悔し負け 「オラは、もう、産まれねぇ。」
顔を上げた。
地面を見下ろしていた視界に視界に入り込む黒の翡翠では、残念ながら彼の言葉の意味を理解することができなかった。
「・・・・・おい、それは。」
「嗚呼、オラはもう、」
「いや待て、違う。そもそもオレは、貴様が何を言っているのか・・・・・・・・。」
話の合わない遣り取りが短く続いていく。
「だから、オラ、死んだらもう生き返んねぇって。」
呑み掛けた声を何とか堪える。
睨み、見詰めるように眉を顰めると、上から微かに見下ろすようにした悟空の肩がゆらりと揺れるのが分かった。
「貴様はそれで、次は如何するんだ。頼み込んで生まれ変わらせてもらうのか?」
「いいや、オラは生き返るのも、生まれ変わるのも・・・。」
思わずベジータは悟空の腕にしがみ付いた。
手に集中する圧力で、必死になって彼の腕を握る。
だが、何故だか思うような力を込めることができなかった。
「何故だ。貴様は、まだ生きたくはないのか。」
声が震えているような気がする。
目を合わせることが、こんなにも辛いことだとは夢にも思わなかった。
一呼吸の度に嫌な考えが頭の中を駆け巡って行くが、きっとこれは正しいだろう。
それが分かっていても、如何したってプライドが優ってしまう自分を殴り倒したい気分になる。
(言える訳がない。)
言える訳などなかったのだ。
「もう一緒に闘ってはくれないのか。」
なんてことは。
「なぁ、ベジータ。オラさ、もう十分に役目は果たしたと思うんだよ。」
「・・・・・・。」
「だから今度はオラじゃなくて、オラ以外に守って欲しくて。」
優しく、困った表情で淡々と話す悟空に、ベジータの手は力が抜けていった。
何も考えられない。
彼がいつ「もう消えても良い。」と、その口から発するのかを考えてしまうことは非常に恐ろしかった。
一方で、握られていた腕の熱さが次第に冷めていくことに気が付かぬまま悟空は立っている。
口を開ける時々で、その言葉を溢してしまわないかをじっくりと観察している自分に情け無さを感じてしまうが、全ては目の前の好敵手の所為にしておけば良い。
嫌なことは嫌なのだ。
「でも、誰が守ってくれんだろう。誰に守ってもらえば良いんかな。」
口を少し尖らせて小首を傾げる素振りを見せた。
嗚呼、腹が立つ。
「オレが。」
ハッとしたように顔を向けると、其処には睨み付けるようなベジータが居た。
「オレが、守ってやる。」と続けて動く口に、相変わらずの眼光が不釣り合いだった。
「え。」
「だから、オレが守ってやると言っているんだ。地球も、地球人も。何もかも全てをな。」
ーーこの時、如何して「お前の息子や他の奴等が居るだろう。」とは言わなかったのだろうか。ーー
目を見開いたまま固まった悟空に、急か急かと言葉を投げ付けてやる。
「聞き逃しているようだが・・・もう言わんぞ。」
「い、いや、ちゃんと聞いてっけんど・・・。」
おめぇ、そんなこと言う奴だったか?
「何だ。」と声が漏れた。
性格に値しない事をしたと言われているようだ。
自分でも分かった。
だが、それは「曽てのオレだった。」
「!ははは、そーか。おめぇも結構丸くなったな。」
背中を何度も叩く手を見るだけである。
「貴様の甘さが伝染るんだ。」と、その手を払い除けない辺りが、もうそう云うことだと分かってしまったのが悔しい。
「だが、悪いとは思わん。」
へへへ・・・嬉しいな、と正直に喜ぶ彼に思わず顔を背けてしまう。
地面を見る所に「何だおめぇ、もしかして、照れてんのか?」と顔を近付ける相手へ一つ、蹴りをお見舞いしてやった。
「ぐぇっ・・・!ヒデーぞ、ベジータ!」
舌打ちをして、膝を下ろす。
わあと叫く彼が腹部を抱える姿に、何とも満悦した表情を浮かべるベジータ。
何もかもが悔しいが、今はこうでも構わないと思ったというから。
だから、最後の願いは。
“終わりまで消えないでいて。”