Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    ochaduke_oekaki

    @ochaduke_oekaki

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 19

    ochaduke_oekaki

    ☆quiet follow

    ※麿水
    ※特殊設定(政府所属の欠陥持ち麿 × シール産(予定)の水)
    麿さん視点。
    これをハッピーエンドになる展開を付け足して本にします。これから書くのでどうなるかはわかりません。

    #麿水
    maruWater

    僕達は親友ではないけれど(略) 僕は僕について、ここに記そうと思う。僕は政府権限により顕現され、放棄された天保江戸へ先行調査員として派遣される───はずだった。
     けれど重大な欠陥が見つかり、僕は部隊から外された。僕は始めからインプットされている情報以上の記憶を翌日に引き継げない、らしい。僕自身、特に不都合は感じていないし、その方が扱う側としても好都合なのではと思うが、今回の任務においては不適合だとみなされたようだ。だからといって、それに何の感情も沸かず、近いうちに僕は刀解されるのだろうなと漠然と思う程度だった。
     他の個体が先行調査員として派遣されていく中、僕は別の任務を与えられていた。果たしてその頃の僕が何をしていたのか、僕自身は覚えていないし、正直そこまで興味も沸かない。おそらくそれなりの任務を任されていたのだろうな、とは思うけれど。
     顕現されてから幾ばくかの時が過ぎた頃、特定の記憶を強制的に維持させる技術が発見され、僕は長期間に渡る任務を任されるようになっていた。
     本日、新たな任務を命じられた。此度の任務において、曰く僕の欠陥は非常に好都合であるそうだ。正直、今回の任務───政府が大々的に行おうとしている研究の特殊さには思わず耳を疑った。けれど、その真相がどうであれ僕はただ命令に従うのみだ。
     研究の為だけに設けられたこの施設で、唯一自由に出入りを許可されているこの書斎にて、この記録を記す。また、この記録は規律違反であり、完全秘匿事項である。万が一、この手記を発見した者は外部へ公開せず、存在を秘匿していただきたい。貴殿の真心を信じる。


     研究───政府が呼ぶのに合わせ、プロジェクトと呼ぼうか。プロジェクトが始動して一か月ほどが経過し、各々が持っていた刀としての誇り、意識が薄れていくのが見て取れて、僕は何とも言えない薄気味悪さを感じている。彼らとの直接的な接触は禁止されているし、強制的に引き継がれている記憶も、あくまでも任務に支障をきたさないためのものであり、僕の感情に影響を与えないような無機質なものばかりだ。また、他の刀剣男士については必要以上の情報が開示されておらず、それ故に、たとえ自身の物語に関係する存在である特定の刀を覗き、特別な情を抱くことはない───意図的に彼が僕の担当から外されているのはその為だろう。
    (だからこそ、いざという時には情に左右されず、的確な対処が取れるはずだ。)
     僕の主な任務は彼らの異常発生時の対処だ。誰しもが刀として刀剣男士としての本質を見失いつつある現状を異常と捉えずして何になる、といった思いはある。しかし、これこそがプロジェクトの本質であり基盤だ。ここからが本番だ。

