さくらの花は無惨に散りゆく―「俺が羨ましいと思うぐらい、俺よりも幸せになれよ」
「あ…いっつぅ…」
強烈な痛みで意識が戻る、わたしは…あぁ、腕の攻撃から
穢の女性を庇ったんだった。
咄嗟のことだったから頭より先に体が動いて、ここまで飛ばされちゃったんだなぁ。
顔を上げると、少し遠くで大鳥居から伸びる大きな腕は、まるで苦しんでいるかのように動き回っていた。意識が落ちてそんなに経ってない、なら動かないと…
「…はは、これはもうダメだなぁ」
少しでも立ち上がろうと力を込めれば、激しい痛みが全身を駆け巡る。建物に打ち付けられたところまでは覚えてる、その時に骨も内臓もやられてしまったみたい。
治癒できる祓がいればまだ間に合いそうだけど、こんな瓦礫の中じゃ誰にも見つからない。
もう諦めるしかなかった。
「…でもまだ、もう少しだけ…」
影から私用のスマホを取り出して、家族のグループチャットに最期の言葉を打ち込む。詳細は書けない、ただ伝えたい言葉をそのまま送信する。
『今までありがとう、花嫁姿見せられなくてごめんね、みんな大好きだよ』
「…あと、は」
たった一人、わたしが愛したあの人に電話をかける。
何度かのコールの後、留守番電話サービスのガイド音声が流れ出す。当たり前だよね、今だって守るために前線で戦ってるんだから。
「もしもし、鏡先輩…こんな時にごめんなさい。どうしても話したくて…もう、最期だから」
体中痛くて仕方ないけど、そんなのは声に出さない。わたしはいつも通りに話すんだ。
だって、あの人に残る最後の言葉だもん。
「わたしね、先輩に振られてから色んなことがあったよ。鏡先輩が羨ましがるぐらい幸せになってやる!って頑張ったんだ~」
さっきのは走馬灯だ、最期に見る様々な記憶の一欠片。
楽しいことも辛いことも沢山あった、でもわたしは前を向いてどんなことでも諦めず進んできた。
「でもね、ダメだった」
でも一つ、鏡先輩を振り向かせることだけは素直に諦めてしまった。
わたしはいつも、わたしではない誰かを想う鏡先輩を見てきた。想う相手が今と昔で違っていても、わたしを見てくれないなら些細なこと。
「鏡先輩、大好き、愛してる。あなたが他の誰を見ていたって、この気持ちはずっと変わらないの」
鏡先輩のどんな仕草も、表情も、誰よりも愛している自信がある、それでもこの想いが届くことは永遠にない。理解しているし、それで何度も苦しんできたけど、どうしてもこの想いだけは諦めることが出来なかった。
おかしいってことぐらい、わたしも分かってるよ。
「だから、今から言うことはわたしの身勝手な我が儘なの」
こんなこと、言ってしまったら鏡先輩の負担になってしまう。頭では理解していても、口は勝手に言葉を紡ぎ出す。
「お願い、鏡先輩…生きて。わたしがあの世で羨ましい!
って思うぐらい幸せになって!」
これを聞いた鏡先輩がどんな反応をするかなんてもう考えられない、もう限界だ。
「…今までありがとうございました!すっごく楽しかった!元気でね、ばいばい!」
最後は明るく別れを告げ、留守電を終わらせる。
一気に力が抜けると同時にどっと痛みが襲う。
「…う、ゲホ!ゲホ…はは、もうだめっぽいなぁ」
大丈夫、これでやり残したことはないはず。
…やり残したこと。
「…嫌だ、まだ死にたくない。…諦めたくないよ」
やり残したこと、やりたかったこと、そんなのまだたくさんある。こんなとこで終わりたくないぐらい、楽しい人生だった。
零れ落ちる涙を拭う力もない、なんだか疲れちゃったな。
緩やかに意識が溶けていく、その瞬間に大好きなあの香りを感じたような気がした。