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    zeppei27

    @zeppei27

    カダツ(@zeppei27)のポイポイ!そのとき好きなものを思うままに書いた小説を載せています。
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    POIPOI 87

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    pkmnハサアオ、カジッチュを渡された後、アオキがハッサクとカジッチュ……とコルサに振り回されるお話。もう少し続きます〜

    前話 #2
    https://poipiku.com/271957/8137224.html

    リンゴ甘いか酸っぱいか #3 何かに向けて準備をして整えたというのに、いざとなったら取りやめになって肩透かしを食らった心地になることがある。例えば何がしかの試験に向けて、対策を練り覚悟を決め、さあ当日だと思っていたらば直前に取りやめになったとする。すると現金なもので、できたら試験自体がなくなって欲しいと願っていたにも関わらず、過ぎ去った難が起これば無駄足にならなかったのにと憤慨さえしてみせるのだ。どんな結果が伴うとしても、難事に打ち当たった方がすっきりするという見方もできるかもしれない。

     アオキがこの手の経験をすることはあまりないが(せいぜい楽しみにしていた食品の新製品が発売中止になる程度だ)、今の気分は正にこの肩透かしの連続だった。「また様子を見にきます」と言ったくせに、あのドラゴン使いは足音すら聞こえてこない。思えば、彼と顔を合わせるのはいつだって仕事がらみであって、プライベートな時間ではないのだから、仕事の予定が入っていなければすれ違いもしない間柄なのだった。

     ハッサクはその僅かな接触に一点集中でアオキに絡んできたのである。その彼が、公私の別を踏み越えて、自分にカジッチュを渡してきたのはなかなか異例な事態だ。何が起こるかわからないと、無意識に神経を尖らせて今日か明日か明後日か、いやいややっぱり今日だろうかと身構えてしまったのはアオキの思い込みにより生まれた幻覚だろう。

     顔を合わせたらば、シャリタツを足元に戯れさせカジッチュを鞄に携えている理由を話さなければなるまい。勝手気ままに振る舞うシャリタツはともかく、カジッチュに背徳的な喜びを得ている現状をどう誤魔化したものか頭を抱えていた。好奇心に負けて舐めたカジッチュの体液は至極美味しく、二日に一度はありがたく頂戴している。幸にして、カジッチュたちには好意的に捉えているらしく、逃げ出す様子は見られない。

     同僚との良好な関係を構築するためだと言い訳し、禁断の果実の味わいを知ったアオキはそれはそれは大切にカジッチュを扱うことにした。ハッサクはこの味を知っているのだろうか。ドラゴンポケモンへの探究心が著しい彼のこと、知らぬはずもないだろうと思うが、聞けば興味を抱いていると浅はかな期待を齎しかねない。偶然顔を合わせて――もちろんハッサクが一方的にこちらに出向いてくるのだ――見咎められたらばうまく言い逃れつつ、助言を得ることもできただろう。残念ながら、仕事にせよ二人が会うのは遠い先の予定である。

     どうして会いに来ないのか。カジッチュに翻弄され、シャリタツに頭を悩まされる度にハッサクのことを考えて時間がどんどん過ぎてゆく。彼の熱量を全部ぶつけたような声やら足音やらを耳にしなくなって、もしかして自分の記憶は間違っているのではないかとさえ思ってしまう。あらぬことを考え出す前に答えが欲しい。嵐はいつ来るかわからないと、どこかで身構えている自分は滑稽だ。

     ハッサクは何をどう考えているのか、だいぶ日数を置いた頃になって珍しくもチャットアプリでメッセージを送ってきた。内容は、『できれば小生も一緒に行きたいのですが』と添えられた、美味しい店である。彼は何やらアカデミーで大掛かりな企画が進行している真っ最中でなかなか身動きが取れないらしい。いずれ説明しますので、というセリフは何やら言い訳めいていた。

     安堵よりも相手の意図を探るような不信感が生まれ、アオキは怪訝に顔をしかめた。彼に絡まれずして美味しい店に行けるのだ、自分にとって好都合だと喜べばいい話だろう。アオキは普通と同時に効率性も愛していたから、昼休憩を快適に過ごせることに否やはなかった。ハッサクとの食事は、彼の人生経験の豊かさから広がる話術でついつい長くなりがちである。酒が入ると先日のように訴えかけたり積極策なったりと、さらに上を行く面倒くささを伴う。一人飯は気楽だ――それでいいではないか。

