生きる意義になっていた。きっとつよさとは、もうそのまましんでもいいと思えるほどのそれ以上ない境地にあるのだろうから。そうすれば、そうだ、自ずと伝説にもなれよう。伝説とはきっと、数々の偉業がつむぐ物語なのだから。強くなりきるまえに老いることだけがただ恐く、人間のようにすぐ老いる儚い存在でなくて良かったとだけ、密かに安堵する。ああ、老いとは、儚く醜く度しがたいものだ。人間にだけは、なりたくないものだ。
     死々若丸と出会った時、その存在に、稲妻が走る。伝説から生まれ、復讐を掲げる彼。自分とは、てんで真逆の流れだ。だのに抱くのは近しい、存在意義で。生存、意義で。ああ、自分もきっと、こんなふうに輪郭を失ったおとぎばなしになりたいのだろう。美しい、彼のように。彼に、俺の開発した"試しの剣"を与え、好きなようにストーリーづけさせた。伝説。復讐。彼らしい、いい剣になったと思う。俺が名前を鈴木に変えたのは、そのころだ。名に、美しい、を冠しながら。
     ちょうどそんな折だった、暗黒武術会開催の知らせを掴んだのは。オーナーとなりたい人間から、誘いを掛けられ喉の手で飛びつく。チームメンバーは自由に決めて構わないと全権を委任されたので、死々若丸とともに、当然参加する。チームコンセプトは、自然と決まった。真のおとぎばなしになりたい、復讐の徒、"裏御伽"。それから俺は輪郭を一丁前に失ったおとぎばなしの爺に扮し、頭数を合わせ、大会に臨むべく、魔具をととのえる。
     機は、熟した。はずだった。だのに。老いし人間、幻海に惨敗する。今度は、正真正銘の惨敗だ。自分はまだ青いままだった。悔しい。自分は白鳥でもなんでもなく、みにくいあひるのこだったのだ。つよさとは、真の強さとは、老若や美醜を超えたところにある。それを思い知らせた幻海と戸愚呂との因縁を知ったのは、それからずいぶんと、あとになってのことだった。似たもの同士、を名乗るには恐れ多いけれど、俺も死々若も戸愚呂も、大して変わりやしなかったのだ。つよさを追い求め、生きることを選び、不器用にあがく。戸愚呂にもきっと、そんな側面があったんじゃなかろうか。俺たちは皆、幻海の心のつよさと対峙したのだろう。
     死々若とは大会後もはなれるに惜しい運命を感じ、どちらともなく、はなれるでもつくでもなく。まるで、否、まるきりそうだ、たまたま、行くさきが合致した者同士のように。おなじほうをみて、歩き出す。じき早足、そして走りへと変わる。これが俺たちの、生ける伝説へのリスタート。そう思うとワクワクして、俺たち(と言っても死々若ははっきりそうとは言わないけれど)はともに、駆けた。生きることこそが、そうだ、華々しい生のストーリーこそがあまねく伝説の正体なのだ! 死のありかたが伝説へと取り沙汰されるのは、そこに、生死のかかる瞬間に、そのひととなりや在り方が凝縮されてこそなのだ。俺にはまず、生きることが必要だと思った。俺が生きる上で、今のように隣に、若がいればうれしいと思った。はなやぐ、こころ。ああ、死々若、おまえは確かに俺の、おとぎばなしだよ。俺に、本当のおとぎばなしをみせてくれたんだ。
     若も同じように思ってくれている気がして、俺はきっと、彼にみえるおとぎばなしのダブル主演になれているのだろう、と自負できる。今度こそうぬぼれでもなんでもない、正真正銘、自負だ。でもちょっと、たまには、ことばでききたいな、なんて甘ったれ。三日月の夜、おぼろな輪郭の許す甘えを、若は少し嫌そうに、襟ぐりを引っつかむことで、返歌とした。ああ、しあわせだ。伸びしろと生き甲斐を、しみじみ実感できた。はなれるのが惜しい。改めて、そう思った。
     若と生きていられて、俺は、とても、幸せだ。なあ、若。おとぎばなしを、ともに生きような! いずれ輪郭失おうとも、そのただなかに、俺たちは共に明瞭在る。俺たちは、これからもあたうるかぎり生きることを、選ぶ。






    ---
    ◆出世した魚、大海ゆうゆう/鈴若(※若干の事後描写あり。具体的ではないですが)◆
    (2023.09.13初出)若干の事後描写ありますが、具体的な性描写ではないです。鈴木がこの名を選んだ理由と、これまでとこれからについて。鈴若。
    黄昏時、二元論じゃない世界、田中について等、自身のつぶやきも一部ベースに使用。
    鈴木の一人称文。





     出世魚としての完成形、到達形としてこの名を選んだ。それに等しい、自分と思えたから。魚は自分で名乗るでもなし、ヒトが勝手にそう呼んでいるだけ。それはどこか、伝説じみているではないか。それに、この名は人間どもにはひどくありふれているらしい。輪郭を、失うこと。それを伝説化として掲げている自分には、もってこいだと思ったのだ。だが、ただの鈴木ではつまるまい? 埋没し得ない、自分の輝き。秘めたるそれに、ふさわしいのはシンプル、“美しい”の語。死々若丸と出会ったとき、とっさに浮かんだ語でもあるそれは、自分にもひどく似つかわしいと思ったのだ。
     我々は、うつくしい。だから、強い。伝説になる。どのようにうつくしいか? さあ、想像し語り継ぐがよい者どもよ。どのように強いのか? 堪能するがよい、さあもろともに!
     天にひとつの才能なんぞ、なお信じ込めるほどもう青くもなし。努力、ただそれひとつのみが、強さを、“ヤツ”をつくると、そう直観したのは、根拠無く己の天才を信じ込めていた無邪気な田中にサヨナラをするきっかけのあの日だった。鍛錬は、もちろんある程度していた。それでもなお。努力不足。その語が、重く、のしかかった。ぽきりと、容易く折れたプライドとも呼べない殻を、ぐしゃぐしゃに握りつぶす。天賦の才などというものはないのだと、ヤツの強さに、ひしり、肌がひりついたのだ。あれは、努力のたまものだ。抜けた腰のオレをうんざり放って去っていったヤツを見送ることさえできず、ただ恐る恐る、ぽかんと残ったそこで、立ち上がれるのか、手に、グッと力を込めたとき。まだ、いける。オレは、だって、生きているじゃないか! その手応えを、小石まじりの地べたのじゃりつく感覚を、立ち上がれる感触を、体が訴えてた。脳に、直撃響く。ヤツは猛烈に努力したのだ。そう直観できる程度には、雑魚なりに弱くは、なかったのだろう。きっと自分は、未だ稚魚なのだ。あとになれば、そんなことを思ったのかもしれない。
     だからオレは、努力した。特に、適性のあると感じた創意工夫面と、それから全てにおいて。きっとヤツの何倍も、否、何千倍もと、思えるほどに。そう思えるほど、努力したのだ。身につけたのは、千にのぼる技。妖気の波長変化。静かに燃えさかる、闘争心。今なら、いける。そう思ったとき、数奇なもので、大会開催の知らせを、受けたのだった。努力、それただひとつだけがオレたちの差だったのだから、ヤツとは違う、変幻自在のこの力でオレは、ヤツに勝てる。自信は、あった。
     結果、オレに才のあったは、魔具づくりだとかそういった方面で。オレの努力は、無駄じゃあない。張り子のつよさを、大破されたもよし。だって。それがあるから、皆と出会えた。今はもう、それがすべての、天にひとつの。ひとりじゃあない、オレの、オレ“たち”の、強さだ。そう、胸を張って思える。――隣に、時には肩の上にさえ! コイツも居ることだし。
    「……なあ、死々若。おまえには、たそがれどきは、勿体ないな」
     ふふっ、と、頬杖で笑みながら、今も隣に居る彼に、すこし早い夜伽じみてしみじみはなしかける、寝所。
    「…? ……おまえのはなしは、唐突すぎる…」
     ふわぁ、と、こちらも少し早くあくびをしても、やはり、うつくしさは揺るがないものだなぁ。少しあどけなく感じるろれつが、事後のなごりを肌に感じさせて、そわり、そわつくけれど、今はおしゃべりしたい気分だし、どうせ、オレたちにはきっと、明日も明後日もあるのだし。そう思えることをぜいたくな、ありがたさとして噛み締める。平和。ふぬけしない程度のそれは、とても、いいものだな。
    「ははっ。見とれてる、ってコトさ。いつもだけどね。
     …そうだな、うつくしいこのオレにも、黄昏など不よーーうっっ!! よしっ、これからも、この素顔で伝説を生きようとも! お前も道連れだぞっ、若」
    「……しらん。かってにしろ…」
    「うん。勝手にするよ」
     にっこり、笑んで、よしよしと死々若のあたまをなでれば、つんと、満足げに鼻先を上向かされたようで、それにも和む。実際には、少し背を丸め、胸元ににじりよられたけれどそれもなおよし。
     あのころオレは、輪郭を失いたかったのだ。あのひとはだれかしら、どんなひとかしら、と、そう思われたい気持ちは黄昏の由来に思いを馳せさせる時もあった。誰そ彼。そう、言われてみたかった。どんなひとかしら。想像するがよいと、そう、思っていたのだ。ぼんやり、それは懐かしむ心地に似て、同じ鈴木でも今はあのころとちがうのに、だのに名を変える気にはもうなれなくて、それも胸をひどく温かく、くすぐり頬をそよ風で撫ぜ上げるのだった。
     死々若の顔を初めて見たとき、ああ、こんなにもうつくしいものは黄昏に隠すのはもったいないな、と、率直に思ったものだ。あのころはお互い思い詰めるものがあって、真に、隣に目を向けるということはできもしなかったけれど、それでも、接点確かに、萌芽。なにかが、無自覚にくすぶる。それを自覚した後は、成程、と納得すると同時に、彼の美しさをたとえば隠して自分だけのものにしたいような、あるいはどうだオレたちは美しいだろう、と胸張って白昼あるきたいような、そんな気持ちをゆらゆら、振り子細工。死々若は、裏御伽には光など不要、と、かたくなに言っていたけれど、実のところ揺れているのは伝わって来た。死々若もオレも、もうほかのみんなと光のなか生きているのに、なんて思いながら、そうだね、と否定するでもなく答えたものだ。
     確かに、ともすれば裏御伽には、光は無用だったろう。だが。生まれをそこに置いてなお、裏御伽が陰のみを歩き続けなければならない必然も、まして、世界を陰にさらす必要もなし。若が自認をそこに置き続けたいのなら、オレには、特段止める理由も権利もないのだ。だから、そうだねと答えたのに偽りはない。だが、同時に思う。雨のあとの虹のたもとで、ゆっくり、オレたちのペースで、地固まっていければいい、と。虹はきっと、何者も拒みはしないし、手招きもしないのだ。
     生き方、在り処は二元論でなくともいいのだと、初めて出た大会のとき、それからそのあと、多くの者たちに教えられた。裏御伽を冠したオレたちは、光を求めた元・闇の住人陣や凍矢、それにスラム街に居たという酎や鈴駒と六人で集められ修行を共にしたし、個々人でもいろいろなことを担ってきた。その中で感じたのは、オレたちは恐らく、二元論ではない世界のかたちを一端背負っている、ということ。裏のまま表をあるいてもいい、裏は陰にいなければいけないわけじゃなし。まして、世界を陰にさらす必要は、やはり、ないのだ。あのころオレは、青さを抜けたつもりのまま青く、ただ青く生きていたものだなぁ、と苦笑いしてしまうほど。だが、そのおかげで今があり、会えたものたちがいて、だから、まぁいっか、と、あっけらかん、開き直れてしまう。
     オレは今なお発展途上で、だからきっと、出世魚だとしても、到達形では、決してない。それでも。鈴木として生きることを選んだこの理由とともに、隣に在る、その理由とともに。大海ゆうゆう、泳いでいくことだろう。一定以上の大きさで名乗れるのなら、そうだ、それこそ、それ以上ない現在進行形の伝説を、更新し続けようじゃあないか! オレは、鈴木として、死々若と、死々若、たちと。ともに、もろともに、生きていく。ああ、これ以上ない、虹色の人生だ!






