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    zeppei27

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    ハサアオ最終話です。ハッサクにじわじわと『普通』を侵食されたアオキが、ちょっとしたお節介から後に戻れなくなるお話。ハッサクの暴走回だよ!アオキがハッサクに意地悪だったり強気になったりするのも良いですね……。

    前話 #3
    https://poipiku.com/271957/8193864.html

    最後まで読んでくださりありがとうございました!絵文字もいつもありがとうございます……!

    正しさの証明 #4 湖に小石が投げ込まれ、水面に波紋を広げる。小石が岩となり雨霰と降り注ごうとも、しばらくすれば湖は元通りの静けさを取り戻し、何事もなかったかのように全て忘れ去っていくだろう。日常とは一見左右されがちな脆弱な存在だが、長い目で見れば何よりも力強い。いずれ全ては回帰してゆくのだし、多少変化があろうともそれすら全て飲み込んでしまうものだ。アオキの『普通』の日常もまた然りである。

     ハッサクにより引っ掻き回され、機を窺って掻き乱し返す他愛もないやりとりは、数え切れないほど繰り返してもはやアオキの日常の一部と化していた。大変申し訳ない話だが、彼が長々と時間を割く説教の大半は効力を発揮していない。髪型やらシャツやらネクタイやら、その他いくらかは一理あるのといじられることに耐えかねて変えた(改善とは呼びたくない)ものの、アオキの本質はハッサクと初めて出会った時のままだ。

     故に、水面が静けさを取り戻したように、アオキがハッサクの正しさに苛立つことは今やほぼないと言って良い。そっぽを向くのも右から左に聞き流すのも、半ば様式美と化している。彼の正しさを受け入れ、日常のそこここに影響が残ることも良しとした。有体に言えば大人らしく折衷案を取ったのである。ただ嵐が過ぎ去るのを待つのではなく、通り過ぎやすい道のりを作ろうとアオキなりの工夫を凝らしてきたつもりだ。

     そんな風に手間をかけても良いと思った人間は、久しくなかったように思う。友人、恋人、同僚、中には将来を末長くなど語らった人間もいたが、全部水底深くに落ちてしまい、思い出さえも忘却の彼方だ。彼らの日常と自分の『普通』は混じり合わず、すれ違い、そうしてなかったことになったのである。瞬間瞬間は寂しさや悲しさ、苛立ちを覚えもしたが、結局アオキは自分の『普通』に優しく抱き止められるに任せた。

     ハッサクはなかなか通り過ぎてはくれなかった。おかげで常に、一体何が合格点なのかと探り、どうして自分相手なのかと猜疑心でいっぱいになって、上手い答えを捻り出せないかと頭を使うハメになった。彼はなんと言うだろうか、何を話してくれるだろうか、次は何が起きるだろうかと構える時間はポケモンバトルよりも真剣な勝負に等しい。その時間を楽しいと思えてくる点までもがそっくりだった。

    「アオキ、小生は別にあなたが嫌いだから苦言を呈しているわけではありませんよ。よく覚えてくださいね」
    「……わかっていますよ、それくらい」

    だから、ハッサクのセリフにアオキは心底驚いていた。暇人よろしく暖簾に腕押しと言える自分に、なんやかや小言と説教を垂れてきた人間が今更何を言うのだろう。公明正大で堂々とし、人格者としても誉高い『正しい』人らしからぬ、弱々しささえ感じる。何かよそで問題でも生じたのだろうか。心配半分、呆れも半分込めて返せば、アオキの胸を小突いたハッサクの指先にぐ、と力が加わった。

    「……わかっているなら、良いんですよ」
    「ハッサクさん」
    「なんでしょう」

    いつぞや目にしたように、ハッサクの全身が夕暮れ時に似た朱に染まってゆく。本当に真っ直ぐに育った人なのだと、アオキは眩しいものを見るように目を細めた。言葉を文字通りに受け止められるのは、荒波に揉まれようとも無垢さを芯に残した人間だけの特権だ。余りにも多くの事象を通り過ぎてしまったためか、自分は変にすれてしまったのかもしれないと、斜に構えた考えが頭を過ぎる。『普通』の頑丈さ故に感じやすさなどとうに放り投げていた。そうでもしなければ、『普通』ではいられなかったのである。

     ハッサクの小言や説教が疎ましかろうとも、アオキは彼は彼で良いのだと前向きに捉えていた。自分を尊重してくれるならば何でも良いという自分勝手な建前の裏側で、素直な心は彼の純真さに半ば憧憬のようなものを抱いている。陽の光が余りに眩しすぎるので目を瞑りながらも、その暖かさに浸る心地に近い。彼の正しさなど自分の生き方とは無関係だが、堂々と勝手に生きたらば良いと願っている。

    「……ハッサクさんは、どうして自分に話すんですか」

    あれだけ傍若無人に振る舞ったのだ、好きにすれば良いではないか。妙に弱気なハッサクの態度を見るに見かねて、アオキはとうとうお節介な一言を口にしていた。世話を焼かれているうちに、妙な癖が伝染ったのかもしれない。下手な装飾を諦めて投げかけた言葉は、他愛もない励ましで終わるだろうと楽観的な未来を描いた。教職者であるハッサクのことだ、素直な問いかけの方が胸に響く勝算が高い。

