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    zeppei27

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    一次創作〜美味しいものを知っている才能あふれる男と、美味しいものを食べさせてもらうという関係を続けてきたその平凡な友人。
    天才が作る食事に友人が招待された、ある日のお話。

    #一次創作
    Original Creation
    #小説
    novel
    #奇妙な味わい
    #友人関係
    #おそらく

    死に至る美食 早乙女佑月という男は、妙な人間だった。物心着く頃から、何が美味しいものか、最も美味しいかを瞬時に見分ける才能があった。ひょっとすると乳幼児の頃からだったかもしれない。庭の木を見てはいつ頃栗が熟れ時か、どれから収穫すべきかを鳥よりも早く見分けて周囲に頼んでいた。最初は半信半疑だった大人たちも、何回か続くと流石に信じるようになって、ゆづきの才能は天与のものだと一目置くようになった。
     見慣れた庭や畑だけではない。山に入れば酸っぱくない山葡萄や小粒の茱萸をすぐに見つけたし、あちこちに旅行した先でも美味しいものだけにありついた。生まれた日が同じだったというだけで隣に並んで生きてきた僕は、ただ横で甘露を貪る日々だった。
     彼の慧眼は加工品にも及ぶ。美味しくないからといって食べないような嫌な奴ではなかったのだけれども、給食や弁当で美味しいものを一番最後に食べる彼の癖は一部で疎まれていた。彼の母親はかなり苦労したのではないだろうか。
    「美味しくないとは言わないのだけど、美味しいとも言わないのよ」
    それって不味いと同義じゃないの。佑月の母親の悩みは、不味いものでも平気で食べて、美味しいと言える僕には不思議に感じられた。佑月は正直なだけで、そうあり続けるのは難しい。ましてや、不味いと言わずにいられる優しさは、嘘つきの僕よりもずっと本物だと思う。
     もちろん自分自身が大人になった頃には、どちらとも言えないことは理解できるようになった。けれどもやはり、佑月の才能が伸び続けた理由の一つは、彼の飾らない素直さや純粋さが大きいと思う。
     彼の扱いに手をあぐねる周囲の人間に慮ってか、佑月は自分で料理をするようになった。美味しいものを知っているのだ、多少の失敗を重ねつつも、基本を押さえて独自の料理を生み出すに至るまでの道のりは呆れるほどに短かった。彼の料理は、『美味しさ』が自然と吸い寄せられて形を作ったような出来で、一種の魔法に近い。後にレシピ本など大量に出回って模倣者が増えても尚、彼が作るものの美味しさは再現できないことを多くの人間に痛感させるに至る。
     少し話を戻そう。彼について行きさえすれば、いつでも最高のお相伴に預かれるというわけで、取り巻きの人間が増えるのも当然のことだろう。農業大学を出た彼は、学生時代に作った数々の新品種を手にレストランを開いた。店は一つが二つになり、二つが三つになり、専用の畑や大量生産品とのコラボレーション、レシピ本に料理解説番組、世界各地の美食からの招待と引っ張りだこで、苦労しながらも楽しむ佑月は輝いているようだった。
     僕は?勝手知ったる彼の生活を支えるのは、幼稚園の頃から僕の役目だった。美味しいもの以外に関して佑月は全く使い物にならない。その点僕は平均点で、出かける支度、宿題、予習復習に予定管理を支援するなんて簡単なことだった。佑月は美味しいものをすぐさま共有する相手が欲しかったので、僕の存在はちょうどよかった。彼曰くは、『勝手知ったる友人と食べるものは一段と美味しい』らしい。多分、誰でもよかったはずなので、彼なりに気を遣った言い方だろう。
     どちらにせよ、僕は美味しいものは大歓迎で、佑月は良い奴だったから不自由はしていなかった。マネージャーという位置付けだ。大学で経営学やら何やら学んだのは、まあ、佑月のためでもある。本当は一緒に農業を学んでほしいと佑月はこぼしていたが、僕は不味いものも美味しいと言える人間なので丁重にお断りしておいた。
     これが、早乙女佑月が最高潮に至るまでの顛末だ。太陽が決して沈まないかのように眩しく、彼の未来は永劫輝いているように感じられた。きっと追随者の多くがそう感じていたに違いない。佑月が次はどんな美味しいものを見つけるのか、皆に披露してくれるのか、口を開けて涎を垂らして待ち望んでいた。もちろんやっかみも多かったけれども、佑月の率直な人柄のためか幾分押さえ気味で、炎上事件もほぼ起きなかった。
     佑月の私的な出来事はなかったのかって?もちろんあった。学生の頃から料理男子は人気だったし、美味しい店に行けるとわかればお近づきになりたいと擦り寄る人間は少なくない。ただ、佑月は誰にでも同じ対応をして、特別扱いはしなかった。
    「本当のところを教えてほしいんだけどさ。美味しいか、美味しくないかで言うとどっちなんだ?」
    あれは高校二年の時だったか。密かに憧れていた三年の先輩が佑月に熱烈に言い寄っていたので、僕は面白半分に本人に尋ねた。結果を聞いてどうしようとは考えてもいなかった。佑月とは違った意味で、僕もどこかおかしな道を歩んでいたのだろう。
    「美味しくは、ないね」
    佑月の答えは簡素なもので、以降幾度かこのやり取りをしても変わることはなかった。佑月も人間なので、それなりに生臭い人間関係を築いたはずだが、彼は終始『美味しい』とは言わずに季節を終えていた。付き合ってきた人間たちにはわからなかっただろう。理解できたのは僕だけなのだ。
     多分、美味しいものであれば、佑月はいの一番に僕に教えてくれただろう。それが一度もなかった。つまり、人類は美味しくない。そういう話である。