    ---
    ◆そして青さと春を知る/鈴若でも鈴若鈴でも(田中時代メイン)◆
    (2023.09.16初出)二人の出会いの時系列いろいろなパターン考えるのがたのしい。今回は田中時代、それもとぐろ弟戦前に会ったことがある設定で書いてみました。





     それは、強い妖戦士田中時代の、ほんのささいな口約束だったのだ。それが、“二人”の始まりだった。
     五十年前の暗黒武術会決勝を中継モニターで見たオレは、高揚していた。目立ちたい。オレもあんなふうに。オレは、強い妖戦士田中! オレなら、勝てる。目立ちたい! このオレが脚光を浴びるデビューに、これほどふさわしい舞台があろうか? 今思い返せばそれは、あの決勝を見てもなお己との力量差をはかれない無力さでしかなかった。だが、そのときのオレは、思えば小さな勝利ばかりを積み重ね、その小ささに、気付いてやいなかったのだ。ラッキーだった。その一言に、つきるアンラッキー。
     中継用の大モニターも用を終え、場に残る者、わらわらと、散りゆく者。まちまちなその中で、はたと、目をひいた存在がいた。見た目、このオレにひけをとらないうつくしさ。闘気も相応。そうだ、オレは、そのとき確かに浮かれていたのだ。
    「なあ、そこのお前! その闘気、どうもこのオレにひけをとらない、歴戦の猛者とみた。もし次に武術会が開かれるときには、オレとお前、二人で一緒に、チームを組まないか」
     すると、そいつはせせらわらうように鼻筋をつんと上向かせ、こんなふうに返したのだ。
    「……フン。ナンパ師ふぜいに、何が出来るやら」
     うんざり、と言ったその様子に、けれど何故だろう、大会観戦後の高揚を、どこか共通に見出したのかもしれない。オレはばかにされても気分を害することなく、ことばで戯れでも、そうだ、したかったのだろう。会話を続ける、ことを選ぶ。
    「失礼な、オレは硬派だぞ! 見て分からないのか」
    「ぬかせ。…だが、いいだろう。オレも、次はこの画面で総員をも黙りこかせる側になるのだからな。お前と組めば、頭数をさがす手間は一人分省ける。その取引、乗ってやろう」
     ニヤリ、不敵な口角に、確かにどきりと、胸高鳴るのを感じた。おそる、おそる。増しゆく高揚を隠しきれずに、そのときのオレは、多少のあなどりさえ意に介せぬほど確かに、魅入られていたのだ。その、気高い闘争心に。その、内からあふれ出ん野心のオーラに。すべてをも凝縮し体現する、うつくしい、そのたたずまいに! ひとめぼれ。思えば、そんなちゃちな、単語でさえふさわしかったのだろう。
    「名は」
    「へ?」
     ああ、オレときたらなんと間抜けなのだろう! ぽかんとさえしていたほどの油断は間違いなく見とれで。
    「探すのに不便だ。名前ぐらい聞いてやる、と言っているんだ」
     露骨にイラつく気の短さも、気高くて好いとおもった。
     オレは、声を出すのがひどく、ひどくたいへんなことだと初めて知ったのだ! しぼり、だす。それはぱつぱつの胸が、しぼみたくないと必死で訴えてきてさえいるかのようだった。
    「……っ、……た…、…なか……」
    「たなか?」
     どくん。まるきり、はじめてきいた心地だ!
    “さあきけ者ども、ひれ伏すのだこの名に!”
     そう、打ち負かした相手には名乗ってきたじゃあないか。なのにまるきりはじめてうちあけるように緊張する。まるきりはじめて、呼び返されたように高揚増す!
    「……、……強い、妖戦士、田中。…そう、名乗っている」
     言いきったとき、どこかすうっと、胸の通る心地がした。ああ、新風だ。新鮮な風が、胸を澄み渡らせ、堂々、わずか背筋を伸ばさせる。オレは、強い妖戦士田中なんだ。初めて、腑に落ちた心地すらした。
    「なんだそれは。面倒くさい、タナカでいいな」
     きぱり、斬り捨てられて思わず眉が下がるのが、だらしなさじみていたとあとになれば思う。
    「オレは、死々若丸だ。いいか、タナカ。約束、たがえるなよ」
     他の者に言っているように、強いを付け忘れるなとは指摘しようとさえ思わなかった。約束。口約束が、ここに成立する! それは卵の孵化を見守る心地に似て、ドキドキと、喧噪から(そういえば今も周囲は喧噪なのだろうか?)二人静まり返る世界にふたりきり、きりとられたかのようだ。
    「――…、…ああ…」
     ああ、まぶしい。それはくちばしの付けた傷からもれた陽光だろうか? このたまごはきっと、太陽のようにあつく、まぶしく、そしてキケンなのだ!
     目を思わず細めているうちに、手をかざしたその隙に、そいつは、――…“死々若丸”は、もう姿を消していた。まぼろし? それにしてはリアルだ。白昼夢? それにしても、このゆめみごこちは、手に胸に全身に肌に、ぴりぴりしびれるような高揚を、生々しく残しすぎているのだ!
     オレが大会優勝者戸愚呂の妖怪転生を知ったのは、その少しあと。死々若丸と組む前にちょっとばかり、名を上げておこう。そんな浮つきがあだとなり、オレはみじめにも、地べたを自ら這うことになる。オレはもう、いやきっと最初から強くもなんともなくて、それでもただ田中の名には口約束の未練があって。大会がそろそろ開催されるのではないか、と、そんなウワサがまことしやかに流れ出したころ、うまく死々若丸と合流できたとき、オレは真に、ただの田中になれたし、そこでようやく、その名を捨てることができた。今度は鈴木にしよう。何となく、選んだら、死々若丸はこんなことを言ったのだ!
    「ほう。ただの、スズキでいいのか? ご大層な肩書きは、もう要らんのか。ずいぶんと、落ちぶれたものだな。これは、組む価値もない、か…」
     まるでひとりごとのように、ひとり腑に落ちるように、なにを勝手なことを!
    「何をっ……! おまえが、オレの、なにを知るって言うんだ!」
    「何も知らん」
     きぱり、言い切られて愕然とさえする、けれど。
    「何も、知らん。…だが、あの日、オレをナンパしてきた優男は、少なくとももっと、野心を隠そうともしない目の光を持っていた」
    「っ……!」
     そうだ。確かに、彼の言う通りじゃあないか。一度の敗北で、何を折れていた? 折れたくせに亡霊は怨霊じみ、必死で鍛錬して、数百もの技を編み出してきたのは、ただの田中に、ただの鈴木に、なるためだったのか?
    「……おれ、は……伝説を、つくりたい……」
    「……ほう」
     ああ、あの日とそっくりおなじ、不敵な口角! どきり高揚は心臓に躍動を取り戻したようで、生きている、と、無性に思い、それを喜びとして、泣きたくすらなった。
    「…っ、…そのために、死々若丸、お前の力が要る。
     今、改めて依頼しよう。オレと、チームを組んでくれ」
     嘆願のくせに依頼ぶったのは、ほんのわずかな、見栄。それを彼も、良しとしてくれるような気がしたから、ほんの少し甘え。
    「……ふん。仕方が無い、組んでやらんこともない」
     ほんとうか、と、ぱああっと満面笑みに転じそうな鼻先がそれでもぐしゅぐしゅとなきそうで、つん、と、薬味でもぱくりたべたようだ。オレは、ごまかすように少しばつの悪い笑みをして、そして同時に、思っていた。必ず、大会はある。そのときのために、準備を始めよう。
     ああ、そうしてオレたちは、大会の知らせがまだあったでもないのに、準備を始める。気の早さなら、きっと、少しだけ似たもの同士かもしれないな。チームコンセプトも話し合ったし、特訓もした。手合わせ中、どうも、彼の使う剣が力量に追いついていない、と感じ、オレが数々の技を編み出すなか副産物としてつくってきた魔具(それをチームコンセプトに合わせて闇アイテムと名付けた)のうち似合いの物をあてがう。うん、ずいぶんしっくりきた。かくして、正式に大会のアナウンスが、あった。
     オレたちは、裏御伽チームとして大会に臨んだ。死々若丸のことをオレ自ら蔑視してみせたのは、闘争心をいっそう、燃えさからせるためだ。要するに爺の扮装と同じ目的。けれどそれも虚しく、今、同じ相手に敗れ、どこか運命じみたものを、遅ればせながら感じる。やっぱり、オレは、ただの鈴木なのだろう。けれど。死々若丸がそう認めてくれるのだから、もう少し、虚しいこの響きを、発奮剤に使用していこうと、思う。
     オレたちは、口約束から始まった。今改めて、約束したい。さあ、これからもともに、時にはみじめでも、伝説となることを目指そうじゃあないか!
     船着き場を、ぼう、と、出航する音が相槌じみて、笑みは面はゆかった。






    ---
    ◆おとぎ参り/鈴若でも鈴若鈴でもお好きなほうで◆
    (2023.09.27初出)本編後。旅をする二人と幾つかの出会いの話。(※名も無き一般市民の老人を一人登場させ、がっつり会話させています)
    モデルにした土地がありますが、まるきり忠実というわけではないです。





