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    ちょりりん万箱

    陳情令、魔道祖師にはまりまくって、二次創作してます。文字書きです。最近、オリジナルにも興味を持ち始めました🎵
    何でも書いて何でも読む雑食💨
    文明の利器を使いこなせず、誤字脱字が得意な行き当たりばったりですが、お付き合いよろしくお願いします😆

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    ちょりりん万箱

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    魔道祖師オンライン交流戦7の展示作品です。

    ある村の桜祭りに訪れた藍忘機と魏無羨。
    そこは昔、藍忘機が訪れ困り事を解決した村でもあった。だが、桜祭りの目玉である村に伝わる話を元にした劇にはある噂があった……

    というお話です😄

    楽しんでいただけますように!

    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation
    #忘羨
    WangXian

    桜舞う昔、ある若者がいました。
    彼は働き者で心根が優しくまた誰からも愛される男でした。
    ある春の日、山に入った若者は咲き始めた枝が一本、地面に落ちてるところを見つけました。
    昨夜、強い風が吹き咲いたばかりの桜の枝を落としたのかもしれません。
    若者はその枝が勿体なく思え、家の花瓶に差すことにしました。
    木の枝が桜の花を咲かせるには花瓶では心許ないだろうが、枯れてしまうよりはいいだろう。
    そんな軽い気持ちでした。
    しかし、意外にも桜の枝は枯れることなく、一つ、また一つと桜の花を咲かせていきました。
    若者も、頑張って花を咲かせる枝に心が癒され、毎日話しかける日々でした。
    花冷えの寒い夜、とんとんとんと扉をたたく音がしたので、若者は扉を開けました。
    そこには見目麗しい娘が立っており、若者に手に持っていた手拭いを差し出したのです。
    先日、若者が町に出た際に無くした手拭いをわざわざ届けにきたらしく、若者はたいそう感謝してその日から娘との交流が始まりました。
    村でも二人の姿をよく見かけるようになると、お似合いの二人だと誰もが口々に言います。
    だが、ただ一人、若者を昔から好いていた村長の娘は、どこの誰ともかわからない娘に若者を取られたと腹を立ててしまいました。
    おまけにその娘はどこの誰であるのか、だれも知らないのです。
    正体を確かめるべく、娘の後をつけた村長の娘は我が目を疑いました。
    娘は人気のない山に入ると一本の山桜の前に立ち姿を木に変えたのです。娘は山桜の妖で、人ではなかったのでした。
    その事を村に帰った村長の娘は周りに話しました。若者が妖に騙されている、あの娘は危険だと。
    若者はその話に驚きはしたものの、家に飾っていた桜の枝を持ち、それでも構わないと告げました。
    村長の娘はそれを聞くやいやな怒り、若者の腕から枝を奪い取り火を着け燃やしてしまい、その日を境に娘は若者の前に現れることはなくなりました。
    ある夜、また扉を叩く音がし、若者は転がりながら扉をあけました。
    そこにはみすぼらしい老人が一人立っていました。
    老人は静かに若者に問います。
    娘が桜の妖でも愛しているか、と。
    若者は即座に答えました。
    妖でも構わない、私には愛しい人だ、と。
    若者の答えを聞いた老人は満足げに頷くとぱんぱんと手を叩きました。
    どこからか桜の花弁が舞い落ち、やがてそれは若者の愛した娘へと変わったのです。
    老人は山神で、桜の妖の娘の想いをどうにかして叶えてやりたいとやって来たのでした。
    山神の力で娘は人となり、その後は若者と結ばれて幸せに暮らしました。




    「うん、どこにでもある話だ」
    魏無羨は聞き終わるとすぐに感想を言う。
    「魏嬰」
    やんわりと隣にいた藍忘機はそれを咎めた。
    「ああ、いえいえ、お気遣いなく。確かに何処にでもありそうな話です」
    苦笑しながらも二人に答えた初老の長は茶と菓子を出しながらふぅとため息をつく。