    ***

     沈まない太陽はない。早乙女佑月の天下は、静かに崩壊して終焉を迎えた。佑月は少しずつ忙しさを疎うようになり、約束を反故にし、計画を中止した。番組や連載は終了し、店は全て他の人に譲られた。人との付き合いにも消極的になり、どんなに呼びかけられようが無視をした。
     彼は飽食したのだ——世界を食べ尽くしたのだから。そんな風にメディアは知ったような評価を彼に下した。これまでぶら下がってきた蟻たちは、美味しいものがもらえないので不満たらたらで大層うるさく、害虫駆除に僕は大いに苦労する羽目になった。どう説明すれば良い?佑月は僕に何も教えてくれなかった。ただ、彼が誰にも会いたくなければ美味しいものを探すこともしたくない、という望みを叶えてほしいと頼まれただけである。僕は従うしかなかった。
     彼には美味しい食べ物も時間も経験も、その全てを分けてもらっていたのだ。僕がしてやれることを何でもしても、返し切れる恩ではない。一宿一飯の恩という言葉があるだろう。あの道理で言えば、僕は途方もない貸を佑月に作っていた。彼には僕なんていなくても良かったはずだ——ただ、僕は運が良かっただけである。
     しかし、言わなくとも僕には薄々理由が察せられていたし、メディアの一部で意地悪な推理もされていた。早乙女佑月が華々しい経歴を手仕舞いにした理由は簡単だ。
    『美味しいものがわからなくなった』
    彼の味覚、その才能の水源が枯れてしまったのだろう。あるいは一言で言えば、そんな人生に飽きてしまったのか。僕には知る由もない。
     それから半年は過ぎた日のことである。僕が捥いだ庭の桃は硬くて不味い代物だったのに、彼は美味しいと言った。桃が人を拒むあの苦くて痺れるような渋さを一緒に味わいながら、僕は美味しいと嘯いた。
    「美味しいよ」
    ありがとう、と佑月は言ったが、僕は後悔でいっぱいだった。彼を試すような真似をするべきではなかった。少なくとも、全てを分かち合った友人である僕がして良いことではなかった。
     佑月の成功の横で僕は順調に下り坂で、一度麻薬にも酒にも溺れたし、女性関係では二度ほど炎上した。火消しをしてくれたのは雇い主の佑月の方だった。金では揉めなかったが、僕は佑月の代わりに(という名目もあって)大いに人と揉めて法廷で争ったし、まあ要するに——僕の方は、佑月に人生の苦さや渋さばかりをお相伴に預らせたのである。僕は全部に『良い経験だった』と嘯いた。本当はとてつもなく傷ついて、疲れて、全部やめて終わらせてしまいたいこともしばしばだった。
     そんな過去のあれこれを反芻しながら不味い桃を食べ続け、僕たちは物理的にお腹を膨れさせた。何度も美味しいものを食べてきた癖に学習能力がないせいで、僕の摘み取った桃はどれも美味しいとは言い難いまま食べ尽くす羽目になった。顎を鍛え尽くした佑月は、桃で汚れた顎を拭うと爽やかな笑顔を浮かべた。
    「今日、久しぶりに料理をするんだ。食べてくれるかい?」
    「当然食べるに決まってるだろ。その言葉をずっと楽しみにしてたんだ」
    「良かった」
    それなら食材を買い出しに行こう、と車を用意しようとしたが、佑月は全て自分で手配したのだと僕を押し留めた。いつの間にか手を回していたのだ。マネージャーとして失格である。だが、落ち込む僕に佑月は悪戯っぽく笑って首を振った。
    「君を驚かせたかったんだ。驚きは美味しさを味わうにも大事なことだよ」
    「ああ、そんな話もあったな」
    「一番大事なのは、誰と食べるかだけれどもね」
    僕に拒否することなんてできるか?できるわけがない。僕は言われるがままに読書でもして時間を潰して、散歩をして、招待された時間きっかりに彼の家を訪れた。庭を挟んで隣に移動しただけなのに、今日も彼の長いダイニングテーブル(胡桃の大木から作った特注品で、風変わりな木目がついている)に座って眺める月はやけに綺麗だった。
     佑月が用意してくれたのは、フランス料理のコースメニューで、全てその場で彼が作った。合間合間には料理風景を目の前のキッチンで眺めたり、茶化したり、味見をさせてもらったりする。忙しくなる前の佑月との時間の過ごし方そのもので、僕は料理の味わいよりも懐かしさの方で胸がいっぱいだった。
     こんな時間を過ごさなくなってもうどれほどになるだろう。十億年は遥か昔に置いてきた時間を味わって、初めて僕は人生に疲れていたことを自覚していた。佑月の出す料理は一品一品が数口で食べられるほどに少ないが、歳を重ねた胃袋には十分な物量を与えてくれている。空腹を満たすのは、彼の経験が凝縮された美食の技術や味わいだけでなく、彼と過去を共有したからこそ生まれるこの時間や会話の方だった。僕たちは皿を重ね、グラスを交わした。このところ不調だった佑月も、今日は美味しい美味しいと何度も言いながら料理を平らげていた。僕はそれが何よりも嬉しかった。
     また一緒に食べていける。楽しい時間をやり直せる、そう思うだけでワクワクした。
    デザートは、あの硬い桃を使ったシロップ漬けのラムレーズンアイスクリーム添えだ。桃のガリガリとした食感が、添えられた余ったるいアイスクリームの良い箸休めになっている。なるほどこれは美味しい。彼が昼間に美味しいと言ってくれたのは、何も嘘ではなかったのだ。つまり未来の美味しさを予見していたわけで、彼の舌は退化したのではなく大きく飛躍したのではないか。
     酒の力もあって、僕はいつになく饒舌で、正直だった。どんなに今まで嬉しかったのか、どん底に落ちた時に救われた喜びはひとしおであったとか、これからどうしようかとか。酒に浸った佑月はうんうんと頷いてデザートのお代わりを盛ってくれたように思う。美味しかった。スプーンをいじる手が止まらなかったのだから、間違いない。
    「なあ佑月、今度はオレンジ祭りにでも行こう。あそこでシャツがオレンジ色になるまではしゃいだらさ——」
    話をどれほど垂れ流していただろうか。不意に、僕は佑月の相槌がないことに気がついた。ひょっとすると、寝てしまったのかもしれない。最後の方は美味しいと繰り返すばかりで、何だか妙だとは思っていたが、寝言であれば納得だ。
    「なんだ、寝たのか。久しぶりに飲んだもんなあ」
    案の定、テーブルに突っ伏した佑月の肩を揺する。近頃職が細くなったせいで、骨ばかりががっしりとした肩は妙に頼りない。もっと肉をつけてやらねば、旅行もままならないだろう。僕は彼の耳元に唇を近づけて、そしてぴたりと止まった。
     動かぬ体、そよ風さえ吹かぬ鼻、緩く解けたままの唇。僕は慌てて彼の体をテーブルの上に引っ張り上げ、心臓の上に耳を張り付けた。何も聞こえなかった。
    「佑月」
    早乙女佑月は死んでいた。

