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    kotobuki_enst

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    遊び心を忘れないタイプの茨の茨あんのホワイトデー。(そんな茨はいない)プレゼンとかで絶対選ばせたい本命のプランがある時にはわかりやすく極端な地雷を混ぜるといい、みたいな噂から。

    ##茨あん

    二者択一法「探しましたよあんずさん。けれどいいところでお会いできました」

     一人きりで残っていた会議室、唯一の扉を塞ぐようにして茨くんは立っていた。
     いつも身軽な彼にしては珍しく両手に荷物を抱えていた。腕を下げれば引きずってしまいそうな程に大きい紙袋をどこにもぶつけぬよう丁寧に抱いている。茨くんは後ろ手で扉を閉めて近くの長机に荷物を下ろしたので、私も手に抱えていた資料の束を机の上に戻した。丁度部屋を出ようとしたところだったけれど、今日はもう帰るだけだったから少し話をするくらいの時間はある。

    「先月は素敵な贈り物をありがとうございました。あんずさんの愛の詰まったチョコレート、それはそれは有り難くいただきましたとも」
    「お口に合ったなら良かったよ」
    「いやぁあのチョコレートに見合う返礼品を選ぶのは骨が折れました。貴女が手づから作ってくださった一品の価値など計り知れませんから、何を見ても不相応に感じられてしまいまして」

     茨くんはプレゼンでも始めるかのように勢いよく喋り出した。ホワイトデーから既に数日が経過しているし、バレンタインに彼に渡したのはESみんなに同じものを配っているただのチョコチップクッキーだったけれど、今更そんなことを言い出すのは野暮なことくらいわかっている。

    「大したものでもないから気を使わなくて良かったのに」
    「用意できたものは本当につまらないものではありますが、どうか自分の心からの感謝の気持ちと思ってお受け取り頂ければ幸甚の極みであります」

     茨くんは私の言葉を聞き流しつつ、大きな紙袋から綺麗に包装された箱を二つ取り出した。片方は長辺六十センチ程の長方形、クリスマスツリーの下に置いてあれば子供たちが大喜びしそうな夢のあるサイズの大きな箱だった。リボンもロゴマークもないシンプルな黒箱だけれど、マットな質感はどこか高級感が漂う。
    もう片方は一辺五センチ程の小さな箱。手のひらに収まってしまう正六面体の白地の化粧箱には水色の大ぶりのリボンが結かれていた。

    「どうしても最適解を導けず、最後は恥を忍んであんずさんに選んで頂こうかと二つも用意してしまいました」

     大小の箱をこちらに向かって綺麗に並べ、セールスマンが一押しの品でも見せつけるかのように両手を開く。

    「どちらがよろしいですか」
    「あのえっと、茨くん?」
    「もちろん両方でも構いませんよ☆」



     私は文字通り品定めをすべく、机の前でしげしげと二つの箱を眺めた。こういう時に選ぶべきは小さいつづらの方だと相場が決まっているけれど、彼が昔話のセオリーをなぞったりなどするだろうかと茨くんをじっとり一瞥する。茨くんは一歩下がったところで腕を組んで、回答を待ちかねるようなにんまりとした顔で私を見ていた。