     その国を代表する、霊峰のお膝元。そこを鈴木と死々若丸とが訪れたのは、死々若丸が、「旅に行きたい」と言ったためだった。それは、何回目かの魔界統一トーナメントも終わり、また少し、魔界で激しく修行しつつも時折人間界とを往来してはのんびり、する日々も重ねるよう設けているころのこと。人間界の拠点のひとつとして間借り使用をゆるされた幻海邸は、簡単な工事をされて、幾組かが同時に滞在できるようになっている。だいたいここに来るのは顔なじみだけれど、人間界に来るときはたいてい、用があるか、なんとなくか。なんとなくのとき、一定の仕切りのあるほうが心地よく関係性を保てると、自然成り立った空間だ。鈴木は、死々若丸とペアで滞在することが多い。その日も、ちょうどふらっと人間界に来て一泊目を終えたころ。
    「旅? それは構わないけど、今日か?」
     鈴木は朝食の支度を続けながら、ヒアリングを開始する。死々若丸の要望はたいてい、何かしらの意図がある。初めから口多くは語らない。なにを、どう、求めているのか。そんな会話すら、彼は楽しんでいるのだろうと今の鈴木は感じている。この滞在自体旅のようなものだけれど、彼が言いたいのはそういうことではないとわかっていた。
     カン、カンと、フライパンと五徳の小さくぶつかる音。うん、今日もきれいに巻けている。街で調達してあった食材やガスコンロとの対話も、日常に弾む、いいものだ。彩りは、そこかしこに満ちているのだ!
    「今日じゃなくても構わん。調べておいてくれ」
    「分かった。どこに行きたいんだ?」
    「……仇討ち…、…の、舞台に、なった場所」
     あだうち、と、くちにした刹那、わずかな翳りを感じ、鈴木は肝に冷気を感じる。同時に、死々若丸がその語に対して何か、負だけではない感情を見出そうとしているとも感じた。
    「…うん。仇討ちね…」
    「ああ」
     鈴木はわずか目を細め、それでも、焼いていた巨大なだし巻き玉子を、皿にあけることを忘れなかった。ほかり、蒸気。残されたあついフライパンはまるで抜け殻だ。玉子焼きの影だ。お湯を掛ければたちまち蒸発させる、その危うさと、熱量。それでも、それはお湯ごと消えやしないし、じき冷める。そしてまた、変わらず、食材を受け入れる。
    「仇討ち…仇討ちか…どこがあるかな。何か、希望とかあるか?」
     大して汚れてやいないけれどお湯とキッチンペーパーとで軽く表面をきれいにしたフライパンで、まだあついそれで、今度は、たくさんのウインナーを炒めながら会話を続ける。
    「…できれば、だが…」
    「うん。何だ?」
     死々若丸は、ことばを選ぶと言うよりは、今まさに思い浮かんだことを、つむいでいるようだ。旅に行きたいと言ったのも、前々からの念願ではなくほんとうに今朝起きての思い到りだったのだろう。それもそうだ。互い、行動力と自由時間はそこそこある。要望があれば素直に交わし合える間柄。よほど思い詰めるようなときは、それこそ、とうに相談されているだろう。
    「――源、頼朝、と言ったか。そいつに、関係のある場所だとなおいい」
     鈴木はわずか目をまん丸くさせ、それから、なるほど、と合点する。言われた瞬間こそ少し驚くけれど、たいていいつも、確かに、死々若丸の言い出しそうなことなのだ。
    「……、了解! あ、もうすぐご飯にできるから、話は腰を据えつつ」
    「わかった」
     “牛若丸”、のちの源義経やら、“鬼若”の名で育てられたという腹心弁慶との、虚実入り交じっただろう伝承。義経と頼朝との不和。それらにより自身は生まれたのだと、小鬼に生まれたときにはもう直観的に知っていたらしい。死々若丸、という名前も、だれにつけられるでもなく生まれながらに知ったという。義経にまつわるエトセトラ。そんなところが、死々若丸を生んだのだろう。その義経本人ではなく、兄でありのちの対立相手、即ち義経の死に深く関わる頼朝ゆかりの地を指定してくるところが、なんとも死々若らしいと鈴木は思った。
     ウインナーに包丁で入れておいた溝が、程よく開き、食べ頃を伝える。塩胡椒とケチャップを絡げて皿に盛れば、既に作ってあったサラダや昨晩のスープ、山盛りの炊きたてご飯とともに、朝食が出揃う。卓について、いただきますの挨拶。
    「それで、さっきの話ね。頼朝も関係のある、仇討ち話ならひとつ、有名なのを知ってるけど」
     ぱくりと、ちょうどだし巻き玉子をくちに入れたところだった死々若丸が、目を見開く。決して卵の殻が入っていただとか、砂糖と塩の量を間違えただとかではないと、瞭然だった。
    「…心当たりが、あるのか」
    「うん。ていうか、死々若は知らないんだな。ちょっと意外」
    「…悪いか」
    「うんにゃ、悪くはないさ」
     御伽話に闇が潜む一方で、人気を博す、仇討ち話もある。なんとも、不思議なものだ。きっとその仇討ち話ですら、された側にはたまるまい! だからこそ“裏御伽”などというものが、幾らも生じうるのだろう。そう思ったから、死々若丸が知っていても、おかしくはないと鈴木は感じたのだが、知らないようなので説明した。
    「曾我兄弟の、仇討ちっていうのを聞いたことがあるんだけど。色んなエピソードが残されてるらしくて、かなり、世の中に影響も与えたらしいぞ」
    「……ほう。詳しく話せ」
     真剣、見据えるは箸先のウインナー。ぱくり。しずかに、たべるおと。満足げに食事を続けながら、それでも貪欲に、関心は話に向く。
    「頼朝が、“富士の巻狩り”っていう…まあ、軍事演習と権威の誇示を兼ねてるような、催しを行なったらしいんだ」
    「それで?」
     ひょい、ひょいと、死々若丸の箸がよどみなく進んでいく。鈴木も、のんびり、箸を進めた。皿の上の食事が、ふたりぶんずつ、ゆるり減っていく。
    「うん…そのときに、頼朝の寵臣…名前は忘れたけど、そいつ相手に行なわれたのが、“曾我兄弟の仇討ち”、ってコトらしい。そのとき、弟のほうだったかなー、確か頼朝にも、向かっていったはずだけど…事情を知った頼朝が、兄弟の供養を命じたとか、そんなふうに聞いた覚えがある。まあ、かいつまむとそんなところだ」
    「……そこがいい」
    「…うん。そう言うと思った」
     にまり、いたずらっぽく笑んで鈴木が返しても、死々若丸が気を悪くすることはない。ごちそうさまのあいさつは、鈴木の食べ終わりを待ってから。特に決まりではないけれど、今日はそういう気分らしい。だから、鈴木は、戯れごこちで話を続けながら、箸を進めるのだ。
    「あ、ちなみに、弁慶が山伏に扮したとか言うだろ、確かそこの辺りは、山伏にも縁深いはずだぞ。ま、これは余談だけど。そこの市なら、今からでも行けるはずだけど、どうする?」
     頭の中に高速道路のマップを広げながら、鈴木はもぐもぐ、死々若丸の意向をうかがう。
    「ならば、このあと、向かいたい。…そういえば、悪事は満を持して急げ、と、いつだかお前は、くちにしていたな」
     くすくす、肩を揺らす死々若丸は、旅の気配に浮ついてでもいるかのよう!
    「えっ、オレが? そんなこと言ったっけ?」
     すっとぼけるのも戯れで楽し。
     死々若丸は、鈴木の道化芝居をよそに、一転独白じみて、こぼすのだった。
    「…オレは、時折、思うんだ。やはり、“裏御伽”に、オレの原点がある、と」
     まさしくその裏御伽を冠していたころ、確かに、先のことばを発した覚えがある。当時は、そんな生き方しかできなかったのだ。
    「今更、原点を知りたいでもないが……先ほど、ふと思った。ここから先、一層強くなっていくには、敵のみならず己を、知る必要があるのではないか、と。…オレの原点は、恐らく、仇討ちの念にある。だから、足を運んでみたくなったんだ」
    「……、…うん。行こうな、オレ“たち”を、知るために!」
    「…フッ。ははっ、お前は、その便乗癖をやめるところからだな」
    「それがオレらしさ、ってコトかもしれないぞ」
    「はん、ほざいておけ」
     かくして、朝食の片づけを終えたあと、突発的な旅路が始まった。どのみち幻海邸への滞在用に身の回りの荷物は多少持参してあったし、食材も、日持ちしないものは残っていない。自由と自在が、そこにあった。
     鈴木の運転する車で、途中、休憩を挟みながら目的地までしばらく移動する。地方都市に着けば、“頼朝ゆかりの地”だとか、そのほかにも武将の名を複数掲げたのぼりがたくさん立っている。駅からほど近い場所で休憩を挟みながら、死々若丸は少し驚いた。大っぴらに、なにかとの縁を掲げて。摩擦はないのか? 陰で苦しんだ者は? そんな、感情論を掲げる気は死々若丸にはない。けれど。堂々と、まるでおとぎばなしをもみ消されているような、あるいは同時に、それが今、まさしく移ろいながら生じているような。そうだ、現在進行形のなにかを、そこに感じたのだ。それは裏? それとも、表? ああ、考えるのがばからしくなった! おとぎばなしというものは、どうも、自分勝手に奔放歩くものらしい。そう、直観した。自由で、いいのかもしれない。そう、思った。勝手にほざいて、勝手に語り継げ! そんな気になるくらい、良い意味でばかばかしくなるくらい、御伽話とは恣意的なものなのだ。
    「この辺りも少し観光してくか?」
    「いや、目的地だけでいい」
    「りょーかーい。じゃあ、もうちょっとかかるから、待ってね」
     休憩地点で名物だというジェラートと焼きそばをぱくつき終え、車に戻り、しばし、幹道を北上する。標高差が国内一だというその市では、北上するごとに、車窓越しでもわずか気温の下がる心地がした。景色も、進むごとにがらり、変わりゆく。大きな神社を取り巻く密集市街、徐々に密度の散りゆくまち、そして、まばらな山村じみる。もっと北のほうは、高原で牧場やらゴルフ場やらの宝庫らしい。高くそびえる霊峰はどこに居ても見えるけれど、地表の樹々が、その限界を超えた赤い地表が、ぐんぐんと目視しやすくなることに、ああ、近づいている、と実感する。山肌の色味が、まるきり違って見えるのだ。これは二人の視力が妖怪だからというだけでなく、恐らくヒトでもそう感じるのだろう。こういった山は魔界でも無いわけではないけれど、ここまでぽつんと存在するものは二人はたまたま親しみが無い。距離感ひとつで、それこそ十キロメートルどころか数キロそこらで、まるで違う。なんというか、ダイナミックな変貌だ。それは千の姿すら及ぶまい! 今となっては昔話に近しいその語を、鈴木は懐かしく思う。技こそは封印したわけでもないけれど、姿は、久しく、変えようとも思わない。その理由の在る助手席が、左折のとき、視界に入る。カーブでも、交差点でも、ただ真っ直ぐ前だけを見据える死々若丸。鈴木は、そこに彼の芯の強さをひしり感じ、頬がむずり上がるのを自覚した。うん。そうだね、お前は、そういうやつだ。出会ったころから、前と真後ろしか見ちゃいないんだから!
     目的地の近くで、遠目に、白黒の旗を振る者がふと見えた。それはいわゆるチェッカーフラッグというやつで、まるきり、そこをゴール地点じみさせる! 旅路の、最終的な駐車地点。それを、どうも呼び込みだったらしいその駐車場に、吸い寄せられるかのように決めた。
     駐車場のチケットを発行するらしい好々爺が、「いやぁ、ようこそ、いらっしゃいました。本日は、遠方からですか?」と、気さくに尋ねてくるので、「そんなところだ」「そんなところですね」と、ほとんど重なるようにふたり、返したのだった。
    「そうですか、そうですか。このさき、あそこの公園から、滝壺に下れるようになってます。急斜面で足場も悪いので、お気を付けて」
     そう、丁寧に知らせてくれた老人に、きょとり、二人で目をまたたいてしまう。それからふわり、破顔して肩を揺らす。やれやれ、自分たちの知名度もまだまだのようだ!
    「ご老人よ。テレビは、あまりご覧にならないと見た」
     相手は、鈴木のそのことばと、二人の愉快そうな様子に、こちらも目をまたたいてから、おずり、申し訳なさそうにする。
    「もしかして、ご高名なスポーツ選手で? だとしたら、とんだ失礼をしました」
    「構わん。高名ではないが、まあ、スポーツ選手のようなもんだ」
     死々若丸が上機嫌でヒトと関わるなんて、珍しい。この真っ直ぐな老人を、それなりに気に入ったようだ。鈴木は静かに微笑みながら、彼が老人に話すのをきいていた。
    「…いいか、爺さん。この時勢だ。鬼にとって喰われぬよう、せいぜい気をつけることだな」
     くすり、笑みまじりに言うそれが、老人をわずか、たじろがせた。
    「鬼……、ですか」
     魔界と人間界との間の秩序は継続的に保たれているけれど、それも、たとえば悪意の野心家が成り上がれば容易に覆され得るものなのだ。なにより、悪事をするは妖怪だけにあらず。
    「そうだ。どこに居るやも、知れんからな」
     にたり、わるそうに笑む死々若丸に、ああ、よっぽどこの老人を気に入ったらしい、と鈴木は内心で思う。彼がこんなふうに積極的に関わるのは、良い好奇心の現れだ。
     老人は、ほんの少し、言葉に詰まったあと、それでもすぐに柔和に、そしていたずらじみて、こんなふうに返してきたのだった!
    「…そうですなぁ。ですが、こう見えて、悪意の有無くらいは、分かるつもりですぞ」
     その言葉が、死々若丸の目を、わずか見開かせ、それから細めさせるのだった。
    「――…そうか。ならば、安心した。だが、いいか、本当の鬼は、姿も見せずにとって喰らうことも有るのだぞ。せいぜい、気を付けろよ」
    「…はは。ありがとう、旅のお方。ごゆるりと、旅路をお楽しみくだされ」
    「はい。こちらこそ、ありがとうございます」
    「ああ。分かった」
     二人、めいめいに返答する。老人は、にこりと笑んだあと、思い出したように、こう付け加えたのだった。
    「ああ、それから、そうだ、幾らか前に、ここでは滝壺の人工物を取り払いましてなぁ。なんでも、“昔”の姿に、近付けただとか、言いますな。昔の姿はこんなだったのだろうなぁと、想いを馳せられることでしょう。謂れは、幾つかある案内板にもございますから、ご覧なされ」
     どきりとしながら、ふたたび、礼を言う。不思議な老人だ。“昔”。それは、二人が見たい伝承のなかの世界に近いのだろうか? 手を振って、目的の滝へと向かう。そこは二つの滝が隣接しており、鈴木の記憶にあった通り、山岳信仰にもゆかりがあるようで、碑があった。山道のような遊歩道を、下る。有名なだけあって、人はたくさんいた。そして。
     ごうごう、鳴るはまさしく、暗殺の相談をしたいには心無しの滝だろう! 仇討ちを計画する兄弟のぼやきに応えるようぴたりと音を止めたと、そう鈴木が伝承を説明しようとしても、いくら互いにヒトより聴覚は鋭いとはいえ、音に幾らか阻害されそうだ。本当に、音は止んだのやら! 死々若丸が指で示すと、案内板にも同様の記述があったので、謂れがあるは確からしいけれど。肩をすくめて、ぼうっと、二人で滝を見上げる。
    「なあ、死々若。本当に、音は止んだのかなぁ」
     聞こえていないわけではないだろうに、死々若丸は、特にそれに返答することをしなかった。――オレたちには、企てるものが今のところないらしい。この旅程すら気任せなのだし、それでもいーか、と、思わせるものが、隣には在った。
     しばらく眺めていて、死々若丸は、満足したらしい。
    「…行くぞ」
     それほど大きくはないその声が、どうしてだろう、不意に凛と、清涼な空気と肌に感じるしぶきそのままに澄み渡って、鈴木の鼓膜に直に響くかのように、届いたのだ!
    「……、えっ?」
    「行くぞ、と、言ったんだ」
     今度は、滝の轟音交じりに聞こえたので、先ほどのは錯覚だろうか、それとも、あるいは。
     死々若丸のそのことばの、どこかけじめじみたそれが、滝の音を止めたとでも? ふむ、ありえない話ではないな、と、鈴木はぼやり、思う。だって、伝承通りならば、の注釈付きだけれど、過去にも例があるのだから!
     なんだか愉快な心地になって、鈴木は、念のため進言しつつも、死々若丸の意に任せて、この旅路を帰路へと向かわせることに内心同意する。
    「なー、死々若ー、ここの主な滝は、もうひとつのほうらしいんだけどー」
     少し声を張り気味にそう言えば、「興味がない。行くぞ」と、彼にしてはほんの少しだけ張った声が、雑音まじりのなかまさしく同じ空間を共有しているのだと実感させるように届き、鈴木の笑みを、余計にだらしなくさせる。
     ほかの者の迷惑になるだろうから駆けることこそ叶わねど、今すぐ彼と肩抱いてこの斜面を駆け上りたい、そんな心地に、心底なったのだった。足場が多少悪くとも、その程度の身体能力はある、けれど。
     それなりの速度で、歩き、戻る。駐車料金は前払いしてあったので、先ほどの老人に挨拶し、車を出す。
    「……三大仇討ち。ほかの二個、興味ある?」
     鈴木が尋ねれば、死々若丸は、今度は横窓から景色を眺めつつ、こう返したのだった。
    「どーでもよくなった」
    「……そ。ま、また気が向いたら、いつでも車出すぞ!」
    「ふん。今はせっせと、帰ることだな」
    「はいはい。それじゃあ、しゅっぱつしんこーー!」
    「…、既に出発している」
     間が、彼が鈴木の意を正しく汲んだのだと伝えてくる。
    「…うん。ははっ、そーだけど、気持ちの問題だって!」
     その気持ちこそが、出立していると承知での戯れ。
    「…ケッ。勝手にしろ」
     言われた通り、鈴木は死々若丸の意の向くほうへ、車を走らせる。それが、このたびの“勝手”なのだから!
     それでも西日の山肌照らすもつまびらかな霊峰に、見とれるように、休憩で車を止める。飲食物の調達をしようと、コンビニエンスストアに入る。その、直前だ。
    不意に、大きな音楽が流れ出す。それも、いくつかの場所から、同時に。音源を見れば、同報無線として知ってはいるものが、見えた。なにごとだろう。同時に流す音楽?
    『――夢を 咲かそう 美しく』
     そんなフレーズで、その曲が終わるものだから、鈴木は目を見開いた。まるで、まるで自分じゃあないか! 死々若丸のほうをハッと見れば、ふいと、顔を背けられた。別段、仕組まれたものでもないらしい。それでも、その耳が少し、その曲とその旅路とをまるで運命づけてでもいるようだと感じさせる!
     音の余韻に呆けたあと、用事である飲食物の調達をしに、コンビニエンスストアの店内に入る。店員に思わず尋ねれば、さきほどのものは市内全域に流れる時報で、このまちの市歌だというではないか。なるほど、数奇なものだ。この土地を、いっそう気に入った。
     旅は多くの収穫を経て、それからさきのみちへ、続いていくのだった。おとぎばなしは、現在進行形のじぶんごとの人生だ。これからを生きていくことが、二人にとっての、御伽話なのだろう。とわに、を誓いはしないし、反面めでたしめでたしを言うことも無いだろう。終わるとも続くとも、はっきりはわからない。それでこそ何か、そこに意義があるのだと、いつしか思うは当人やら他人やら。旅路はつづくよいつまでも。気の向くままに、どこまでも! そうであれば、いいとだけただ思った。恐らく、二人して。そうとははっきり交わさなくても、なんとなく分かる距離感をただただ心地良いと噛み締めた、そんな折となった。






