あいつが暁人と暮らし初めて1ヶ月が経った頃、ようやく暁人の事について分かったとアジトにやって来た。
「何か分かったのか?」
「あー」
「お兄ちゃん?」
当の本人は完全に上の空になっており、麻里が目の前で手を振っているのにも関わらず、それを見ていない。
「おい、暁人大丈夫か?」
「え?あ、あぁ」
俺が話しかけると、意識をそちらに向ける。
「で、どうだ?」
「分かったことだが、一つは彼の記憶喪失はただの記憶喪失ではなく、魂の欠落によって起きた記憶喪失だと言うことだ」
「魂の、欠落?」
「はぁ?」
「あぁ、つまり彼の魂が一部欠落しているってことだ」
「なるほど。で?それと暁人の今の状況は?」
「その事だが、少しある人物にも協力を得たのだが・・・」
「呼んだかね?」
「げっ、お前らは」
室内に突然、顔を隠した三人組の黒づくめの人物が現れる。
「祟り屋・・・」
「あ、あの時わらび餅くれた人!」
暁人は祟り屋と面識が会ったのかそう呼ぶ。つまり、祟り屋があいつと暁人に接触していたのか。
「彼の今の状態を調べていたところ、非常に珍しいことが判明した。彼は魂が欠落したことで、それを補うように有象無象が彼の身体に集まってきているのだ。彼は人ならざるものへと進もうとしているのだ」
「はぁ?つまりはどういうこった?」
「つまり、彼は人間では無くなるということだ。もし、あのまま放置していればいずれは怪異へと成り下がるだろう」
「・・・マジかよ」
祟り屋の話を聞いて俺は暁人の状況の深刻さを知り、頭を抱える。そんな中、麻里が手を挙げる。
「あの、お兄ちゃんと関係があるかわからないんですけど・・・。先週辺りからお兄ちゃんに似た黒い化物が現れて、私を狙ってくるんです。お兄ちゃんにも反応したんですけど、なんだか悲しんでいる感じが」
「特徴は?」
「頭はお兄ちゃんなんですけど首から下が化物で・・・」
「その事も今から説明する。あの化物は単刀直入に言うと彼そのものだ」
その事実に俺は驚く。
「はぁ?それって、つまり・・・」
「実際にはその欠落した魂に何かが引き寄せられて来てしまったのだ。それが何なのかは我々でも分からない。ただ言えるのは、あれは彼の一部だと言うこと」
「それならあの時返せって言ってたのも辻褄が合うか」
暁人の言葉に祟り屋は疑問に思う。
「返せ?そう言ってたのか?」
「うん、返せって何度も言ってきて耳が痛かったよ。でも、返して欲しいのはこっちの台詞なんだけどな~」
「・・・推測だが、あれからすれば君が勝手にその身体を使って生きていることに腹を立てていたのではないか?」
「あぁ、なるほど。つまりは僕の身体だぞって文句言ってんのか」
「それで?これからどうするつもりだ?」
「どうするって?」
「あの怪物だ」
俺は暁人にそう言うと、暁人は少し考えてから言う。
「まぁ、とりあえずは今の生活を続けていこうと思ってるよ。あとは記憶を取り戻す手段だけど」
「・・・それは無理だな。あの化物は君に危害を加えてくるぞ?」
祟り屋がそう言うと、暁人は笑いながら答える。
「大丈夫だって、いつか答えは出るんだから」
「じゃあ答えのない問題はどうするんだ?」
「答えが出るまで考える!」
「ポジティブだな~」
暁人のその前向きな考えに思わず、感心する。
「我々にはまだ仕事が残っている、では」
祟り屋はそう言ってアジトを出て行こうとする。すると麻里が祟り屋を引き留める。
「お兄ちゃんの記憶は戻るんですか?」
「それは我々にも分からない。だが、あれは彼の一部だ。必ず何か糸口はあるはず」
祟り屋はそう言っていたが、俺はその言葉を信じても良いのかどうか分からなかった。
「KK、雑巾ある?」
「どうした?」
「いや、窓の外に黒いシミが・・・あ」
****
窓の汚れが気になって拭こうと思い、窓を開けたら僕の顔をした『それ』がいた。黒く骨のように細い身体で黒い液体を目と口からポタポタと流しながら、僕を見つめている。
「・・・あ」
「どうした?」
僕の声に気づいたのかKKがこっちに来るが、『それ』を見た瞬間に驚く。『それ』は家守のように壁に貼り付いており、僕達の様子を伺っている。『それ』は僕の顔をじっと見た後、手のようなものをゆっくりと僕に伸ばしてくる。
「こっ・・・ち、に・・・き、て・・・」
「嫌だよ」
そう答えた途端、僕の首を掴んで外に放り投げた。道路に叩きつけられ、呼吸もままならない。
「暁人!くそ!」
KKは僕が放り投げられたのを見るや否や、『それ』に向かってエーテルショットを放つ。だが、『それ』には効果がなかったのか、全く怯まずに僕を狙ってくる。僕はなんとか立ち上がろうとするが、『それ』に掴まれて壁に押し付けられる。僕は抵抗せずに『それ』の目を見続ける。
「な、に・・・を」
僕の様子を見たKKはエーテルショットを連発するが、どれも効果はない。
「暁人!!」
その声に反応するように『それ』が僕から手を離すと、KKの方へ向かう。僕は逃げようとするが、尻尾が身体に巻き付いて離れない。
「KK逃げて!!」
「バカ言うな!」
こっちだって身動き取れないんだよ。『それ』はKKを追いかけるので三半規管がおかしくなりそうだ。
「KK!」
僕が叫ぶと、KKは『それ』に向かってエーテルショットを撃つ。
「うぅうあううあ!!」
顔に直撃したのか、『それ』は苦しげな悲鳴を上げながらKKに手を伸ばし、捕まえる。すると突然、尻尾が離れていく。僕は今のうちに逃げようとするが、身体が動かない。見ると僕の身体が影に沈んでいっていた。
「今すぐそこから離れろ!」
KKは僕に向かってそう叫ぶが、その場から動けない。
「K、K・・・!」
身体が沈んでいって影に溺れていき、僕は息苦しさを感じながら意識を失った。