    春の陽射しが暖かいこの日。
    桜を見にいこうという魏無羨の提案で藍忘機と二人遠出をしてきた。
    各地に桜の名所はたくさんあるが、そんなに有名な所でなくてもいい。
    それならばと藍忘機が魏無羨を連れて来てくれた場所は、八重桜が見事なある小さな村だった。
    以前、放浪していた藍忘機が怪異を鎮めたことがある村で、いつか魏無羨とこの八重桜をみたいと藍忘機が願った場所だ。
    小さいその村は八重桜の祭りが始まりいつもよりは賑わっている。
    久しぶりに訪ねてきた藍忘機に村の長である蘇は大喜びし、隣にいた魏無羨も歓迎してくれた。
    初めて会った魏無羨は好奇心いっぱいで気さくで話しやすい。藍忘機とは真逆の性格だ。だが、魏無羨が隣にいる藍忘機の空気が心なしか柔らかい。
    そうか、この人物が、と蘇村長は納得した。
    この村に初めてきた時の藍忘機は、尊称に相応しい佇まいと実力の持ち主ではあったが、どこか翳りが見え疲れているように見えた。
    人を探している、そう告げる含光君の姿は寂しそうだった。
    だが、今、目の前にいる藍忘機にはそんな翳りは見えず、表情は変わらないまでも隣にいる魏無羨と蘇村長の話をじっと落ち着いて聞いている。
    いつかここの桜を見せてあげたいと語った相手を連れて来てくれた事に、蘇村長はよかったと心から思った。
    「なかなかこちらに来れず申し訳ありません」
    頭を下げた藍忘機に蘇村長はいやいやと手を振る。
    「含光君は仙督になられたお方。お忙しい中、わざわざお越しくださっただけでもありがたいことです」
    仙督になった藍忘機の噂はこの村にも届いている。
    当時、何事かあればすぐに駆けつける含光君を皆は尊敬と羨望で見ていた。
    ただ、仙門だけは領地や各仙門同士の取り決めを無視した藍忘機の行いに腹を立て、いやがらせや嫌みを言った。
    困っている者たちにしてみれば、解決してくれるのならば誰だって構わないが、仙門はそうはいかないらしいのだ。
    藍氏の越権、藍忘機の横暴。
    悪名高い夷陵老祖を庇った藍忘機に対しての非難も込めて、仙門は口々に藍忘機を責めた。しかも表立っては言えないので、陰でこっそりと。
    それが、今や仙督になるまでに人々の信頼を得ている。
    藍忘機の信念は当時と変わらず、やっとその思いが人々に伝わったのだと、蘇村長は我が事のように嬉しい。
    「今年もされるのですか?」
    出された茶杯を持ち上げた藍忘機が蘇村長に尋ねた。過去に一度だけ見た見世物に藍忘機は触れる。
    「今年は厳しいかもしれないんです……」
    その視線を受けた蘇村長は、はぁと苦笑する。
    「何、何? 何をするの?」
    興味津々で聞いてきた魏無羨に藍忘機が答えた。
    「この村に伝わる話があり、それを村の人々が劇にして桜祭りの最後の日の見世物としている」
    「へぇ」
    藍忘機の話の先を蘇村長が引き受ける。
    「なにぶん、山奥の小さな村です。大きな街道が通っているので人通りは少なくはありません。だが、名物というものがないので人々は素通りか宿を使う程度で。桜が綺麗なだけですが、それを利用して桜祭りを開催しております。ただ、同じように桜祭りを開催している村や街は多くて……」
    「あ~、違いを出す為に劇を始めたんだな!」
    察しの良い魏無羨に、蘇村長はにっこりと笑う。
    「しかし、ここで問題が……」
    「問題?」
    その土地に伝えられた話を劇にしたり、物語にしたりすることはたいして珍しいことではない。
    問題、になるようなことがあるのか? と魏無羨は首を捻る。
    「うちに伝わる話はどこでもある話なのですが、劇中に意地悪をする村長の娘がおりまして。その役を誰もしたがらないのです」
    「それまたどうして?」
    出された茶菓子を摘まんだ魏無羨が話を促した。
    「劇を始めた十年前は、皆が盛り上げようと必死でした。だが、五年前からある噂が出始めまして……」
    「噂?」
    「意地悪な娘の役をした者には不幸が訪れると……」
    魏無羨と藍忘機は顔を見合わせた。
    「そんなバカな……」
    「始めは皆、そう思っておりました。ですが、役をやった娘たちは、大なり小なり不幸に見舞われておりました」
    ある娘は病気にかかり一年間闘病した。
    ある娘は火事になり家が無くなった。
    ある娘は婚約者に裏切られ結婚は破談になった。
    ある娘は……
    と、次から次へと蘇村長が語る内容に、魏無羨と藍忘機の顔が曇る。半ばこじつけのように感じるが、一連の流れで聞けば何か有るように思えなくもない。
    「ですから、毎年、その役がなかなか決まらず困っております」
    「でも、それでも毎年してきたんだよね?」
    「そんなはずはない、単なる偶然だと言いながらやっておりましたが…」
    蘇村長は溜め息と共に苦渋を吐き出した。
    「噂が一度立てば今まで気にならなかったものが気になりだします。人とはそんなものです」
    つまり、村にとって不穏な噂だがそれが野次馬を呼び祭りを盛り上げてる矛盾に頭を悩ませている、らしい。
    「ま、人ってそんなものだ」
    あることないこと噂というものは独り歩きする。その経験がある魏無羨は腕を組んで深く何度も頷いた。
    「単なる偶然でも、重なれば疑いたくなる。そこの所をはっきりさせたほうがいいかもなぁ」
    「しかし、はっきりさせようにも我々には方法もわかりません。現に誰もがこの役をしたがらない。手の打ちようがなく、今年の劇は諦めようかと………」
    蘇村長の言葉に、うーんと魏無羨は腕を組んで考え込む。
    その様子をじっと見ていた藍忘機には嫌な予感があった。
    好奇心旺盛で困っている人を見れば、何かと首を突っ込みたがる魏無羨の悪い癖。それが動きだす前に……
    「魏……」
    「わかった! その役、俺が引き受けよう!」
    「ええっ!?」
    突然、言い出した魏無羨に蘇村長は驚き、藍忘機はこめかみに手を当てた。
    「お待ち下さい! 貴方様は男性ですし……」
    「でも、女性をこれ以上危険な目には合わせられないよね?」
    「それに劇までそんなに時間も……」
    「大丈夫、大丈夫! 俺、記憶力はいい方だから」
    ちらっと藍忘機にいたずらな視線を向けた魏無羨はにっと笑う。
    魏無羨の記憶力の良さは、何千もある藍氏家規で証明されていた。
    「どう?」
    「どう? と申されましても……」
    これは困った、と蘇村長は慌てる。
    劇は行いたいが、皆を危険な目には合わせたくない。だが、役をやってくれる者がいなければ目玉の劇は行えない。
    相反する思いに挟まれた蘇村長は、段々魏無羨の提案が渡りに船に思えてきた。
    「……本当によろしいので?」
    「うん! 任せて!!」
    遂に折れた蘇村長に、魏無羨は満面の笑みを向けた。
    「劇は一週間行われる祭りの最後の日です。他の者は何度も役をやっておりますので、貴方様さえ役に慣れてくだされば劇はできます。早速で申し訳ないのですが、これから稽古に出ていただけますか?」
    「わかった」
    「それでは、劇を行う者たちを集めに参ります。しばし、こちらでお待ちください」
    足早に部屋を出ていった蘇村長を見送った魏無羨が、つんと藍忘機の服の袖を引っ張った。
    「怒ってる? 藍湛」
    首を傾げて見上げる魏無羨に、藍忘機は肯定のため息をついた。
    「怒るとわかっていても、君は引き受けた」
    「だぁって、困っているだろう?」
    「気持ちはわかるが……」
    「それに、藍湛の事、大事に思ってくれてるみたいだしさ」
    話をしている間も優しそうにこちらを見つめてくる蘇村長の態度やかけてくれる言葉から、藍忘機を心配し慈しんでいる事がわかった。
    そんな相手の困り事。
    助ける事ができるなら助けたい。
    「だが………」
    渋る藍忘機に、魏無羨は微笑む。
    「祭りが終わるまで俺はここに泊まる。いいよな?」
    「………悪いと言えば君は帰るか?」
    「心がせまいぞ、含光君」
    言い出したら聴かない道侶はもう劇のことに思考が向かっているらしく、今にも動きだしそうだ。目を閉じた藍忘機は思念珠を作り出すと雲深不知処へ向けて飛ばした。
    「わかった。ならば、私も君と一緒にいる」
    「ええっ!?」





