あの日から一夜開けたのだが、あさとの気持ちは沈んだ状態だった。
「大丈夫か?」
「ちょっと・・・」
あんな思いをすれば誰だってそうなるだろうが、今までの自分ならそんなことは言わなかっただろうと思う。心配するあさとに笑って見せるが、無理に作った笑みであるのは明白だった。
「きょうはいっしょにいて・・・」
あさとがそう言うと、俺はあさとの隣に座った。
「うん・・・」
俺が隣に来ると、あさとは嬉しそうにして体を預けてきた。
「あのね・・・」
「なんだ?」
不意に頬にチュッとキスをされる。いきなりの事で俺は赤面してしまった。
「えへへ・・・」
そう言ってまた身体を預けてくる。その様子からして何か言いたいことがあるようだったが、あえて何も聞かないでおいた。今はただこうして寄り添って居たかったからだ。暫くするとあさとも落ち着いてきたのか、少しずつ普段の様子に戻っていった。
「じいちゃん、今日の飯は?」
「ああ、今日はあさりの味噌汁と煮物じゃ」
「おお」
食卓に並ぶ料理の数々を見て思わず喉が鳴る。三人揃って席に着くと手を合わせて食べ始めた。
「気分は良くなったか?」
「うん」
祖父の言葉にあさとは笑顔で答えた。まだ顔色は悪かったもののあの時の暗さは無くなっていた。
「お前も元気になったな」
「ん?何がだ?」
突然祖父が俺の顔を見ながら言ってきた。
「普段なら、一人で外に妖怪を探しに行っては帰って」
「あー・・・」
確かに言われてみればそうだ。俺は普段外に出かけるときはいつも一人だった。というより一緒に行く相手などいなかったのだ。
「まぁ・・・な」
今思えば妖怪の話題で盛り上がる人がおらず、話す人もいない寂しいやつだと自分でも思う。
「けど・・・」
けど、それは過去の話だ。今の自分は違う。俺はあさとの肩を抱き寄せながら言った。
「今はもう大丈夫だよ。だって・・・あさとは俺と一緒に居るからな!」
「んっ!?」
口に入っていたのか、あさとは少しむせていた。
「おいおい、大丈夫か?」
背中をさすってやる。
「う、うん・・・ありがとう」
咳き込んだせいなのか、恥ずかしいせいなのか分からないが顔を真っ赤にしたあさとがいた。だが、どこか嬉しそうな表情をしていた気がした。そんな俺たちの様子を祖父は微笑ましく見ていた。
****
「あれ?あさと」
朝起きると布団の中から麻人がいなくなっていた。
「おーい、あさと、何処だ?」
部屋を探すが何処にもいない。昨日の様子から見てきっと家の中にはいるはずだ。
「あいつ・・・まさか」
ふとある考えが頭をよぎった。俺は慌てて玄関へと向かって、そして靴を履いて外へ出た。
「あさと!何処にいるんだ!!」
家の中はもちろん、外を探しても見つからない。何処に行ったんだよ・・・
「あさとぉー!!返事してくれぇー!!」
必死に名前を呼ぶが返ってくる声は無い。走っていると中で転んでしまう。
「くそっ!何処にいるんだよ!!」
焦りと苛立ちでつい地面に拳を叩きつけてしまう。土で薄汚れた状態で家に戻り、祖父に心配される。
「あさとが、急にいなくなっちまって・・・」
「その事だが、これを」
祖父から渡されたのは黄色の折り紙で折られた鶴だった。
「あさとが作ったものだ、折り紙がないかと聞いてあったのを渡したら」
これだけを残していなくなって・・・その時だった。
「ありがとう」
一瞬だけ聞こえた。聞き間違いではない。はっきりとあさとの声が聞こえた。俺は急いで周りを見渡したが誰も居ない。
「どうしたんだ?」
「いや、なんでもない・・・」
自分にしか聞こえていないあさとの感謝の言葉。だけど不思議と心が落ち着く。あさとは近くに必ず居る。何故だかそう思えていた。
「数日だけだったが俺にとってはある意味一番の思い出だ」
「その鶴ってまだ持ってるの?」
「ああ、ここに」
俺はパスケースを取り出すと家族の写真の下に入れていた鶴を取り出す。紙が褪せて、色も薄くなってしまっているが、それでも大切に保管している。
「KK、その子供、麻人と同じ名前だけど」
「確かにそう言えば・・・」
ブランコをこいでいる麻人を見る。一瞬だけあさとの姿が重なって見えたような気がする。
「もしかして麻人は・・・」
「えっ?なに?」
「も、もういいだろ。話は終わり!麻人、飯食いに行くぞ!今日は俺の奢りだ!!」
「わーい!」
ある考えが頭に浮かんでくる。顔が赤くなりそうなのを誤魔化すために、俺は食事を取りに向かう。麻人が俺に飛びついて、それを抱き上げる。
「チャーハンたべたい!」
「山盛りでも何でもいいぞ!」
「KKってさ、結構優しいよね」
「そうか?」
「うん」
暁人が笑みを浮かべる。
「何笑ってんだよ」
「いや、可愛いなって思って」
「な、なに言ってんだ。そんなこと・・・」
「あー照れてる~」
「照れてねぇわ!」
「ずぼし?」