ポッ〇ー&プ〇ッツの日、ルート①「宇髄せーんせっ」
「おー、我妻か。今日は呼んでねぇけど……なんだやけに上機嫌じゃねぇか」
「んへへっ。今日何の日か知ってます?」
「今日?なんかあったか?」
放課後の美術準備室。ずかずかと入り込み勝手知ったるという様子でソファに座り込んだのは、この部屋の主である宇髄に定期的に呼び出されては雑用を押し付けられている我妻善逸だ。スクールバッグを自分の横に置くと、中から二つの箱を取り出す。
「じゃーん!」
ありきたりな効果音と共に掲げられたそれに宇髄はやっと善逸の質問の答えが頭に浮かんだ。そういえば朝タバコを買おうと立ち寄ったコンビニで、レジ前に可愛らしいPOPが立てられて大きく宣伝されていたような気がする。
「ポッキー&プリッツの日なんだって!」
「……お前風紀委員だよな?菓子類は校則違反じゃねぇの」
「いやー、俺今日は当番じゃないんで」
しれっと言い捨てながら緑の箱を開封する善逸に宇髄は苦笑いを浮かべる。
「屁理屈じゃねぇか。んで、それわざわざ買ってきたのか?」
「んーん。クラスの女の子がくれたんですよ。宇髄先生と食べてって」
「俺一応教師なんだけどなぁ。つーか何で俺と?」
「俺がよく雑用頼まれてるの知ってるからじゃないですか?はい、これ宇髄先生の分」
「さんきゅ」
「どういたしまして!まぁ俺が買ったんじゃないけどね〜」
早速袋を開けた善逸は中から二本摘んで食べ始める。空いている手で鞄から飲みかけのお茶のペットボトルを取り出すと、足に挟んでキャップを緩め、お茶を飲んだ。
課題の添削をしていた宇髄も丁度区切りがついタイミングだったので、善逸の隣に移動して渡された自分の分の袋を開けて食べる。
「え、先生一本ずつ食べるの?なんか意外」
「どういうイメージだったんだよ」
「袋開けたらちょっとずらしてそのまま齧りつきそう」
「やったことねぇわ、そんな食い方。お前はなんで二本ずつ食ってんの?」
「二本ずつ食べた方が口の中いっぱいで美味しさ倍増する感じするじゃないですか」
「なんだそりゃ。あ、お茶一口貰うぞ」
「えー?いつも飲んでるコーヒーはどうしたの」
「さっき飲みきった」
「新しいの買ってくればいいじゃん。まあ別にいいですけど」
お茶をシェアしつつのんびりと食べ進めながら善逸は自分の手元と宇髄を見比べて、プリッツを一本摘むと同じようにしている宇髄の手と並べるように近づけた。手の高さを合わせて首を傾げる。
「あれぇ、やっぱり大きさ一緒だ」
「そりゃそうだろ」
「宇髄先生って手大きいから持ってるもの小さく見えるんですよ」
「あァ、お前小さいもんな」
「俺は平均ですから!まだ成長期だし!」
ムスッと分かりやすく拗ねてみせた善逸は一袋を食べきり、縦に丸めて細長くした袋を結ぶと空き箱に突っ込んで机に乗せた。赤い箱を手に取ると中身を取り出して宇髄へ一つ渡す。
「持って帰って食えばいいのに」
「宇髄先生と食べてねって貰ったやつだから、ちゃんと一緒に食べるんです」
「くくっ、律儀な奴だなぁ。言わなきゃわかんねぇのに」
差し出されたものを受け取りながら、宇髄は食べ終わった袋をくしゃっと手で丸めて善逸がゴミを入れた空き箱に詰め込んだ。今度は一本ずつ食べ始めた善逸がそういえば、と話を切り出す。
「さっき聞いたんですけど、ポッキーを使う、我慢比べみたいなゲームあるらしいんですよ。知ってます?」
「あれだろ、両方から食べてって顔を背けた方が負けってやつ」
「多分それです。でもこれって、咥えて待ってる方はチョコあるけど、食べに行く側はチョコ付いてないとこからスタートするから不公平じゃないですか?」
「別にポッキーの味を楽しむ為にやるわけじゃないからだろ?」
「あ、そっか。我慢比べですもんね」
聞かれた瞬間は今どき知らない方が珍しいだろうと宇髄は思ったが、今の言葉からすると善逸は本当にさっきまで知らなかったらしい。
「やってみるか?」
「え、誰と誰が?」
「俺と、お前が」
答えながら宇髄が指で自分と善逸を示すと、善逸は一瞬悩む素振りを見せ、覚悟を決めたようにキリッと眉を上げた。
「受けて立ちますよ!」
「先に折って顔を背けた方が負けだからな」
「絶対勝つし!」
勝つ気満々な善逸にどこから自信がくるのかと、笑いを堪えながら宇髄は横を向きポッキーを一本口に咥えた。善逸は宇髄と向かい合うように座り直したが高さが足りず、仕方なく膝立ちになってソファの背に手を置いて体を支える。
「い、いきますよ……」
こくりと頷く宇髄。善逸がポッキーを咥えると、お互いに少しずつ食べ進める。予想以上に距離が近かったのだろう、キョロキョロと目線を泳がせる善逸は何故か進むスピードを上げた。引き際をどうするかと宇髄が考えていたら、あと少しで鼻がくっついてしまう距離になっている。鼻先が擦れ、善逸が目を閉じた。もう一口ずつ進めば、唇同士がくっついてしまう。
その、瞬間。下校時刻を知らせるチャイムが鳴り響き、二人同時に体を離した。宇髄と善逸の間に落ちた、一センチ程のポッキーを見つめ、静かな時間が流れる。
先に沈黙を破ったのは宇髄だった。
「引き分けだな。意外とやるじゃねーか」
「宇髄先生のプライドを守ってあげるために引き分けにしといてあげたんですよ」
「あっそォ。別に気を使ってくれなくてもよかったけど?」
「じゃあ次はちゃんと勝つし!」
二人の視線がポッキーの袋へと移る。そしてまた無言のまま数十秒が経ち、今度は善逸が声を上げた。
「き、今日は帰ろうかなぁー!」
「そ、そうだな」
残りを一気に口に詰め込み、いそいそと帰り支度をする善逸。それに同調しながら宇髄も机周りを片し、空になったペットボトルとお菓子の箱をゴミ箱に放る。
「じゃ、俺はこれで……」
「我妻!」
準備室から出ていこうとした善逸を見て、なんとなく彼を呼び止めたくなった宇髄だったが何を言えばいいかは分からなかった。
「……あー、いや、気をつけて帰れよ」
「?はーい。せんせ、またね」
「おう」
廊下へ出た善逸は心臓がバクバクと煩くて、すれ違って声を掛けてきた友人たちにも気づかないまま、胸元の服をぐしゃりと握り込んで昇降口へ早歩きで進んだ。
一方、美術準備室に取り残された宇髄はソファに仰向けに寝転がり、両手で顔を覆った。頭に浮かぶのは先程近距離で見た、目を伏せた善逸。
「あー、まじか」
少し揶揄うだけのつもりだった宇髄だが、自覚してしまった感情はなんで今まで気づかなかったのかと不思議になるほど大きなものだった。
宇髄の今までの経験からすると、先程の反応は善逸も自分のことが好きだろうと考える。そして恐らく善逸に菓子を与えたクラスメイトたちは宇髄と善逸の様子に気付いていたのだろう。茶化すつもりだったのか、後押しするつもりだったのか、この際どちらでも良かった。
善逸を自分のものにする。その為の譜面を宇髄は描き始めた。