     急遽、僕は一時的に別の任務へと派遣されることとなった。彼らの状態は良好で異常発生も今のところ見受けられず、また僕でなくても対処は可能という理由もあっての抜擢らしい。新たな任務は長期間を見越した仰々しいものではなかったけれど、現地調査という内容にしては骨が折れるような事案であり、元々僕よりも先に派遣されていた刀剣男士は、能力は十分に足りていたはずだが、運悪く破壊されてしまったのだと淡々と告げられた。彼も僕と同じ打刀であったはずだれけど、と疑問に思う気持ちはあるものの考えるだけ無駄だろう。命令には従うしかないのだから。
     結論から言うと、無事任務は完了した。多少手こずりはしたもののそう難関ではなかったと思う。事前に報告を受けていた内容の通り、前任の彼でも十分に達成できるものだと考えられた。それでも彼があんな結果を迎えてしまったのは、彼にあった『情』が判断を鈍らせたからだと言える。彼にとって元の主の滅亡を見届けるという任務はそれだけ酷な事だったのだろう。
    (記憶というものは、判断能力を狂わせてしまうものなのか。なるほど、特定の誰かに情が沸くことも、判断を鈍らせるという可能性が低い。だから僕がプロジェクトの監視役に抜擢されたというのが改めて納得出来てしまったな…)
     任務完了の旨と本来の状況の報告を終え、続投を命じられる。手のひらで体に付いた煤を払いながら、施設へ向かうためのゲートをくぐる。しかし、転送先の座標設定を間違えてしまったのか、僕がたどり着いたのは日頃過ごしている管理室ではなく、長い廊下だった。すぐにでも立ち去ろうと考えたが、幸いにも人影はなく、気配もない。理由は分からないが、この場所には漠然と見覚えがある。周囲に十分に気を配りながら、廊下を真っ直ぐに進んでいく。突き当りを左に曲がり、その先にある重たい扉を開いた。瞬間、複数の視線が僕に突き刺さる。
    「はぁ…久しぶりに帰れたと思ったらこれか。」
     気が緩んでいたのだろうか。そして、何故ここなら来ても良いと思い込んでしまっていたのか。一刻も早く立ち去らなくては、と踵を返す。その時、背後から腕を掴まれた。振り返りまず目に入ったのは、驚いた様子の少年の表情だった。困惑しているのはこちらの方なのだが、と言いたい気持ちをぐっとこらえ、尋ねる。
    「えーっと…はじめまして、だよね。どうかしたかな?」
    「えっ、あ、いや…」
     少年は焦りをにじませ、視線をさまよわせる。それから掴んだままいたことに気が付いたのか、慌てて僕の手を掴んでいた手を離した。それから暫し口をもごもごとさせた後、意を決したように口を開く。
    「こっ、ここへはよく来るのか…っ?」
     悩んだ末の質問がそれなのか、と思わず失笑が漏れた。けれど、この少年にある独特の愛嬌せいか、冷たくあしらうことも、突き放すことも憚れる。
    「…まぁ、元々ここは僕の場所みたいなものだからね。けれど君達のためにも暫くの間は───」
    「なら、明日も会えるか?」
     想定外の台詞に思わず目を見開く。こうしてこの施設内で顔を合わせるのは初めてのはずで、少年は僕に由縁のある彼でもない。僕の当惑が少年にも伝わってしまったのか、彼は少し困ったように眉を下げた後、真っ直ぐに僕の目を見つめる。
    「ぼ、んんっ…私は水心子正秀だ。」
     その名は当然、存じ上げている。まさか、こんなにもあどけなさを残す少年の姿をしているとは思いもしなかったが。彼がどの程度僕のことを知っているのかはわからないが、この様子だと向こうにとっても僕に関して思うところがあったのだろう。妙に合点がいってしまった。
    「…ああ、なるほど。僕は源清麿。江戸三作と称された名工のひとり、源清麿が打った刀だよ。明日もここへ来るよ、またここへ来られればだけれど。」
     明日ここへ来られる可能性など無いに等しい。きっと僕は少年を悲しませる結末しか迎えられないのだから、はっきりとそう告げるのが正しいと分かっていたというのに、何故こんな事を口走ってしまったのか。僕はそんな罪悪感と僅かな期待を残して部屋を後にした。───その後、戻った先でこっぴどく叱られたらしいが如何せん僕は覚えていないので今一つ自覚はない。