    「おや?」
    フヨフヨと飛んでくるはずの思念珠が高速で近寄ってくる。それも藍曦臣の周りをぐるぐる回り早く受けとれとばかりの動きだ。
    「何をそんなに急いでいるのやら…」
    藍曦臣の差し出した手の平に思念珠はさっさと乗ると藍曦臣に内容を伝えてくる。
    目を閉じ、思念を読み取っていた藍曦臣の口元が、笑みの形を作った。

    『桜が綺麗なので一週間、雲深不知処を留守にします。後はよろしくお願いいたします』

    「なるほど………」
    楽しそうに出かけていった弟夫夫は、行った先で何かしらの騒動に巻き込まれたらしい。
    大方、道侶である魏無羨が首を突っ込んだのだろうが、これを知ればまた叔父の胃がキリキリと痛みだすだろう。
    「桜とはまた風流な騒動だね」
    こちらは心配はいらないとの旨をしたためた思念珠を作り出すと、藍曦臣は空へと放つ。
    「ここに思追と景儀を呼んでくれ」
    「かしこまりました、沢蕪君」
    藍曦臣が声をかけると部屋の外に控えていた弟子が応えた。
    「さて、どうなるのかな?」







    魏無羨は昼は劇の稽古に勤しみ、夜は蘇村長の家の離れの部屋へと戻る。
    素人集まりの劇だと思っていたが、なかなか本格的で、しごかれた魏無羨は疲れた身体を引きずるようにして、離れの扉を開けた。
    「ただい…ま……」
    戻ってきた魏無羨を迎えたのは、道侶とここにはいるはずのない弟子二人だ。
    「お帰りなさいませ、魏先輩」
    ぺこりと礼をする藍思追と藍景儀に魏無羨が駆け足で近寄った。
    「えっ、どうしたんだ!? 何でここにいるんだ!?」
    喜んでニ人に声をかけると、にこにこと微笑みが返ってくる。
    「沢蕪君からこちらで何が手伝うことがあればと、遣わされました」
    「早い話が、お目付け役です!」
    藍曦臣の気遣いにありがたいと思いながらも、藍景儀の言った"お目付け役"に魏無羨は苦笑いを溢す。
    「今、ニ人に説明をしていたところだ」
    卓の前に座る藍忘機の前に今朝までは無かった書簡がズラリと並ぶ。どうやらお目付け役ついでに、優秀な二人は急を要する公務もこちらに運んで来たらしい。
    「なるほど」
    卓の前に座った魏無羨に藍思追が茶を入れて差し出した。
    「劇にお出になるそうですね、魏先輩」
    控えて座った藍景儀が、新しい書簡を藍忘機に差し出しながら興味津々で尋ねてくる。
    「ん~、村長の娘役」
    「えっ!?」
    「劇の中で意地悪な役らしくて、なり手がいないんだってさ」
    ズズッと茶をすする魏無羨に、劇に出ることは藍忘機に聞いていたが、よもや娘の役とは思って無かった二人は口が開いたままだ。
    大まかに劇の内容を話して聞かせた魏無羨は、卓の上に行儀悪く頬杖をつく。
    「でもな~、役をやってるとさ、本当に意地悪だったのかな~なんて思えてさ」
    そう言う魏無羨に藍忘機は視線を向けた。話を聞きたいらしい。
    「いや、恋をすれば誰だって好きな人には振り向いて欲しいし、大事な人が傷つくのは見たくないだろう?」
    「まあ、当然といえば当然ですね」
    うん、と藍景儀が相づちを打つ。
    「まして、村長の娘となれば、村を守る父親の姿を見てきてる。妖に対して警戒するのは当たり前だし、それに好きな人が絡めば尚更だ。まぁ枝を燃やしちゃったのは行き過ぎだったかもしれないけど、なんか責められないんだよなぁ…」
    「責められない……」
    何かに引っ掛かったのか藍忘機が同じ言葉を繰り返して言う。
    「あ、いや、劇はちゃんとするよ? 俺が憎まれ役にならないと劇は成り立たないからね!」
    それが物語の本筋だ。
    魏無羨の気持ちはどうであれ、変えることはできない。
    かたと筆を置いた藍忘機は手早く書簡をまとめた。
    「魏先輩の言うことも一理ありますねぇ。ですけど、物語は勧善懲悪がはっきりしないと面白くないですし……」
    魏無羨の話に同意する藍景儀を横に、終わった書簡を藍忘機から受け取った藍思追も頷いた。
    「取り敢えず、劇を成功させないと意味がないからがんばるけどさ~、結構本格的なのよ、これが」
    頬杖から直接卓に顎を乗せた魏無羨がぼやく。
    「へぇ~! 魏先輩でもぼやくんですねぇ」
    藍景儀のからかいを魏無羨はじろりと睨んだ。
    「あのなぁ、いくら才能に恵まれた俺でも初めての事には戸惑うわけだ」
    「常に自信満々の魏先輩でも手を焼くことがあるんですね~」
    「そりゃたくさんある。一番は景儀だな」
    「は? 俺?」
    「いつまでたっても手のかかる弟子だよ」
    「ちっ、違いますよ! 魏先輩の要求が高すぎるんです!」