    ---
    ◆ぬくもり、火ともし道となる/鈴若鈴でも鈴若でも若鈴でもお好きな解釈で◆
    (2023.10.06初出)若の鬼要素、弁慶の幼名鬼若からかなぁとか、鈴木の千だの999だのって同じく弁慶からよね、とかを混ぜ混ぜして夢を詰め込んだ話。
    本編前、二人の出逢い、田中から鈴木への移行の瞬間や、だれでもなかったあやかしが田中により死々若丸と名付けられるくだりと、武術会直後まで。
    受攻は特に決めていないのでお好きな解釈でお読みいただければと思います。





     死々若丸は、生まれながらにして負の感情と闘ってきた。そして鈴木は、田中の初めて覚えた負の感情を抱きながら、無意識下の光を失わなかった。そんな彼らの出逢いは、伝説的というには遥かささやかで、それでも確かに、光に向く道だったのだ。自覚のほどは、ともかくとして。あとになって、思う。あれは確かに、運命だったのだ、と。
     死々若丸は、幼名“牛若丸”、のちの義経と、幼名“鬼若”、のちの弁慶との伝承から生じた無念と、義経の兄頼朝への復讐の念、この二つが入り交じったるつぼから発生した。生まれながらに、もう仇敵頼朝が存命でないゆえの虚無感と絶望とを抱いており、行き場のない憤りの剣の向くさきも、さやへの収めかたもわからず、ただただ困り果てていた迷い子だ。まるきりなにかをなぞるように、橋のただなか、立ち呆けていた。毎日、毎日、呆然と、なにかを求めるように天をみつめては、桜貝の爪を、てのひらにうずめる。腹が減れば、そこを離れて、木の実をむしった。魚をとって食った。そうしてまた戻る。その回数を九百九十九まで数えたとき、形相は険しくなる。あと、ひとつ。ただあと一度を胸の内唱えれば、自分は依拠する伝承からさえ外れる気もした。そのひとつ、それを超えるのが何故だかこわくて、腹が減っても、そこに立っていた。省エネのため、姿は小鬼になる。千、という数字が最もきらいだ。そんなことを考えていた。どうしようもない、自棄に明け暮れた。ちょうど、そんな折だったのだ。
    「そこのお前。見たところ、具合が、優れないようだが」
     この広い魔界だ。他人に声を掛けられたのが初めてだったと、そのときになって、ようやく知る。侮られまいと限られたエネルギーでヒト型に戻り、激しく睨みをきかせれば、そいつは、とっさの変貌に「わぁっ!」と一瞬頭を両手で抱えるように竦んだものの、すぐに思い直したとばかり、余裕ぶってぺらぺら話してくるのだった!
    「…そんなに、警戒しなくていいぞっ! もっと顔色が悪くなったじゃないか、無理するな。オレはただの通りすがりだ、怪しい者じゃない」
     両てのひらをひらひら掲げ、無害です、といったふう。ばかばかしい。手なんぞ使わずとも、妖力でいかようにも攻撃しうるものを。そいつがどんな妖怪かわからない以上、なにもないてのひらごときで信用できようか? ただひとつ感じたのは、そいつは恐らく馬鹿なのだろう、と、そんなことだった。
    ――いいだろう。ちょうど、ただ数えるだけの日々にも嫌気がさしていた。暇つぶしにくらいはなる。
     そう思いながら、徐々に、ふわり、意識が白んでいく。ああ、そんなもの、まるで気でも許したようじゃないか、馬鹿げてる! ちょうどそう思った瞬間に、視界がきえた。
     次に目をさましたときには、確かに目を開けているのに視界が薄暗く、ちいさく首を動かして確認するが、どこなのかよくわからなかった。はたと気付けば、頭や体の下には何か、布が敷かれているようだ。感触はやや硬質。もしかして、あいつが? 困惑する。
    「ああ、目を覚ましたか。ここは、近場でみつけた洞穴だ。オレは、…そうだな…自分探し…の、旅、でも、しているというか……んんっ、コホン。だから、急ごしらえですまないが、ここで少し、お前も休んでいくといい。今食料を調達してきたところだが、お前、木の実や魚は食べられるか?」
     灯火が、声の主と顔とをぴたり合致させる。間違いなく、先刻(で合っているのだろうか? なにしろ時間がわからない)見たヤツだ。だのにまるでずばりと、好んで食すものを言い当てられたようでぎょっとする。
    「……、……たべられる」
     返せば、そいつは、ともしびのなかばかみたいに目をまんまるくさせる。訊いておいて何のつもりだ。なにがわるい。むすっと、むくれかける。けれど。
    「……うつくしい、声だな。凜として、芯があるのに、どこか迷いを感じる。儚くて、とてもきれいだ」
    ――なにを? なにを、このおとこは言うんだ! なにが、わかるとでも。あらゆる困惑に襲われる。それをやわりすくい取るよう、そいつは、ことばを重ねた。
    「オレは、お前をすっかり気に入ったようだ。名は、何という?」
     名前? そんなもの、知るか。ああ、そう言えば、ほんとうにしらないんだった。
    「……分からん。こっちが訊きたいくらいだ」
     やけっぱちでそう言えば、おとこは勘違いして、こう返してくる。
    「ああ、オレか。オレは……うーん、オレも、名前は、まだちょっと、悩んでいるんだ」
     訊いてもいないことを、と返そうとしたが、今度は目を見開く側になったのだった。
    「少し前までは、…その、“強い妖戦士田中”……と、名乗っていたんだが。みじめなくらいに、誇りと自負をへし折られてな。今、名乗るなら…そうだな、ただの、田中だろうか」
     ばつの悪そうに、だのにわずかはにかむようにそう名乗るそのおとこ。すこし、興味がわいた。
    「…ほう。その話、詳しく話せ。暇つぶしにくらいはなるだろう」
    「うーん、まあ、おまえにならいいか。
     オレは、少し前まで、己の強さを根拠無く無垢に信じていられたんだ。だが…手慣らしに、と、アイツに挑んだのが間違いだったよ。今となっては、己と向き合ういい機会となったが…」
    「アイツ?」
    「戸愚呂、の名をきいたことがあるか?」
    「…? 知らんな」
    「うん、そんな気がした」
     にこり笑まれて、なんとなく居たたまれない。己の弱ささえ知らなかったらしいくせに、まるですべてを見透かしたふうに!
    「戸愚呂は以前の暗黒武術会の優勝者で、人間から妖怪になったときいている」
    「……ほう?」
     人間から、妖怪に。そんなやつも居るのか。自身はそうではないだろうけれど、人間どもの伝承が生んだ妖怪だ、あながち遠くもないかもしれない。少しだけ湧く興味は、決して目の前のおとこではなく、名さえも知らなかった戸愚呂に対してだ。
    「…なあ、おまえ、本当に、名を知らないのか? 記憶喪失とかいうやつか?」
    「……記憶は、ある。…恐らく」
     鮮明すぎるほどのヴィジョンと、曖昧模糊な、つくりばなしの織りなす自己。呼ばれでもしなければ、名前なんぞ、要るでもないし、付けようがないのだ。
    「…名は、好きに呼べ」
    「えー…だけど、オレは、お前のことをなんにもしらないからなぁ。確かに、他の妖怪とは、どこか妖気の質がちがうが。波長にも、迷いがあるというか…」
     ずけずけと、仮に迷いがあるとしたらずばり言う配慮のなさに呆れるし、そうでないなら失礼ではないか? だのに。
    「波長が、わかるのか」
    「うん? ああ、なんか、昔から視えるんだよな。それもあったんだろうな、己を天才だと思い込んでいたのは。はは、馬鹿だろう」
     自嘲ぎみに頬をかく、そのあいまいな笑みとゆびさきに、ああ、そうだ確かに、みとれたのだ!
     ぼう、と、無言でわずかぽかんと呆けるのを見て、そいつは不思議そうに小首を傾げ、それから徐々に、視線をくすぐったがるように、肩をちいさくやに上げる。
    「……なあ、おまえのこと、きかせてくれないか」
     話してみよう、と、思ったのはそのことばがきっと、きっと支配じみていたからに違いないのだ。きっと、なにか、こいつの能力だ。
    「…オレ、…は……」
    「うん」
     うれしそうなそのだらしない顔に、ああ、確かに、この時間を支配されている。
    「おぼえているのは、いくつかの意思が混じり合った記憶だ。…伝承、かもしれない。鬼子としてころされかけた。橋があって、刀は、九百九十九本ある。あと一本、ほしかった。“オレ”は、笛を吹いていた。刀の奪い合い。それから、くだらんゴタゴタ。――あとは話したくない」
     ぐちゃぐちゃと、渦巻くみにくいその怨念が、自身の本性だと知られたくないかのように口をつぐませる。だが、田中にはそれでじゅうぶんだったようだ。
    「その話は、実際にあったことなのか?」
    「知らん。人間どもの、つまらん話だ」
    「ふむ…何か、名前の手がかりになるようなものはないかな」
    「……、…“牛若丸”。牛に、若いに、丸。たぶん、人名だ。その単語が浮かぶときだけは、少し、気分が悪くない」
    「へぇ。牛若丸、か。うーん、でも、たぶん、お前はその名前ではないんだろうし…たぶん、その名のやつは、もう、亡くなってるんだろうな」
    「とうの昔にだ。それも、無念のうちにな」
    「…そっか。死してなお、どこかに、その無念が残っていたのかなぁ。死してなお、か…
     …あ、そうだ。死しての死で、死々若丸、ってのはどうだ?」
    「…は?」
    「名前! 好きに呼べ、って言っただろ。おまえのその凛とした儚げな強さは、たぶん、今話してくれた成り立ちのなかにある。だから、オレは、そう呼ぶにするよ。悪くないだろ」
     唖然。同時に、それが身に浸透するから馬鹿げている! “死々若丸”…なにか、なにかが、それをしっくりこさせたのだ。男、田中の得意げな顔がいけ好かなくて、こいつのことを呼んでやるものかと、死々若丸に決心させた。けれど肩透かし。
    「せっかくだから、オレも、名前、変えようかなぁ」
    「………は?」
    「伝承に依拠するお前と並ぶには、ただの田中じゃ、ちょっとさみしいだろ。うーん……鈴木! 今度は鈴木だな。特に意味はないが。肩書は、なにがいいかな…」
     みじめなほどにへし折られたとかいう自尊心が、なにも学ばせてはいないやら! まるでその無邪気さは、“死々若丸”の見知らぬなにか、あたたかななにか、そうだたとえば光が、そのてのひらにぎゅっと潜まされて洩れ出てでもいるようだ! ともしびが、そう錯覚させるのか?
    「……はん。お綺麗なもんだな」
     嫌味のつもりで、そう言った。だのに、ばかげてる!