     翌日、ついに僕は彼らとの接触を許可された。それは当然,、めでたい理由であるはずはなく、とある刀に不具合の兆しが見え始めたことから直接的な監視を命じられたのだ。念のためと彼らが身に纏っている衣服を手渡された。確かに悪目立ちをするのは得策ではない。慣れない様相に落ち着かない心地のまま、僕は彼らの過ごす校舎へと降り立った。
     放課後になっても標的に変化は見られない。いや、それは良い事と言えるかもしれないが、一日中こうして気配を殺しながら監視をしている身としては、如何せん退屈だ。標的に倣い、僕は適当に手に取った書物に視線を落としていたが、ふいに自身に向けられている視線に気が付き顔を上げた。
    「君は…はじめまして、だよね?」
     そう言って、柔和な表情で小さく首を傾げる。すると、視線の先にいた少年は驚いた様子で瞳を瞬かせた。その視線がどこか恨めしそうで、理由は分からないが、先ほども再三注意を受けた昨日の失態で何かやらかしていたのだろうか。
    「あー…はは、違ったみたいだね、ごめん。」
    「いや、すまない。責めるつもりはないんだ。」
     少年は申し訳なさそうに眉を垂れる。この短いやり取りの中だけでも、少年は素直な気持ちの良い性格をしているのだな、という印象を受けた。
    「その、隣に座っても構わないだろうか?」
     もちろん、と言って微笑んだ。少年はほっと胸をなで下ろすと椅子を引き腰かける。その瞬間、あっと声を上げた。
    「今日は戦装束じゃないんだ…」
    「ああ。こちらの方が都合が良いらしいからね。」
     別段隠す必要もないだろうと判断し、肯定を示す。例え妙な勘繰りを入れられたとしても、のらりくらり上手く躱すくらいのことは出来るだろう。しかし、少年はそれ以上深くは追及はせず、頷くだけだった。僕はぼんやりと、この踏み込みすぎない距離感が心地良いなと感じていた。
     しん、と静寂が訪れる。僕はこのまま時間をやり過ごすのも悪くはないと思っていたが、少年は心持ち手持無沙汰な様子だ。このまま放っておくのは少しばかり可哀想に思う。
    「ねぇ、君は読書が好きなの?」
    「うぇ?」
     少年の置いた鞄の隙間から分厚い書籍が覗いているのを見つけ、話題を振る。共通の教材ではないことから、ここの蔵書の一つであると想像ができた。少年はぽかんと口を開く。さすがに脈絡がなさ過ぎただろうか、と焦りを感じたが少年は頷き肯定を示した。
    「…そうだな。何かに没頭するのは楽しいし、新しい知識を身に着けるのは為になる。だから僕は好きだよ。」
    「あはは、そうなんだ。本当に好きなんだね。うーん、持て余した時間を潰すのに丁度いいかなと思うのだけれど、僕どうしても最後まで読み切れなくてね…」
     これは今、僕の手元の書籍に対しての感想だ。カモフラージュの為だけに選んだとあって、内容が全く頭に入ってこない。しかし、後にも先にも読書なんてする機会はないだろうに、何故こんなお悩み相談をしてしまったのか自分でも分からない。
    「清麿は普段どういった本を読むんだ?」
     そう尋ねれられ、僕は鳩が豆鉄砲を食ったように瞳を見開く。そして、考えるように顎に手を添えて俯いた。
    「あまり考えたことがなかったな…。普段は何となく目に付いた背表紙を抜き取って開く、みたいな感じかな?」
    「わかった、少し待っていてくれ」
     そう言って少年は席を立つ。真剣な悩みではないため、こう真っ直ぐな瞳を向けられてしまうといっそ罪悪感が沸いてくる。
    しばらくして戻って来た少年どさりと音をたてて、両手に抱えきれるだけの本を僕の目の前へと置く。困惑する僕を他所に、少年は快活な口ぶりで丁寧に解説を始める。
    「これは平成の時代には映像化もされている…らしい、長く親しまれてきた冒険譚だ。読みやすい文体と始めは頼りなかった主人公が仲間との交流の中で頼もしく成長していく様に引き込まれるぞ。それでこっちは多種多様な怪談を集めた短編集。…まあその、付喪神である僕が言うのもおかしな話だが、読んでいて思わずぞくりとしてしまうような実体験であったり、思わず涙が滲んでしまうような感動的なお話もあったりする。それで次に───」
     一冊一冊、丁寧な解説が続く。僕は一つ一つ、頷きと相槌を打ちながら耳を傾ける。
     夢中で全てを話し終えたところで、自身が熱中して話してしまったことに気が付いたのか、カッと顔が熱くなる。少年はそれを誤魔化そうとしているのか、咳ばらいをした。ちょっとした動作にあどけなさが滲むところに、また好感が持てる。
    「…んんっ。どれも私のお墨付きだ。色々な内容を選んでみたから、一つくらい清麿の興味が沸くものがあれば良いのだが。」
     ちらりと僕の反応を窺がうように視線を向ける。僕の反応が好感触だと踏んだのか、ほっと胸をなで下ろした。それから、再び僕の目を真っ直ぐと見つめた。
    「清麿、もし次会う時、気に入ったものがあれば僕に教えてほしい」
     なんて素敵な約束だろうか。けれど僕は頷くことは出来ない。けれど、拒絶を示すこともしたくはない。
    「ありがとう」
     だから僕は、ただ微笑むことしか出来なかったのだろう。僕は初めて自身の欠陥を疎ましく感じた。