     どこか引っかかりながらも向かった最初の店は、チャンプルタウンの路地奥にひっそりと佇む蕎麦屋だ。灯台下暗しとはこのことで、アオキは自分の持ち場として散々歩き回っていたと言うのについぞ気づいていなかった。無骨な店主が出来立ての生そばをざるで出すだけの渋い店である。蕎麦は引き算の極地だと熱弁していたのは、いつぞや出張を共にしたハッサクだったと記憶が掘り起こされる。この店も、きっと彼が理想としたままの素晴らしさがあるに違いない。

     そうして注文した蕎麦は、有無を言わさぬ美味しさだった。普通で、まっすぐで、どこかほっとさせる。シンプルであるが故に引き立つ蕎麦の香り、こし、細さ、そして蕎麦つゆの濃さも最適なバランスを保っていた。満足下のは言うまでもなく、五枚おかわりしてもまだ足りず、土産に買って帰るかひどく悩んだほどである。ハッサクのお勧めはどれだったろうか、と食べずにとっておいた品書きを記憶に留めた。真っ白な雪のようなさらしな、太く逞しい十割、はたまた季節の抹茶にゆず、春は桜、夏にはカボスもありますよなどと主人は売り込む。再来するに足る、すっきりとした落ち着く店だった。

    『ハッサクさんが教えてくださった蕎麦屋、とても美味しかったです。ありがとうございます』

    謝礼はすぐにするものだ。職業柄身についた癖で、食後にハッサクにメッセージを送ると、アオキはそれで全て終わりだと勝手に思い込んでいた。約束をひとつ果たした、ただそれだけである。カジッチュの問題は残るが、メッセージでやりとりするのはおもはゆい。勝手にリンゴだと思い込んで受け取り、扱いあぐねた挙句に舐めて楽しんでいる現状を話す勇気もない。

     あれこれ可能性を考えてもたつくのはどうにも居心地が悪い。いっそ留めを刺してくれと思えども、肝心のハッサクはどこ吹く風だ。アオキの形にならぬ気持ちをよそに、ハッサクの返事はどこまでもドラゴンの如く堂々としていた。

    『アオキが満足して、小生も嬉しいですよ。今度はぜひ一緒に行きましょう。次はどちらに出張するのですか?』

    どこでも良いだろう。仕事となれば自分はどこにでも行くのだから。皮肉が脳裏を過ぎるも、アオキは社交辞令なのだからと気合を入れ直した。チャットアプリにようやく慣れたばかりの彼のことだ、もっと簡易にしても良いという発想はないのだろう。普段、自分が接している文字どりの意味だけが込められたメッセージとはまるで異なる。

     次はベイクタウンに行くのだ、と返したように記憶している。ならばビファーナの美味しい店があるので寄ってみると良い、と頼みもしない内にお勧めが返って来た。ハッサクの舌に間違いはないので、従うに足る。自分ばかりが得をするような形で大丈夫だろうかと疑ったところで、アオキはどこにでもいる一人の人間であり、策略をめぐらせようにも無駄骨だ。

     だから、アオキはお勧めされた店に行き、自分の見つけた美味しい店を添えてハッサクに礼を述べた。ハッサクが返事をする。今度も美味しい店が紹介され、アオキは素直にそれに従う。顔を直接合わさずに五週間は過ごしたかと思うが、ハッサクとのメッセージのやり取りだけは日課に組み込まれつつあった。

     程よい距離感だ、と思う。取り立てて親しくする友人はいないが、同好の士と言って良いだろう。一口食べては、ハッサクはこの店で何を食べてどう感じたのかを疑問に思う。いつしかアオキが送るメッセージには、そんな素朴な疑問が添えられるようになった。ハッサクもアオキが勧める店に――彼は今アカデミーから動けないのでテーブルシティの店だ――出かけて同じような質問を返す。並んで食べるでなしに、相手の食事風景を想像しながら時間を過ごすのは、不思議と居心地が良い。