    「綺麗、か…言われたことないけど、そうだなぁ、お前と並ぶなら、うつくしい、ってのも有りかもしれないな! あとは…うーん…闇の武闘家? 長いか…」
     闇、を、名乗るふてぶてしさにほとほと呆れ果てる。けれどくちを挟むのもばかげていて、ぼうっと、おとこの自答を眺めていた。
    「そうだ、魔闘家にしよう! 美しい、魔闘家鈴木。これにしよう! …ああ、すまない、どうも、オレは、形から入るタイプのようなんだ。設定付けを、すると燃えるっていうか…強い妖戦士を名乗っていたころは、自覚こそなかったんだが。なんか、燃えてくるだろ、オレは強いんだぞ~っって、名乗ると」
     さっぱりわからないその感覚を無視して、気になった部分を訊き返す。田中…いや、鈴木は、気にしないようだったけれど。
    「設定付け?」
    「うん。お前の先刻の話を参考にするなら…千の技を持つ、なんてどうだ?」
     千。橋の上に居たとき(それをもう遥か昔に感じることときたら!)、嫌いと念じていた数字を出されて、眉間が皺寄る。
    「た、足りない…かな…設定の強さが。うーん、それじゃあ、千の姿も持つとか!」
     呆れて物も言えやしない!
    「……はぁ。勝手にしろ。ただし、その設定とやらに虚偽があるようなら、その舌、引っこ抜いてくれようぞ」
    「あ、なんかそれ、御伽話で聞いたことある気がするなぁ。しゃべれなくなる怪鳥の話だったかな。…御伽話か…お前も、伝承っていうんだから、まあ、おとぎばなしみたいなもんだろ。よしっ、オレたちのチーム名は、裏御伽に決まりだな!」
    「…は? チーム名? 何の話だ」
    「オレは、いつか、あの戸愚呂にリベンジマッチを果たすと決めている。舞台は、恐らく、暗黒武術会になるだろう。そのとき参加するにはチームを組まないといけないんだ。だから、チーム名」
    「待て、一緒に出るなど言っておらんぞ」
    「いいだろ。ほかに、誰かと組む予定あるか? あれば頭数に迎えたいんだけど」
     鈴木の目がまるきり本気なものだから、死々若丸はすっかり、ことばを失うのだった。唖然。呆れ。それでも足りぬほど!
    「…っ、…ふざっ、け、るなっ!!」
     だんっ、と、空腹を忘れやった拳で、どこにそんな力のあったやら。思えば、長話に付き合っていたのも不思議なほどだ。底力。そんなものが、湧いてきたとでも言うなら滑稽だ。
    「なにをうっ、オレは大真面目だぞ!」
     胸を張る鈴木の、その瞳の奥底野心に、呆然としかけた死々若丸の胸になにか、なにかともしびの火おこしがされる心地。ぬくもり? そんなはずは、ない!
     自身は、恐らく伝承からのみこそ生じえた存在であり、同時に、伝承ゆえにしか生き方が分からなかった。即ち、どうやっていきていけばよいのか、途方に暮れていたのだ。だから、鈴木に与えられたその役割は、悪くはない。鈴木も、当時は田中だったそうだけれど(どうでもいい)、根拠なき無垢な自信、自負からのみこそ生じえたその名の肩書をへし折られ、恐らく屈辱抱いたらしい。ともすれば、こいつも、生き方がわからなくなりかけていたのかもしれない。死々若丸は、そう思う。けれど。ただひとつ彼にあったのは、そこから再戦しようというリベンジマッチ魂、雪辱のそれであり、死々若丸にはそれがなにかまぶしくて、うらやましかった。そのうらやみが、ねたましさをわずかはらみつつも、そんな感情すらどうでもよくなるほど明るい、明るい純然無垢な光にこの手触れたぬくもりを、死々若丸の胸に宿し、首を傾げさせるのだった。当の鈴木のほうもそんな自覚などないようで、似た者同士の不器用な自分たちが羽を寄せ合うことでなにか、なにか得られる強さがあるのではないか、と、そんなふうに無意識下では直観でもしたのかもしれないけれど。
     漠然とヒトを恨み、剣を向ける先がただ具体的に、ほしかった。死々若丸はその取引に応じたし、ひとりじゃないぬくもりを、そのてのひらに、ちいさくのせたのだった。
    「……ふん。真面目というのなら…、…千の姿、だとか言ったか? そのことば、真実にしてみせることだな」
     挑発的に、せせら笑う。ああ、ああ、高揚するは心地よさだ!
    「いいか、鈴木。視えている太刀をとることも出来ぬのなら、お前は、その程度の存在ということだ。…妖気の波長がみえるだとかいう、先ほどのことばに偽りないなら、きっと操ることさえできようものを!」
    「妖気の、波長…そうか、それを、変えてみればいいのか…」
    「出来るものならな」
    「死々若丸がそう言うなら、オレには、絶対できるはずだな!」
     にぃっと、いたずらっぽく笑うが、ああ、これほどまでに胸の温度を塗り替える!
    「そうと決まれば、特訓だな。千の技、千の姿をもつオレ……くぅ~っ、想像するだけで、俄然戸愚呂にも勝てる気がしてきたぞ!! 武術会がいつ開催されてもいいように、腹ごしらえをしたら、すぐ手合わせしよう。オレは、お前のことを、もっと知りたいよ、死々若丸。…これから、よろしく頼むぞ。まずはあと九百九十九!」
     千、だとか九百九十九だとか、そういった数字の印象が、がらり変わる。すっかり、こいつの数字になった。はん、奪われても構うまい、コイツになら。そんな気にさえなっている自身をどこか真新しいものに思い、死々若丸は、その名とともに、改めて輪郭を伴って生まれた、そんな心地になった。
     修行を重ねていく中で実際鈴木が姿や技を増やしていくことに驚きながら、同時に、死々若丸は互いの危うさも薄ら感じた。どうも役に入り込むタイプらしく、役者役におぼれる、といったところか。鈴木は伝説になりたがり、千の姿は、そのための輪郭を失うことだと、思うようになった。まあいい、お前がそう思うのなら、オレもこの名を、売り轟かせてやろうものを。オレの名は、死々若丸。怯え刻め、者どもよ。死々若丸は、そんなふうに思うようになった。ちょうど、鈴木に与えられた剣と羽衣での武装がそれに追い打ちをかけたのだ。手段が、目的になった。うぬぼれ転じてあだとなる。二人は、その青さをすがすがしいほどみごとに打ち砕かれたのだった。
    「……、オレは、また、自分探しの旅に、出なければならないようだ」
    「……、…そうか。勝手にしろ」
     武術会も派手な爆発ごと閉幕し、離れた建物にあった治療室を完全に、出ようという折だ。そんなことを言われたのは。ぽつり置き去りに突き放されたような感覚に、死々若丸は、こいつはどこまでも勝手だ、と、憎々しく思う。けれど。
    「…なぁ、死々若丸。オレは、お前と、…離れたくない。オレが、これからさき真の自分を探求していくにあたって、能力面だけでみれば、きっとお前は、必ずしも不可欠なピースというわけでもないだろうになぁ」
     ふしぎだな、と、少し自嘲気味に笑むのがやけに儚いはにかみに見えて、死々若丸は困惑するのだった。鈴木は続ける。
    「――…だが、もう、“オレ”にとってお前は、そこに居てほしい、傍に在ってほしい、存在になってしまっているようだ。…旅に出よう、と思ったとき、そんなことに気づいたんだ。初心、と言っていいのかな、出逢ったときから抱いていたものを、それこそ羽衣のかなたにでも置きやってしまっていたようなんだ。思い出したよ、オレは。あのころの、気持ちを」
    「……なに、…が、…言いたい…?」
    「うーん…実のところ、オレは、お前と出逢ったとき、かなり、虚勢を張って余裕を繕っていたというか……ひと目ですっかり惚れ込んだ相手に、いい格好をしたかった、っていうか…」
     唖然。同時に、死々若丸は自身の額に手を添える。頭がいたくなってきた。鈴木のそんな張り子にすら気づかなかった己のマヌケさに、ばかばかしくなったのだ。ことばを、失った。そうと知ってか知らずか、鈴木がことばを重ねる。
    「だが、幻海に殴られて、その張り子もすっかり破けつぶれた。オレは、キャラづくりをしているうちに、段々、自分が自分でなくなるかんじがしていたのに目を背けていたんだなぁ。自分がだれだかわからなくなってきて、ただ、名前と設定に縋りついた。それがオレだと、器を決め込んだ。…本当に、愚かなことをした」
     その愚かさに、薄ら気づきながら同じく目を背けた死々若丸は、やはりどうも似た者同士だったらしいと思い出したように気づくのだった。言いはしないけれど。本当に、ほんとうに、ばかげた話だ! そうだ確かにあのときも、すこしだけ似た部分を、見出していたじゃないか。
    「……フン。道化師は、ひとりでは足りんらしいな」
     ぱちくり。またたく眼があどけないのを、ひどく懐かしい心地で、眺める。分からないなら、それでいい。自分を嘲ればどこかすうっと気の晴れた心地がして、少し、愉快な気さえ、してくる! まるで、旅路とやらにでも浮かれるかのように、まったく!
    「…行先は、決まっているのか」
     そう返すのを返答とすれば、瞬間理解の遅れた鈴木が、じわり、タイムラグののち瞳をぱああっと輝かせ、頬と声音を高揚させ、がばりと抱きすくめてくるのだった。
    「お前が望むなら、ランダムでも、決めても、どちらでも!」
     おい、こらよせと、あらがおうと一瞬思ったが、もうどうでもよくなっていた。行先、か。能力で変なところにでも飛んではたまったもんじゃない。決める? 決めない? だが、どこに? 行きたい場があるでもなし!
     鈴木の胸元は、すこし、いいかおりがした。まるで、腹でもくすぐられるような。それが、頬まで伝って、己にそんなだらしない顔を許せず、戒めたくなるような。もぞり、くちごもるように、ばつのわるいようにそれでも言えば、それはいつになく、風をさざめかせ、凛と、空気を澄ませるのだった。窓枠で閉めたカーテンは揺れもしない。だのに、空気が、確かに躍動する!
    「…どうでもいい、勝手にしろ」
     空気が、いつもより少しはやく、弾んで動いているようなそれは錯覚だろうか?
    「……うん。なら、風任せの旅、とでもしようか」
    「…それでいい」
     ふらり、傷も癒えきっていない者同士の羽の寄せ合いは、それでも確かに、歩むところから始めるのだった。いつかは、飛びさえしてみせようぞ!
     死々若丸は、生まれながらにして負の感情と闘ってきた。そして鈴木は、田中の初めて覚えた負の感情を抱きながら、無意識下の光を失わず、視界のもやに揺らぎながらもひたすらに歩んだ。彼らの出逢いは、伝説的というには遥かささやかで、それでも確かに、光に向く道だったのだ。光に、向くためのともしびが胸の火種だ。彼らがその出逢いをああ運命だったのだ、と思うのは、もう少し、あとになってのこと。