     目が覚め度に僕はぼんやりとした頭で僕が源清麿であること、現在の任務のこと。それ以外の事はさっぱり分からない。
     真実は定かではないけれど、おそらく毎朝繰り返している行動の中で一つだけ小さな違和感があった。僕は何故か一冊の本を抱き抱えていた。それが大層大事だと言うようにしっかりと。それから、一連の流れには既視感がある。理由は分からないけれど。
     本の表紙、タイトル、背表紙と順に辿っていくとしっかりと貼り付けられたラベルを見つける。そこに印字された文字から施設内の備品であると分かった。少し思案した後、立ち上がると返却をするために部屋を出る。
    「もう必要のないものだけれどね」
     僕の一存だけで行動するのは良くないだろうと、返却へ向かうよりも先に、許可をもらいに政府職員の元へ向かう。しかし、そんな必要もなかったかもしれないと思ってしまうほどにあっさりと許可される。さらには、ついでに休息を取れば良いという事、元々よく出入りしていた場所だろうと告げられ啞然とする。それなりの時間を共に過ごした事で、僕に情が湧いているのかもしれない。やはり、記憶というものは人間を簡単に変えてしまうものなのだな、とひそかに感心してしまう。けれど、それならば断わる理由はないな、と素直に頷く。
     長い廊下をゆっくりと歩いていく。当然、そこには誰の姿もない。任務の一環として薄っすらと記憶に残る、モニター越しに眺めていたあのにぎやかな光景はどこにもない。彼らがいた華やかで暖かい空気はどこにも流れず、ただ広いだけの空間と化した校舎はどこか物悲しい。いや、そんな感傷に浸るほど、僕には思い入れなどないはずなのだが。時機にこの施設は取り壊される。もう不要となったのだから仕方のないことだ。僕は黙って歩みを進める。
     プロジェクトは無事に終了した。良い結果を残すことが出来たのだと、先ほどの職員は得意げに僕に語った。こんな重要な内容をこうも容易く僕に話して良いのだろうかとも思ったが、どうせ明日には全て忘れているのだ。相手にとってはこれ以上ないほどに都合に良い語り相手なのだろう。
     『より人間に近くなった付喪神は存在が保てなくなる』、そんなほとんど噂話のようなあやふやな情報がきっかけだった。馬鹿げた研究だ、と思う。僕達はどこまで行っても物だというのに。そうは思うが、審神者が各処に本丸を構えるようになり早数年、人の身を得てから時間が経過するにつれ、人間味を帯びる刀は確かに多く存在する。しかし、彼らはあくまでも戦場に身を置き、主に使役される『道具』という本質を見失ってはいない。それならば、戦場に立たない者は、主を持たない者はどうなるのだろう。それを立証するのが今回のプロジェクトだったのだ。
     果たしてその後の彼らがどうなったのかは分からない。各自に伝えられていた通り、望まれた本丸へと贈答されたのか、はたまた刀解処分という形をとられたのか、僕は知らない。せめて悔いのない最後だと良い、そんなことを思う僕は、彼らに特別な思い入れなどないはずなのにおこがましい限りだ。