     そして、同時にたまらなく空虚だ。こんな気持ちで食事をするのは人生で初めてかもしれない。一人でいることに慣れた身が、誰かといることを前提にしながら食事をするなど奇妙だろう。ハッサクも同じか、否、自然と人を集める彼のことだから誰かと一緒に食べに出かけたはずだ。彼が寄越すメッセージにアオキはいるが、ただの社交辞令の可能性は限りなく高い。直接会って話せば表情から伺えるかもしれないが、取り繕うのも上手い男から何を探れるだろう。

     ならばどうすれば、と具体的に考え始めたところでアオキは頭を抱えた。大して仲良くするつもりもない相手の真意を探ろうと思うだなんて、自分はどうかしている。カジッチュで気持ちを落ち着けるとしよう。この美味しさは本物で、自分を裏切らない。鞄から恭しくカジッチュを取り出し、慣れた手つきで体液をもらう。べろりと舐めるも、ひりつくような辛さが滲んで到底口に入れられるものではない。速やかに吐き出すと、アオキは改めてカジッチュを観察した。

     「……具合でも悪いんですか」

    ピン、と立つつぶらな瞳がヘニョヘニョと力なく垂れている。なんとかアオキの顔を見ようと持ち上がりかけ、すぐさま力を失う様を見、アオキはさあっと青ざめた。ポケモントレーナーであるにも関わらず、こんなに具合が悪くなるまで気づかなかったとは大失態である。ポケモンボールに入れていたらば把握できただろうか。手持ちのポケモンは決まった時間にポケモンセンターで体調を診てもらうが、ボールに入れたが最後と決めたカジッチュとシャリタツは守備範囲外である。

     今からセンターに駆け込めば預けられるか。ボールに入れていないポケモンであっても、すぐに診てもらえるのかは定かではない。おまけに時計を見れば昼休憩はとうに終わり、次の打ち合わせの時間が差し迫っていた。連絡をしなければ、しかしどう言い繕ったものだろう?

     はやる気持ちをよそに、足だけは勝手に一日のスケジュール通りに動いていく。カジッチュを抱えたまま(怖くて二体のカジッチュとシャリタツは鞄の中に入れっぱなしだ)歩く姿を道ゆく人が振り返ろうとも、全く気にも留まらない。こんな異常な事態でも、ボウルタウンのポケモンジムに辿り着いてしまった。

     自動ドアの開閉する音に気づいてか、受付前に立っていたコルサがこちらを振り向く。相変わらず奇矯な風体をしており、周囲をたむろするキマワリのせいで彼の芸術作品そのもののように錯覚された。全てが非現実的で思考がぐらつく。口火を切ったのは、存外理性的な思考も持つ芸術家だった。

    「誰か来ると聞いていたが、アオキか。確か、予算の件で話に来たんだったな」
    「はい。風車の修繕については、先日書面で申し出た通りです。……足を痛めるくらいなら他の演出方法も考えてみてはどうでしょう」
    「芸術的見解の不一致だな。意見は聞くが、考慮するかはまた別の話だ。それよりも、キサマは他に優先すべき事項があるだろう」

    腕の中でくったりとへたり込んだカジッチュを指差され、アオキは日常からの逸脱を覚悟した。わかっている。何よりもそわそわとして落ち着かないのは自分自身だった。仕方がなしに応急処置ができるかとコルサに差し出すと、くさポケモンの専門家はあっさりとした様子で手に取り掲げる。もっと前衛的な、あるいは宗教的な動きをするかと身構えていただけに意外な展開で、アオキは目の前の人物に対する評価を改めた。

    「ふむ……良いツヤだな。栄養は足りているようだ。外傷はなし。見ろ!アオキ、この曲線は自然が生み出した芸術の最高峰だぞ!どこで口説き落としたんだ?もう少し早く出会っていればワタシが口説いたものを」
    「くど、あ、いや人にもらったもので」

