ひと晩限りと言い放ったのは遠い昔の話となっていた。それでいいと冴木は嗤う。その方が都合が良かった。
「ん……、っく。ふ、ぅ……」
吐息が耳にかかる。湿った毛先が頬を打つ。薄明かりしかない部屋の中で冴木はそれを見上げた。陽の下で彼は冴木を睨みつけていた。眉を顰めて、目を合わせず、声は冷たかった。だが今は、眉尻は下がり声は熱を帯び冴木と目が合わなければ手に力を込めてでも遂げようとする。甲斐があったと、口づけてやるついでに腰へ回していた腕に力を込めた。
「ぅんン!?っひゅァ、あ。うゃ、ぐっひゃ」
「んー……馬には馬の機嫌があるのよ?」
「っか、ばか。ァ、ぅあ、や」
仔犬に絆され向かない接触競技へ飛び込んできた『優等生』の面影もない無様さが冴木は一等気に入っていた。賢い者は賢く振る舞うべきだし実力者はその力を遺憾なく発揮できる環境にいるべきなのだ。仔犬に番犬は任せられないと冴木は嗤い、しかしその無邪気な毛玉がそれでも自分達に噛みついてきた事実を思い出し、表情を落とすと井浦を組み敷く。無闇に打ち込み出した冴木を嗤うのは井浦だ。
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