暁月夜「藍湛、夜明け前の月だ。綺麗だな」
さっきまで腕の中で散々乱れていたのに、窓辺に立つ魏無羨は月の光を浴びて淡く輝きを放っていた。
かるく上着を羽織っただけのその姿は、気だるさと色香を漂わせ、簡単に藍忘機の理性を狂わせる。
ほかの誰も見たことのない魏無羨を藍忘機は無言で見つめていた。
「藍湛?」
黙って見つめてくる藍忘機に魏無羨は手を伸ばす。
手はすぐに藍忘機に掴まり指先に口づけられた。
「君の方が綺麗だ」
静室にくすっと笑い声が響く。
「いつから、含光君はそんな世辞が言えるようになったんだ?」
本気の言葉をそのままの意味で受け入れてもらえず、藍忘機は首を振った。
「魏嬰、世辞ではない」
「藍湛の方が綺麗だよ」
それこそ世辞ではないかと藍忘機は更に首を振る。
幼いころから誰も彼もが藍忘機の外見を称賛する。
そんな外見だけの綺麗さなどいらない。
同じ位の小さい子供に会えば、言葉少なく表情の乏しい藍忘機はいつの間にか仲間の輪から弾かれていた。
子供は残酷だ。
外見だけで騙されてはくれない。
ぽっかりと空いた底無しの空洞は藍忘機の心の中にずっと存在する。
それを気づかれないように、誰にも見せないように藍忘機は過ごしてきた。
誰かこの空洞を埋めるほど愛して。
私を必要だと言って。
……そして、私から離れていかないで。
「お前は本当に綺麗だよ。だから、わかるだろ。俺の空洞が……」
月光を背中に浴びて魏無羨が鮮やかに笑う。
藍忘機が隠す空洞が自分にもあるとさらけ出して、あっけらかんと。
「誰でも持ってるんだよ、そんなもの」
だから、人恋しいのだ。
だから、求めるのだ。
「俺の空洞は藍湛が埋めて。お前の空洞は俺が埋める」
くすくすくす。
軽やかな声はそんな空洞など何でもないのだと笑い飛ばす。
誰もが持っているもので、特別藍忘機だけが持っているのではないのだと。
「魏嬰」
細い腰にしがみつけば、当然のように髪に指が絡み、撫でられる。
「ほら、みろよ、暁月夜」
魏無羨の人差し指の先には、うっすらと明けていく空から逃げるような橙色の月。
まるで心の空洞に蓋をするような丸い月。
「これからも沢山、この月を一緒に見よう」
「うん」
腕を引き、顔を寄せて、口づける。
2人を月だけが照らしていた。