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    ◆季節がきっと、めぐりゆけども/鈴若◆
    (2023.10.17初出)四季を感じている鈴若。甘い。若の一人称文。





    「……この季節の色は、やたらとお前じみている」
     ぽつりつぶやいたのは、陽射しの未だ強いに反して風が肌にここちよくなって少し経つころ。この時期の彩りが、隣に居るおとこを思わせる日々も散りつつある木の葉と等しく重ねていた。
     懐かしいはずもありやしないのに、やけに郷愁じみて香る小花の群れ。ありもしないふるさとを、そこに錯誤するじゃあないか。それから、ちまたにあふれる抜けたツラをした南瓜に、便乗商法。本意を失うお祭り騒ぎか、ここのやつらは相当祭り好きなのだと思い知る。色味を変えた木の葉たちには、それらを刷新しながら年輪重ねる重みを幹に抱かせた。
     子細は言うでもなくただひとことだけをこぼしたオレに、「そうかなぁ、オレの髪、そこまで赤みはないぞ」と、ひとつまみ視界に入れながら阿呆がぬかす。はん、この程度も分かりはしないのか。構いやしない。
     そのまなじりを彩る少しだけさきの跳ねた真っ直ぐなまつげだとか、ゆびさきひとつひとつの先端すべて、マイクロ単位の端のはしにまでともる、温度だとか。肚のどこまでをも等しくさせる、それらがすべて、オレにこう感じさせるというのに、だ。だのに、それをぬくもりだとかいう戯れ言に換言する気にはなれなくて、せせらわらうように、ひとり上機嫌で肩をちいさく揺する。ちょうど銀木犀の金に寄り添っているが植えられている公園を通るところで、その銀色が自身の髪を思わせ少しばつはわるかったけれど。それでも。わずか寄る眉間は、それでもまなじりを隣のぬくもりに浸らせてくるから分からんものだ。
    「死々若は、春から初夏に向かうころ、ってところかな」
     唐突、と感じたのは、思わず思考の世界に気が逸れていた油断で。それがオレの発言を受けたものだと、内容を遅れて理解する。けれど。
    「………は?」
     どこが。オレの、どこが春だというのだ。このお天気野郎めが。
    「……、どう考えても、雪深い真冬だろう」
    「はは、それは、髪の色のはなしだろ。…うーん、まあそれも含めて春って言ったから、あながちちがうとも言い切れないんだけどな」
     どきりとする。こいつは、己については髪の色のはなしだと思い込んだくせ、そのくせひとには、それだけではないと明言する気か。ほざけ!
    「…っ、貴様は」
    「シロツメクサの、花畑が浮かぶんだ」
     苦言をさえぎられ、つんと威勢のまま前のめりに静止する刹那、名残でわずか揺れる。それが怖じ気づいたようで、苛立った。
    「あれは、ほら、復讐、とか約束なんて花言葉もあるけど、やっぱり、幸運の象徴だからな」
     花言葉。人間界の植物も研究するにあたって、こいつが知り導入してきた概念だ。復讐。なるほど。約束。しるか。幸運。幸運? ――どこまで、ふざけたことを!
     けれど、文句をいうことはまたかなわない。鈴木は、まるでそれが語り草とでも言うように、けれど同時に、道端の花をひとつだけ見つけしゃがみこんで眺めるよう、馬鹿げたことにそんなふうに、だ。語り部を、続けるのだった。ただひとり、そのひとりオレだけに向けて、その話を。もはやそれは、オレにとって遠い伝承じみてすらいた。
    「死々若。オレにとって、やはり、お前と出逢えたことは、この生涯で至上の宝だと確信できる。ありがとう」
     まるでどこか見知らん他人事じみているくせに、その話は確かに、じぶんごとだとオレに訴えてくる。ああ、やはり、この季節はこいつの色だ。かおりだ。温度そのままだ。鼻腔をくすぐる小花の群集が、身のまるごとを内からも外からも抱きつつむひととき、時空を支配されたここち。ほんとうに、――本当に、ばかげたことだと、わかっているのに。少しだけ、まなじりが風に冷えそうな気配がして、オレはふるりと、髪を揺するのだった。小首を傾げる阿呆が疑問というよりは抱擁じみて、余計に腹が立つ。こちらの心情を読んでいるのかいないのか、つくづく気まぐれな、わからんやつだ。
    「………、ハン。きさまの生涯とやらは、ずいぶん、性急なようだな。これからさき、何があるとも知れんのに、もう至上ときた!」
     ぱちくり、またたくまなこが、ふわりほころぶがやはり小花の群れだ。なにを、皮肉も響かずに上気させている?
     鈴木は、肩をくすぐったげにちいさく揺らしながら、やにあがるほおを抑えきれないとばかり、くちもとにこぶし、寄せてこんなことを言うのだった!
    「…それ、これからさきもっともっと幸せがあるぞって、言ってるようなもんだぞ。うれしいけど」
     かあっと、頬の火照る心地。肌が少し白いからそれはいつも目ざといこいつに見つけられて不愉快だ。
    「~~っ、…知るか!」
     ぽん、と、小鬼の姿に転じながらぎゅっと目をつむり、つんと鼻先を上向かせる。めいっぱいの、拗ねのポーズ。はなしを強制終了させる、とっておき。だがいつも、たいていは、たいして奏功しないのだった。
     きゅ、とちいさく鼻をゆびさきでつままれ、反射的に目を開ける。ぱっと離されたけれど、にこり、笑んだくちびるが、寄せられる気配にきゅっと目をつむり直す。まぶたに、ほおに、はなさきに、それから手の甲にまで! 図体そこそこのうるさい鳥の、ちいさなついばみが、幾重にも落とされる。こんなちいさな小鬼の体では、まるで全身、まるまる覆われようものを。思うのに、ヒト型に戻るのも今はまずいと直観し、仕方なくそのくちづけの抱擁を、受けているしかなかった。通行人がいないことこそが、確かに、幸運だっただろう。コイツもわかっていてやっただろうけれど。
    「……なあ、死々若。オレの幸せは、たぶん、これからさき概ね、更新されていく一方だろう。だが、そこにはいつもおまえが居ると、何でか確信できるんだ。ありがたいことだなぁ」
    「……ほざけ。鳥かごもなしに小鳥が、逃げんと思い上がるなよ」
     それがしあわせだとかいうものだったらなおさらに、逃げない保証もあるまいに! そう思いながら言葉短くこれだけを述べれば、むぎゅり、てのひらに挟まれて少し驚いたのは不覚だ。鳥かごのまねごとか? 馬鹿げてる。ヒト型だったら、腕(かいな)に掻き抱きでもされていただろうか。危なかった。
     むにゅむにゅと、小鬼をてあそびのように軽く挟んで、それから満足したように、鈴木はこんなことを言ってくる。
    「たとえばおまえがオレのそばを去っても、オレには止める権利もないし、だいいち、この胸に刻まれたぬくもりは正真正銘、生涯の宝として残ると思う。…きっと、それをいだいて、生きてくことになるんだろうな。オレは、お前を縛る気はないし、離れるなら止める権利はないんだ。だが…」
     どこか遠く、たとえば過ぎた夏でもなつかしく思い返すよう見据えて、みしらぬ冬に凍えるよう身をちいさくふるわせ、そして、それから目の前、今ここにコイツといるオレを見つめて、鈴木は、まるで生涯の誓いでも交わすようにこう述べるのだった!
    「オレは、お前がそばにいてくれるとうれしいし、行ってらっしゃいのあと、いずれただいまが聞けるほうが、嬉しいってのが本音かな。…ワガママは承知だが、それをどこか、覚えておいてくれれば、ありがたい」
     教会の鐘がリンゴンとひとつ鳴るように、白いハトがバタバタと大群でとびたつように。はにかみ交じりの笑みが、切実なそのひとみが、いつもとちがう温度で、胸に訴えかけてくる。ばかげた、こどもじみた、そんなちっぽけな頼み事のためだけに!
    「…っ、…ふざっ、…ける、な…っ!!」
     動揺。憤り。等しく、切実。あふれでるのは、そんな感情だ。
    「言わせておけば、人が離れていく前提か? どこまで、オレを舐めくされば気が済むんだ! その程度の感情で、貴様の傍になんぞ居るとでも思ったか? ふざけてやがる!」
     ぱちくり、ぱち、ぱちと産声あげた新星のようにまたたく黄金色のまつげ。
    「………死々若、それって……」
     ひかり増す、そのほしのきらめきを、はっと思えばもう、止める権利は確かにオレにもなかった。ふわり、そう遠くないところで金色(こんじき)の髪が揺れるのを、スローモーションのコマ送りに思う。かしゃ、かしゃ、かしゃり。幾つかコマが進んだ時には、もうその頬に掻き抱かれていた! わぷっ、と、とっさに間抜けな声とも吐息ともつかないものがこぼれて尚更に屈辱的だ。だが、鈴木のことばが、オレの髪を濡らす雫が、それを風の温度に置き換える気にさせなかった。
    「ありがとう、死々若…っ! そして、すまなかった…! オレは、やはり、おまえと出逢えた幸せ者だ…っ!」
     しゃべるに合わせて頬が揺れるのが、オレの全身をくすぐり、居たたまれないほどのぬるま湯に、甘んじて浸かる選択を、させる。ああ、きっと、そうだ今生ずっとだろうとも!
    「……ふん。オレは、承知していたが」
     さも知ったふうに、言うは満足げ。めいっぱいの、強がりだ。
     ああ、ふわりと、鈴木の前髪が揺れていることだろう。いつもの特別シートと違って、あいにくとよくは、見えない位置に今ひととき居るけれど。その程度は、予測がつく。あれはいつも視界の端くすぐり、ちょうどレースのカーテンのように、並木道にオーバーレイするのだ。まばゆさに、目を細めた数、それこそ星ほどに。
     確かにこの国のこの時期は、こいつの色をしている。けれど。きっといつだって、こいつ色なのだろう、なんて。そんな陳腐なことをぼんやりと、思った折だった。






