足元に注意して避難して下さい「もし何かあったら同じジャケット着た警官に声かけて
いいですから」
「はい、ありがとうございます…」
「お気をつけて、振り返っちゃダメですよ!」
女性はしっかりと頷いて走り出す、その背中を見送って
息を吐く。
今の人は不幸にも分霊が見えてしまう人だったらしく、
大型分霊を見てかなり動揺していた。
もちろん、地震と停電の影響でパニックや動揺してしまう
人も少なからずいる。
そういう人たちのケアもして、安全な場所に逃がすのが
わたしたちの仕事だ。
「…あれ?」
避難誘導が追いついていない場所がないか探していると、
結構な人だかりを見つける。
停電のせいで周辺は真っ暗闇、光源はわたしがもっている
懐中電灯だけのようだ。
「みなさーん!こちらです!」
懐中電灯で周りを照らしながら声をかける。
視線がこっちに向いたのを確認してから手を大きく振って、あっちに逃げるんだよーと避難先を指差す。
「一斉に動くと危ないので、前の方から順番に動いて
下さい!ゆっくりで大丈夫ですよ~!」
徐々に動き出したのを見ながら、後ろの方を確認する。
人混みの中でも飛び抜けて大きな男性の姿を見つけ、
もしかして…と思って近付いてみる。
「おい足踏むな、騒ぐんじゃねぇ、止まんな動け、
足踏むな」
「ハジメさん…あの、大丈夫ですか?」
「あ?」
足を踏まれながらも避難誘導をしていたのはハジメさん
だった。
声をかけてみるも、誰だコイツ、みたいな顔でハジメさんはわたしを見下ろしてきた。
「黒俐咲良です、いい加減覚えて下さいよ~」
「興味ねぇ」
初対面じゃないはずなんだけどなぁ、とため息を吐いて
何度目かの自己紹介をする。
何回か話してみたけど、何事にもあんまり興味がなさそう
なんだよなぁ。
個人的には面白い印象が強く残ってるんだけど…
そんなことを考えながら避難誘導に戻ろうとすると、
あー!と快活な声が聞こえてくる。
「あのデッカデッカのグラサンはハジメくんなのだー!」
聞いたことのある声に振り向くと、人混みの中をかき分けてヒバナちゃんがやってきた。
わたしより身長の低いヒバナちゃんはわたしよりも
年上らしい、本人は永遠の十八歳と言っているので真偽の
ほどはわからない。
「咲良くんもいたのだ!」
「いたよ~この人混みじゃわかんないよね」
「そうなのだ~だから早く避難ゆーどーしなきゃなのだ!」
元気に言い切ったヒバナちゃんは、何故かハジメさんの
後ろに回り込み、その背中に手を伸ばす。
よいしょ、よいしょ、と言いながらヒバナちゃんは背中を
よじ登っていく。
ハジメさんは背中を登られてるのに微動だにしなければ表情の一つも変わらなかった、どうなってるの?
登りきったヒバナちゃんは肩とか借りるのだーと言ってハジメさんの肩に座り、ポケットから笛を取り出す。
「ピピピーっ!大丈夫なのだーみんな落ち着いて
避難するのだ―!」
周囲の人々の視線が一気にヒバナちゃんに向けられる。
何あれーと無邪気に指を差す子供、ヒバナちゃんが
ハジメさんの頭にのせた一部分を凝視する男性陣など、
反応は人それぞれだ。
今度は別の理由で人集りが出来てしまった、お姉ちゃん羨ましー!なんていう子供まで現れて大変なことになっている。
「はーい!立ち止まらないでくださーい!この辺りは建物が崩れるかもしれないので早めに避難してねー!」
精一杯声を張り上げて早く逃げるよう促す、足を動かして
もらうためにちゃんと理由も付けて。
なんとか聞いてもらえたようで、まばらながらにも
動き出した。
「ピピッ!ピピピー!ぷはっ、こらー!笛鳴らしてるのだ!走ったらだぁめなのだー!」
「うるせぇ、足踏むな、前が見えねぇ乳どけろ、クソガキ共はしゃぐな、足踏むな」
ヒバナちゃんのおかげで随分と賑やかになった、不安で
暗い雰囲気になってるよりはマシだよね。
ずっと足を踏まれているハジメさんを助けることを諦め、
わたしは避難誘導へと戻った。