    「おいおい、未来の藍氏双璧がそんな気弱じゃ困るなぁ」
    ぐぬっ、と旗色が悪くなった藍景儀は言葉を詰まらせ藍思追へと助けを求めた。
    「魏先輩。お腹がお空きではありませんか? 夕餉にしましょう」
    「……しょうがない。思追に免じて今日は許してやろう」
    魏無羨の宣言に藍景儀はホッとして藍思追と共に立ち上がると夕食を取りに母屋へと向かった。
    「含光君はさっきから黙ったままだけど、何か意見があるのか?」
    二人が消えてから、魏無羨は卓の上に手をついて藍忘機の前へと顔を寄せた。
    「……君の話も一理あると思っていた」
    「俺の?」
    こくりと藍忘機は軽く頷く。
    「視点が替われば、違うものが見えてくるということだ。村長の娘も幸せになる権利はある」
    魏無羨は頬杖をついて端正な夫の顔を眺める。
    出会った頃は家規一筋の藍忘機だったが、様々な経験と時間が藍忘機の視野を広くした。
    真面目であるのは変わらないが、人の心の機微を考えるようになったのは目まぐるしい進化だ。
    「……お前、いい男だよなぁ、藍湛」
    からかうでもなく真面目な魏無羨の言葉に、藍忘機はゆっくりと瞬きをした。
    「長の娘もお前みたいな奴に恋をすれば報われたかもしれないのになぁ」
    「人の心とは難しい。報われないとわかりつつも恋しい気持ちは捨てられない」
    静かに語る藍忘機に今度は魏無羨が瞬きする。
    「? 何か変な事でも言ったか?」
    魏無羨の反応に藍忘機は戸惑った。
    「あ…いや、何か、経験者は語る、みたいな感じだったからさ」
    「経験者、ではある」
    「ええっ!!」
    再び卓の上に両手をついて身を起こした魏無羨は藍忘機に顔を近づけた。
    「藍湛、そんな相手がいたのか!?」
    魏無羨の反応に、藍忘機はスッと目を細め、長い人差し指で魏無羨を指した。
    「君」
    「へ?」
    「自分と真逆だとわかっていても、君を想わずにはいられなかった」
    藍忘機の人差し指が、魏無羨の顔の輪郭をなぞる。その意図がわからないほど、魏無羨は初心ではないし、それなりのことを藍忘機としてきた。が、時と場所による。
    「ま、待て待て。思追と景儀が戻ってくる!」
    慌てて身を引こうとした魏無羨の後ろ首を引き寄せ、藍忘機は口付けた。
    「んっ…」
    抗議の為にあげた言葉も、藍忘機の唇に飲み込まれ吐息に変わる。
    魏無羨の内心の焦りなど関係ないとばかりに、藍忘機は魏無羨の唇をこじ開け、咥内に舌を滑り込ませた。
    逃げようとする魏無羨の舌まで絡めとり、捕らえる。力強く舌を吸われた魏無羨は、んんっと甘く上擦った声を漏らした。
    じわりと身体に籠り始めた熱に、これ以上はマズイと魏無羨は藍忘機の広い胸をどんっと叩く。その衝撃で、藍忘機の唇は離れた。
    「…はぁ……ダメだろっ、もう!」
    頬を赤くして上目で睨んだ魏無羨は、藍忘機の口を手で塞いだ。
    「……道侶だから」
    「あのな、道侶と言えば何でも許されるわけじゃないんだぞ?」
    「許される」
    「なんでこんなに俺の道侶は頑固かなぁ!」
    「君には負ける」
    魏無羨の手を外して寄せてくる藍忘機の唇が、顔を背けた魏無羨の首筋に当たる。
    ざまぁみろ、とにやりと笑う魏無羨に対して藍忘機はそのまま首筋を吸い上げた。
    「ひぁっ!!」
    びくっと身体を震わせて飛び上がった魏無羨に今度は藍忘機が薄く笑う。
    「ざまぁみろ」
    端正な唇からもれた悪口に、魏無羨は身じろいだ。
    「俺の可愛い藍湛はどこに行ったんだよー!」
    「何事にも慣れはあり、人は鍛えられるものだ」
    ちゅ、ちゅと首筋に落とされる口づけを避けようと魏無羨は踠くが、藍忘機ががっちりと両腕を掴んで離さない。
    「ダメだって! 思追たちが戻ってくるだろ!?」
    「もう、戻ってきている」
    「………は????」
    攻防戦に必死で気づいていなかった魏無羨の背後に、困ったように膳を持ち立ち尽くす弟子が居た。
    「………すみません………」
    顔を真っ赤にした弟子二人は居たたまれずに、師匠と尊敬する先輩に謝るしかできなかった。






    純粋に恋愛劇を見たい者たちと、件の曰くを知ってて今年はどうするつもりなのかと興味津々の野次馬たちで村は溢れかえる。
    劇が開催されるとわかれば、芝居が始まる夕暮れまでに更に人出は増えるだろう。
    広間に作られた舞台には、上演に向けて大道具が運び込まれ、舞台前には人々が腰を下ろして見れるように呉座が敷かれた。
    その広間へ続く道端には、数々の出店が立ち並び、人々の舌と目を楽しませる。