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    ◆夢の跡地は虹の架け橋/鈴若鈴でも鈴若でも若鈴でもお好きな解釈で◆
    (2023.11.08初出)名無しの元田中、死々若丸と出逢ったことで自然再起し、ナンパする。美しいという語が地雷な若に、その語と若のなりたちを肯定づけたくて"美しい魔闘家鈴木"といううつわをつくることに決める元田中。二人の出逢いとチーム結成の経緯がメインな話。
    まだカプ未成立なようで生涯が決まっている二人。受攻は特に決めていないのでお好きな解釈で。





     死々若丸は、小鬼と美青年の姿、そのふたつしか基本的に往来ができない。厳密に言えば形相こそ鬼へと転じれど、それは精神状態に大きく左右されるのだ。好んでうつくしくありたいでもないのに、その美しさゆえに揶揄を受ける。形相、ああ、鬼へと転じられる。あなどるやつを見返したい。いじられなど決して、しないよう、名を売りたい。それが、暗黒武術会に出た理由の一つだった。
    「なあ、そこのお前! オレとともに、暗黒武術会に出ないか?」
     それはまるきり初対面でかけられた初めてのことばに端を発した。面識、心当たりなし。きっとこいつは、誰彼構わずに誘っているに違いない。弱くて相手が掴まらないのだろうか? ならば、組む価値もなし。無視を、決め込む。けれど。ぺらぺらと、軽薄そうな見た目そのままに、一方的に喋り続ける。それは、うっとうしいをゆうゆう通り越し、踏み込みを誤るのだった。ああ!
    「オレは、お前と組んでみたい。お前の、その気高く歪んだうつくしい闘気…」
     うつくしい、という単語に反射的に、形相険しく鬼のそれになる。だが、相手は意に介さないようで、それがまた気にくわなかった。
    「ああ…闘気が、強まったな。澄んだ波長が、いびつにもうつくしさを増している…気分を害したなら、すまない。なにしろ、オレは、お前のことをなんにも、知らないんだ。だが、これから知っていければと思ってる。チームを、組もう」
     呆れた。唖然。そして、わずか拍子抜け。懲りずに二度も言うのなら、死々若丸にとってその語がいかに悪評なのかを理解できないか、あるいは。――なにか、見た目とは異なるたとえばうつくしさだとかそんな陳腐を、戯れ言を、本気で思っている、か?
    「……名は」
     ちいさく、そうだ聞こえなければといいさえ思いながら吐き捨てるよう、それでも自分は、確かに訊いたのだ! きこえなければ、よかったのに。心底、そうだ心底そう思ったのに!
    「オレか? オレは……うーん、今は、そうだな、お前に合わせて決めてもいいと思っている」
     再度唖然。同時に、ばつのわるそうな気配に、このずけずけ踏み込んできた下郎にも触れられると気まずい話題というものがあるのだな、と、意外に思ったのだ。そうだ、まるきりなにも、知らないのに!
     だが、死々若丸は確かにチーム名ではなくそいつの名を訊いたし、相手も、正しくそう解している。だのに名を決めてもいいとは、どういうことか? 名のない、ちんけな妖怪なのだろうか。
    「…ああ…少し、説明するなら、オレは、少し前まで、“強い妖戦士田中”…と、名乗っていたんだ」
     こちらの胸中を察しでもしたようにことばを重ねた相手に少しだけ目を見開き、そしてその内容に訝しがるよう細める。月さえこうも急には動くまい。
    「…強い? ハン、とても、そうは見えないが」
    「…まあ、それはオレも、今となってはふてぶてしかったなって思ってるから、言わないお約束ってコトで。…ああ、しかし、聞き違いではなかったようだ。お前は、声も、闘気に似て凜と気高く美しいな」
     他者には言わない約束を求めるくせ、みたびうつくしいと言うその図々しさに心底呆れ果て、毒気の、抜かれる心地。ピリピリと、神経を尖らせるのがあほくさくなったのだ。ゆるしたわけでは、断じてない。
    「……はぁ。お前がそのくだらん名を棄てたらしいことはどうでもいいが…」
    「経緯、きかないんだな」
    「どうでもいいからな」
     ずばり、言い切れば苦笑いはそれでもどこか浮つきじみる。ばかげたやつだ。
    「…そっか」
     声音、ふれたことのないほどやわらかく、なにか、それこそ喩えるなら包み込みでもするかのようで。見ぬ振りをして、死々若丸は主張を述べるべく、話を続ける。
    「ああ。…だが、その汚らわしい語は金輪際、オレに使うな」
     くちにするのもおぞましく、どれとは言わずに指定したけれど、相手はどうも、見当のつく程度には敏いらしい。鈍感なのか、察しがいいのか、つくづくよく分からんヤツだ。そう思った。
    「…なるほど? 事実でも、触れられたくないものは誰にでもある、ということか。だが、最後にもう一度だけ、使うことを許されはしないか」
     情け容赦の無用な世界で、なにをこいつは、甘ったれたことを。だから名を棄てるはめになどなったのだろう。憶測する気もないことを、ぼんやり思う。ぽつり、つぶやくようにやはり吐き捨てるよう返したのは、容赦ではなく諦めだ。
    「…ゆるしはしないが、勝手にしろ」
    「…はは。……ありがとう。…オレは、お前のその美を、純粋たましいのうつくしさに起因するものだと感じるんだ。だから、お前と決めて声を掛けた。…それだけは、伝えたかった。たびたび、悪いことをしたな。だが、何がそこまで、お前に厭わせるんだ?」
     いっぺんに、くちをはさみたいようなことを複数言われ、会話に不慣れな死々若丸は困惑する。ひとまず、最後の問いに答えることにした。と、言うよりも。たましいだとかのうつくしさなんぞ、ありもしないことを言われてそれには返す気がしなかったのだ。
    「……よわいから、だ。…それだけで充分だろう」
     うつくしい、という語はあなどり、おちょくり、揶揄する侮辱だ。だからきらいだ。それを言わせるのは己が、よわいためだ。そうに、ちがいないのではないのか? だが、その相手は、即座に否定してくるのだった!
    「よわいものか! …オレは、お前にそうまで思わせるこの語を、肯定づけたくなってきた。よし、次に名乗るときは、自らをうつくしいと形容することに決めた。そのためなら、幾らでもパフォーマンスしよう。あとは…もう少し、話を聞きながら考えよう。なあ、お前について、教えてくれないか」
    「なにを……」
     ばかげたことを、と、続けたかったのに。
    「おまえにわかることを、ぜんぶ、可能な限り知りたい。…そうか、まず、名も知らないんだった。名は、何という?」
    「……、…死々若丸」
     返してしまったのが、すべてのはじまりだったのだ!
     死々若丸は、自身についてわかることを可能な限り、ぽつりぽつと、話しだした。
    「……、…人間界で昔もてはやされたという、“義経”と“弁慶”とかいうやつらの虚実さえ不明な伝説。恐らく、その入り混じったるつぼから、負の感情を増幅するよう、気付けば生まれていた」
     それが、おぼえている限りの起源だった。生まれた瞬間から、憎悪だけがこのかおをつくっていた。
    「その両名は、そもそも、どうして出逢ったんだ?」
     聞き取りに応じるよう、死々若丸は答える。
    「…“弁慶”は千本の刀を求めていたらしい。その数まであと一というところで、出逢ったのが“義経”だ」
    「…ほう」
    「“弁慶”は“義経”に仕えたと伝説され、…間にはまあ、いろいろあるが、“義経”は若くしての自刃へと追い込まれた」
    「……、そうなのか」
     ごくり、と、のどの上下するが、ひみつにふれる覚悟じみる!
    「…ああ。末路への未練、怨嗟。だからオレにあるのは、その千、そして九百九十九という数字への執着と、なにへともわからぬ未練と、強く深い、うらみの念と…そして何故だか知っている、この名だけだ」
     そういったことを、初めてくちにしながらぼんやり、ああそうだったのか、などと思った。
    「なるほど……」
     区切りのよう死々若丸が口をつぐんだのを話の終わりと解し、相手はそう、言った。
    「オレは、…お前の話を聞いて、自分の設定を、ぼんやりと考えてみたんだが…」
    「設定?」
     聞き返せば、ばつのわるそうな顔で、ああほらにがわらい。それがどこか、肚をくすぐったげに据わり悪くさせるのだ。
    「うん。あると、燃えるタイプで」
    「? …わからんが、話してみろ」
     少し愉快か、それとも暇つぶしか。自分でもわからぬそれを、ああ、確かにそうだ、愉しんでいるのだ!
    「まず、千、という数字は採用だな。オレは、千の技を持つ男だ」
    「そうなのか?」
     少し驚けば、それがばかばかしいことだと思い知らされた!
    「今は設定上だが、今後技数を増やしていこうと思っている」
    「…なるほど。たしかに、どう見てもお前のようなやさおとこに、千もの技はあろうもないな」
    「…お前は、見た目のつよさに、やはりこだわるようだな。ならばオレは、姿さえも千にしてみせよう。お気に召すものが、幾つかはあろう」
    「ハン。ほざけ。姿を変えるなんぞ、できるものか」
    「うん、ほざくよ。お前は、どうも、その姿にしかなれないらしいが、オレは多少はコントロールできるから、プラス変装でまあ、どうにかなるだろう。…それから、負の感情、とかけて、オレは負の勘定を秘めた存在だ」
    「? どういうことだ」
    「つまり、九百九十九に一を加えようとした、という伝説の代わりに、千から一を引いて、たとえばひとつ技を披露して、こう言うんだ。“残り九百九十九の技もお見せしたい”…と。どうだ、強そうだろう」
    「………」
     どちらかといえばよわそうだ、と、思ったのは黙っておくことにした。
    「…そうだな、伝説、か…オレは伝説を作りたい、とか? それと、あとは…、オレはあえて、若くしての自刃を自発的に選ぶ旨を、堂々宣言する」
    「……どういうことだ」
     すこし不快になりながら、それでも、訊かずにおれなかった。すっきりしたかったのだ。そうにちがいない。
    「ヨシツネは、悔いの中若くして自刃せねばならなかった未練があるのだろう? オレはそれを反転させることで、その末路を肯定的な恨み、怨念に塗り替えたい」
    「………恨みに、肯定もなにもあるものか」
    「あるんじゃないかなぁ。だから、オレは思うんだ。オレは、うつくしい。それは若いからだ。だからオレは、うつくしいまま、しのうと思うんだ。…おっと、これは設定上だぞ。だが、閃光のようにひらめいたこの設定…名を、美しい…そうだな、千もの姿、技があるなら、魔闘家なんてどうだろう。あとは、鈴木とでもしておこうか。…これは…、少々、入り込んでしまうかもしれないな…」
    「……勝手に、…しろ……」
     動揺、したのだ。ほんとうにこやつは、死々若丸を肯定づけようとでもしているのだ! それもてんで思い切り、まるきり、根本から裏返すよう! …裏? そうか、そうだとしたら…
    「………本気で御伽話を裏返しでもする気なら、そうだな、貴様の言うよう、馬鹿げたキャラクターも居るやもしれんな」
     吐き捨てるよう、言う。ぴかり閃光きらめいて、おとこに、くちをひらかせた!
    「…御伽話を、裏返す……
     ……なあ。チーム名は、“裏御伽”にしないか? コンセプトは、御伽話の闇。仲間は、どうとでも用意しよう。オレとお前さえ、居ればどうにでもなろう」
     自信じみた発言が、学習のなさを思わせる!
     かくして、裏御伽という名を核に二人はチームを組むこととなり、暗黒武術会に向けて準備を進めた。当初はうつわだけだったはずのそのキャラ設定に、鈴木は徐々に入り込んでいくし、その過程で死々若丸は、他者へのうつくしさを、肯定的にとれるようになったのだった。たとえばなしであろうとも、他者に、惚れていたやもしれんと言える程度にはそのたましい器のうつくしさを肯定できるよう、なっていたのはだれのせいだ。だが、二人はなるべくして敗れた。ああ、未練は、ない。自刃こそせねど、どこか清々しくさえ死々若丸は思うのだった。鈴木も、目が、覚めたとばかり冷静になる。ぼろぼろに砕けた殻のなかから、コイツはまるで、幾度とも蘇る不死鳥だ。這いつくばってでも、ずるり、生き延びていずれ立ち上がる雑草魂だ。
    「……懲りないやつめが」
     裏飯チームに渡してくるものがある、と、出て行ったやつの帰着にひとことせせらわらう。鈴木は、困ったようにあいまいに笑みながら、「……うん」と、それでもはにかむよう頬を掻くのだった。
    「…オレは、お前と出逢ったときも、ほんとうは、ヘトヘトに世間知らずの誇りをへし折られ、地を這うようとぼとぼ、歩いてたんだ」
     そうだろうな、と、ぼんやり思う。つい先刻まで気づかねど、触れられたくない程度に名を棄てるような出来事があったであろうわりにへらりと、ぺらぺら舌の滑りがやたらよかったのは、不自然なことだったのだ。そんなことにもとっさに気づかぬ程度に、そうだやはり自分たちは知らないどうしで、だからこそこうして、ここまで、うわつらで歩いてこられた。だからこそこうして、打ち砕かれ、冷静になり、俯瞰できたのだ。ああ、コイツはきっと、あのときも立ち上がっていたし、また立ち上がるのだろう、と。こいつに出来て自分に出来ないはずもない。姿を変えるだとか技を増やすだとか、そういったことでなく、これは本質の問題だ。だからこそ思うのだ。やってやる、と。その発奮剤が、すぐそばに、ああそうだそばに在ったのだから。
     鈴木が、続ける。
    「とぼとぼ、あてもなく歩いていて、それでも死に場所さえ探す気になれず……だが、お前の姿を遠目に見たとき――雷光に、打たれたようだったよ。ほとんど無にまで擦り減っていた気力が、一歩を、立ち上がるための手を、地にぐっと、突かせた。底なしの泥沼から、ずるりと這い出ていた。…あとは、お前も知ってる通りだ」
     淡々、高揚、高潮(たかしお)引き際知らず。それがフッと、地に足をつける。ばからしい。
    「……ケッ。そうだと知ってなどいたら、お前の口車になんぞ乗らなかったやもしれぬな」
     ぷい、と、窓の外に顔を向け、包帯でくくられた髪をわずか風に乗せるよう揺らした。
    「でもお前、訊かなかっただろ。それに、オレは、…経過こそこうなったけど、この大会にお前たちと出られて、よかったと思ってる。……ありがとう、死々若丸」
     目を、わずか、ほんのわずか見開いた。本当にこいつはばかだなと、思いながら、目を閉じた。窓からの風が、頬をそより、撫ぜるのがわざとらしい。
    「………ほざけ」
     風に乗せるようそうちいさく吐き捨てれば、鈴木は、すこしうれしそうに、すするような声で言うのだった。
    「…うん。……そうだなぁ、でも、やっぱ、勝てなかったのはくやしいよな……オレ、対戦相手どうこうの前に、やっぱ、自分にまけてたんだよな…くやしいよ……」
     声が揺れるので、死々若丸のほうまでぎゅっと、目頭が力み、風をうっとうしく感じるのだった。鈴木が己にまけていたと言うならば、自分のほうは、鈴木のそのうわつらに負けていたのではないか? そんなことを、あのとき救われたなりに思うのだ。そうだ、ああ、自分は確かにコイツに救われたんだ!
     すこしの間、治療室は、すすり泣きだけに沈黙を支配された。それが静かに、そうだ、潮でも引くよう静かに収まりゆき、ふるりちいさく、ふるえる気配。
    「……、…なあ、死々若丸。…これから、どうするか、あてはあるか?」
     徐々に、声音、凛と活気を帯びる。いつしかきいたあのときよりも、もっとずっと、高く気高く!
    「……あるものか」
     ギッ、と、睨み据えるよううつむきがちにちいさく見返れば、ああ、うれしそうになぞ顔を輝かせるな!
    「オレも、まるでないんだ」
     声音と内容の落差など、まるで気にせぬようにうれしそうなことときたら、呆れるほど。
    「…ハン。そうだろうな」
     返す自分の声までどこかふわついて、――まったく、本当に馬鹿げたことだと、思う! 嬉しそうな顔が、もっと馬鹿馬鹿しくよろこびじみた。紅潮する頬、子どもより無垢。
    「…なあ。それじゃあ、オレと来ないか?」
     あてもないというわりに、どこへ? 呆れて、絶句。けれど同時に思う。どこへでもきっと、構いやしないのだろう!
    「今度こそ、…いや、仮に幾度敗れようとも、そのたびに強くなって、オレたちは立ち上がれると思う。だからまた、手合わせを願う」
     ひとを仮定でも勝手に負けに巻き込む神経には呆れたが、コイツははなからこういうやつだった、と、もう遠い過去のように、思いそこは流すことにした。
    「………まあ、手合わせ程度なら」
     ああ、この約束よゆめゆめ生涯じみるな!
     それでもそれがその実とうに生涯決めていたことを、そのときの死々若丸はまだ、そして鈴木さえも恐らく、知らないのだった。破れた夢の跡地には、ああ、虹の足が立っていた。





