暁人を家に入れてから一週間が経った。掃除に洗濯、料理もできるのだがその料理がというと
「これで7日連続だぞ」
麻婆茄子をテーブル置く暁人に文句をいうように呟く。彼が来てから茄子料理しか食べていないのだ。初日は浅漬け、二日目に茄子味噌、三日目に夏野菜のカレー(茄子多め)、四日目に茄子の煮浸し、五日目に茄子味噌汁、六日目に夏野菜の炒め物(茄子多め)、そして今日は麻婆茄子だ。
「よく飽きないな」
「だって茄子って美味しいじゃん」
「さすがに一週間は飽きるだろ」
「1ヶ月人参料理ですごしたことはあるよ、途中で麻里がキレたけど」
「それは怒ると思うぞ」
「人参美味しいのに・・・」
「まぁ、それは置いといて料理は私ががするから暁人はテレビでも見ててくれ」
「さすがに住まわせてもらってるんだから料理ぐらいやりますよ」
「なら洗い物ぐらいしてくれ」
「それくらいはさせてもらいますよ」
暁人がキッチンに立っている間、私は洗濯ものを取り込んで畳んでいく。まだ1週間だというのに、すっかりルーチンワークになっている自分がいる。なんだかんだで、家事も手伝ってくれるし、料理も作ってくれるし助かってはいるのだが、そこに危機感をかんじてしまうのだ。まるで、結婚するかのような錯覚を覚える時がある。それが良くない。
「あれ?どうかしました?」
「え!?な、なにが・・・」
「いや、なんか難しそうな顔してたので」
「そ、そうか?私はいつも通りだが・・・」
「あ、点字ブロック!」
「どこに行くんだね君は」
「ぐえっ」
街中を歩いている時は手綱を引くように、目を離さないようにしている。今も点字ブロックを見つけてはその道を歩こうとするので襟首を掴んで止めた。
「はぁ、君はリードを着けた方がいいな」
「あなたも犬扱いするんですかやだー!麻里にも言われたのにー!」
「言われたのか・・・ところで、その前髪は染めたのか?」
「染めてないよ、前に朝起きたらこうなってた」
彼は前髪を弄りながらそう答える。
「その長さは邪魔じゃないか?切ったらどうだ?」
「えー、これでちょうどいいんだよ」
「でも、目が悪いのにそれじゃ見えにくくならないか?」
「別にこれで困ってないし」
「・・・本当に大丈夫か?」
「んなもん知るか難しい話するな!」
急に逆ギレされて困惑する。そういうつもりではなかったのだが、少し気に障ったのかもしれない。
「いや、すまない、嫌ならいいんだ、悪かったな」
「あ、お花」
「少しは気にする素振りを」
「うわ~足元にお花いっぱいだぁ」
足元に目をやると、季節外れの花が咲き乱れて、風に揺れている。それも、一種類ではない、色も形も様々な花が無数にあるのだ。
「これは・・・」
「踏んだところから花咲いてる~変なの~」
彼がステップを踏む度に地面から花が咲き、まるで草原を歩いているかのようだった。
「わーなにこれ~楽しい!」
「暁人!やめろ!」
「およ?」
花畑を跳ねながら歩いていた暁人の手を掴むとそこで止まる。
「花を踏むな」
「なんでそんなに怒ってるの?」
「・・・怒ってはない、ただ、花が咲いているのは君が触れた場所だけに限られている・・・そこを踏んだら花が・・・」
すると咲き乱れた花は枯れ、朽ちていく。そしてまた新芽がでて、花が咲き誇る。まるで生命のサイクルを早回しで見ているようだ。それに、何より恐ろしいのは暁人が気づいていないことだ。自分がいったいどんな存在なのかを一切わかっておらず、ただ楽しんでいる。
「・・・とりあえず、散歩はここまでにしよう」
足元に注意を払いながら家路につく。途中何度か転びかける暁人を支えながら帰る。
「そういえば眼鏡はどうしたんだ?」
「あ、忘れた!」
「一週間見えない状態で過ごしてたのか」
「でもなんか感覚で分かるんだよね」
「家事が問題なくできていたのはそういうことか」
「うん」
「でも、これからは眼鏡なしで散歩はダメだ、いいな?」
「はーい」
「本当にわかっているのか?」
「それよりも麻里に連絡しないと、めっちゃスタ連するから」
マンションに着くと彼が携帯で麻里に電話をする。