    「なあ、藍湛」
    髪を結い上げながら、背後に立つ藍忘機を鏡ごしに見た魏無羨は、声をかけた。
    「件の話は、やはり単なる偶然だったか?」
    藍忘機のことだ、今回の騒動も調査しているはずと問いかけた魏無羨に、藍忘機は何とも言えない表情を浮かべた。
    「今の所は。思追と景儀が調べたが、些細な怪我や慢性的な病気の悪化、婚約はしたが性格の不一致で別れた時期が劇の後に重なった、との報告を受けている」
    優秀な弟子二人があちこち動いたらしい。こちらに来て日にちも浅いのに仕事が早い。
    「人の噂ってそんなもんか」
    魏無羨は、肩をするりと出し、白粉を塗る。
    鏡の視界の端で、白い校服が揺れた。
    人の中には、他人の不幸を面白がる者がいる。
    面白がらなくとも、どうなるのか気にする者もいる。
    「つまりは、それらの偶然がさも不幸が起こったかのように、面白おかしく話を広げられたということか………」
    魏無羨は眉墨を持ち眉をかいた。
    注目を集めれば祭りは盛り上がるが、時はとして噂は人の悩みにもなる。蘇村長の穏やかな顔に見えた疲れを思えば、たかが噂では終わらせられない。
    「となれば、一年間、俺が元気でいれば噂はなくなるということだ!」
    紅を唇に乗せて鏡に向かって魏無羨は不敵に笑う。
    藍忘機は魏無羨の背後に立つと変化を遂げた道侶を見つめた。
    きつい役柄ゆえ、少し濃い化粧を施した魏無羨の大きな瞳が輝き、鼻歌を歌いながら用意された女物の衣装に袖を通し、器用に着ていく。
    きゅっと帯を締めて、最後に魏無羨は優雅にくるりと回る。
    「藍湛、どう?」
    んふふ、と笑う美女に藍忘機は目を細めた。
    「君は何を着ても似合う」
    「あらん、含光君ったらお口がお上手ですこと!」
    ほほほと袖口で口元を隠しながら魏無羨はしなを作った。
    「近くに居るから、がんばろう」
    「おう! 行ってくる!」
    魏無羨は服の前を持つと開演間近の舞台へと歩きだした。




    件の村長の娘を誰がするのか、劇が始まった舞台前は、熱気と好奇心で覆われていた。
    不穏な噂のせいで、もしかしたら今年の劇は無いかもという噂から一変、急にやることになったこの村の劇は、意地悪な村長の娘の役をやった者が不幸に見舞われるという曰く付き。
    そんな中でこの役を引き受けた者がどんな人物なのか、人々の興味はそれに尽きた。
    場面の所々で、村長の娘は出てくるが、頭巾がついた外套を来たままの登場で顔は見えない。

    「ああ…なんてこと! みんながあの妖に騙されているっ!! あの人も、すっかり外見に騙されて、娘の本性を知らないっ…!」

    女にしてはやや低い声である。
    すらりとした手足と細身の身体はしなやかで、はっきりと身体の線は見えてなくても、肢体が抜群であることはわかる。

    「聞いて! みんなはあの娘に騙されている! あの娘は山奥に咲く桜の妖よ!! 目を覚まして!!」

    髪を振り乱して、父である村長と恋い焦がれる男に必死に訴えた拍子に、頭巾が捲れた。
    現れた美貌に、誰もがハッとする。
    大きな瞳に、通った鼻筋、ふっくらとした唇。濃い化粧は気の強さを表しているためだろうが、その美貌を損なうことはない。
    だが、同時に誰もがある一つの事を思った。

    でかいっ!!!!

    村長の娘は、どの演者よりも背が高く、抜きん出ていた。
    舞台に出てはいても木の陰や他の演者からは距離をとっていたから気にもならなかったが、前に出て絡み始めた途端にその背の高さが半端ない。
    ざわざわと会場がざわつく。
    「え…女であんなに背が高いか??」
    「もしかして男か? でもあんなに美人か??」
    「男であんなに細身なわけないだろう? 女だよ」
    「でも、声もちょっと低くないか?」
    会場のざわつきを他所に、劇は進む。

    「この枝……この枝さえなければ、この村も貴方も安全だわっ!!」

    炎を片手に持ち、木の枝に正に火をつけようとしている表情は、悲しそうだが嬉しそうな恋の狂気を纏う女そのもの。
    かすかに伏せられた長い睫毛の下の瞳は、炎に照らされて赤く光る。
    どこからか緊張を示すようなごくりという喉を鳴らす音が聞こえる。
    それだけ迫真の演技に誰もが引き込まれた。

    「これであの人も! 村も! もう安心だわ!!」

    あーはっはっはっ! という村長の娘の高笑いと、燃えた枝の前に憔悴してがくりと膝をついて踞る男の対照的な場面が、暗転した。



    「魏先輩! 凄い迫力でした!!」
    袖に戻ってきた魏無羨に手拭いを渡しながら、興奮気味の藍思追と藍景儀に魏無羨は微笑む。
    汗でやや化粧が落ちかけてはいるが、やはり間近でみると美人である。
    キョロと周りを見回した魏無羨が、汗を押さえながら二人に尋ねた。
    「藍湛は? 近くで見てるって言ってたのに………」
    同じように周りを見回した二人も首を傾げた。
    「先程までこちらにいらしたのですが………」
    「何かあったか?」
    「いえ、そんなことは聞いておりません」
    「なら、厠かな?」
    ちぇ~と魏無羨は口を尖らせた。
    自分の迫真の演技がどうだったか感想が聞きたかったのにと思ったが、これからが最後の大事な場面だ。
    今は劇に集中と、気持ちを切り替える。
    「藍湛が戻ってきたら、ちゃんと見とくように言え。行ってくる!」
    「はい! 頑張ってください!!」
    弟子二人に見送られて魏無羨は最後の場面に望むべく、舞台に戻った。



    「娘が桜の妖でも愛するか?」
    杖をついた白髪の腰の曲がった老人は、ゆっくりと若者に問いかけた。
    若者は涙を流しながら老人を見つめる。
    「妖だとして何ら気持ちにかわりはございません。私にとって彼女は愛する人なのです」
    若者の言に、老人は満足したように深く何度も頷いた。
    「あれは、我が眷属、我が身の一つであり、我が娘。幸せを願わぬはずがない」
    ぱんぱんと手を叩くと、はらはらと空から大量の桜の花びらが舞い落ちる。
    その見事な花びらの中に、一人の娘の姿。
    「!!」
    「私も! 私も貴方を愛しています!!」
    娘は若者に抱きついて、二人は見つめ合う。
    「一緒に幸せになろう!」
    「はい…」
    固く抱き締め合う二人の姿に、会場からすすり泣く声が聞こえた。
    良かった、良かったとみなが若者二人の恋路を祝福している。
    さて、と劇はここでいつも終了なので、立ち上がろうとした観客は、未だに舞台の演者たちが動かないことにお互いに顔を見合わせた。