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    いしえ

    PAST短編集『主従ア・ラ・カルト』2020/01/18大安発行。受攻お任せ多めバトビ主従CP全年齢本web再録。本への編集時にいれたあとがき等以外全てpixiv公開の短編小説で、webから本にしたものを更にポイピク用に編集しweb再録。
    もくじ、まえがきあとがき、ラストにいれた文章も入れましたが、挿絵のメニュー表等、関連画像https://poipiku.com/26132/9933701.htmlにて
    主従ア・ラ・カルト/受攻お任せが多めのバトビ主従CP全年齢本【本からのweb再録】◆Menu *受攻お任せのものについて…片方で見て頂いてももちろん構いません! as you like

    ◆それはおやすみの魔法(原作主従)
    独自設定(ハーブ、今回は特にカモミールを母の影響で生活によく取り入れてきた幼少期と、カイン改心時の話)。
    カインの父が亡くなったとき習慣が続くか途絶えるかで、2パターンに分岐します。
    受攻曖昧(ジョシュカイ寄りの部分とカイジョシュ寄りの部分とが混在)です。

    ◆propose -誓いの宣言-(原作5年後)
    原作ラスト、5年後の、18歳と21歳の主従。
    受攻お任せですが主からのプロポーズ(従もするつもりがあった)。受攻がニュートラルなかんじです。わりとカイジョシュ寄りに見えやすいですが、そう見えるジョシュカイっぽい要素もあるかと思いますので、そんなかんじで大丈夫なかた向けです。
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    DONE鈴と若7本初出順まとめ
    ・さあ、おとぎばなしを生きよう!/鈴若鈴でも鈴若でも
    ・出世した魚、大海ゆうゆう/鈴若(※若干の事後描写あり。具体的ではないですが)
    ・そして青さと春を知る/鈴若でも鈴若鈴でも(田中時代メイン)
    ・おとぎ参り/鈴若でも鈴若鈴でも
    ・ぬくもり、火ともし道となる/鈴若鈴でも鈴若でも若鈴でも
    ・季節がきっと、めぐりゆけども/鈴若
    ・夢の跡地は虹の架け橋/鈴若鈴でも鈴若でも若鈴でも
    鈴若と、受攻解釈お任せの鈴若鈴or鈴若(ものによってはor若鈴も)の小説7本まとめ◆さあ、おとぎばなしを生きよう!/鈴若鈴でも鈴若でもお任せします◆
    (2023.09.03初出)幽白読み返し中で、田中まで読んだので、ひとまず今の印象をSSにしました。





     伝説を、作ろうとしていた。それにはまず、戸愚呂に勝つことだと思ったのはそう、田中を名乗っていたころだ。そして俺は、惨敗という語すら恐れ多いほどみじめにいきのこる。ああ、負けた。だが同時に思う。自身は、生への執着が強いのだろう。もうこんな思いはしたくない。強くなりたい。強くなれれば、戸愚呂へのリベンジマッチが果たせれば、きっとこの生にもみじめな執着は薄れよう。そう思うほど、戸愚呂への勝利が生きる意義になっていた。きっとつよさとは、もうそのまましんでもいいと思えるほどのそれ以上ない境地にあるのだろうから。そうすれば、そうだ、自ずと伝説にもなれよう。伝説とはきっと、数々の偉業がつむぐ物語なのだから。強くなりきるまえに老いることだけがただ恐く、人間のようにすぐ老いる儚い存在でなくて良かったとだけ、密かに安堵する。ああ、老いとは、儚く醜く度しがたいものだ。人間にだけは、なりたくないものだ。
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