    どういうわけか、自分の手持ちではないというセリフは口をついて出なかった。こんなにも賛美する人間の手持ちになればポケモンだって嬉しいだろう。手放すのは今が好機だ。自分の悩みだって消え失せるはずだ――否、ハッサクはアオキに大切にしてほしいと言い、自分はそれを受けたのだから裏切りになってしまう。コルサの芸術讃歌は続く。カジッチュの状態はどうすれば良くなるのだろう?植物のような特殊な病気にかかっているとしたら、自分には全くのお手上げだ。近づいてきたジムの職員に再提出を依頼する書類を渡し、要点を説明するも流れる雲のように身が入らない。

     仮にカジッチュが儚くなろうとも誤魔化しようはいくらでもあるし、自分もハッサクも大人だから上っ面をうまく収めるだなんて簡単だ。ハッサクと旧知の仲であるコルサが手持ちにしていると気付いたとて、より相応しい人間が手にする巡り合わせになったと喜ぶ可能性すらある。ハッサクとコルサがカジッチュを囲んでやり取りする様子を想像し、アオキは自分の胸に少しずつ湿っぽさが溜まり始めたのを覚えて狼狽した。逸脱が収まるべき場所に収まり、自分は『普通』の安寧に舞い戻る、ただそれだけのことが受け入れ難い。

    「……コルサさん。その、この子は病気にかかっているのでしょうか」
    「いや?全くの健康体だ。しかし、ある意味病にかかっているとも言える。わかるか!?」

    わからない、と答えるのは簡単だ。茶番に付き合わずに次のスケジュールに向かいたいというのも本音である。コルサは有頂天のままに答えを授けてくれるかもしれない。迷いながらも顎に手をやり、アオキは眉根を寄せた。もはや今日は『普通』を逸脱している。今更もう一歩踏み込んだところでなんの変わりがあるだろう。

    「気持ちの問題、でしょうか。門外漢なので詳しくはありませんが」
    「キサマ、なかなかわかっているではないか。大体そんなところだ。このカジッチュがかかってる病は”甘えたい病”だからな」
    「は」

    甘えたい。カジッチュの甘さはなるほど、甘やかされたから滲み出るものだったのか。一瞬混乱しかけるも、気まずそうなカジッチュの目と目がかち合って理解した。まるで仮病がバレた子供のように目が泳いでいる。コルサは繊細な手つきでカジッチュを撫でると、そっとアオキに差し戻した。

    「わかったならば、思い切り甘やかしてやれ。甘やかしすぎるのも問題だが、キサマは加減がわかっているだろう」
    「……わかりました。ありがとうございます、コルサさん」
    「わかればいい」

    観念してボールに入れるべきか。バトルに出さなければ、大切にしていることの証左にもなるし、自分を折らずに済む。文字通り甘い汁を吸わせてもらったお返しと考えても良い。ポケモンセンターでちょうど良いボールを探そうと決めて鞄を開けると、カジッチュが嘘のように元気になって滑り込んだ。頭を下げて自動ドアを潜る。次の行き先はセルクルタウンだ。これでようやく日常に戻ることができる。

    「アオキ。ハッさんに伝えてほしい。良いカジッチュを見つけたな、と」

    ほっと安堵したのも束の間、背中から追いかける声が冷や水を浴びせかける。芸術家同士で相通じるものがあるのか、あるいはカジッチュから聞き出したのか、いずれにせよ恐ろしい話だった。礼を失するとわかりながら、アオキはすうと一息ついて声を発した。

    「考えさせていただきます」

    コルサの耳に届いたか、彼がどんな表情で聞いたかなどどうでも良い。こんな腹立ち紛れに声を出すなど、随分久しいことだった。カジッチュを甘やかしたら、お返しに甘い汁を啜らせてもらおう。ネクタイの結び目を調整し、アオキは緩やかに日常を追いかけた。


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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。数年間の別離を経て、江戸で再会する隠し刀と諭吉。以前とは異なってしまった互いが、もう一度一緒に前を向くお話です。遊郭の諭吉はなんで振り返れないんですか?