    「さて………」

    山神の嗄れた声が宵闇に響く。
    腰を浮かしかけた観客は再び腰を下ろした。

    「我が娘が恋路を実らせたのはとても喜ばしいことだ。だが、一つけじめをつけねばならぬ」
    トン! と山神は杖で地面を叩くとそれをすっと上げて一人の人物を指した。
    「我が娘に危害を加えた村長の娘にはそれ相応の罰を受けてもらおう!」
    「は!?」
    名指しされて村長の娘は、突然のことに後ずさる。その両脇をがしりと演者が掴んだ。

    「え!! 何、これ!?」

    動揺するその姿は到底演技には見えない。
    会場は行方を固唾を飲んで見守る。
    なんせ今、村長の娘の事で様々な噂が立っている。おまけにその真相も不明で、今年はでかい男か女かわからない人物がその役をし、劇もいつもと違う展開になるなど、会場の興奮も最高潮に達していた。
    ぐっと肩を押さえられて地面に跪かされた村長の娘は、顔を上げた。
    「さて、娘。自分の所業について申し開きがあるならば申してみよ」
    山神の問いかけに、ぱちぱちと瞬きした村長の娘は状況を把握しようと周りを見渡す。


    (こんな話は聞いてないっ!)
    内心の焦りを表に出さないように魏無羨は考えた。
    何故か劇は進行している。自分が稽古の時にはなかった部分だ。
    周りをみても他の演者が焦っている様子がないことから、どうやら自分だけが知らなかったようだ。
    (どう返せば、正解なんだ? そもそも俺だけ知らないってどゆこと!?)
    ぐるぐる考えても答えはできない。
    ええい、ままよ! と魏嬰は答えた。


    「私は私のなすべきことをしたまで。みんなに害になるような妖は許せないし、私の好きな人を奪ったその娘は憎い」
    先程までの狂気にまみれた台詞ではなく、淡々とした村長の娘の言葉に、会場は静寂に包まれた。
    「想い人が妖に騙されようとしているのに、黙っていられるはずがない。それが罪というのならば、甘んじて罰を受けましょう。それが人です、山の神よ」
    かなり乱暴な事を言っている自覚が魏無羨にはあった。だが、自分に知らされてない芝居ならば、こちらがどう答えても相手は合わせるつもりがあるということだ。
    ここは、相手を信じるしかない。
    魏無羨の言葉に、山神はぴくりと動いた。
    「なるほど。それが答えか、人の子よ……」
    山神は杖を再びドン! と大きく鳴らした。
    舞台の左右から大きな白い布が現れ、山神を隠す。
    魏無羨はそのまま呆然と見ていた。
    白い布の後ろでは、何やら人が動く気配があるが、布に遮られて見えない。
    「確かに私は人には疎いようだ」
    白い布がスパッと断ち切られ、そこには白い衣服を纏った若い男が立っていた。
    「わぁ………」
    会場のどこそこから、ため息がもれる。
    現れた男の人離れした容姿に魅了されたからだ。
    先程の腰が曲がった白髪の老人ではなく、若々しく艶々とした黒髪と白磁の肌、気品と優雅さを醸し出す雰囲気に、これが本来の山神の姿なのだと、観客に説明しなくても伝わる。額を飾る水色の宝玉が篝火を反射させ、神々しい。
    前列に座っていた老人たちが、一斉に手を合わせて拝み始めたほどだ。
    (藍湛!?)
    魏無羨が名を呼びそうになり、慌てて口に手をやる。
    この神々しい山神を天下の含光君が扮しているなど噂がたてば、雲深不知処の藍啓仁が今度こそ血を吐くだけではすまない。
    (だからか! さっきから藍湛の姿が見えなかったのは!)
    いつから計画していたのかわからないが、魏無羨に内緒で、この場面を村の者たちと話し合っていたのだろう。
    (がんばって、ではなくがんばろう、と言ったな)
    今さら気づいた自分の間抜けさに魏無羨は肩の力を抜いた。
    となれば、自分ができることはない。あとは藍忘機に任せることにした。
    「確かに人の機微には疎くなっていたようだ。では、その機微を教えてくれた娘よ、我の所に来るがよい」
    「貴方の所?」
    「そうだ。私はそなたが気に入った」
    「はぁ!?」
    「どうだろうか、村長よ」
    山神の言葉に村長は、恭しく頭を下げた。
    「我が娘は皆様に迷惑をかけました。本来ならば罰せられるところを山神様の寛大なお気持ちに否はございません」
    山神に扮した藍忘機は大楊に頷いた。
    「我が娘はこの村に嫁いだ。村長の娘は我に嫁ぐ。目出度いではないか」
    地面に膝をついていた魏無羨を、横抱きに軽々と藍忘機は抱え上げた。
    「うっわっ」
    小さく声を上げた魏無羨の耳に藍忘機は唇を寄せる。
    「しっかりつかまって、魏嬰」
    藍忘機の囁き通りに、魏無羨は藍忘機の首に両腕を回した。
    あまりの美男美女の二人に、会場からどよめきときゃ~という悲鳴が上がる。
    「いや~ん! 私も抱きかかえられたいっ!」
    「素敵~!!」
    思わぬ劇の結末に、当初の噂は誰もの頭から抜けていった。明日からは、違う噂と来年の劇はどうなるのかという話題にすり変わるだろう。
    「幾久しくこの村が栄えるように」
    藍忘機の願いとも祈りともとれる言葉を最後に劇は幕を閉じた。