    「……中身は秘密なんだよね?」
    「ええ、それはもちろん。ですがお手に取ってご確認いただいて構いませんよ」

     本当に何かを売りつけに来た営業マンみたいだと思った。勧められるままにまずは小箱の方を手に取って持ち上げてみる。振るのは流石にマナー違反だろうか。片手で箱の表面をこんこんとノックしてみたけれど、それだけで中身を当てるような特殊技能は持ち合わせていなかった。空ではなさそう、程度のことしかわからない。今度は箱を顔の前に近づけすんすんと匂いを確かめる。「お菓子かもしれませんねぇ」と鼻で笑った茨くんを無視しつつ、吸い込んだ息をほうと吐いた。無味無臭。強いて言うなら紙の匂いがする程度。箱を開けたらシュールストレミングの激臭が、なんてこともなさそうだ。持ってみたものの、判断材料として有益な情報はほとんど得られなかった。
     とはいえ箱のサイズから予想できないこともない。例えばこの小箱、この形とサイズに収まるプレゼントなんて指輪やイヤリングのような小型のアクセサリーくらいではないだろうか。
     アクセサリーを。付き合ってもいない異性に贈るだろうか。茨くんが。
     慌てて頭をブンブンと振る。開けてみたらUSBメモリが入っていて「こちらあんずさんにご担当をお願いしたい企画の資料となります〜☆」などと言ってくる可能性も否定できない。何ならこれが小型のびっくり箱でも驚かない。驚くだろうけれど。彼はいつも大人びて見えるくせに、時々幼子のような悪戯心を覗かせる人だ。私は小箱の中身の推理を諦めて、次は大箱の方を検することにした。
     持ち上げてみた箱は重いとも軽いとも言い難い絶妙な重量感だった。仕事の帰りに寄ったスーパーで切らしていたものと目についた特売品を買ったときの荷物くらいの重さ。持ち上げた際にカサリと包装紙の擦れるような音がした。大きい分選択肢が幅広くて中身が想像しづらいけれど、これも高級感のある化粧箱だからそれなりのものが入っているんじゃないだろうか。

    「見当は付きそうですか」
    「さっぱり……」
    「そんなに悩むくらいならどちらも受け取ってくださればいいじゃないですか」
    「それはちょっと図々しくないかなあ」

     大箱を机に置いて腕組みをする。そもそもどうしてこんな回りくどいシステムにしたんだろう。悩んだにしたってどちらか一方と決めてくれれば良かったのに。どちらもそれなりにしっかりしたものに見えるけれどできればお値段の張るものは避けたいし、貪欲なおじいさんのように高価な方を狙ったとも思われたくない。
     小箱に目をやる。この中に入っているものが例えチロルチョコであっても構わない。けれど万が一、億が一にでも本当に高そうなアクセサリーが入っていたらどんな顔をすればいいんだろう。一見安牌に見えるそれは当てが外れた場合のリスクが大きい。

    「……茨くんのオススメは?」
    「どちらもあんずさんのためにご用意した一品ですから自分が優越をつけることは難しいですねぇ。ああでも一般論を語るならば、小さな箱には大判小判が詰まっていると言いますよ」

     ニヤリ、わざとらしく上がった口角は何か企んでいる時の表情だ。何となく嫌な予感がする。小箱に伸びかけていた手を引っ込め、大箱に目を向ける。さすがの茨くんだって、ホワイトデーのお返しに虫の詰め合わせなんて寄越さないだろう。たぶん。

    「……こっちにしようかな」
    「おやそちらを選ばれますか。謙虚な方だと思っておりましたが意外に貪欲な一面もお持ちなのですね!」
    「貰っていいの、駄目なの」
    「いえいえ、本当にどちらでも構いませんよ。では改めて、こちらは自分の心ばかりの贈り物です。お気に召していただけるといいのですが」

     茨くんは恭しく——少しばかり嫌な受け取り方をするならわざとらしく一礼して、大きな箱を私へ手渡した。私はそれをおっかなびっくり受け取る。

    「開けていい?」
    「勿論です」

     リボンも何も巻かれていないシンプルな蓋身式のギフトボックスは、箱を持ち上げるだけで簡単に開封できてしまう。私はパンドラの箱でも開けるような心地で恐る恐る、ゆっくりと蓋を持ち上げた。

    「——スーツ?」

     薄葉紙を掻き分けた中から出てきたのは虫でも魑魅魍魎の類でもなく——スーツのジャケットのようだった。

    「はい、スーツです。いつもお召になっている薄っぺらいリクルートスーツも若々しさがあって大変お似合いですが、それなりの立場を与えられているんですからそれなりの装いを覚えて頂きたく」
    「ゔっ」

     薄っぺらいと称された自分のスーツの布地を指でつまんでみる。確かにお手頃価格の大衆ブランドのものだけれど。
     手に取ったジャケットはそれだけでも良い生地を使っているのがわかる。とてもありがたい贈り物であることは確かだけれど、ブラウスからベルトまで一式揃っているらしいその価格を考えると選ぶ方を間違えたのではないかと頭がくらくらする。

    「クッキー数枚だけでこんな素敵なものは受け取りにくいんだけど……」
    「あんずさんに受け取って頂けないとなるとそちらのスーツ処分ということになってしまいますが」
    「ショブン……」

