ポッ〇ー&プ〇ッツの日、ルート②「宇髄せーんせっ」
「おー、我妻か。今日は呼んでねぇけど……なんだやけに上機嫌じゃねぇか」
「んへへっ。今日何の日か知ってます?」
「今日?なんかあったか?」
放課後の美術準備室。ずかずかと入り込み勝手知ったるという様子でソファに座り込んだのは、この部屋の主である宇髄に定期的に呼び出されては雑用を押し付けられている我妻善逸だ。スクールバッグを自分の横に置くと、中から二つの箱を取り出す。
「じゃーん!」
ありきたりな効果音と共に掲げられたそれに宇髄はやっと善逸の質問の答えが頭に浮かんだ。そういえば朝タバコを買おうと立ち寄ったコンビニで、レジ前に可愛らしいPOPが立てられて大きく宣伝されていたような気がする。
「ポッキー&プリッツの日なんだって!」
「……お前風紀委員だよな?菓子類は校則違反じゃねぇの」
「いやー、俺今日は当番じゃないんで」
しれっと言い捨てながら緑の箱を開封する善逸に宇髄は苦笑いを浮かべる。
「屁理屈じゃねぇか。んで、それわざわざ買ってきたのか?」
「んーん。クラスの女の子がくれたんですよ。宇髄先生と食べてって」
「俺一応教師なんだけどなぁ。つーか何で俺と?」
「俺がよく雑用頼まれてるの知ってるからじゃないですか?はい、これ宇髄先生の分」
「さんきゅ」
「どういたしまして!まぁ俺が買ったんじゃないけどね〜」
早速袋を開けた善逸は中から二本摘んで食べ始める。空いている手で鞄から飲みかけのお茶のペットボトルを取り出すと、足に挟んでキャップを緩め、お茶を飲んだ。
課題の添削をしていた宇髄も丁度区切りがついタイミングだったので、善逸の隣に移動して渡された自分の分の袋を開けて食べる。
「え、先生一本ずつ食べるの?なんか意外」
「どういうイメージだったんだよ」
「袋開けたらちょっとずらしてそのまま齧りつきそう」
「やったことねぇわ、そんな食い方。お前はなんで二本ずつ食ってんの?」
「二本ずつ食べた方が口の中いっぱいで美味しさ倍増する感じするじゃないですか」
「なんだそりゃ。あ、お茶一口貰うぞ」
「えー?いつも飲んでるコーヒーはどうしたの」
「さっき飲みきった」
「新しいの買ってくればいいじゃん。まあ別にいいですけど」
お茶をシェアしつつのんびりと食べ進めながら善逸は自分の手元と宇髄を見比べて、プリッツを一本摘むと同じようにしている宇髄の手と並べるように近づけた。手の高さを合わせて首を傾げる。
「あれぇ、やっぱり大きさ一緒だ」
「そりゃそうだろ」
「宇髄先生って手大きいから持ってるもの小さく見えるんですよ」
「あァ、お前小さいもんな」
「俺は平均ですから!まだ成長期だし!」
ムスッと分かりやすく拗ねてみせた善逸は一袋を食べきり、縦に丸めて細長くした袋を結ぶと空き箱に突っ込んで机に乗せた。赤い箱を手に取ると中身を取り出して宇髄へ一つ渡す。
「持って帰って食えばいいのに」
「宇髄先生と食べてねって貰ったやつだから、ちゃんと一緒に食べるんです」
「くくっ、律儀な奴だなぁ。言わなきゃわかんねぇのに」
差し出されたものを受け取りながら、宇髄は食べ終わった袋をくしゃっと手で丸めて善逸がゴミを入れた空き箱に詰め込んだ。今度は一本ずつ食べ始めた善逸がそういえば、と話を切り出す。
「さっき聞いたんですけど、ポッキーを使った我慢比べみたいなゲームあるらしいんですよ。知ってます?」
「あれだろ、両方から食べてって顔を背けた方が負けってやつ」
「多分それです。でもこれって、咥えて待ってる方はチョコあるけど、食べに行く側はチョコ付いてないとこからスタートするから不公平じゃないですか?」
「別にポッキーの味を楽しむ為にやるわけじゃないからだろ?」
「あ、そっか。我慢比べですもんね」
聞かれた瞬間は今どき知らない方が珍しいだろうと宇髄は思ったが、今の言葉からすると善逸は本当にさっきまで知らなかったらしい。
「はい、先生どーぞ」
「あ? 俺のあるけど」
「いいから早くー!」
宇髄が差し出された一本のポッキーを渋々咥えると、善逸が反対側に噛み付いて食べ進める。二人の鼻がちょん、とくっついた所で善逸がポッキーを折り、もぐもぐと咀嚼して飲み込んだ。
「ほら、こっちからだとチョコ感薄いですよぉ」
「……そんだけの量持ってったらそれこそ不公平だろうが」
「じゃあ、もう一回……やりますか?」
今度は善逸がポッキーを一本咥え、緊張した表情で宇髄を見つめる。宇髄が善逸に手を伸ばそうとした、その瞬間。
校舎に鳴り響いたチャイムに二人は揃って体をビクつかせた。善逸は袋に残っていたポッキーを口に詰め込んで帰り支度をすると、肩にかけた鞄を両手できゅっと握ってドアの前で振り返る。
「えっと……下校時刻なので、帰ります」
「おぉ、気をつけて帰れよ」
「はーい。せんせ、またね」
善逸は小さく手を振って美術準備室から出て行った。
一方、取り残された宇髄はソファに仰向けに寝転がり、両手で顔を覆う。目に浮かぶのは、少し潤んだ瞳で見つめてくる善逸だ。あんなに強気な発言をしながらも、髪から除く耳は赤く染まっていたから、羞恥心はあったのだろう。
そんな姿を可愛いと、思ってしまった。
「あー、まじか」
最後は上手く取り繕ったつもりだが、自覚してしまった感情はなんで今まで気づかなかったのかと不思議になるほど大きなものだった。
宇髄の今までの経験からすると、先程の反応は善逸も自分のことが好きだろうと考える。そして善逸に菓子を与えたクラスメイトたちは、善逸とグルだったのかもしれない。
宇髄はニヤリと笑い、どう囲いこんでやろうかと譜面を描き始めた。