    「わかりません、」

    一度、力なく垂れた頭がゆっくりと上がる。年齢と共に艶を失った金色が溢れて、綺麗な光線を振り撒いた。こんなところまで崇高さを漂わせなくとも良いのに、とアオキは改めて相手の美しさに胸を突かれた。何というかこの男は――格好が良いのだ、強いだけではなく。息を飲んだことを後悔するには余りに遅く、橙色の閃光が目を焼いた。正しさなんてかけらもない、欲深さを宿した男の目だった。

    「本当は、こんな風に年中口出しすべき相手ではないとは思うのです。本来、あなたの有りように正解などありません、ありえません。多少ならば常識の範疇とも考えられますが、小生はとうに度を過ぎているやもしれません。けれども、アオキを見かけるとつい、」

    おかしいという自覚はあったのか。初顔合わせからお説教を食らったことを思い返しながら、アオキはハッサクの可愛げを垣間見た気分を味わっていた。人格者、教職者、四天王、肩書きの全てを投げ打って曝け出された訴えは、ただただ人間らしく泥臭い。誰が想像しただろう、誰が目の当たりにしただろう!この懊悩は世界で唯一自分だけが知っているのだ!面倒臭い、特別な、そんな迷惑だ、あれこれ感情が忙しく荒れ狂うも、身の内を満たしてゆくのは紛れもなく喜びだった。

    「……ハッサクさんが、説明に詰まるところを初めて見ました」
    「ギ」

    ハッサクの地を這うような声に笑みが溢れてしまう。人の悩みを笑うだなんて、自分はなんと性格が悪いことかと良い子ぶろうにも、おかしいのだから仕方がない。正しそうな涼しい顔をしておきながら、ずっとありもしない正解を探して苦しむ姿は、どこにだっている人間だった。教え諭す側は可能な限り上位に立った方が効果が出るというのに、手の内を曝け出そうと賭けに出た無謀さは愛らしい。『普通』を守ろうと、あれこれ考えていた自分ばかりがもがいていたわけではないのだ。

    「すみません、意地悪するつもりはありませんでした」

    ただ、嬉しかったのだとアオキは告げた。恐らく今までで一番晴れ晴れとした顔つきで言ったように思う。声すら明るく、どこまでも遠くに伸びてゆくように胸がすいていた。ぴたりとハッサクと目を合わせ、ぎらつく太陽の輝きに負けじと見つめ返す。かつては徒労だと鼻で笑う行為も苦ではない。ここにいるのは教師と生徒でなければ四天王同士でもなく、ただの人間が二人存在するだけだ。

    「あなたを好きになれそうです」

    瞬間、ハッサクの顔を絶望が覆う。たった一つの言葉で遥か彼方まで意味を読み取り、傷つく理由をアオキはとうに理解していた。自分自身がうっすらと考えては日常に飲み込み、惑わぬように目を背けた感情がじわじわと染み出してくる。ひょっとすると、自分はハッサクの正しさに臆していたのかもしれない。やり過ごそうと正面から向き合ってこなかった理由は面倒くささ故だが、どうして面倒だと判じたかを突き詰めて考えたことはなかった。

    「アオキは、小生を嫌いだったのですか」
    「違います。好き嫌いを考える相手ではなかった、という話です。自分たちは、そういう関係ではなかったでしょう」

    大人なのだから。二人を繋ぐのは仕事だけ、ハッサクはいつの間にか越えていたようだが、アオキはその領分を越えようという気はハナからなかった。互いの気質の違いがよくわかる。第一、大の大人が好きだの嫌いだのを考えて行動する方が不可思議で――否、ハッサクは変なところで無防備なもの故に惑うのだろう。彼は最初からおかしくなっていた、つまりそれはそういうことなのだ。

    「……ハッサクさんにとっては違っていたかもしれませんが。自分は、もうずいぶん長いこと好きだの嫌いだのを人間相手に考えるのをやめていました。いちいち考えていたらば、『普通』に過ごしている暇がなくなると思ったのかもしれません」

    だが、ハッサクの存在はじわじわと『普通』に組み込まれ、自分の中で彼の手にかからぬ場所はどんどん小さくなっていった。彼は今や、自分たちがいるこの美術室に飾られるムクホークのように、当たり前のようにして日常に馴染んでいる。折衷案とはいえ、彼が自分に施した変化を素直に受け入れている時点で変化は訪れていたのだろう。

    「ハッサクさんは、好きになっても良いと……好きになってみたいと、そう考えられるようになったんです。だから、ハッサクさんはもっと自信を持って、」

    堂々と好き勝手にすれば良い。そう続けるはずだった言葉は、ぐ、といきなり引き寄せられてハッサクの腕の中に閉じ込められた。柑橘系の爽やかな芳香が鼻をくすぐる。いつぞや身だしなみの一環ですとオーデコロンをもらったことを思い出す。使ったらば最後、年中ハッサクがそばにいるような心地になりそうで置きっぱなしにしていた。多分、実際に使ってみたらば全身で受け止めているこの温もりも共演するに違いない。

