綿毛の君と傘帽子の君⑤第5章
頭がふらふらするけど、気分が悪いわけではない。
寧ろ、気分が高揚して、楽しくて仕方がない!
「なぁビクター、次はどの屋台にしようか。
飴屋と蕎麦屋、的屋は行ったから…
次は鋳掛け屋に行ってもいいかな?
母さんへの土産に鍋を持って帰りたいんだ!
母さん、きっとよろ……」
そこまで言いかけて、家で待ってくれている母のことを、僕は思い出してしまった。
頭から水をひっかぶせられた心地だった。
「ビクター、ウィック…ぼく、もう帰らなくちゃ。
これ以上、母さんに心配はかけられないから」
『もう少し、あともう少し、残ってはくれませんか?』
眉間に皺を寄せ、困ったような顔をしたビクターと、ビクターと同じように眉間に皺を寄せるウィックを交互に見やる。
母さんのことが無ければ、とても魅力的なお誘いだったが、ここは断らなくてはいけないことが理解できた。
「いや、もう無理だ。
もう充分、待たせてしまってるんだ。
悪いが今日は帰らせてほしい」
『それでも、あともう少しだけ』
こんなにも引き止めてもらえるということは、ビクターとウィックも、ぼくのことを悪くは思っていないのだろう。
嬉しい。
「やけに食い下がるな。
何かぼくを帰らせたくない理由でもあるのか?」
本気半分、冗談半分の質問だった。
然し、ビクターの硬い表情を見て、冗談ではなのだと、馬鹿なぼくでもわかってしまう。
「…ぼくを帰らせたくない理由があるんだな。
その理由を、ぼくに話してくれ」
ぼくは頭が良くないが、ぼくにとって悪いことがあるのは、直感で理解していた。
ビクターは、視線を右へ左へ彷徨わせ言葉にすることを躊躇っているように見えたが、ぼくも、ここで聞かない訳にはいかない。
「教えてくれ。
お願いだビクター」
ビクターから聞いた内容を纏めると、以下の通りだった。
僕たちの家で火事があった。
家は燃えてしまって、煤けた柱が数本残っているのみの状態である。
僕がそれを見たらと思うと、なかなか言い出せなかったと、ビクターは話した。
ぼくは、ビクターの言ったことを、其のまま信じることはできなかった。
だけど、ビクターを信じたい気持ちも、確かに僕の中にあった。
出会って 数時間の仲だが、彼のことを信じたいというのも、限りなく僕の本心だ。
「1度、家に帰りたい」
ぼくには、この一言を絞り出すのが精一杯だった。
ビクターとウィックと僕。
2人と1匹の足取りは重かった。
1歩進む事に、重りが足されていく様な感覚さえした。
そんな僕を支えるように、右側にビクター、左側にウィックが寄り添って歩いてくれる。
両脇に感じる2人の温かさのおかげで、僕は足を止めることなく、目的の場所へ向かうことができた。
そしてぼくは、ビクターが教えてくれた通りの有様の、ぼくが帰るべきだった場所を見た。
「ーーっ!!!!!」
ぼくは何も分からなくなった。
声にもならない叫び声をあげて、ぼくは意識を手放していた。