仕事を終え、家に戻る。家と言っても築うん十年以上のボロアパートだ。妻と離婚して一人で暮らすところを探して見つけたのが、事故物件として騒がれたいわくつきの部屋だ。部屋に帰り着き、ドアを開く。
「ただいまー」
本来、一人暮らしなら言わない言葉だが、この部屋には同居人がいる。
「おかえりー」
奥の部屋から、可愛らしい声が聞こえる。俺は声の主のもとに早足で向かう。
「今日もお仕事お疲れさま!」
そう言って俺を出迎えたのは黄色のエプロンを着た青年、この物件に住み着く地縛霊だ。最初は気味が悪ったが、何か悪さをする様子もなく、それどころか家事全般をやってくれているので放置している。
「おう」
俺は黄色のエプロンを見ながら返事をする。このエプロンは俺が贈った物だ。
「今日も一日仕事してたの? たまには休んでも良いと思うけど?」
青年は気遣うように言ってくる。
「気遣ってくれてありがとうな」
「だっておじさん、お仕事頑張ってるから」
この会話だけ聞くと、まるで同棲中のカップルみたいだ。
「おじさんはやめろって」
俺は苦笑しつつ青年に注意する。
「俺にはKKって名前があるんだよ」
「僕にだって暁人って名前があるんだよ」
お互いに名乗り合い、名前を呼び合う。
「そうか。じゃあ暁人って呼んで良いのか?」
俺は青年に問う。
「もちろんだよ!僕もKKって呼ばせてもらうね」
暁人は笑顔で頷いた。
「今思うとお互い自分の名前も言わずに1ヶ月も暮し続けてたんだな」
「そうだね」
暁人ははにかむように笑う。俺もつられて笑った。
「今日はカレーにしたよ」
そう言いながら暁人は鍋の蓋を開ける。カレーの良い匂いが部屋に広がる。
「おっ、美味しそうだな!」
俺が褒めると暁人はとても嬉しそうに笑う。
「えへへっ、ありがとう! 早く食べよう?」
皿を出すとそこに炊いた白米をよそい、カレーをかける。サラダを盛り付けると食卓に並べる。
「いただきます」
俺と暁人は向かい合って席に座る。一口カレーを口に運ぶと、スパイシーな味と香りが口いっぱいに広がる。
「今日は辛口か?」
「うん、冷凍庫に使いかけのルー見つけたから。ダメだよ中途半端にしちゃ」
「ごもっともでごさいます」
俺はばつが悪そうに言い、再びカレーを口に運ぶ。
「美味しい?」
暁人は上目遣いで聞いてくる。あざとい・・・。
「ああ、美味いよ」
俺がそう言うと暁人ははにかんで笑う。なんだか気恥ずかしくて視線をそらした先にあったテレビからドラマが流れてきた。暁人が見ていたのだろうか。カップルと思われる男女が手を繋ぎデートをしているシーンが映っているが、キスシーンになり余計に気恥ずかしくなってしまう。暁人は見慣れているのか、平然としている。
「えいっ!」
暁人はいきなり俺のスプーンを取り上げると、俺のカレーをすくって食べてしまった。
「おいおい」
「えへへっ」
いたずらっ子のように笑う暁人を見ていると怒る気が失せてしまう。むしろ微笑ましく思ってしまうのはなぜだろうか。その後もテレビを見ながら夕飯を食べたが、終始暁人が楽しそうだったので俺も不思議と楽しく感じたのだった。
「あとデザートにプリンも作ったよ!」
暁人は冷蔵庫から型に入ったプリンを皿に取り出すと、カラメルをかけていく。
「苦めにしたからKKも食べれるはず」
俺の前に差し出すと、小さめのスプーンを手にとって掬う。口に運ぶとプリンの甘さとカラメルの苦さが口の中でうまく混ざり合い、絶妙な味を醸し出していた。
「美味いな」
俺がそう言うと、暁人は嬉しそうに笑った。そしてそのままプリンを食べ始めたが途中でスプーンを俺に差し出してきた。
「どうした?」
「食べさせてあげる!」
どうやらこの行為にハマってしまったようだ。俺は苦笑しながらも口を開けて暁人が運んでくるプリンを口に含む。暁人は俺が咀嚼している間ずっと俺の顔を見てニコニコしていた。恥ずかしいからやめて欲しいのだが・・・。食べ終わると暁人は満足そうに微笑む。その後は湯船に浸かり、上がる頃には暁人が布団を敷いていた。
「明日もお仕事?」
「まあな」
「・・・一緒に寝る?」
「寝るか!!」
暁人の発言に思いっきり突っ込んだ。幽霊だとしても流石に添い寝はお断りだ。
「冗談だよ。おやすみ、KK」
「おやすみ、暁人」
暁人が枕元で俺の顔をガン見してくるんだが
「・・・いつまで見てるつもりだ?」
「KKが寝るまで」