食欲()の秋「ちーっす、万事屋銀ちゃんでーすッ!」
スパンと音を立て、部屋の障子を勢いよく開け放つと、土方がゆるゆると訝しげに顔を上げた。一瞬、目を見張るが、すぐに不機嫌そうに眉根に大きく皺を寄せ睨みつけてくる。下瞼には黒々とした隈が浮かんでおり、こりゃ隊士らの泣きが入るわけだ、と銀時は納得する。
「何しに来た」
不機嫌を隠そうともしない土方からのつっけんどんな問いに、銀時はへらっと笑うと軽い調子で答えた。
「いやー、三徹で『鬼』通り越してもう『閻魔』に変容しちゃってる副長様を、お願いですからどうか休ませてくださいー、って。お宅のジミー君から。泣きの依頼が入ってよ。忙しい中、来てやったんですけどぉ」
「チッ、山崎のやつ……」
土方は大きく舌打ちすると、文机に顔を戻した。机上には積み重ねられた書類の束と、吸い殻でぱんぱんになった灰皿。
今にもこぼれ落ちそうだ、っつーか、もう落ちてんじゃねえかっ!危ねーなぁ。
銀時は部屋主が何も言わないのを了承と捉え、部屋の中へ入り込んだ。少し距離をとり畳にゴロンと横になる。土方の方へ腕枕をしながら鼻をほじり、頼まれていた伝言を伝えた。
「ゴリラがいい加減、寝てくれって泣いてたけど?」
「近藤さんはゴリラじゃねェ。あんたが上への書類ちゃんと書いてくれさえすれば、幾らでも寝てやるよ――とでも返しといてくれ」
近藤に心頭している土方だ。ゴリラが言えば聞くだろうにと思っていたが。容赦ない上司への辛辣な言葉に、近藤が自分に伝言を頼んできた訳を理解する。
振り返りもせず苦々しげに机へと向かう土方に、ああこりゃダメだと匙を投げたくなる。こうなってしまっては、誰が何を言ってもダメだろう。まー、だから第三者である万事屋に依頼が来たのだろうが。無理じゃね?
変に意固地になっているのか、眠気で頭が働かないのか、全く聞く耳を傾けようとせず座卓に向かう土方を銀時は諦め半分で眺めた。
依頼料は前金で受け取り済みで、すでに滞納していた二ヶ月分の家賃に消えてしまっている。今更断ることはできない。
どうすっかなー。銀時が何となく思いを巡らしながら胸元を掻いていると、ふと目の端にスーパーの袋が映る。銀時は、何か思いついたようにはっと目を開くと、にやりと笑った。
「なあなあ、土方君」
「あ”あ”?」
「こっち、見てみろよ」
「あん?」
「どおよ? きょ・にゅ・う♡」
銀時は不自然に膨らんだ胸元を、強調するように両手で持ち上げウインクする。
ここへ来る前に、『客からたくさんもらったから、持っていきな』とお登勢のババアから立派な梨が入ったスーパーの袋を渡された。2階へ戻るのも面倒で、そのまま屯所へ持って来たのだ。
眠気も飛んだ様相で、土方は口をあんぐりと開けたまま動けないでいる。だが、みるみるうちに顔が茹蛸のように赤くなっていった。見開いていた瞼が徐々に閉じ、鋭くなるのと同時に眉間に深い皺が刻まれる。顳顬には太い血管が浮かび、ピクピクと動いていた。
「てんめェ……、一体、何の真似だ……」
「だから、巨乳」
「……」
「あれ、っかしーな。受けると思ったのによ、ダメ?」
いつだったか、飲み屋のおっさんらにリンゴで披露したことがあった。それはそれは大受けで大爆笑だったのだが、どうやら土方には逆効果だったらしい。下ネタ苦手そうだもんな、コイツ…。
やっぱ酒が入ってねェとキチいか。銀時は、いそいそと胸元から梨を取り出した。自分でやっておいてなんだが、受けないとなると余計に恥ずかしい。顔が熱くなってきたのを誤魔化すように、へらっと愛想笑いをしながら、梨を土方へと差し出す。
「な、なあ、とりあえずコレ剥いてやっから、休憩しねぇ?」
とりあえず、それで依頼は終了ってことで勘弁してもらいたい。ジミーら下っ端隊員からは苦情が出そうだが、これ以上はお手上げだ。何にも浮かばない。
土方はしばらくゴミでも見るように蔑んだ目で見ていたが、大きく息を吐きながら畳につくほど頭を垂れた。
「な、何だよっ」
「――もういい、判った」
「えっ、判ったって何が……」
何もできずに追い出されては、依頼料を返さねばならない。それはマジで勘弁して欲しい。
「な、梨が嫌なら、えーっと…ああ、お茶でもお入れしましょうか?ジミー君がとっておきの羊羮があるって言ってたしよっ」
ほら、マヨも絞ってやるからさー、と銀時がわたわたと焦るのを無視して、土方は銀時の隣にゴロンと寝転んだ。
「アレ?土方くーん」
「あれで受けると思うなんて。テメーの頭の軽さはいっそ羨ましいわ」
「え、それって、絶対褒めてないよね」
「30分だけ寝る」
「えっ、あ、そお?!じゃあ梨、剥いといてやるよ♪」
良かったー、依頼は無事に終えられそうだ。金を返さずに済むなら、梨でもお茶でも何だって用意してやらァ。銀時の声が自然に浮き立つ。
「ああ。でも――」
土方は眠そうな目を薄く開くと、顔のすぐ横にある銀時のむっちりとした尻に手が伸びる。撫でながらぼそりと言った。
「それだったら餅が喰いてェ……」
銀時の尻に手を当てたまま、すやっと眠りにつく土方に、銀時は固まったまま動けない。
えっ、それって……どーいうこと?
土方からの突然の要望に、しばらくの間、銀時の頭の中では『???』が飛び回っていた。
end