     そう言われてしまうと受け取るしかない。もしかしたらこれまで仕事の中で隣に立った茨くんに恥をかかせてしまったことがあったのかもしれないし、これは『プロデューサー』の私の武器になるものだ。プロデューサーとして幾分も先輩の彼からの激励だと思って、素直に受け取った方がいいのかもしれない。

    「……ありがたく頂戴します。この借りは仕事で必ず」
    「貸しを作ったつもりはありませんが。けれどそうして士気を高めてくださるのならこちらとしても願ったり叶ったりであります」

     どうか今後ともご贔屓に、と長めの髪を揺らして笑った。素敵なものをもらったからといって茨くんやコズプロを贔屓にするようなことはないけれど、このスーツに見合うようなプロデューサーにならなくてはと思うと気が引き締まる。

    「まあ来年は普通に渡してくれると嬉しいんだけど……」
    「嫌です」
    「嫌なの!?」
    「次もあんずさんが選んでくださいよ」

     茨くんは受け取らなかった小箱を元の紙袋に戻す。あれはどうなるんだろう。処分されることはないと思いたい。他の女性に贈られることになるのか、それとも来年また選ばれにやってくるのだろうか。

    「来年を楽しみにしていますね」

     来年は茨くんだけでもちょっといいチョコを用意した方がいいかな、なんて考えながら、紙袋を片手に颯爽と会議室を出た茨くんを慌てて追いかけた。早速だけれど、茨くんに相談したい案件があったことを思い出した。
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    kotobuki_enst

    DONE人魚茨あんのBSS。映像だったらPG12くらいになってそうな程度の痛い描写があります。
    全然筆が進まなくてヒィヒィ言いながらどうにか捏ね回しました。耐えられなくなったら下げます。スランプかなと思ったけれどカニはスラスラ書けたから困難に対して成す術なく敗北する茨が解釈違いだっただけかもしれない。この茨は人生で物事が上手くいかなかったの初めてなのかもしれないね。
    不可逆 凪いだその様を好んでいた。口数は少なく、その顔が表情を形作ることは滅多にない。ただ静かに自分の後ろを追い、命じたことは従順にこなし、時たまに綻ぶ海底と同じ温度の瞳を愛しく思っていた。名実ともに自分のものであるはずだった。命尽きるまでこの女が傍らにいるのだと、信じて疑わなかった。





     机の上にぽつねんと置かれた、藻のこんもりと盛られた木製のボウルを見て思わず舌打ちが漏れる。
     研究に必要な草や藻の類を収集してくるのは彼女の役目だ。今日も朝早くに数種類を採取してくるように指示を出していたが、指示された作業だけをこなせば自分の仕事は終わりだろうとでも言いたげな態度はいただけない。それが終われば雑務やら何やら頼みたいことも教え込みたいことも尽きないのだから、自分の所へ戻って次は何をするべきかと伺って然るべきだろう。
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    kotobuki_enst

    DONE膝枕する英あん。眠れないとき、眠る気になれないときに眠りにつくのが少しだけ楽しく思えるようなおまじないの話です。まあ英智はそう簡単に眠ったりはしないんですが。ちょっとセンチメンタルなので合いそうな方だけどうぞ。


    「あんずの膝は俺の膝なんだけど」
    「凛月くんだけの膝ではないようだよ」
    「あんずの膝の一番の上客は俺だよ」
    「凛月くんのためを想って起きてあげたんだけどなあ」
    眠れないときのおまじない ほんの一瞬、持ってきた鞄から企画書を取り出そうと背を向けていた。振り返った時にはつい先ほどまでそこに立っていた人の姿はなく、けたたましい警告音が鳴り響いていた。

    「天祥院先輩」

     先輩は消えてなどはいなかった。専用の大きなデスクの向こう側で片膝をついてしゃがみ込んでいた。左手はシャツの胸元をきつく握りしめている。おそらくは発作だ。先輩のこの姿を目にするのは初めてではないけれど、長らく見ていなかった光景だった。
     鞄を放って慌てて駆け寄り目線を合わせる。呼吸が荒い。腕に巻いたスマートウォッチのような体調管理機に表示された数値がぐんぐんと下がっている。右手は床についた私の腕を握り締め、ギリギリと容赦のない力が込められた。
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