    「いくらなんでも俺に黙ってるのは酷いんじゃないか?」
    藍忘機の腕の中から魏無羨が藍忘機を睨み上げた。
    「事前に話せば、君から新鮮な反応は引き出せなかったかもしれない」
    しれっと言う藍忘機はきつく道侶を抱き締める。
    「それと君を連れて行きたいところがある」
    藍忘機は衣装も着替えずに避塵を取り出しそのまま剣に乗った。
    「えっ!? どこに行くんだ!?」
    「村外れまで」
    慌てる魏無羨を腕に、藍忘機は空に飛び立つ。
    下から見ていた観客たちが、二人に気づくと、再び歓声が上がる。
    「山神様~、お幸せに~!!」
    呼び掛けられた声に藍忘機はゆっくりと手を振り返す。それにまた人々が沸き立ち、皆が手を振ってくる。
    「……お前、本当に藍湛か?」
    胡散臭そうに見る魏無羨に、藍忘機はにっこりと微笑む。
    二人は村外れまでやってくると、藍忘機は剣から降り、魏無羨を地面に下ろした。
    大きな桜の木が一本、見事な花を咲かせている。
    「魏嬰、これがこの村に伝わる桜の木だ」
    「でも、劇の桜の木はもっと山奥なんじゃなかったか?」
    「劇ではな」
    夜風に吹かれてサワサワと花を揺らす桜から、花びらが舞う。
    「劇にするために、細かな所は改正されているが、本来の桜の木はこの木。あの切られた枝を挿し木したものだ」
    「えっ!? あの枝は燃えたんじゃないのか
    !?」
    驚く魏無羨に、藍忘機は頷いた。
    「この村に伝わる本当の話は、劇の話と少し違う。村長の娘は確かにみんなの前で桜の妖の正体を暴いたが、枝は燃やしてはいない」
    「この桜がその枝ならば、そうなんだろうな……」
    そっと魏無羨はざらつく幹を撫でた。
    燃やされず残った枝は、挿し木され、今もこの地に咲き誇る。
    「でも、桜って寿命があるだろ? 何百年もこんなに咲いてるものか?」
    「だから、この桜は山神に愛された桜としてここに残っている」
    「山神に愛された桜?」
    藍忘機も魏無羨の隣に立ち、桜を見上げる。
    その瞳が愛おしそうで、魏無羨はその横顔に見惚れた。
    「私にとって、山にある全てのものは我が子であり……そして愛しい人が守ろうとしたこの村も大事なものだ」
    「ら……」
    「貴方も、この者にとってそんな存在なのだろう?」
    静かに凪いだ視線が魏無羨を捕らえた。
    慈しむ様な瞳は同じだがもっと大きな気配に、目の前にいる人物が道侶であって道侶ではないと魏無羨は感じる。
    「……教えて下さい」
    「何かな、人の子」
    「何故、藍湛の身体に?」
    魏無羨の問いに、藍忘機の身体の中に入る山神はにこりと笑う。
    「この者と私は相性が良いのかな? 共に愛する者には苦労したようだ」
    「愛する者に?」
    山神は藍忘機の胸に手を当てて、大事なものに触れたように目を閉じた。
    「愛した人は大事なものを守ろうとして誤解を受けやすい。自分を勘定に入れずに無茶をする。本当は誰よりも繊細で傷つきやすいのに……」
    困ったように笑う仕草に、魏無羨は山神が愛する者が誰を指しているのが気付く。
    「今、その愛する方は?」
    「人よりは長く神よりは短い生を終えて今はこの桜の根元に眠る」
    「だから、山神に愛された桜……」
    桃色の花弁が、さわさわと揺れた。
    「彼女の役を引き受けた者たちの不運は、貴方の仕業ですか?」
    くすっと、藍忘機が決してしない悪戯っ子の笑いを漏らして首を傾げた。瞳は、慈愛に満ちながら気まぐれも含む。
    「不運とは、時に幸運の側面なのだよ、人の子。病気をした者は、隠れていた大病も早く見つかり一年で回復した。家を焼かれた者はそのまま住んでいれば白蟻で食い荒らされた家の下敷きになっていただろう。破談になった者の婚約者は他にも何人もの女人と付き合い……」
    「なるほど……不幸の裏側には違う真実が紛れていたってことか」
    偶然ではなく意図的だった事にふむふむと頷く魏無羨を、藍忘機の体にいる山神は満足げだ。
    「物事には様々な側面があり、視点が変われば意味も違ってくる。私は、私の愛する者が悪し様に言われる事に納得できなくてね」
    「ならば……今回、俺たちがこんな劇にしなければ、貴方は……」
    「もしも、を語るのは野暮だよ、人の子。現に君たちは、私の意を汲み素晴らしい働きをしてくれた。うってつけの配役だ」
    山神の言う働きとは、愛した者の名誉回復とその思いを伝えること。
    「ああ、彼女も喜んでいる。やっと愁いを晴らすことができた。ありがとう、人の子たち」
    大きく腕を広げた藍忘機の体が、がくりと糸が切れたように崩れる。慌てた魏無羨が手を伸ばして支えた。
    「藍湛っ!」
    「魏……嬰……」
    体に人ならざるものが入っていたのだ。藍忘機の負担は半端ではないだろう。
    ゆっくりと地面に座らせた魏無羨は藍忘機の体を支えて桜を見上げた。
    「大丈夫か、藍湛」
    「ああ……劇までは意識があったが……」
    眩暈を起こす頭を押さえ、ふぅと藍忘機は息を吐くと魏無羨に寄り掛かる。顔にかかる前髪を、魏無羨はそっとかきあげてやった。
    「妻の為にか~……神様も人と変わらないんだな」
    桜の花弁が、降り注ぐ。そろそろ花の時期も終わりに近づいていた。
    「誰かを想う気持ちは人も動物も変わらない。神だってそうだ」
    山神と同調した藍忘機は、山神にとって村長の娘がどんな存在であったのか垣間見た。