     そうこうしているうちに目的の場所へとたどり着くと、ためらいなく重たい扉を開いた。ギィ、と軋む音がして、瞬間的に外界を隔てるように空気が変わる。ここは独特で、とても奇妙な空間だ。僕はラベルに書かれている番号を目安に、数多く立ち並ぶ本棚の中からこの本の返却場所を探していく。少し遠回りをして、ようやく少し背の低い本棚が立ち並ぶ区画へとたどり着く。番号を再確認し、この付近で間違いないと確信する。端から順に見ていくと、不思議と心当たりのある本がいくつか見受けられた。
    (よく出入りしていたと聞いたし、過去に読んだことがある作品なのかもしれない)
     そう結論付け、気に留めないことにした。どうせ考えたところで思い出せはしないのだ。なら、そんな無意味なことに時間を割きたくはなかった。
     ───きっと今までの僕はそういう思考で過ごしてきたのだと思う。しかし、今日の僕は少しおかしいらしい。僕は目に付いた一冊の本を手に取った。そのタイトルと表紙から冒険譚であることが窺えた。
    「ラストのシーンは本当に感動してしまったな…あれ、」
     はて、と首を傾げる。やはり僕はこの本を知っているようだ。はっきりと覚えているわけではないけれど、知っているという確信があった。本を閉じる瞬間、表紙の裏に付箋が貼り付けられていることに気が付く。好奇心のままに、それを読み上げる。
    「主人公の成長が魅力的な冒険譚。始めは意気地なしで自分勝手な性格だと思っていたけれど、それは人一倍優しい性格故なんだと判明した時には感動してしまった。…これは僕の字だ。」
     全く覚えはないけれど、これは確かに僕の書いた文字だと分かった。それから、その下に見覚えのない字があることにも気が付く。僕の覚書のような感想に対するお返事のようなメッセージだ。
     ───清麿のお気に召したようで何よりだ。こういった形でも感想を聞けて嬉しく思う。
     そのメッセージを目にした瞬間、視界が滲む。何故か、僕の瞳から涙がこぼれていた。訳が分からないまま、手の甲で拭う。意味が分からない。拭っても拭っても、溢れ出てくる。ようやく涙が止まった頃には、少し疲労感を感じるほどだった。気持ちを落ち着け、別の本を手に取る。そこには先ほどと同様に僕の感想と、誰かのメッセージが書かれた付箋があった。当然ではあるが、やはり全くそんなものを書いた覚えはない。それに、このメッセージを書いたのはいったい誰なのだろうか。僕は基本的に彼らとの接触を禁止されていたはずだし、監視のために潜入していた時だって、標的の彼はもう───。
     記憶にない相手を探すことは困難だ。ましてや、彼らの所在などもう分からないのだ。こんな事を考えるのは無駄だ、やめておけ。そう僕の冷静な部分が警鐘を鳴らすのに、どうしても下らない思考をやめられない。どうして、どうして。
    「どうして会いたい、と思ってしまうの…」
     一刻も早くここを立ち去りたい、いや、まだここにいたい。そんな感情がせめぎ合う中、ようやく目的の場所を見つけだし、ずっと手に抱えたままいた本を元あった場所へと返す。ほっと胸を撫で下ろすと同時に、本と本の間、他の硬質な背表紙が立ち並ぶ中、たった一つ質感が違う何かが挟まっているのに気が付いた。少し迷ったがそれを取り出す。何故だか、それを見ないと永遠に後悔すると感じたから。
    「これはノート…?」
     それは彼らが講義で使用していたものと同じ、古き良きというべきか、よくあるキャンパスノートだった。四つ角が少し削れているところから、新品ではないの事は明白だ。かといって、歴史を刻んだ書物のように黄ばんでいるわけでもない。表紙には何も書かれていない。しかし、何気なく裏がした背表紙に小さく僕の名前が書いてあるのを見つける。何故わざわざこんなものを、と思いながらノートを開いた。
    「僕は僕について、ここに記そうと思う…何故こんなものを残そうとしたんだろう。見つかったら事だろうに。」
     ふいに先ほどのメッセージが浮かんで、まさか、と自身の考えを否定するように首を横に振る。
     自身の欠陥について、今回の任務に着任するまでの経緯が記されていたが、それ以上の記載はない。もしかすると、日々あった出来事を追記していこうと思っていたのかもしれない。今まで自身の記憶に興味など無かったというのに、突然執着が生まれたとでもいうのだろうか。
    「………っ」
     この文字には見覚えがある。先ほどまで沢山目にしてきた。じわりと滲む視界のまま、僕は残された文字を読む。一文字たりとも見逃さないように。
     源清麿と僕は親友と呼び合う仲らしい。それは、僕達の持つ物語に引き寄せられたものというよりも、天保江戸での先行調査員を担った僕達における関係のようだ。実際に目にしたことはないけれど、きっと互いに支え合えるような良い関係を築けているのだろう。しかし、僕達はその立場では出会えなかった。僕はそれを悔しいとは思わない。君に僕が惹かれたように、いつかどこかの僕も源清麿に惹かれていったのだろう。それを少しでも感じられたこと、少しでも君を思えたことは確かに僕にとっての幸福だった。君と出会えて僕は───僕達は親友ではないけれど、ずっと君の幸福を祈っている。
    「なら、せめて、君の名前を教えてほしかったなぁ…っ」
     僕は膝から崩れ落ちる。最早、涙を拭うことすら無意味だ。わからならい、君が誰なのか。わからない、僕の何がそれほどまでに君を惹きつけたのか。わからない、何故僕がこんなにも君に会いたいと願っているのか。わからないけれど、ただ悲しいという気持ちでいっぱいだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works