    >前作:ハレノヒ
    https://poipiku.com/271957/11274517.html
    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ror.html
    答え 今年も春は鬱陶しいほどに浮かれていた。だんだんと陽が熟していくのだが、見せかけばかりでちっとも中身が伴わない。自分の中での季節は死んでしまったのだ、と隠し刀は長屋の庭に咲く蒲公英に虚な瞳を向けた。季節を感じ取れるようになったのはつい数年前だと言うのに、人並みの感覚を理解した端から既に呪わしく感じている。いっそ人間ではなく木石であれば、どんなに気が楽だったろう。
     それもこれも、縁のもつれ、自分の思い通りにならぬ執着に端を発する。三年前、たったの三年前に、隠し刀は恋に落ちた。相手は自分のような血腥い人生からは丸切り程遠い、福沢諭吉である。幕府の官吏であり、西洋というまだ見ぬ世界への強い憧れを抱く、明るい未来を宿した人だった。身綺麗で清廉潔白なようで、酒と煙草が大好物だし、愚痴もこぼす、子供っぽい甘えや悪戯っけを浴びているうちに深みに嵌ったと言って良い。彼と過ごした時間に一切恥はなく、また彼と一緒に歩んでいきたいともがく自分自身は好きだった。
    18819

    zeppei27

    DONE何となく続いている主福の現パロです。本に書下ろしで書いていた現パロ時空ですが、アシスタント×大学教授という前提だけわかっていれば無問題!単品で読める、ホワイトデーに贈る『覚悟』のお話です。
    前作VD話の続きでもあります。
    >熱くて甘い(前作)
    https://poipiku.com/271957/11413399.html
    心尽くし 日々は変わりなく過ぎていた。大学と自宅を行き来し、時に仕事で遠方に足を伸ばし、また時に行楽に赴く。時代と場所が異なるだけで、隠し刀と福沢諭吉が交わす言葉も心もあの頃のままである。暮らし向きに関して強いて変化を言うならば、共に暮らすようになってからは、言葉なくして相通じる折々の楽しみが随分増えた。例えば、大学の研究室で黙って差し出されるコーヒーであるとか、少し肌寒いと感じられる日に棚の手前に置かれた冬用の肌着だとか、生活のちょっとした心配りである。雨の長い暗い日に、黙って隣に並んでくれることから得られる安心感はかけがえのないものだ。
     隠し刀にとって、元来言葉を操ることは難しい。教え込まれた技は無骨なものであったし、道具に口は不要だ。舌が短いため、ややもすると舌足らずな印象を与えてしまう。考え考え紡いだところで、心を表す気の利いた物言いはろくろく思いつきやしない。言葉を発することが不得手であっても別段、生きていくには困らなかった。だから良いんだ、と放っておいたというのに、人生は怠惰を良しとしないらしい。運命に放り出されて浪人となった、成り行き任せの行路では舌がくたくたに疲れるほどに使い、頭が茹だる程に回転させる必要があった。
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    zeppei27

    DONEなんとなく続いている主福のお話で、単品でも読めます。前作を読んだ方がより楽しめるかもしれません。遅刻しましたが、明けましておめでとう、そして誕生日おめでとう~!会えなくなってしまった隠し刀が、諭吉の誕生日を祝う短いお話です。

    >前作:岐路
    https://poipiku.com/271957/11198248.html

    まとめ
    https://formicam.ciao.jp/novel/ro
    ハレノヒ 正月を迎えた江戸は、今や一面雪景色である。銀白色が陽光を跳ね返して眩しく、子供らが面白がってザクザクと踏み、かつまた往来であることを気にもせず雪合戦に興じるものだからひどく喧しい。しかしそれがどんどんと降り積もる量が多くなってきたとなれば、正月を祝ってばかりもいられない。交通量の多い道道では、つるりと滑れば大事故に繋がる可能性が高い。
     自然、雪国ほどの大袈裟なものではないが、毎朝毎夕に雪かきをしては路肩にどんと積み上げるのが日課に組み込まれるというもので、木村芥舟の家に住み込んでいた福沢諭吉も免れることは不可能だ。寧ろ家中で一番の頼れる若手として期待され、庭に積もった雪をせっせと外に捨てる任務を命じられていた。これも米国に渡るため、芥舟の従者として咸臨丸に乗るためだと思えば安い。実際、快く引き受けた諭吉の態度は好意的に受け止められている。今日はもう雪よ降ってくれるなと願いながら庭の縁側で休んでいると、老女中がそっと茶を差し入れてくれた。
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