    山裾にある小さな祠に、毎日花と供え物をする元気な娘。自然と共生するなんの取り柄もない小さな村にしてみれば、山から与えられる木の実などの食べ物は大事な食料だ。
    山神様を蔑ろにしてはいけないと幼い頃から言われて育った娘は天気が悪い日でも欠かさず祠を訪れた。
    幼女から少女へ、少女から娘へとその成長を見守っていたが、ある時から村の若者への恋心を祠で溢す様になる。
    人の生は短い。その一生の中で、誰かと添い、子供を成し、老いて死ぬ。
    いつもと変わらないものなのに、山神の胸の中に苛立ちが沸き起こった。それが思いもよらぬ強風を呼び、春の盛りの山の木々を痛めつけてしまった。娘の恋を邪魔したきっかけは山神が起こした風だったのである。
    そこからは、村に伝わる話通り。
    誰が悪かったわけでもない。
    ただ、誰かを想う気持ちが必ずしも報われるものではないだけ。
    恋した男が違う相手と幸せになる。それを目の当たりにしながらも人前で村長の娘は気丈だった。
    祠に来れば人知れず慟哭する姿に、ついに山神は我慢できなくなった。
    愛する者を守ろうとし、村をも守ろうとしたこの娘がどうして幸せにならないのか。
    それならば、いっそ…………
    娘の恋が実らなかったのは自分の起こした風のせいだという後ろめたさがなかったわけではない。
    だが今、その気持ちよりもはるかに愛しさの方が勝る。幸せにしたいと一心に思う。
    山神は泣き崩れた細い肩に手を触れ人の世界から娘を連れ去った。
    そこから娘を口説き落とし妻にするまでかなりの年月を要するのだが、それさえも山神には愛おしい時間であり、寄り添ってから見送るまでの年月はかけがえのないものになった。
    『またいつか会えるわ』
    今際の際に残された愛しい人からの言葉だけを縁にし、山神は村を見守る。



    劇が終わるなりに姿を眩ました魏無羨と藍忘機の代わりに祭りの片付けを藍思追と藍景儀は手伝う。
    山神に扮した藍忘機の姿を見た時、あの夜、魏無羨と藍忘機が話した内容を思い出した。
    そしてその話を元に今までの劇とは違う終わり方を作り上げたのだろうと考えた。
    「含光君、かっこよかったなぁ」
    箒を片手にほうっとため息をつく藍景儀に、藍思追はうんと返事をする。
    「しかし意外だったよなぁ。含光君が劇に出るなんて」
    「景儀、手を動かそうか」
    箒に顎を乗せておしゃべりを始めた友人を藍思追はそっと窘めた。おっと、と藍景儀は手を動かす。解体された舞台の床板を纏めながら、藍思追はくすっと笑った。
    「私は意外には思わないよ」
    「え? 何で?」
    一方通行だと思った会話を続けた相棒に、藍景儀は食いつく。
    「だって含光君が劇とはいえ、魏先輩を愛する役を誰かに譲るはずがないもの」
    「………納得」
    そうだった~と藍景儀は手をせっせと動かした。消えた師匠二人の行方が気になるところだが、探しに行けば野暮だと言われそうだ。
    「含光君は、良い方を道侶に選ばれましたな」
    「蘇村長………」
    片付けを眺めながら、ゆっくりと二人に近づいた蘇村長は、ぺこりと頭を下げた。
    「含光君と魏さんに、また助けていただいた」
    「また……とは?」
    藍忘機と蘇村長の間柄を知らない二人は尋ねる。
    「一度目は、どなたかを探されている含光君がたまたまうちの村の立ち寄り、困り事を解決してくださいました。その時、探されていたのは魏さんではありませんか?」
    藍思追と藍景儀は幼い日に雲深不知処からしばらく姿を消した藍忘機を覚えていた。修行だと言われたが、本当は魏無羨が死んだと信じずに行方を探して各地を転々としていたのだろう。
    「そして今回。噂を消すために新たな劇を作り、今後に繋げられるように尽力してくださった」
    劇が終わった後、主人公の二人の幸せを願いつつも、村長の娘と山神のこの後も気になる~と観客の若い娘たちが騒いでいた。
    背の高い二人が並び立つと迫力もさることながら、その美貌に圧倒される。まして、舞台の上でそれなりの衣装と化粧までしているため、その美に拍車がかかり、人間の域を超えていた。
    「しかし、来年はどうしたものかと……」
    ははは、と蘇村長の苦笑いに藍思追と藍景儀もつられた。
    あの二人と同等もしくはその上をいく村長の娘と山神を誰が演じるのか、新たな問題が発生した。
    「ですが、これで悪い噂も消えましょう。来年も劇ができそうです」
    片付けをしている横を、祭りが終わって帰路につく者や、宿へと戻る者がにこやかな顔で通っていく。
    来年も楽しみねぇとどこからか聞こえ、藍思追と藍景儀は顔を見合わせて笑う。
    いつも破天荒な魏無羨を隣で藍忘機が見守り支えて、周りを動かす。
    二人が起こす騒動は常に混乱を呼び、巻き込まれたら大変だが、いつも温かく優しい。


    ある小さな村で行われた桜祭りが今年も大注目を浴びている。
    中でも村に伝わる話を元に作られた劇に客が押し寄せるそうだ。
    一時期、村長の娘の役をした者が不幸に見舞われるという噂が立ったが、劇の内容を一部変更してからはその噂も消えていった。逆に娘長の娘をした者は良縁に恵まれ幸せに暮らしたそうで、役をやりたがる者で毎年騒ぎになるらしい。
    そして、劇の内容を変更したその年に村長の娘役をやった人物と山神の役をやった人物の正体を人々は突き止めようとはしなかった。あまりの神々しさにこれ以上の詮索は山神様のお怒りに触れるという老人たちの言葉に皆が従ったのだ。

    「見て見て、藍湛! 桜が綺麗だ!」
    「うん」
    はしゃぐ道侶たちのと集まった人々の頭上に、今年も山神が愛した桜が咲き誇る。


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