稀月「なんか、凄くないか?俺の誕生日が満月で、それも今月2回目の満月だなんて」
魏無羨が露縁に立ち、手を拡げてうーんと背伸びをする。
山奥の冷え冴えた空気の中に煌々と照る満月。
竹林の中にある静室は、雲深不知処の中でも隔離された場所にあり、夜になると人の気配は魏無羨と室の主である藍忘機のものしかない。
「稀にそんな月もあるらしい」
露縁に出した卓の上で、自分の杯には熱い茶を、魏無羨の杯には酒を注ぎながら藍忘機は答えた。
「稀ってどのくらい?」
「3年弱に1度だったと、記憶している」
藍忘機の持つ杯から細く白い湯気が上がり茶の香りが辺りに広がる。
「へえ~、その3年に1度に俺の誕生日が当たったのか!おまけにこんなに天気も良くてお月見日和。これは俺の日頃の行いがいいからだな!」
「………………」
「……黙るなよ、藍湛」
卓の上の自分の杯に手を伸ばした魏無羨は行儀悪く立ったまま杯を煽る。
「でも、今日は楽しかったなぁ~。みんなからはお祝いを言ってもらえるし、贈り物も貰えるし。あ、そうだ、そうだ」
何かを思い出した魏無羨が杯を卓の上に置き、1度静室の中に戻ると手に紙を持って戻ってくる。
「見て見て、藍湛!手紙をもらったんだ!」
魏無羨は卓の前に座ると手紙を藍忘機に見せた。
卓の上に拡げた紙には書き主が何人もいるのか筆跡の違う文字がズラリと連判状のように並んでいる。
『お誕生日、おめでとうございます』
『お身体大事に過ごしてください』
『いつも本当にありがとうございます』
『これからもご指導よろしくおねがい致します』
短い文の下には書いた者の名前が記されている。
『魏先輩の1年が素晴らしいものでありますように。藍思追』
それに目を止めた魏無羨がふっと笑う。
「思追らしいな」
「ああ」
同じ所を見ていた藍忘機が魏無羨の言葉に頷く。
『来年の魏先輩のお誕生日までに先輩を1度はギャフンと言わせます!匿名希望』
「ぶっ!匿名って明らかに景儀だろ、これ!!」
「……この字は景儀だな」
端正な藍思追の横に大胆な筆使いの豪快な文字。こんな文と文字を書くのは藍景儀しかいない。
「あいつ、俺を笑わせる天才だな!」
はははと軽やかに笑う魏無羨に藍忘機も微笑む。
「品物も嬉しいけど、こんな言葉の贈り物も嬉しいな」
手紙を見終わった魏無羨は大事そうにそれを折り畳んだ。
「宝物がまた1つできた」
「ん」
藍忘機は天子笑の甕からまた新たな酒を魏無羨の杯に注ぐ。
「魏嬰」
「ん~?」
「誕生日、おめでとう」
「確か日付が変わると同時に言われたよ、お前に」
藍忘機から1番におめでとうと言われた事を思い出した魏無羨は何でまた?と首を傾げた。
「1回しか言えないものではないだろう?今宵の満月も今月2度目。なら君にもう1度おめでとうを告げても良いはず」
「ただ単にお前が言いたいだけじゃないの?」
杯に注がれた酒を再び呑んだ魏無羨は、自分の杯を卓の上に置く。
藍忘機の方に近寄り魏無羨は藍忘機の広い胸に背を預けるように綺麗に組まれた胡座の上に座った。
「魏嬰?」
魏無羨は、突然の行動に惑う藍忘機の手から茶が入った杯を取り上げると卓の上に置く。
「藍湛、寒くなってきた。暖めて」
甘えるような魏無羨の声に藍忘機は両手を前に回して魏無羨を抱き締めた。
「藍湛、暖かいな~。お前は俺を幸せにする天才だな」
「君こそ。私を幸せにする天才だ」
「おっ、それなら俺たちは最強だな」
藍忘機の腕の中で魏無羨はぬくぬくとしながらふ~っと息を吐いた。
夜空の満月に白息が雲の様にかかる。
「次は藍湛の誕生日だな」
「かなり先だが?」
「祝ってもらうのも嬉しいけど、祝うのも楽しいんだ」
ふっふっふと何かを企むような笑いが抱き締めた腕の中から聞こえて、藍忘機は道侶の後ろ頭に頬を寄せた。
「お手柔らかに頼む」
「任せとけ~」
魏無羨は軽やかに藍忘機に返した。