両片思い大学生先輩後輩宇善バイト終わり、『今すぐここに来れないか』というメッセージと共に添付された、居酒屋の場所を示す地図を見た善逸は「すぐ行きます」と返信をして目的地へと向かった。
「悪ぃな、我妻。ずっとお前の名前叫んでるからよォ」
「いえ、全然いいんですけど……この人、俺で連れて帰れます?」
「あー……まあ、どうにかなるだろォ」
「えぇー……」
居酒屋の入口で引き取った大男はかろうじて自分の足で歩いてはいるものの、善逸に体重をかけるようにのしかかっているために歩きづらい状況である。どうにか駅まで移動して電車に乗り込むと満員とまでは行かなくともそこそこ混んでいる車両内の端っこを確保して善逸はようやく一息ついた。
「宇髄先輩、どんだけ飲んだんですか」
「あー? そんな飲んでねぇよ」
片手は吊革に掴まり、もう片方を善逸の横の手すりに添えた宇髄は多少舌足らずで目が座っている。居酒屋から駅までを歩いて外の風に当たったことで多少酔いが覚めているようではあるが。
「バイト終わりに呼び出される俺の気持ちを考えてくださいよ」
大学の先輩であり登山サークルでも一緒の宇髄が善逸を可愛がっていることは周りから見れば明らかで、普段鈍いと言われる善逸でも、そんな自覚はしっかりあった。付き合っていると思われているらしいが、そんなことはない。幾度か甘い雰囲気というやつになったことはあるけれども、告白なんてものをされた事はないのだ。嫌いな訳ではないし、それならわざわざバイト終わりの疲れた身体で酔っ払いを迎えに行こうなどとは考えない。普段は兄貴肌な宇髄が甘えた声で自分に擦り寄ってくるのが可愛くて、すきだった。
「なんでお前今日飲み会いなかったの」
「だからバイトだったんですってば」
善逸の顔を覗き込むように宇髄が体を屈める。息の当たる距離で、酒のせいでいつもより赤らんだ顔で見つめられ、素面のはずである善逸まで顔が火照るのを感じた。
「ちっ、近いですよ」
気恥しさから善逸は宇髄に背を向けたが、それは失敗だったとすぐに気付く。腕を身体に回されて、宇髄に密着するようにぎゅっと抱き込むまれた。耳元に熱い吐息がかかる。
「善逸照れてんの? かぁわい」
「は、離れてください」
身動ぎしたら腰に当たるかたいものに気付いた善逸はぴしりと動きを止めた。
「ぜんいつ」
「ひぁ……っ」
ぐいっとその熱を押し付けられ、甘ったるい低い声で囁かれる。耳輪に掠めた宇髄の唇がくすぐったくて声が漏れてしまった善逸は慌てて口を抑えた。
電車で、周りに人がたくさんいる中で、と頭の中でパニックを起こした善逸が固まっている中、宇髄は何度か腰を押し付けてくる。
『次は○○駅、○○駅……』
電車アナウンスでようやく我に返った善逸はまた宇髄と向き合うように身体を反転させ、力いっぱい目の前の大きなからだを押しのけた。
「ぜん……?」
どうして離れるんだと言わんばかりにもう一度抱きしめようとしてくる宇髄に善逸は盛大な平手打ちを食らわせた。
「ここ外だから! 目覚ませバカ!!」
声を張り上げたと同時に扉が開き、善逸は外に出る。取り残された宇髄は頬を押さえたまま立ち尽くし、そのまま扉が閉まった。
ホームの階段を駆け下り、スマホを翳して改札を抜ける。早足で帰路を歩きながら善逸は宇髄を電車に取り残してしまったことに少なからず罪悪感を覚えたがすぐに思い直して、さっきのビンタで酔いもしっかり覚めただろうと自分からは謝らないと決める善逸だった。