    「そんなことを言われたら、小生はおかしくなってしまいます」
    「……最初からおかしかったのにですか」
    「アオキ、小生は真剣に尋ねているのですよ」

    芯の通った声音に、ぐす、と鼻が啜られる音が混じっている。この人は本当に感じやすい。逞しい背中に両手を回すと、アオキはぽんぽんと優しく叩いた。

    「自分が好きになってみたいと思っているなら、好かれてみたいと思っているかもしれませんよ」
    「……意地が悪いことを言いますね」
    「さあ。自分は教師ではないので」

    責任を持つには至らない。それくらいの狡さは大人らしく構えてみても良いだろう。『普通』をはみ出すのだ、投げ打った分の代償を求めるのは当然のことだった。答えが欲しいのであれば、もっと足掻けばいい。正しさを持つなら、その道を突き進んで証明し続けるより他にない。ハッサクに貼り付けた定義が一枚、また一枚と剥ぎ取られてゆく。剥き出しになったボロボロの背中に触れるうち、アオキは答えがないものを延々探して彷徨い歩く道中に寄り添い歩くくらいはしても良いという気分になっていた。

     これは折衷案だ。そして新しい解法でもある。ハッサクの手が頬を撫で、流れるようにして唇が降りてきた。慣れてるんだな、という妙な感想を抱いて目を閉じる。苦痛も情熱もなく、くっついては離れ、吸い付き、児戯にも似た追いかけっこは正直なところ、悪くはなかった。好きになってみたいと言った端から、もうハッサクのことを好いているのだと証明されたらしい。ならば答えを聞かせてくれても良いだろう。スーツを乱そうとするはしたない手を軽く叩くと、アオキは顔を背けて拒絶の意を示した。

    「ハッサク『先生』、あなたの答えを教えてください」
    「時々、あなたは本当に忌々しい」

    ここがどこであるかを思い出したらしく、ハッサクは身を離して決まり悪そうに咳払いをした。つ、と頬に垂れたよだれに頬が緩んでしまう。全く身だしなみがなっていない、隙だらけの姿は愛嬌たっぷりだ。ハンカチで自分の口周りを拭くと、アオキは静かにハッサクの返事を待った。

    「あなたが好きです、アオキ。好きと言うには烏滸がましいほど、あなたが欲しい」
    「はは」
    「言っておきますが、煽ったのはアオキですよ」

    素直に声を立てて笑えば、ムウとハッサクの唇が尖る。先ほどまであれに自分の唇がくっついていたのかと思うと嘘のようだ。乱れたネクタイの位置を調整すると、アオキはずさんに放置した鞄に手を伸ばした。

    「業務時間中ですから仕事をしましょう、ハッサクさん」
    「な」
    「続きは業務時間後にお願いします」

    あっけに取られた顔に、敢えて無表情を突きつける。これは乱されたことへのちょっとした意趣返しだ。実際、自分は仕事のためにハッサクの元に来たのだから、間違ったことは言っていない。トントン、と指で額を叩いて逡巡するも、ハッサクは短く首肯した。

    「ええ。次はもう少し時間に余裕を持ちましょう」

    そして自分勝手に振る舞うのだ。未知への期待にゾクゾクと震える背筋をしっかりと伸ばす。

    「それでは業務開始です。よろしくお願いいたします」
    「本気でかかってきなさい。全力で迎え撃ちましょう」

    『うつ』の字が違ってやしないか。これは打ち合わせのはずだが、まあ良い。今は業務時間なのだから、『普通』の顔をするだけである。時間外のお楽しみとしておこう。精悍な顔つきのハッサクに資料を渡しながら、アオキは乱れた髪に向けた注意を引き戻した。


    〆.
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    zeppei27

    DONE傭泥で、謎のスパダリ(?)ナワーブに悩まされるピアソンさんのお話です。果たしてナワーブの真意はどこにあるのか、一緒に迷いながら楽しんでいただければ幸いです〜続きます!
    ご親切にどうもありがとう/1 他人に配慮することは、相手に目に見えぬ『貸し』を作ることである。塵も積もればなんとやらで、あからさまでなしにさりげなく、しかし何とはなしに伝えねばならない。当たり前だと思われてはこちらの損だからだ。返せる程度の親切を相手に『させた』時点で関係は極限に達する。お互いとても楽しい経験で、これからも続けたいと思わせたならば大成功だ。
     そう、クリーチャー・ピアソンにとって『親切』はあくまでもビジネスであり駆け引きだ。慈善家の看板を掲げているのは、何もない状態で親切心を表現しようものならば疑惑を抱かせてしまう自分の見目故である。生い立ちからすれば見てくれの良さは必ずしも良いものではなかったと言うならば、曳かれ者の小唄になってしまうだろう。せめてもう少し好感触を抱かせる容貌をしていたらば楽ができたはずだからだ。クリーチャーはドブの臭いのように自分の人生を引きずっていた――故にそれを逆手に取っている。
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