    ***

     庭に死体を埋めていた男性が逮捕されたそうである。埋める作業中に、通りがかった運送業者が気づき、警察に連絡した。埋められていたのは早乙女佑月さん四十三歳、死因は心臓疾患によるものである。男性の供述は妄想が多く含まれており難解であるが、本件は殺人ではなく、事故によるものと判明している。事故の経緯は現在捜査中である。

    〆.

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    zeppei27

    DONE傭泥で、謎のスパダリ(?)ナワーブに悩まされるピアソンさんのお話です。果たしてナワーブの真意はどこにあるのか、一緒に迷いながら楽しんでいただければ幸いです〜続きます!
    ご親切にどうもありがとう/1 他人に配慮することは、相手に目に見えぬ『貸し』を作ることである。塵も積もればなんとやらで、あからさまでなしにさりげなく、しかし何とはなしに伝えねばならない。当たり前だと思われてはこちらの損だからだ。返せる程度の親切を相手に『させた』時点で関係は極限に達する。お互いとても楽しい経験で、これからも続けたいと思わせたならば大成功だ。
     そう、クリーチャー・ピアソンにとって『親切』はあくまでもビジネスであり駆け引きだ。慈善家の看板を掲げているのは、何もない状態で親切心を表現しようものならば疑惑を抱かせてしまう自分の見目故である。生い立ちからすれば見てくれの良さは必ずしも良いものではなかったと言うならば、曳かれ者の小唄になってしまうだろう。せめてもう少し好感触を抱かせる容貌をしていたらば楽ができたはずだからだ。クリーチャーはドブの臭いのように自分の人生を引きずっていた――故にそれを逆手に取っている。
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