「はーい」
《お兄ちゃん!!一週間も連絡無しで心配したんだよ!!急に絵梨佳ちゃんのお父さんのところに行くって言うから!!》
「心配しないでいいよ、一週間茄子料理出して咎められたけど。それより麻里は何処?」
《凛子さんの家にいるよ、流石に一人は嫌だから》
「なるほど家は留守なのか~眼鏡取ってきて貰おうと思ったけど、よくよく考えたらあの時投げられた衝撃で壊れてたの忘れてた」
《まさか眼鏡掛けないでそのまま過ごしてたの!?大丈夫!?怪我してない!?》
「何度か転びかけたけど」
《それならまた新しく眼鏡作ってよね!!》
「あとなんか最近、僕の周りに花が咲くようになったんだ」
《花?花なんてどこからも咲いてないよ、幻覚だよそれ》
「そうかなぁ?」
《とにかく!私への連絡は最低限するように!》
通話が終ると彼はため息をついた。
「はぁ、なんか疲れた」
「眼鏡でも作りに行くか?」
「デカいレンズの眼鏡で」
****
「麻里ちゃん、大丈夫?」
「・・・なんとか」
通話が終り、スマホを握り締めているところを絵梨佳ちゃんに心配される。兄に似た化物が襲いかかり、精神的に参ってしまっていたところだが、なんとか持ち直す。連絡も眼鏡も無しに過ごしていた兄に文句を言う。
「まったくお兄ちゃんったら!」
「麻里ちゃんって、本当に暁人さんのことが好きなんだね」
「だってお兄ちゃんだし、唯一の、家族だし・・・それに」
「それに?」
「なんでもない」
「ふぅん?」
絵梨佳ちゃんは何かに気づいたようだが、あえて聞かないようにしてくれた。
「で、何だって?」
「凛子!今麻里ちゃんセンチメンタルだから邪魔しちゃダメだよ!」
「絵梨佳ちゃんって本当に良い子だよね」
「えへへ、そう?」
「どうするこのまま一緒に暮らし続ける?」
「お兄ちゃんが心配になるからやめておきます・・・それより凛子さん」
「なんだい?」
「なんか嫌な感じがします」
「・・・奇遇だね、私もだよ」
私がそう言うと外から異様な気配を感じた。またあの時のと似た、思い出すだけで手足が震えて呼吸がままならなくなる。
「まりぃぃぃ、いるんでしょぉぉぉ」
窓の外から兄の声が聞こえてくる。また兄に似た怪物がやって来たのだ。
「ねぇぇ、ねぇってばぁぁぁ、むししないでぇぇぇ、おにいちゃんかなしいよぉぉ」
私の頭の中は真っ白になり何も考えられない。ただ、凛子さんにしがみついて怯えている。
「まりぃ、まりぃぃぃい、ねぇへんじしてよぉぉぉおぉおおぉぉ!!ねぇぇぇえぇええ!まりぃぃいいい!!」
すると窓が唐突に破られ、室内に入ってくる。
「おにいちゃんをむしするなんてわるいこだねぇぇ」
そう言って私の腕を掴んで部屋を出ようとする。私は怖くて何もできない。怖いという感情すら起きない、ただ呆然とされるがままに引きずられていきそうになる。
「麻里ちゃんを離して!」
絵梨佳ちゃんが私の手を掴む。
「へ?」
「麻里ちゃん!」
呆然としていた私は絵梨佳ちゃんに言われてようやく理解する。
「離してよ!あなたは私のお兄ちゃんじゃない!化物!!」
私はそう言いきって絵梨佳ちゃんの手を握り返した。すると怪物は私を手離すと泣き喚いた。
「なんでぇぇぇぇええぇえぇえぇぇ!!なんでそんなこというのぉぉおぉぉぉおお!!ひどいよぉぉぉぉおおぉぉぉお!まりぃぃぃいい!!ねぇなんでぇぇえぇぇぇえぇええぇえぇえ!!おにいちゃんのこときらいになったのぉぉぉおぉぉお!!」
「うるさい!」
「やだぁ!ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい!!やだやだやだやだ!たすけてぇえ!だれでもいいからたすけてよぉぉぉぉおおぉぉぉ!!」
泣き叫ぶ怪物は、突如私に抱きついてきた。
「おにいちゃんのことひとりぼっちにしないで」
「え?」
そう言うと部屋から出て行った。一瞬何のことだか分からなかった。
「麻里ちゃん大丈夫?」
絵梨佳ちゃんに心配そうに声をかけられる。
「うん・・・大丈夫」
「なんか、いつもと様子が違ったね・・・」
「うん・・・一体どうしたのかな?」